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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
Yahoo!ブログも本日8月31日をもって実質的に終了となります。これまで弊ブログを御贔屓いただきありがとうございました

書庫散歩

2014年9月より開始。
当初の目的である健康増進に役に立っているのか?
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中国・四国地方に甚大な被害をもたらした豪雨が過ぎ去り、今朝は久しぶりの快晴ということで、これまた数日ぶりに朝の散歩へ行ってきました。

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いつも参拝する菅原神社裏の公園には、週末に向けて盆踊り用の櫓が組み立てられていて・・・・

参拝後、垂仁天皇陵の濠沿いに歩くと、

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濠の向こうに爽やかな青空。

そして帰宅すると・・・

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EV前でくつろいでいたショウタが、そそくさと退散する姿が・・・・

何事もなかったような感じで、今日が始まったのが、違和感ありありだったのでした。
5月24日【木】です。また今日から3連休です。今日は天気が良かったので、レヴォーグの洗車をして、帰宅後はYouTube三昧の一日でした。

それはともかく、先週の18日【金】、これまで温めていた構想を実行してきました。

それは近所にある大阪と奈良を結ぶ国道308号線を走破?しようと言うもの。

今回はそのうちの奈良宝来郵便局前から近鉄枚岡駅までの約13㎞走破を目標に歩いてみました。

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奈良宝来郵便局前から県道7号線と交差する砂茶屋交差点までは既に走破?しているので、今回の起点は砂茶屋交差点からとなります。

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富雄川を越え、しばらく平坦な道が続きます。
この時点では、楽勝かなと思っていたのですが・・・・

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この灯篭から先が上り坂になっていきます。


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傾斜はさほどきついわけではないけれども、ダラダラと続きます。

10分ぐらい歩くと今度は、

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第二阪奈道路の下を潜り抜けるため、急な下り坂になり、潜り抜けると今度は、


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急な上り坂になり、この時点でかなり厳しくなってきています。


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冬場はチェーンが必要なヤバい道のようです。

さらにダラダラとした上り坂が続き、5分程度歩いたところに、

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追分という本陣があったようです。ここで休憩をとっていたのでしょう。
左は富雄川沿いに降りて郡山へ行く道のようです。
僕はまっすぐ歩きます。

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うねうねした森の中を上り下りしながら歩いていくと、こんなところに警察犬の訓練所が・・・
警察犬の訓練がメインのようですが、民間施設なので、飼い犬に関しても訓練やしつけをしてくれるようです。

ここからまた上り坂を歩いていきます。鬱蒼とした森の中。
行けども行けども、どこまで歩きついたのかわからず、疲労困憊になった時・・・

スマホがなります。前職場から・・・何でこんな時に・・・・

顧客へ提出する請求書の件でしたが、かなり参っていたのであの説明でわかってくれたかどうか・・・

対応を終え、さらに先に進むと・・・

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少しばかり人家があるところに、弘法大師(空海)もこの道を歩いたという石碑が!
この手の話は結構眉唾なので真偽不明?

ここが榁木峠(むろのきどうげ)と言う所らしく、標高は270ⅿ。

しかしこれくらいでヘバッていては先が思いやられます。

ここからは下りで、傾斜も緩やか。

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森の中を潜り抜け、視界が広がると生駒山がみえました。

でも今回の目標はあのはるか先。

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国道168号線と交差し、先に進んだところで何故か道を間違えてしまい・・・


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本来の予定場所から500ⅿ位南側に降りてしました。

ここで天気が怪しくなってきて・・・近鉄枚岡駅まで約8㎞。

雨が降ってくるとどうしようもないので、今回はここで断念。

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予定していた工程の約半分を走破?し、最寄りの近鉄生駒線・南生駒駅より止む無く撤退。

ただただ体力のなさを痛感し、今回のチャレンジを終了したのでした。

5月11日【金】です。非常にさわやかな朝ですが、結構冷えてます。

さて本題ですが、昨日10日【木】は、GW出勤の代休と言うことで休みでした。

前々から企画していた長距離”散歩”を実行に移すことにしました。
当初は自宅から近鉄京都線の三山木駅前の”塩元帥”京田辺店へ徒歩で行くことを考えていましたが、先日、別件でその方面へ行ったとき、新規開店した久御山店へ行ったので、今回は塩元帥案は見送り、第2弾として検討していた”王寺・カレー店横浜”案を実行することに。

