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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
Yahoo!ブログも本日8月31日をもって実質的に終了となります。これまで弊ブログを御贔屓いただきありがとうございました

書庫東日本の城郭

関東甲信越・東北・北海道の城郭の紹介です。遠方になるのであまり更新はありませんので、その辺はあしからず。
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いよいよ、松本城天守閣への入場です。
入口で靴を入れる袋をもらうと、ボランティアのおじさんが、
『天守閣6階(最上階)まで上って、降りてくるまで1時間ぐらいかかりま〜す!!』
げっ〜!!確かに混んではいるけど、さすがそこまではと思っていたのですが、
全く進まない。
普通なら、展示してある火縄銃とか古文書とか見れるんでしょうが、人だかりで殆ど見えず。
階段も急角度の造りで、その上、狭いときたものだから、一人一人の上り下りに時間がかかるかかる!!
なんとかちょっとずつ上っていって、やっと最上階についた時には、ゆうに40分近く経っていたような?
大阪城のようにベランダのようなところ?がないので、窓から見える東西南北の風景を撮影してみました。
まず東から美ヶ原温泉方面、北は開智学校、西には常念岳や槍ヶ岳を含む北アルプスの連峰が、
南には松本市街の街並みが広がっていました。
とくに西側の北アルプスの眺めは、もう少し早く到着していたらと・・・・。
寄り道しなければとつくづくと思いましたね。
そこで時計を見るともう16時に近く、もうそろそろ松本を出発しないと、
今日中に帰れないので、仕方なく天守閣を降りることに。
上りほど時間はかからなかったけど、やはり15分くらいはかかりましたね。
天守閣を出て、最後の撮影として、お馴染みの撮影スポットへ向かったのでした。

松本城本丸へ

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太鼓門もそそくさと見学して、ついに本丸に入りました。
その規模は、先日訪問した松代城跡の本丸・二の丸をあわせたくらいの広さでしょうか。
土橋の架かる内堀をわたると、そこが黒門で、これも平成になってから?の復元のようですが、
この内部には入りませんでした。というよりも公開していたのかさえ確認しなかったので。
黒門をくぐると、そこは本丸敷地で、西側には天守閣がそびえ、
手前には本丸御殿跡が広がってました。
本丸御殿跡真ん中にある通路をとおり、いよいよ天守閣へ!!
しかし、それからが大変でした・・・・・。

写真は黒門・本丸敷地内からみた天守閣・天守閣入口です。

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松本城太鼓門

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時間もかなり押した状態で松本城へ到着したので、城内の市立博物館も満足に見学できないまま、
次にまわったのが、数年前に復元された松本城太鼓門です。
これは松本城の東側にあり、堀を挟んだ向こう側には市役所があります。
この城門も、最近の復元の例に漏れず、木造復元となっていて、その辺がなかなか嬉しいです。
さて、城門横の石段をあがると、駿府城の二の丸東御門と同じように内部を公開していました。
さすがに、天下普請の駿府城の二の丸東御門と比べると規模も違い小さいのですが、
柱や梁をみるとなかなかきっちりと組まれていて、優れた職人技が今もなお受け継がれている事が
実感できました。
内部には特にこれと言った展示はなかったのですが、それが内部構造を見るには好都合だったかも?
あまりに何も展示がないので、あっさりと退散できましたが、その後が・・・・。

