ここから本文です
気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
Yahoo!ブログも本日8月31日をもって実質的に終了となります。これまで弊ブログを御贔屓いただきありがとうございました

書庫東日本の城郭

関東甲信越・東北・北海道の城郭の紹介です。遠方になるのであまり更新はありませんので、その辺はあしからず。
記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

春日山城史跡広場

春日山城・林泉寺とまわり、やっと昼食へ〜♪

直江津の市街地のほうへ向うと、

春日山城史跡広場


案内板が!!

腹は減っていたけど、ここまで来て見ないわけにはいけません。

イメージ 1


土塁と堀があります。

それは近世城郭のそれとは全く一線を画します。

いかにも中世の城館が、そのまま拡大されたという感じです。

関西の近辺でよく似ているのが、越前一乗谷の朝倉氏居館跡でしょうか?

特に土塁の復元は素晴らしい!!
造りでは、信州の松代城跡の土塁といい勝負です。
規模では、こちらの方が優っているかと

土橋を渡り、曲輪内へ入ります。
右手にいくと高台があり、そこへ登ってみます。

イメージ 2


こんな感じで、土塁と堀で曲輪が囲まれています。

曲輪内は、何もない原っぱですが、当時は春日山城の総構として
武器庫や兵員が駐屯する小屋などがあったのかと想像されます。

こうして、アチコチ見てまわると春日山城の大きさが実感できます。

本丸なんか、はるか彼方で、それすら確認は困難。

これで春日山城とお別れ、やっと昼食ですが・・・

千貫門跡

直江屋敷跡から、さらに下ると空堀に沿って歩くとたどり着いたのが

イメージ 1


千貫門跡に到着〜♪

しかし、どういった感じの城門があったのかは、全く不明?

門跡の向こうには、

イメージ 2


空堀がありますが、かなり複雑な構造になっているようで、
一見は登城路のようだけど、それは空堀の底になっているみたいです。
見上げたところには、伏兵などが配備できるみたいです。

今となっては草木が覆い茂り、何が何やら全くわかりませんが、
自然の谷や尾根を利用して、防御度を高めています。

で、さらに下ると・・・・

直江屋敷跡

毘沙門堂から、さらに下ると・・・

イメージ 1


大河ドラマの主人公・直江兼続が居住していたという屋敷跡に〜♪

本丸を守る重要な郭になっているようで、
郭は三段式になっていて容易には攻め込めない
構造になっています。

イメージ 2


でも今は草木が覆い茂り、何が何やらわからなくなってしまっています。

屋敷地の敷地は、これも本丸同様に狭いです。
これも山城の特徴なのでしょう。

戦国が終わり、太平な世になると手狭な山城では、
行政の政庁としての役割は難しい。

こうして巡ると、上杉氏の後、春日山城主になった堀氏が、
春日山城を放棄したのもわかるような気がします。

さらに下っていきます。

毘沙門堂

春日山城本丸を攻略して、これからは下城となります。

これまで来た登城路とは違う道を下ると・・・

イメージ 1


謙信公が篭ったという毘沙門堂です。

といっても建物は当時のものではないです。

イメージ 2


内部には毘沙門天の小さな像が祀られています。

こういうところに篭って、いろんな戦略を練っていたのかと思うと感慨深いものが・・・

謙信の戦略の原点が、この場にあるような気がしながらも
先を急ぐので、駆け足での確認となってしまいました。

次はあの・・・

三の丸・二の丸とヘロヘロになりながらも攻略して、
ついに本丸攻略へ〜♪

二の丸から本丸へは大した距離もないですが、
雨上がりのため、登城路はヌルヌルです。

まずは天守閣跡

イメージ 1


石碑だけがあり、天守台らしいものはありません?
いや、その天守閣跡だけが本丸から独立したような感じなので、
それ自体が天守台なのかも?
といっても近世城郭のように石垣は全くありません。
まあ、謙信公銅像からヘロヘロになりながら攻城戦を展開してきましたが、
石垣は全く見かけなかったので、そういった中世的城郭の典型なのでしょう。
実際は、二層建ての物見櫓みたいなものがあがっていたのではと想像できるのですが・・・

しかし、今は何もありませんので、その跡から直江津方面を望んでみます。

イメージ 2


直江津の街並みと海岸沿いに工場地帯が見えます。
思っていたより大きな街のようです。

謙信・景勝・兼続たちの目には、城下の様子はどう見えていたのか?

次は本丸下の井戸曲輪に・・・

イメージ 3


大きな井戸が、こんなに標高の高いところにあります。

普通の山城には、こういった井戸はないです。

のぞいてみると、枯れてません。

これが籠城する上では大いに役立ちそうです。

このさらに下に景勝屋敷跡がありしたが・・・もう体力がない・・・・

限界寸前・・・座れる本丸へ戻ります。

イメージ 4


本丸跡です。

敷地は、さほど広くありません。

我が家の敷地の数倍程度です。

この日は、トレッキング集団でごった返していました。

それを見ると、実際に政務を執るときは山麓あたりの屋敷にいたのかも?

イメージ 5


春日山城址の石碑の隣には、本丸跡の石碑も
何とか親王お手植えの松もありました。
ここでいう何とか親王は、どうも大正天皇のようですが、よくわかりません。
病弱と言われた大正天皇が、僕でさえヘロヘロになった春日山城に登城できるのか?
謎です?

ついに春日山城を攻略しましたが、体力が・・・

しかし、下城できるのか?

ジャジャヤン・ジャジャジャン〜♪

開くトラックバック(2)

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

ブログバナー

大納言兼加賀守
大納言兼加賀守
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事