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1月20日・21日の週末、延期となっていた伊勢神宮初詣と「ブラタモリ」と「鶴瓶の家族に乾杯」のコラボ特別番組の跡を巡る旅に行ってきました。
写真でダイジェスト版から
既に1月20日ですが、まだまだ初詣という方も多いみたいです。
今回は久しぶりに真ん中で参拝することができました。
さすがお伊勢さんは、神社の中でも別格のようです。
これまでも何度かおかげ横丁を往来しましたが、相当久しぶりにお店屋さんで『伊勢うどん』食べました。
この後、鳥羽へ向かい・・・・
フェリーで伊勢湾を横断し、渥美半島・伊良湖へ〜♪
キャベツ畑の真ん中を突っ走り、まずは浜松を目指します。
清水インターでおり、インター前のルートイン清水インターさんでお世話になることに。
ルートインさんは、朝食バイキングと大浴場完備なのがうれしいです。
翌日は・・・
世界遺産に登録された三保の松原へ〜♪
かすかに見える富士山
神君家康公が眠るあの場所へ・・・
久能山東照宮です。敷地の一番奥に神廟があり、そこに神君家康公が胡坐を組んで西向きに埋葬されているそうです。
最後は晩年を過ごした・・・・
駿府城跡へ〜♪現在、天守台の発掘調査がされている途中でした。
帰路は新東名で〜♪
ずいぶん高いお土産を買いました。
走行距離は709.1kmでした。
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旅行・風景
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詳細
あちこちの風景写真です.
2011年度より、Miss.Xとの各地の訪問記となりました。
2012年9月度よりは、Mrs.Xとの全国各地の訪問記となりました。
2012年9月度よりは、Mrs.Xとの全国各地の訪問記となりました。
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SLやまぐち号による”新型の『旧型客車』に乗る”旅も終わり、奈良への帰路につきます。
山陽新幹線でまずは新大阪へ〜
ただこの時間帯、新大阪までそのまま行ける新幹線がないわけでもなかったのですが、帰りはグリーン車並みのシートのある九州新幹線の指定席でと思い、まずは乗換駅の広島を目指します。
広島まで向かうために乗った『こだま756号』は・・・・
朝、新大阪駅で見かけた「ひかりレールスター」でした。
車両は若干くたびれてはいますが、これがなかなか・・・・
二列シートでゆったり感のある車内で、シートピッチも広く、いやはや快適〜♪
6月に北海道へ行った時に乗ったジェットスターのエアバスA320と比べたら雲泥の差です。『腐っても鯛』とはこの事だなと。
広島までの40分、想定外の快適さを満喫できました。
そして広島で九州新幹線『さくら566号』へ乗り換えて、新大阪へ〜♪
新大阪から大阪へでて、朝にもお世話になったUSJラッピング仕様の201系で鶴橋へ〜♪
鶴橋からは近鉄で帰宅。
帰宅した頃には22時はまわっていたかと・・・
思っていたよりも濃縮度の高い日帰り旅立ったのでした。
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森鴎外記念館を訪問後、あまり調子の良くないまま津和野駅へ向かいます。
駅に近付くと何やら汽笛が聞こえてきます。
もう発車?ちょっと焦りつつ、ちょうど線路沿いまで戻ってきたので、線路際まで近づいてみます。
するとSLやまぐち号が、乗客も乗せないで出発しているではありませんか
しばらくすると推進運転で戻ってきました。
ホッと一息ついて、駅まで戻ります。
お茶を買い、改札をくぐり、跨線橋を渡ります。
既に発車時刻をまっています。
新型の『旧型客車』である35系4000番台客車の屋根は煤でかなり汚れており、非常に味わい深い感じになっています。
進行方向が逆になりますので、今度は展望デッキ付5号車を撮影します。
煤汚れがやはりいいですねぇ〜♪
そそくさと撮影し、帰りは4号車に乗車します。
5号車の明治・大正テイストとは違い、4号車は昭和テイストのつくりです。
山間地にある津和野は、この時期、16時前もなると思ったよりも周辺は暗いです。
津和野を発車し、しばらくは車窓を眺めたり・・・・
5号車が最後尾になったので、この機会に展望デッキへ〜♪
流れ去っていく後方展望が格別です。
今では展望デッキに立ち、後方展望を楽しめるのは、SLやまぐち号とトワイライトエクスプレス瑞風くらいでしょう。
瑞風に乗りこれを楽しむことを考えれば、SLやまぐち号で体感できるのはかなりリーズナブルです。
