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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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書庫史跡・寺社仏閣

奈良県外の史跡・寺社仏閣の記事です。
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奥の院への道はまだまだ続きます。
 
名だたる大名家の墓所が続く中、奇妙な感じの墓碑を発見〜
 
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日本にはない感じの墓碑です。
 
近づいてみると・・・・
 
 
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ビルマ方面戦没者・・・・
 
どうもインパール作戦などで戦病死した方々を慰霊するための供養塔か慰霊碑のようです。
 
高野山には、先述した海軍航空予備士官などの慰霊碑など含め、旧陸海軍関係の慰霊碑・供養塔も数多くあります。
 
特にこの慰霊碑は、形がビルマの寺院建築?か現地の墓碑に似せてあるためか、非常に目立ちます。
 
しかし、道はまだまだ続きます。
 
歩みを速めて歩き出したらすぐに今度は・・・・
 
 
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当家?二代目夫妻の墓所が、道を挟んで左右にあります。
 
夫婦そろって墓所があると言うのは当家?以外では、あまり見当たらないです。
 
次は、ちょっと戻って杉木立の奥へ行くと、
 
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崇源院こと徳川秀忠正室”お江の方”の墓所が、苔むして建立されています。
 
ここには何故か、夫であった二代将軍の徳川秀忠の墓所は何故かありません。
 
そして、そろそろ奥の院にたどりつく直前に・・・・・
 
今宵はこれくらいで・・・・
 
武田信玄・勝頼父子の墓所を後にして、次に向かったのが、信玄終生のライバル?である
上杉謙信の墓所だったのですが、すぐ近くにも関わらず、それを発見できず・・・
 
仕方ないので先に進むと、もしかしたら彼らよりも人気のある・・・・
 
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奥州の独眼竜こと伊達政宗の墓所です。


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奥州仙台前中納言藤原朝臣
 
政宗公一周忌追善也
 
奉為瑞岩寺殿
 
貞山利公大居子
 
成等正覚也
 
施主○○松平越前守忠宗造立
 
寛永十四年丁丑五月二十四日
 


 
墓石には、息子で2代藩主の伊達忠宗が、政宗没後建立したことが刻まれています。
 
さすが、戦国最後のスパースター?に相応しい墓所です。
 
そこから少し離れたところには、
 
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石田三成の墓所もあります。
 
ここでは、かつての敵も味方も関係ないようです。
 
この後も、大名家の墓所が続きます。
 
小田原の大久保家、信州高遠の内藤家、日向高鍋の秋月家、陸奥白河の丹羽家などなど・・・
 
その中でも選ばれたように建立されているのが
 
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本多平八郎忠勝
 
家康の家臣で、個人としての墓所があるのは彼くらいでしょう。
 
この先、まだまだ続きますが、今宵はこれくらいで・・・
 
 
難波から1時間40分あまり、やっと高野山に到着。
 
といっても、ここは高野山の中心部からは外れたケーブルカーの駅で、
第一の目的地へ行くには、まだまだです。
 
高野山駅からバスに乗ります。
 
ウネウネしたバス専用道を登り、高野山のメインストリートを抜け、たどり着いたのが、
 
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奥の院

寺院群の東端にある一の橋から二の橋を経て御廟橋まで、約2キロにわたる参道沿いに無数の石塔が立ち並ぶ。御廟橋を渡ると空海入定(にゅうじょう)の地とされる奥の院である。一番奥には空海が今も瞑想されている御廟があり、その手前には信者が供えた無数の灯明がゆらめく燈篭堂がある。空海は62歳の時、座禅を組み、手には大日如来の印を組んだまま永遠の悟りの世界に入り、今も高野山奥の院で生きていると信じている人もいる。「死去」「入寂」「寂滅」などといわず「入定」というのはそのためである。
奥の院参道に沿って並ぶ石塔の数は10万基とも20万基とも言われ、皇族から名もない人々まで、あらゆる階層の人々が競ってここに墓碑を建立した。日本古来の信仰では、山中は「他界」であり、死後の魂の行くところであった。高野山周辺には、人が死ぬとその人の頭髪を奥の院に納める「骨上せ」(こつのぼせ)という風習がある。こうした古来の山岳信仰に、弘法大師の永眠する土地に墓碑を建てたいという人々の願いが加わって、この石塔群が形成されたものと思われる。奥の院には上杉謙信景勝霊屋(たまや)、松平秀康及び同母霊屋、佐竹義重霊屋など、建造物として重要文化財に指定されているものを始め、平敦盛熊谷蓮生房織田信長明智光秀曾我兄弟赤穂四十七士法然親鸞初代 市川團十郎、俳優の鶴田浩二など古今の様々な人物の墓碑や供養塔がある。また芭蕉高浜虚子の句碑もある。
 
ウィキペディアより


 
上記の解説どおり、ここ『奥の院』には、歴史上の名だたる人物、有名企業の供養塔などが、
杉木立の合間合間に立ち並んでいます。
 
早速その中に踏み込んでいくと・・・・
 
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海軍第14期飛行専修予備学生戦没者慰霊碑
 
 
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散る櫻 残る櫻も 散る櫻
 
彼らは20歳前後の学生だったのでしょう。
そういった若い人たちが、そんな形で死んでいかざるを得なかった時代の先に、
僕らが存在していることを忘れてはならないと、ふと思いました。
 