自宅からはおおよそ12㎞、Yahoo!地図での検索では約3時間少々、行程としても前半に丘陵部分がありますが、後半は平地部分ということで何とかなりそうかと。

8:20自宅を出発。垂仁天皇陵横を通り抜け、西ノ京駅西側の住宅地をすり抜けていき、まずたどり着いたのは・・・・

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5月1日に移転開院した奈良県総合医療センターです。

本来ならば、ここの現地調査・紹介も先行すべきなのですが、業務上の都合もあり、後日行います。

センター建物まで登ると遠回りになるので、今回は敷地の南側にある遊歩道を歩きます。

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※遊歩道の写真は以前撮影したもの。

センター側は植林された斜面で、反対側は細長い池になっていて、さながら城郭の土塁と堀のようです。
西側の少し離れたところには富雄川が流れ、それはさながら外堀のようで、センターは天然の要害ともいえます。

そこを軽くスルーし、富雄川沿いへ向かいます。

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富雄川沿いの遊歩道は、桜が植えられている以外はこれといった見どころはなく・・・

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慈光院が見えてきたところで、進行方向を西へ〜♪しかしこの辺で疲れが・・・

しばらく歩いてやっと見つけたファミマで休憩。

休憩後、歩きだしたら、

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中間地点の?法起寺まであとわずか。

だらだらした上り坂を超えると・・・

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大和郡山市から聖徳太子ゆかりの斑鳩町へ〜♪


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法起寺到着。残り半分。

しばらく歩いてまた進路を西に歩き始めると、矢田丘陵の端っこに

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三重塔が見えてきました。どうも法輪寺らしいです。目立たないところにあり、お寺の名前こそ知っていましたが、その所在までは知りませんでした。

さらに進むと村中に入っていき、さらに進むといつの間にやら

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法隆寺の境内に入っていました。

五重塔に隣接する金堂は修復工事中のようで大屋根に囲われていました。

せっかく来たのだから見ていければよかったのですが、この後のミッションを考慮すればそれもままならず先を急ぎます。

ここからは南へ下り国道25号線を横切って、しばらく歩くと・・・

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ニシキ醤油さんに突き当たります。

ここ、前任職場のお客さん。

ニシキ醤油さんからはまた進路を西へ向け、さらに進んでいくと・・・・

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国賊・売国政党”社民党”のポスターが・・・
既に掲示されてから相当の月日がたっているようで、色あせしており、その党勢をそのまま現わしているようです。
それでもなお、こんな奴らを支持する輩が、そこかしこに存在することが信じられないのですがね。

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それを過ぎるとまた国道25線へ。いよいよラストスパート〜♪


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しばらく歩くと右手に我が母校・奈良県立某高等学校(現在は校名が変更されています)が!!

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そして大和川を超えます。

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11:40頃、カレー店横浜に到着。

30数年前、初めて食べに来た時とほとんど変わらない店舗。

いつもと同じくカツカレーを注文。

当時はたいして感じなかったけど、今日は妙に感じいっていまうカレーの辛さ。
久しぶりだからか、歳をとったからなのかはわからいけど、あの絶妙な味わいはそのまま。
食後におなじみのアイスを頂き、今回の長距離”散歩”は完了。

思ったよりもスムーズだったことにホッとして、次のミッションのため、JR王寺駅へ向かったのでした。
11月14日【月】、今日は何故か休みに割り当てられていたので、一昨日の『ブラタモリ 大坂城 真田丸スペシャル』、昨日の『真田丸』・第45回「完封」の復習も兼ねて、大阪へ行ってきました。

往路は贅沢?に鶴橋まで大阪難波まで回送ついでの『伊勢志摩ライナー』に乗車。

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席に着くと窓のそとには・・・


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4番ホームに『しまかぜ』4号車の乗車位置案内が何故か?