後方展望を楽しみ、席に戻るとやはり疲れが・・・寝てしまいました。
気が付いたら、山口駅。
向かいに座っていた若いカップル
既に周囲は真っ暗、車窓を見渡しても国道沿いのお店や住宅の灯りが見えるだけ。
機関車も何かしら急いでいるようにも思えました。
そしてあっという間に終点の新山口駅へ〜♪
17:30新山口着。すでに真っ暗。
SLやまぐち号は、乗客を降ろすと機関車が切り離され、どこかへ消えていき・・・
全く”旧型”を感じさせなかった”新型の『旧型客車』”は、ホームに取り残されたまま。
その後、どうなるのか追いたかったですが、お土産の購入を優先のため、駅の南側へ〜♪
これで”新型の『旧型客車』”の乗車体験は終了。
背もたれが直角なこと以外は、これが”旧型?”と思わせる客車でした。
見た目こそ”旧型”ですが、実態は”最新鋭”だということを実感。
わざわざ山口まで来た甲斐があったと思いつつ、帰路につくのですが・・・・
そこにやって来たのは思いがけない・・・・
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津和野駅構内のすみっこにある転車台前での”貴婦人”ことC57形1号機の撮影を終え、一度駅前に戻ります。
駅前にはD51形194号機が静態保存されています。
もともと北関東や東北で活躍していたようですが、晩年は山陽線・山口線で運用されていた機関車です。
駅前にSLがあるのは、駅にも歴史が感じられよいです。
さて駅まで戻ってきましたが、どうしたモノか・・・
津和野と聞いて思い出すのは、あの”明治の大文豪”の故郷。
ただ同じ”明治の大文豪”の『吾輩は猫である』とか『坊ちゃん』の著者と違い、なじみは薄い。
何故なら彼の作品は教科書にも掲載されていたけども、文語体でとにかく読みにくい。だから何が書いてあるのかわからない、とっつきにくい。そんな印象しかない。
多分それが理由かと思うんだけど・・・・
でも”大文豪”だから、故郷にも何かあるだろうと思い、駅前の観光案内所へ〜♪
愛想の悪い?ねえちゃんにコミュニティーバスの時間と降り場をを教えてもらい、
駅前のバス停から乗車。
距離にして2㎞もなかったので、あっという間に到着。
森鴎外記念館
この山陰と小さな田舎町にある記念館にしてはかなり立派。
土曜日の午後にも関わらず、駐車しているクルマはなく・・・・
敷地に入ると、
銅像があり、顔は、よく写真で見る厳めしい顔つきではなく、どこか気の抜けたオッサンって感じ。
作家として有名だけど、本職は軍医なので、軍服を着ています。
館内へ入ります。
館内は撮影禁止なので、写真がありませんm(__)m
ただ貴重な資料が、所狭しと、そしてかなりいい状態で展示されています。
作家であり軍医でも、後には帝立博物館の館長という肩書をもつ彼は、その幅広い交友関係も持っており、かなり著名な人物とも親しかったようです。
思い出したのは、正岡子規とか・・・(他はないのかというのは言わない)
(※調べてみると、もう一人の”大文豪”や上野駅にある石碑で有名な”詩人”とも交流があったようです。)
かなり興味深い書簡や原稿、彼あてのハガキなどありましたが、何しろ時間がないので、駆け足でみていきます。
立派だけど大きな記念館ではないので、30分程度で退館し、となりの旧宅へ
そんなに広くはない平屋ですが、この地域独特の色合いの瓦屋根の家でした。
この旧宅の向かいの家には・・・
お利口そうな柴犬が・・・・在りし日のコロを思い出しました。
この後、調子が悪くなり・・・でも仕方ないので、ここから徒歩で駅へ戻ることに・・・
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12:31、地福駅を発車し、終点の津和野駅まで残り30分弱となりました。
至る所に撮り鉄さんの方々が・・・
場所によっては、線路すぐそばでゲリラ兵の様に神出鬼没に現れる輩もいます。
撮り鉄の方々が鈴なりになっているところも。これが津和野へ近づくにつれて増えてきます。
写真のようにディスプレイに案内が表示されます。
そして終点・津和野駅に到着です。
津和野駅は、城下町の町はずれにあります。
駅前には何軒かお店がありますが、紅葉の時期も過ぎ、SLにのみ注目が集まるので、閑散としています。
みんなこの駅で降りてどこへ行ったのかと思い、駅の構内の端をみると、そこには・・・
転車台があります。
ここで復路のための給炭・給水が行われるようです。
復路のSLやまぐち号の津和野発は15:45なので、それまでのおおよそ2時間、時間があるので、津和野出身の明治の大文豪ゆかりの場所へ向かう事にしました。
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