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謙信公銅像前の茶屋横の休憩所で、一休みしてから、これからが本格的な攻城戦となっていきます! 銅像横のクルマが通れる程度のじゃり道から、まずは三の丸を目指します。 それにしても、このじゃり道、思った以上に長い? 言っても、次の登城路へ繋がったところまでは200mくらい? カンカン照りで、ものの数メートル歩いただけで、またフラフラ〜♪ これまでアチコチの城跡を巡りましたが、こういう状態になったのは例がない? 意識も朦朧としています。 途中でお茶をラッパのみしながら、やっとのことで三の丸への登城路にたどり着きますが、 ここからはあぜ道のような感じで、雨の降った後だったみたいでヌルヌル〜♪滑ります〜!! 道沿いの柵にもたれながら、目が回った状態で三の丸に到着! 山の斜面を切り開いた程度なので、あまり広くありません。 さらに奥へいくと 謙信公死後、上杉景勝・直江兼続主従と家督争いをした上杉景虎の屋敷があった場所のようです。 そして振り返ると 米蔵跡と土塁があります。 謙信公存命中、景虎は、城内の年貢米などの管理を任されていたのかもしれません。 そしてさらに進むと たて堀です。 でも草木がおおい茂りすぎて、何が何やらわかりません。 山中城跡なみの整備をして欲しいものだと・・・ さらに進みます。 二の丸です。三の丸以上にほったらかしで、草ボウボウ〜♪ ここに何があったのかわかりません。 案内板も草ボウボウのなかにあり、ヘビでも出てきたら怖いので素通りです。 あと少しで、ついに本丸へ〜♪ でも、もう気力が・・・・ |
東日本の城郭
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詳細
関東甲信越・東北・北海道の城郭の紹介です。遠方になるのであまり更新はありませんので、その辺はあしからず。
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上越市埋蔵文化財センターでの見学を終え、今回の遠征の目的である春日山城跡へ向います! クルマを数分走らせると 上杉謙信公が、お出迎えしてくれましたが、 既にその場所には、クルマを駐車できるスペースもなく・・・ ちょっと先に春日山神社のPがあるので、そちらへ行ってみると、 そこも満車(泣) それでさらに山を下ったところにある愛宕谷公園のPへ〜♪ ここは、やっと空いてました。 Pのそばには公園と写真のような家屋が何軒か建っています。 こちらの家屋の建て方は、奈良とはずいぶん違い簡素な感じがします。 でも、このPは謙信公の銅像の場所からも、相当下った麓にありました。 ということで、想像もしなかった大雪山登頂並み?の登山に挑むことに〜♪ まずはクルマで下ってきた道を登ります。 数十メートルを歩いたところで、もうヘロヘロで立ち止まってしまいました。 これこそ、地獄の一丁目!!! ヘロヘロになりながら、やっと春日山神社のPに到着。 しかしここからが正念場〜♪ 鬼のような階段を駆け上がるところから始まります。 この時点で駆け上がるどころか、行き倒れになりそうなくらいの疲労困憊。 睡眠不足が原因か?はたまた30度を越える暑さのためか? それとも根本的な体力不足からか? どれかひとつが原因というわけではなく、それら全てが原因かも?? はいつくばって?右に左にフラフラしながら登ります。 やっとたどり着きます。 春日山神社の社殿があります。 小さな神社ですが、御神体は謙信公のようなので、 ひっきりなしに参拝客が訪れます。 僕は、さらに疲労困憊です。 少し歩くと謙信公の銅像へたどり着きます。 あまりにものどが渇いたので、銅像の向かい側にあった茶屋の自販機で ペットボトルのお茶を買いました。 それでもフラフラ、意識すら朦朧としていきます。 やばいです、しかし攻めあがらなければなりません〜! そこで最後の力を振り絞って・・・・ |
