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春日山城・林泉寺とまわり、やっと昼食へ〜♪ 直江津の市街地のほうへ向うと、 案内板が!! 腹は減っていたけど、ここまで来て見ないわけにはいけません。 土塁と堀があります。 それは近世城郭のそれとは全く一線を画します。 いかにも中世の城館が、そのまま拡大されたという感じです。 関西の近辺でよく似ているのが、越前一乗谷の朝倉氏居館跡でしょうか? 特に土塁の復元は素晴らしい!! 造りでは、信州の松代城跡の土塁といい勝負です。 規模では、こちらの方が優っているかと 土橋を渡り、曲輪内へ入ります。 右手にいくと高台があり、そこへ登ってみます。 こんな感じで、土塁と堀で曲輪が囲まれています。 曲輪内は、何もない原っぱですが、当時は春日山城の総構として 武器庫や兵員が駐屯する小屋などがあったのかと想像されます。 こうして、アチコチ見てまわると春日山城の大きさが実感できます。 本丸なんか、はるか彼方で、それすら確認は困難。 これで春日山城とお別れ、やっと昼食ですが・・・
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東日本の城郭
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詳細
関東甲信越・東北・北海道の城郭の紹介です。遠方になるのであまり更新はありませんので、その辺はあしからず。
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三の丸・二の丸とヘロヘロになりながらも攻略して、 ついに本丸攻略へ〜♪ 二の丸から本丸へは大した距離もないですが、 雨上がりのため、登城路はヌルヌルです。 まずは天守閣跡に 石碑だけがあり、天守台らしいものはありません? いや、その天守閣跡だけが本丸から独立したような感じなので、 それ自体が天守台なのかも? といっても近世城郭のように石垣は全くありません。 まあ、謙信公銅像からヘロヘロになりながら攻城戦を展開してきましたが、 石垣は全く見かけなかったので、そういった中世的城郭の典型なのでしょう。 実際は、二層建ての物見櫓みたいなものがあがっていたのではと想像できるのですが・・・ しかし、今は何もありませんので、その跡から直江津方面を望んでみます。 直江津の街並みと海岸沿いに工場地帯が見えます。 思っていたより大きな街のようです。 謙信・景勝・兼続たちの目には、城下の様子はどう見えていたのか? 次は本丸下の井戸曲輪に・・・ 大きな井戸が、こんなに標高の高いところにあります。 普通の山城には、こういった井戸はないです。 のぞいてみると、枯れてません。 これが籠城する上では大いに役立ちそうです。 このさらに下に景勝屋敷跡がありしたが・・・もう体力がない・・・・ 限界寸前・・・座れる本丸へ戻ります。 本丸跡です。 敷地は、さほど広くありません。 我が家の敷地の数倍程度です。 この日は、トレッキング集団でごった返していました。 それを見ると、実際に政務を執るときは山麓あたりの屋敷にいたのかも? 春日山城址の石碑の隣には、本丸跡の石碑も 何とか親王お手植えの松もありました。 ここでいう何とか親王は、どうも大正天皇のようですが、よくわかりません。 病弱と言われた大正天皇が、僕でさえヘロヘロになった春日山城に登城できるのか? 謎です? ついに春日山城を攻略しましたが、体力が・・・ しかし、下城できるのか? ジャジャヤン・ジャジャジャン〜♪ |