少し先に行くと
 
イメージ 4
 
仁侠映画で名をはせた俳優 鶴田浩二さんのお墓が・・・・
 
彼は海軍航空隊の予備士官だったらしい。
 
そんな過去もあって、この場所に葬られたのか・・・定かではないですが。
 
 
少しずつ歩いていくと、
 
奥州仙台62万石伊達家の墓所があって、その次に・・・・
 
 
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当家?の墓所が、苔むしてたたずんでいます。
 
これだけあると、大名家の墓所といえど手入れが行き届かないのでしょう。
 
他はともかく、当家?の墓所だけでも何とかして欲しいものです。
 
さらに杉木立の中を歩いていくと、薩摩島津家・備前岡山池田家・美作津山森家・山口萩毛利家などなど、
名だたる大名家の墓所が並び立っています。
 
そして、そんな中に忽然と現れたのが、
 
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江崎グリコ株式会社墓所
 
創業者の江崎利一氏と従業員の物故者が葬られているようです。
 
ここへ墓所や供養等を建立するのは、一種のステータスなのでしょうかね?
 
企業の墓所・供養塔もここからは増えてきます。
 
先に進みます。
 
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ここです。誰の墓所か分かりますでしょうか?
 
 
イメージ 8
 
 
甲斐の武田信玄・勝頼父子の墓所です。
 
滅びた家といえど、立派な墓所です。
 
歴史上の人物、有名企業の墓所・供養塔はまだまだ続きます。
 
今宵はこれくらいで・・・・
 
 
 
 

伊勢神宮 内宮

外宮での参拝も終え、いよいよ内宮へむかいます。
 
ここからは、内宮までのシャトルバスが臨時運行されているので、それに乗ります。
20分くらい乗ったでしょうか?内宮到着です。
 
しかし、ここは外宮と違い、2日といえど相当な混雑です。
 
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五十鈴川にかかる宇治橋は、参拝へ向かう人と参拝から帰ってくる人で大混雑です。
 
こんな混雑振りだったので、まずは腹ごしらえと、おかげ横丁のほうへ向かうと・・・
 
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こちらも負けず劣らず大混雑〜
 
人を掻き分け掻き分け、たどり着いた屋台で『ぶり茶漬け』をかき込んで、
いよいよ内宮の中心、正宮を目指します〜
 
相変わらず、宇治橋の橋上は大混雑です。
 
イメージ 3
 
橋の下を流れる五十鈴川の流れだけは、橋上の大混雑とは一線を画し、穏やかです。
 
宇治橋を渡り、参道を歩いていきます。
 
神楽殿の前を通り過ぎ、木々に覆われたところまでやって来ると、もう身動きがつかないくらいの大混雑。
 
時折流れてくる皇宮警察からのアナウンスでは、参拝は最大2時間待ちくらいとの事。
 
まともに待っていたら、今度は帰りの電車に間に合わないと言うことで、
参道の左端の、若干流れのあるところへ移動して、徐々に進んでいきます。
 
大混雑の最後尾にたどり着いてから40分くらいでしょうか、やっとのことで正宮前の石段にたどり着きました。
 
石段にたどり着いて、そこを登り出すと、これが意外と早いです。
 
イメージ 4
 
石段上から参道を見下ろすと、参道を覆いつくす程の大混雑です。
 
それから10分くらいで、ようやく正宮で参拝。
 
あわてて戻ります。
 
やっとのことで、宇治橋を渡り、鳥居前に戻ってきたら15時過ぎ。
 
お土産を買わないといけないので、大混雑のおかげ横丁に入り、お土産物屋でお土産を買い、
内宮から撤退です。
 
シャトルバスで、今度は宇治山田駅へ〜
 
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たどり着いた宇治山田駅の駅舎は、かなりクラッシックでお洒落な感じでした。
 
少し休憩して、ホームへ
 
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大和八木までこれで帰ります。
 
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近鉄の最新鋭車両?のようで、往路のくたびれた特急車両とは、乗り心地が段違いにいいです。
 
大和八木で、今度は京都行き特急に乗り換えです。
 
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こちらは、シートなどが異なりますが、割と新しい車両のようで乗り心地もよいです。
 
最後に、西大寺の奈良ファのレストラン街で夕食をとり、今回の伊勢神宮参拝の旅は終わったのでした。

伊勢神宮 外宮

伊勢市駅を出て、まず向かったのは伊勢神宮外宮です。
 
伊勢神宮の参拝方法は、まず外宮、その後に内宮というのが基本のようなので、
それに従って、まずは外宮から。
 
駅からは500m程度らしいので、参道を歩いていきます。
 
10分程度で正面へ到着です。
 
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思ったほど、参拝者はいません。
2日ともなると空いているようです。
 
鳥居を抜け、奥へ進むと、
 
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拝殿の前に、鎮座している石?にお賽銭が投げられています。
 
この石が何か分かりませんが、何かの御神体なのでしょうか
 
とりあえず、拝殿のほうの参拝を先に済まして、こちらへも新たに参拝します。
 
さらに奥に行くと、また何やら参拝する箇所があったので、そちらも参拝。
 
外宮だけで、4箇所参拝。
 
その後、お守りを買い、さらにきっぷについていた引換券で記念杯をもらい、次は内宮へと向かったのでした。
 

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