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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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書庫史跡・寺社仏閣

奈良県外の史跡・寺社仏閣の記事です。
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箱根関所

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念願の山中城跡の訪問を終え、時間は13:20。

奈良まで休憩を入れても6時間ぐらいはみておかないといけない。
帰ってから『風林火山』を見るには、遅くても14時過ぎには沼津インターあたりにいなければ・・・

しかし、成り行きで思わずも箱根までわずかのところまでやってきた。

よく考えると、次、箱根に来る機会はあるのか?
立ち止まって、さらに考えると、やはり次はない!と。

と言う訳で、一度来た道を戻ることに!

1号線を上り、箱根峠を目指す。

箱根峠からは、道は下っていく。
うねうね道を下ると、やはり紅葉見物の最後とも言える土日だから、
ハマってしまいました渋滞に。
今更引き返すこともできず。
しかし、渋滞といっても徐々に動いているので、ここは辛抱のしどころと思い、
じっと我慢。

徐々に進むこと30分あまり、やっと湖岸の箱根の町中にやってきました。

でも町中もどこもかしこも人だかり、やっぱり天下の箱根なのだと
思わずにはいられなかったのでした。

そんな感じだったので、駐車場を探すのも一苦労。
やっとふらっと入り込んだ箱根ホテルに空きを発見!
こっそりとそこへ駐車!!

御土産物屋の中を通り抜け、たどり着きました。

箱根関所


江戸時代の史跡を巡るのは、山田奉行所跡、木曾の福島関所と今回の箱根関所で3ヵ所目。

特に箱根関所は、各地にあった関所の代表ともいえるわけで、楽しみしてやってきたわけで・・・

物々しくて厳重な雰囲気かと思えば、そうでもない。
今は観光地だし、城郭でもないし、関所という役場のひとつでしかないわけで・・・。


やっと復元された関所に入ると、最近の流行で木造でいかにも関所という感じが漂っている。

関所改めを行う大番所には、それらしい人形が設置され、その様子を再現!
当時は幕府役人が関所に駐在していたわけでなく、最寄の小田原藩の役人が代行して、
関所業務を行っていたらしいです。
要するに下請け任せというか、業務委託をしていたようなものでした。
それに特にここで重視したのは入り鉄砲よりも出女
女性の関所通過は相当厳しかったみたい。
根性の悪いおばはんが、関所を出入する女性通行人を徹底的に調べたらしく、
挙句の果てには賄賂まで要求していたらしい。
どんな時代にも強欲ババァはいたわけですなぁ〜♪

そのほかに厩や厠、台所に湯殿もあったりして、ここでの役人の生活も垣間見られるようなつくり。

そんなに広いわけでもないので、15分くらいで見学終了。

少し離れたところにある関所資料館を駆け足で見学。
意外と関所破りをした人というのは江戸時代を通じて数えるほどだったのには驚きでした。
それだけ、幕府の権威というか威厳というか、そういったものの力が強かったのかとも。

最後に御土産物屋で買いすぎるほどのお土産を買い、
クルマに戻ってケータイの時計をみると15:00に!!

予定よりも1時間オーバー!
高速道路でもらった広域地図をみると、箱根というところは、
東名高速のインターからは、どこも遠い!!
ルートは3つ、箱根新道で小田原まででて、さらに北上し太井松田からのるか?
甲府から来た道を逆戻りし、御殿場からのるか、そして最後は山中城跡まで戻り、
さらに山を下り、沼津へでるか?
どのルートもそれなりの距離がありそう〜!
でも一番早いのは、どれか?
全く知らない土地なので困ってしまいました・・・・。

箱根旧街道

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箱根峠交差点付近のパーキングで、目的地の北条氏の西の最前線を確認すると、
おおよそ5キロくらいで、1号線をそのまま静岡県側に下っていくだけでよかったらしいので、
箱根の街中にも関心が出てきたのですが、あまり時間がない?というわけで、
予定通り下ってみたところ、やっと着きました北条氏の西の最前線
ちょっとした駐車場があったので、そこへ駐車し、P向かいの飯屋でパンフをもらい、
いざ出陣?!と思い歩き出すと、そこは石畳の旧街道。

案内板をみると

箱根旧街道


これが、箱根関所への道だっのだ!

