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6月14日(日)です。まだ梅雨の真っただ中と言ったどんよりとした空模様の中、雨も降っていなかったので、5:15出発で散歩に行ってきました。
ここ最近は例の如く、まずは天神堀へ〜♪
いつもの親ガモが定位置で監視体制です。
もう見慣れているはずなのに、相変わらずの威嚇モードです。
今日は反対側の塀にも・・・
こちらは子ガモのようですが、すっかり大きくなって親ガモと見分けるのは困難です。
ここで10分ほど彼らの様子を見た後、菅原神社で参拝。
境内に入り神殿へ向かうと、その石畳の上には・・・・
神社の飼い猫が悠然とたたずみ、あくびをしていました。
僕が近づいても動じることもなく・・・どこぞのネコとはえらい違いです。
参拝を終え、ここからが今日のメインです。
菅原神社からひたすら北上します。
西大寺の境内の西側をすり抜け、近鉄奈良線を渡り、たどり着いたのは・・・
秋篠寺です。
秋篠宮家ゆかりの寺院です。
かと言って佳子様ご本人自体も来寺されたのかはわかりませんが、宮号はこの秋篠寺を中心とした”秋篠”が由来していることは間違いないです。
南門をくぐり境内へ〜♪
苔むした地面と鬱蒼とした森が広がり、静寂の中を歩きます。
その森の中には、ところどころに丸くて平たい石が散在します。
それは、どうもその昔は存在した金堂や西塔の跡らしいです。古の繁栄が垣間見られます。
そしてたどり着いたのが、
本堂です。建物自体は鎌倉時代の再建だそうですが、その建築様式は天平時代のそれを踏襲したモノとなっています。
建築物らしいものは、この本堂だけで、他にもある建屋は寺務所の様で建築的価値のあるものではなさそうでした。
この静寂の中にたたずむ本堂を前に我らが佳子様は御来寺されたことはあるのか、定かではありませんが、いずれ来られることは間違いないでしょう。その日が楽しみです。
さてさて、そんなこじんまりした秋篠寺でしたので、あっという間に辞し、東へ向かいます。
集落の中、競輪場の北側を通り抜けた先にたどり着いたのは、
神功皇后陵です。
大きな前方後円墳のようですが、今回は入口だけで素通り。
ここから進路を南へとり、近鉄京都線を渡るとそこは平城駅。
平城駅も尼ヶ辻駅・西ノ京駅と同様に駅舎は地下化されているみたいです。
本来はここから電車に乗り帰宅の途につく予定でしたが、隣の大和西大寺駅までは、さほど距離があるわけではないので歩くことにしました。
5分も歩かないうちにたどり着いたのは、
孝謙天皇陵前です。
孝謙天皇は聖武天皇の娘で、女性天皇であり、2度皇位についた歴代天皇の中でもかなり特異な存在です。
ちょっと陵墓に近付いたとき、その周囲の田んぼに・・・
ただ一羽孤高に佇む鷺の姿が・・・
その姿に何か惹かれるものがありましたが、それをどういってよいのやら、ボキャブラリーが貧相な僕には思い浮かぶ言葉がありませんでした。
陵墓の方ですが、どこの天皇陵にでもある形式で退屈でした。
宮内庁の管轄下にあるので、しっかりと整備はされているようです。
そしてこの後は大和西大寺駅へラストスパート〜
学園前の大渕池に源流をもつ秋篠川を渡ると、その護岸にあったのは・・・
大池からみた若草山の山焼きの図。
護岸にこんな施しがされているとは知りませんでした。
ただ秋篠川の護岸は、もう少し風情を感じされるものにしてほしかった思いつつ、たどり着いたのは・・・
大和西大寺駅北口。
ここから電車に乗り帰宅。歩数は9700歩でした。
果たして佳子様のルーツにたどり着けたのかは、大いに疑問の散歩でした。
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散歩
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詳細
2014年9月より開始。
当初の目的である健康増進に役に立っているのか?
当初の目的である健康増進に役に立っているのか?