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畝堀・障子堀で囲われた西の丸をでると、次はいよいよ本丸。 ハイキングコースの様な道をひたすら歩いていくと北の丸へ 北の丸は、本丸の北側を守る曲輪ですが、今はこれといって何もない テニスコート3面分くらいの広さ? で、やっと本丸に。 北の丸との間に木橋が架かっていて、渡るとこんもりした土盛が・・・・。 案内板をみると、これが天守台だというけど、この城に天守閣があったとは考えにくい? まあ三層程度の櫓ぐらいは建っていたのだろうけど、 上方の城郭の天守閣には到底及ぶシロモノではなかっただろうと。 木々さえなければ、ここは西の丸よりも見晴らしがよさそう〜♪ 本丸は三段構えの構造になっていて、曲輪内がさらに区切られて、防御度を増している。 さらに西橋を渡ると二の丸で、ここも土塁、深い堀と虎口で堅牢に守られていて、 その構造は、本丸よりもわかりやすいかな? 特に櫓台の上から見ると、土塁の虎口などは鳥瞰できてわかりやすい。 それにしても、これほどまでの複雑な構造の城郭を、 それも石垣を使わずにできたとは・・・北条氏の独特な築城術に感嘆としたのでした・・・。 これでほぼ周るところは終り、下り坂へ 箱井戸・田尻の池を再び通り、三ノ丸堀の沿いを通り、駐車場に。 時間は13:20。 まだあの場所へ行くには、何とかなりそうだ!!行ってみよう!! というわけで、ハンドルを東に切り、まずは箱根峠を目指して・・・・
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出丸部分をでて、一旦駐車場へ〜! 箱根旧街道歩いていくと、左手にここで戦った北条方将兵と 豊臣方将兵の墓があり、その先に城跡へ入っていく入口があったので、 曲がると公民館があって、そこが三の丸でした。 だからといって、他に何かあるのかといえば、何もない。 獣道のような細い道を抜けると、小さい池が2つ。 箱井戸と田尻の池 山城の欠点ともいえる水問題を解決するために設けられたのが、この2つの池。 箱井戸は将兵の飲料用、田尻の池は馬用の飲み水として使われていたようです。 そこからは遊歩道がのびていて、それを登っていくと山の谷間を利用して築かれた 山中城跡独特の畝堀が見えてきて、出丸のとき以上に、やってきたなという思いがひしひしと。 さらに駆け上がると西の丸への案内が出ていたが、その先に帯曲輪といわれるところがあり、 まずはそちらへ! そこは周囲を畝堀、そして山中城跡の看板ともいえる障子堀で囲まれた堅固な出丸となっていました。 曲輪内は、櫓跡がある程度で他はこれといったものはなし。 もし櫓でも復元していたら、かなり眺めがよさそう。 道を戻って、いよいよ西の丸へ! 入ってみると、だだっぴろい広場と物見台があるだけ。 物見台が眺めると遠くには富士山麓の扇状地、 足元には障子堀。 この障子堀、これまで写真でみただけだったけで、 これで大丈夫なんか?と思っていたのですが、 実際見てみると、これが一筋縄ではいかない造り。 畝へあがれば鉄砲や弓矢の餌食になるし、堀底に落ちれば、 滑りやすい関東ローム層のため這い上がれないだろうし。 本来なら難攻不落の城だったはず。 しかし、北条方4000に対する豊臣方40000では、それも仕方なかったのでしょう。 この西の丸だけ、異様に防御度が高い。 ここが山中城のウィークポイントなのかもしれないと。 そんなことを思いつつ、本丸へと足を進めてみましたが・・・・。
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甲府から河口湖、御殿場、芦ノ湖スカイラインを経て、やっと到着しました!! 今回の旅の目的は、実はここだったのではと思わせるほどになってしまいました。 箱根峠から下ること5kmあまり。東には箱根の山々、西には駿河湾を望む場所で、 以前、僕がよく訪問させていただいたきっぽうしさんのブログである『お城めぐり日記』に 掲載されていた記事をみて、一度行ってみたいと思っていた城跡。 いつ行く機会があるかと思っていたところに今回の甲州入りが決まったので、 急遽帰りに寄ることに。 そうでもないと、この場所、奈良から行くとなるとかなり中途半端な位置で、 とてもいけそうにない。 関西では、これほどまでに整備された土塁の城跡はないので、 石垣のない城というものが、どれほどのモノなのか非常に楽しみでした。 クルマを停め、隣接する飯屋でパンフをもらってみると、 鳥瞰図的なイラストを見ると、今は城跡が1号線で分断されている?様な感じ。 出丸部分と本城部分は分けて見学する必要がありそうで、 まずは出丸部分へ! 出丸は細長く築城されていて、それは箱根を目指してのびている 箱根旧街道を眼下に見下ろし、堀をほりあげ、その土で土塁を築き、 その上から敵を狙い撃ちできるような構造になっていて、 出丸内も区画わけされ、早々には攻め落とせるとは思えない構造? でも石垣がないので、石垣造りの城を見慣れた僕にとっては何か変な感じ?
これが城跡なのか? そんな思いを持ちながら、いよいよ本丸・二の丸・西の丸のある本城部分へ〜♪ そこが、凄かった〜! |