写真は城内からみた太鼓門、虎口からみた太鼓門、高麗門、太鼓門内部です。

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渋滞の中、やっと篠ノ井線のガードをくぐり、市街地へ!
そして、やっとのことで松本城大手門駐車場へ到着!
大手門駐車場というくらなので、大手門跡くらいはあるのかと思っていたけど、
それらしい跡も石碑もなく。
駐車場のおじさんに松本城は?と聞くと、表通りにでて左側へというので、
歩いていくと、まず観光案内所があったので、そこで松本・安曇野・美ヶ原・上高地など、
今回の訪問に関係のないパンフまでとりまくってしまいました。
観光案内所を出て更に進むと、ちょっとした人だかりが・・・・。
喫茶店のようなのですが、入口の隣にジェラードの販売コーナーがあって、
それが盛況だったようで、なかなかおいしそうです。ちょっと気になりつつも、
更に進み、やっとたどり着つきました。
入口には、『国宝 松本城天守』の石碑が!!
城内を更に進んでいくと、そこには「鴉城」とも言われた黒壁の天守閣が!
その向こうには遠いけど、北アルプスの山々が!!
これを見たら、ついに信州に来たことを実感せずにはいられませんでした。

ともかく強行なので、見れるところは見たいと、城内の松本市立博物館へ!
前回も入場したような気もするけどと思いつつ、見学。
松本近辺の歴史・民芸など中心だったのですが、そのなかで目を引いたのが、
『男根』なる木製の模型?です。
あまりに大きくて実用的??ではないですが、こういったモノを利用した風習・信仰は、
聞いたことはありましたが、実物をみるとホントにあったんだ〜と感心。
その後、地下の地元の火縄銃コレクターの火縄銃コレクションをみて、博物館を出て、
復元されたという太鼓門へと足を進めてみました。

松代城跡

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真田宝物館・真田邸・文武学校を訪問して、やっと今回の志賀高原スキーの裏目的?であった松代城跡へ向かいました。
真田邸と文武学校の間の路地を抜け、池田満寿夫美術館の横を通り、長野電鉄の踏切を渡ると、
そこが松代城の二の丸でした。
その昔、といっても10数年前、安曇野に住んでいる友達を頼りに信州へやってきたときに、
ここへは一度訪問しているのですが、そのときは整備もされていなくて、
いかにも古城といった感じだったのですが、今回は、これが同じ場所かと見違えるほど整備されいました。
正面には太鼓門が復元され、そこには見慣れた真田家の家紋である六連銭をあしらった紅白の幟が!!
ここは真田家の居城なのかと実感しました。
内堀にかかる橋を渡り、虎口の形成され太鼓門をくぐると、そこが本丸でした。
多くの桜の木が植えてあって、やはり「お城に桜」はいいもんだなと・・・・。
太鼓門の先に海津城跡の石碑があったので、それをみてから本丸北西の隅っこにあった
天守台へ上がってみました。
規模的には、大和郡山城の天守台と同じくらいのようです。
しかし、真田氏が上田から転封してきたときには、既に天守台のみで、
それ以前に城主であった森氏・松平氏の時代に天守閣が存在したかと
いう事も記録なく、多分、天守台だけで天守閣は上げられなかったようです。
天守台の上からは、南側には太鼓門・長野電鉄松代駅・池田満寿夫美術館がみえ、
北側には、二の丸の復元土塁が見え、その向こうには上信越道が見えました。
その昔は今と違い、二の丸の向こう側は千曲川だったらしく、城の近くに船着場もあったようです。
そういった戦略的要地であったので、川中島合戦前に築城されたのでしょう。
天守台をおりて、海津城石碑の向こう側にあった北不明門へ。
太鼓門と似たような造りですが、こちらの方が少し小さいかも?
それをくぐり少し歩くと、二の丸の復元土塁が。
松代でもそうなのですが、石垣の復元はよくしてあるところが多いのですが、
土塁に関しては、ほったらかしのところが多く、ここほど土塁の復元をしているところは、
見たことがありませんでした。
武田家独特の馬出とか、お〜〜っと言うものもありました。

そうこうしているうちに、13時近くになっていておなかが空いたので、
二の丸広場で開催していたイベントを横目にあわてて、真田宝物館横のPへ。
まだまだじっくりと見たかったですが、時間もなく松代から退散しました。

これで信州ともお別れとなり、再び高速道路へのり、奈良へ帰りました。

写真は内堀前からの表門・太鼓門、太鼓門、桜の咲く天守台、北不明門です。

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