果たして大和西大寺駅から京都駅まで、わざわざ『しまかぜ』に乗車する人がいるのかどうか・・・・

さて乗車してみると鶴橋まで30分弱、汎用型特急車両に比べるとシートピッチも広かったので足も延ばせて、快適な乗車ができました。


鶴橋で近鉄から大阪環状線に乗り換え、次の駅である玉造駅で下車。


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真田丸の最前線?ともいえる駅なので、気合が入っています。

ここからは進路を西に商店街や住宅地を抜け、まずは三光神社。

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月曜日ということもあり、観光客もまばらで閑散としています。

三光神社を経て、いよいよ真田丸跡を目指します。

まずは真田丸跡の北西角へ

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大阪明星学園の敷地の北西角にもあたります。
石垣の部分が段差があります。

少し戻って心眼寺前へ〜♪

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左へ若干曲がりながら登る坂道を歩いていくと、以前の訪問の時にはなかった?石碑があります。

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ふと学校の校舎を見上げると、


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真田丸跡を強調するように真田丸と真田信繁(幸村)と大坂城が描かれた壁画が掲げられています。

大阪明星学園はキリスト教系の学校なので、らしくない印象もしますが、生徒には、そういう場所で学んでいるという誇りがあるのかもしれません。

学校の南側に回り込み、西へ〜♪

この辺りは全く遺構がありません。徹底した破壊がされたというのは番組での解説のとおり。


そしてここからは、真田信繁終焉の地へ〜♪

上町筋から谷町筋と歩き、そしてあべのハルカスを目前にしたところで、上町台地の西側の縁を下ります。

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天神坂と呼ばれる坂道です。そこを下りきったあたりに・・・


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安居神社、ここが真田信繁(幸村)終焉の地と言われている場所です。


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住宅地と他の寺社との間にあるこじんまりした神社です。

もうちょっと広いところか思っていましたが、高台にあり間口はどこも狭いので、軽自動車も入らないそんなところにあります。

そして、それは境内の隅っこにありました。

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こちらの銅像は、三光神社の勇ましい姿のそれとは違い、戦に疲れ果て休息している姿です。

ここで彼は最期を迎えるのですが、その時の思いはいかなるものだったのか・・・・

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そしてここでもありました六文銭を模した五円玉6枚と、なぜかクルミが二つ(笑)

彼も父・昌幸同様にクルミを手にして戦略を練っていたのでしょうか?

本当に小さな神社なので、見て回るのもあっという間。

そしてこの後たどり着いたのは・・・・


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冬の陣では徳川家康が、夏の陣では真田信繁が本陣をおいた茶臼山です。

小高い丘で、南側には池があり、本陣をおくには最適な場所です。

この場所でどんな思いをもって彼は徳川軍に立ち向かおうとしたのか、それはわかるようでわからなかったです。

これで真田丸と真田信繁終焉の地を巡る散歩は終わりです。

ここからは・・・

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写真のような場所を巡りながら、近鉄大阪難波駅から帰路に。

帰宅は思ったよりも早く13時過ぎだったのでした。

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11月13日【日】です。今日は早朝から爽やかに晴れていたので、久しぶりに散歩へ行ってきました。

何時もなら菅原神社参拝の往復コースですが、今日は進路を東に平城宮跡へ〜

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朱雀門前に到着すると日の出直前という事で、白壁がうっすらとオレンジ色になっています。

この後、本来なら朱雀門踏切を渡り大極殿方面へ行くつもりでしたが、踏切自体が閉鎖されており、やむなく進路をかんぽの宿に通じる砂利道を西へ〜♪


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眼前の湿地上に放射冷却による靄が発生していて幻想的な風景が

少し歩いて振り返ると今度は・・・


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日の出直後の朝もやにかすむ朱雀門が、そして後方の山々も白くかすんで見えいます。

これで鹿が走っているとなかなか絵になるのでしょうが、ここには鹿はいません。

平城宮跡を抜け、かんぽの宿の裏側の秋篠川を越えると西大寺検車区。

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今日は『しまかぜ』だけでなく『アーバンライナー』も出庫準備中。


この後、大和西大寺駅まで歩き、何となく電車に乗りたかったので、尼ヶ辻駅まで乗車。

ホームで1番線に入線する天理行普通を待っていたら、2番線に・・・

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近鉄奈良駅に回送されるヒストリートレインに遭遇。

自宅マンションに戻ると、通路には・・・

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久しぶりにショウタと遭遇。しばらく見なかったので心配していましたが、カメラを向けると、さらにパワーアップ?した体でそそくさと遁走したのでした。





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