石畳は、大昔に歩いた旧柳生街道に似てるような?

でもここは山道、写真に写っているお爺さんも、息を切らせながら歩いていました。

その昔は、ここを大名行列が往来していたと思うと、あ〜っと言いたくなるような?
そんな気分になりました。

大仙陵古墳

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輸送艦『おおすみ』の一般公開による見学もあっさり終了して、
時計をみると、まだ10時過ぎ。
そのまま帰宅するには早すぎたので、もう1箇所、どっか寄ってみることに。

でも、堺って何があるねん?


そこで、何か有名な名所は?

で思い出したのが、

大仙陵古墳、すなわち伝仁徳天皇陵!

大仙陵古墳(だいせんりょうこふん、大仙古墳、大山古墳とも)は、
大阪府堺市堺区大仙町にある百舌鳥古墳群の古墳の一つで、
日本で最大の規模を誇る前方後円墳である。また、墓域面積は世界最大である。
この古墳の役割の一つとして、海から見える前方後円墳であり、
船から見える目印としての前方後円墳であることが考えられている。

宮内庁によって仁徳天皇の陵墓として管理されており、
陵号は百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)。
一般的には仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)と呼ばれる。

エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並び世界三大陵墓の一つに数えられている。

ウィキペディアより

カーナビで調べると、泉北港からは5kmくらい。

早速、大仙陵古墳を目指してクルマを始動〜♪

旧市街を通り抜け、何やらごちゃごちゃした町中を走りぬけると、
こんもりした丘が見えてきた。
どうも、これらしい。

古墳の外周にPがあったので、そこへ駐車。

幅の狭い堀があって、その奥はこんもりした森が見える。
それにしても堀幅が狭い?

とりあえず、陵墓の管理事務所までいってみる。
どこにでもある鳥居がある所へ〜!

ここでわかったのは、堀は3重に掘られている事。

Pの沿いにあるのは、3重目の堀ということらしい。

でも、相も変わらず天皇陵は面白くない。
どこも同じの鳥居と進入禁止。
もう、いいだろうと・・・陵墓といえど、これは国民の財産!
どうせ、仁徳天皇の陵墓ではないのは明らかだし。

しかし、ここが他の天皇陵と違うところが・・・!!

ちょっとした案内パンフ?があった!


ただ、それだけ。

道を挟んで向かい側に、堺市博物館があったので、そっちへ行ってみることに。

後白河天皇 法住寺陵

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三十三間堂を裏手のほうから出て、いよいよ帰路にと思い、
駐車場へ向けて歩いていて見つけたのが、

後白河天皇 法住寺陵


源頼朝に日本第一の大天狗といわれた法皇の陵墓。

陵墓といっても、奈良にあるような古墳のように大きなものでなく、
ちょっとした祠みたいなのがある程度。

その昔は、源平の武者たちを手玉に取り、その権勢をほしいままにした人物らしいけど、
その陵墓からは、想像もつかない。

そんなのが、町のアチコチある京都は、奈良以上に教科書に出てくるような歴史の一節が、
身近に感じられるように思った・・・。

インクライン

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南禅寺の水路閣を訪れた後、水路沿いに歩いていくと出たのが、

インクライン


明治時代、琵琶湖の水を京都市内へ引くために掘削された疎水トンネルを利用して、
川舟を京都と大津の間を行き来させるために設けられたのがインクラインといわれる
傾斜鉄道です。

この鉄道の台車に、そのまま川舟を載せ、傾斜のきつい九条山〜蹴上間を上下させ、
琵琶湖〜京都間の水運に利用していたようです。

今は、そこも桜の名所のようですが、季節が違うので、写真ではわかりにくいです。

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