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前回からの続きです。
あやめ池駅からあやめ池に沿ってしばらく歩きます。
その昔は遊園地内の周回鉄道の線路跡がどうも道路になっているようで、そこを歩きます。
しばらく歩くと知る人ぞ知るあの博物館が・・・・
その昔、あの『探偵ナイトスクープ』でも紹介された謎の博物館、東洋民族博物館です。
世界各地の珍品を取り扱っている非常に珍しい博物館です。
普段は入館者もほとんどいないようですが、何故か今も存続しています。
近くに住んでいたのですが、一度も入館した事はありませんでした。
さてここを通り過ぎ、ここからがこの日の散歩のメインとなります。
緩やかな様で歩くときつい坂を上がると昔ながらの住宅地にでます。
もともとは田畑だったのかもしれませんが、住宅地らしからぬ狭い道が四方八方と不規則に伸びているのですが、その中の一つの道を歩いてたどり着いたのが、
当家の旧宅跡。
今は当時の建物は取り壊され、新しい建物がほぼ敷地いっぱいに建てられています。
ここに住んだのはわずか6年程度でしたが、自分にとっては思い入れのある地であるのは間違いないです。
旧宅前から西側を望んでみました。
ご近所さんは殆ど建て替えられていないので、意外と当時の風景を変わらない感じです。
さらに進むと、その昔、夏場になると泥臭い匂いがした蒼池にたどり着きます。
今は水も枯れて草が多い茂り池としての体をなしていない湿地と化しています。
地図で確認しても今は単なる空白地となっています。
知らない人がみたら、何故空白地なのか理解に苦しむでしょうね。
ここからは学園前駅を目指しながらも、さらに思い出の地を巡ります。
蒼池の堤防道から学園前駅へ向かうまたまた細い道を歩きます。
歩き始めてすぐあったのは、中学の同期S君の実家。
学園前の住人では珍しく、ここで商売されていました。
今は店舗部分は改装し玄関となって、商売されていた頃の面影を探すのは難しいです。
年賀状のやり取りだけはあるのですが、長らくあってないので、どうしてるのやら?
その場もそこそこに学園前駅を目指します。
このあたりはアップダウンが激しく、散歩と言えどもきついです。
細い道を抜け、学園前団地の中を通り抜け、線路沿いへ一気に下る坂道を歩いた先のどん詰まりを少し左手に行ったところあったのが・・・
ここも中学の同期H君の実家。いや今は実家跡になっていると言ってよいでしょう。
既に住んでいる様子もなく、庭は草がボウボウに生え、廃墟のようです。
母校である登美ヶ丘中学校を卒業して既に30年ともなると、人も土地も大いに変化しているのだなと。
月日の流れというものを感じさせる散歩をここで終え、この後学園前駅より電車で尼ヶ辻駅へ戻り帰宅したのでした。
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6月7日(日)です。すでに梅雨入りし天候は安定しませんが、今朝は雨も降る様子もなかったので、散歩に行ってきました。
日曜日という事で時間的な余裕もあるのでかなりの遠出となりました。
5:15に自宅を出発し、まずは定番の菅原神社参拝ですが、その前に天神堀に立ち寄って・・・
例のカモ親子の様子を観察。まだまだ親ガモによる監視状態が続いています。
親ガモは厳しい視線を子ガモたちに注いでいます。
10分くらい観察してから、菅原神社へ向かい参拝。
そして今日は、菅原神社前の細い道を西へ向かいます。
集落を抜けまずたどり着いたのが、宝来からあやめ池方面へ抜ける旧道です。
阪奈道路と旧道が交差する角に、大学時代よく行ったカラオケ屋の建物が残っています。
コンテナを利用した昔ながらのカラオケ屋で、既に廃墟となり、行く当てもない難破船のような状態で佇んでいます。
あれから四半世紀、時はカラオケ屋を置いて遠く彼方に流れ去ったようです。
ここからは、菖蒲池駅を目指します。
バスの走る道路を一路北上。
ちょうどカラオケ屋と菖蒲池駅の中間点くらにあったのが、
三輪神社。桜井の大神神社と関係があるのかどうかわかりませんが、こちらも参拝してきます。
鬱蒼とした森の中に社殿があり、静寂の中、凛とした雰囲気に浸れました。
普段は無人のようですが、管理される方がいて綺麗に掃除もされています。
三輪神社での参拝を終え、またバス通りへ戻り歩きます。
途中のセブンイレブンで100円コーヒーを飲んでから、菖蒲池駅までの難所の急こう配を登ります。
この急こう配、登頂部まではおおよそ200m位ですが、その間に10m以上は登ります。スキー場ならば中級コースの滑り出しくらいの斜度はあるかも?
それをのぼりきってたどり着いたのは・・・
蛙股池です。池の形が蛙の股を開いたような形をしているので、こんな名前となったのでしょう。
橋を渡った向こうにも神社あるようですが、今回は割愛。
ここから一路菖蒲池駅を目指そうと思いましたが、それだけでは面白くないので、四半世紀前、大学の同期のO野田君が下宿として利用していたワンルームマンションがあるかどうかを確かめに脇道へ〜♪
写真右手の建物がそれ。こちらもまだ健在でした。
ちょっと息切れしながら少し歩いて菖蒲池駅へ〜
昔ながらの駅舎のままですが、切符販売の窓口は封鎖され、普段はどうも無人駅のようです。
駅舎の向かい側は、その昔『ラーメン大学』がありましたが・・・
今はセブンイレブンとなり、その面影は全く感じられません。
ここが今回の散歩の中間点、先に進むべく駅の地下道を抜け、北側へ〜♪
こちらも駅務室は封鎖されていますが、駅前にはロータリーができて、その昔とは一新しています。
駅から北側を望むと、もうあの頃あったあやめ池遊園地は既になく・・・
近大付属小学校・周回公園・宅地へと様変わりし、あの頃の面影を見つけるのは難しいです。
さらに歩くのですが、それはまた改めて・・・・
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