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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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書庫衝撃の北紀行2017-2019

2017年6月、ついに実行した『衝撃の北紀行』の軌跡です。

ここからは、ここに”衝撃”を受けた事を書いていきます。

そして10月、『衝撃の北紀行』”道央編”が!!

こうご期待!
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稚内北方記念館の話の続きです。

1Fは幕末までの宗谷地方の歴史でしたが、2Fは明治以降現在に至るまでの紹介になります。

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日露戦争後、北緯50度以南の樺太が日本領となったため、稚内はその窓口として大いに発展しました。

宗谷本線も稚内と樺太を行き来する連絡船の便宜を考慮して、路線が現在の北防波堤ドームまで延長され、駅も設置されました。

現在はどうか知りませんが、写真で見ると昭和初期には稚内港内まで流氷がやって来ていたみたいです。


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樺太の北緯50度線上には、国境を示す標石のレプリカ?が展示されていました。

日本は島国なので、こうした国境を示すモノは、ほとんどなかったと思います。

そして統治から40年経過した1945年夏、怒涛の勢いでソ連軍が南樺太に攻めて来た時・・・

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真岡郵便電信局事件の紹介です。


太平洋戦争末期の樺太の戦いで、真岡郵便局の電話交換手が集団自決した事件である。当時日本領だった樺太では、ソ連軍と日本軍の戦闘が、1945年8月15日の玉音放送後も続いていた。真岡郵便局の電話交換手(当時の郵便局では電信電話も管轄していた)は、疎開(引き揚げ)をせずに業務中だった。8月20日に真岡にソ連軍が上陸すると、勤務中の女性電話交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡した。真岡郵便局事件、また北のひめゆり(事件)とも呼ばれる。
自決した電話交換手以外に残留していた局員や、当日勤務に就いていなかった職員からも、ソ連兵による爆殺、射殺による死者が出ており、真岡局の殉職者は19人にのぼる。


当時、ソ連と国境を接していたがため、このような悲劇がありました。

そういった事実があると、今、隣国と直接国境を接していないというのは、幸いなのかもしれません。

他にもいろいろ紹介がありましたが、樺太と稚内の関わりがメインでした。

他では見られない資料あり、改めて訪問したいと思いました。

衝撃の『北紀行』、久しぶりの投稿です。

今回は最終日の午前中に訪問した稚内市北方記念館を紹介します。

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稚内市街地の西側にある小高い丘の上にある展望台1F・2Fに開設された記念館です。


「稚内市北方記念館・開基百年記念塔」は、宗谷に戸長役場が置かれた明治12年(1879年)を稚内市の開基とし、100周年にあたる昭和53年(1978年)7月に稚内公園の丘陵上に建設された地上80m海抜250ⅿの建物です。 展望台の基部となる1階と2階部分には「北方記念館」があり稚内市や樺太などの郷土資料や、間宮林蔵の足跡をたどる展示、アイヌ民族に関する資料などが展示されています。 また、地上70ⅿ海抜240ⅿに位置する展望室からは、利尻・礼文両島のほか、条件の良い日には樺太までを見渡すことが出来ます

稚内振興公社HPより


この日は朝から雨、ましてや6月でも10℃以下の気温。

そんな日にわざわざここまでやって来るモノ好きは僕らだけ。

そんな僕らを・・・

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剥製のオオカミ・ヒグマ・エゾシカが、さらにその奥には・・・

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江戸後期の探検家?である間宮林蔵の銅像が出迎えてくれます。

この記念館は1Fが近世の歴史、2Fが明治以降の歴史の展示となっています。

まずは1F

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アイヌとの交流や当時の人々の様子が絵で紹介されています。


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樺太に渡った間宮林蔵が見聞した樺太アイヌの様子も紹介されます。

それは絵で見る限りでも、想像を絶する過酷な環境下での生活をしていたのだなと実感できました。

アイヌというのは文字を持たなかったからなのか、自らの記録を残さなかったようで、彼ら自身の実態を把握するのは、今も困難みたいです。


明治に入り、港が開き、鉄道が敷設されると稚内は重要な拠点へと変貌していったようです。

明治以後についてはまた後日。





あの”衝撃の『北紀行』”から約1か月半余り、この旅の余韻が残る中、再び”北の大地”を目指そうと画策中。


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今度は僕ら二人だけでなく、父母も連れての旅。

一度行ってみたいと言っていた旭山動物園と富良野をメインに・・・

そしてこの旅は、多分、親子そろっての”最期の旅”になるのだろうと・・・・

だからこそ、あの感動を感じてもらいたい。

とりあえずは10月中旬を予定。

再び北の大地に立つことはできるのか・・・・

7月15日【土】です。三連休の初日ですが、今日と明後日は仕事で、休みは明日16日だけなので、連休の実感はありません。

さてさて、今回は”衝撃の『北紀行』”での相棒を務めてくれたマツダ デミオ ディーゼルのお話です。

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日本レンタカー稚内駅前営業所さんでお借りました。

しかし、ここの営業所の常駐車両ではないようで、札幌ナンバーのクルマです。

今回、何故このクルマを借りることにしたかというと・・・

ディーゼルだから。ただそれだけ。

最近乗用車・SUVでも大半がガソリン車で、ディーゼルというのはレンタカーでもほとんどありません。

そんな中、たまたま見つけたディーゼルの設定。

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エンジン種類 水冷直列4気筒DOHC16バルブ直噴ターボ
エンジン総排気量 (L) 1.498
エンジン最高出力 (kW<PS>/rpm) 77〈105〉/4,000
エンジン最大トルク (N・m<kgf・m>/rpm) 250〈25.5〉/1,500−2,500

エンジンに関しては、僕が免許取得した時に乗っていた父のパジェロの性能をはるかに凌駕しています。


それとMrs.Xと二人でアチコチとドライブするにちょうど良い大きさとディーゼルならでは燃費と軽油の安さ。

欠点と言えば、ガソリン車のような加速はできないことと静粛性ですかね。
だからと言って、ごくごく普通に走行するには問題はありませんでしたし、静粛性も昔乗っていたパジェロに比べればはるかにマシでした。

今回は2日間で約300㎞走行しましたが、信号のない国道や道道が大半でだったので、燃費も非常に良かったです。

今度借りるときもこれならと思いました。

今、マツダが一押しするスカイアクティブ・ディーゼル、納得のクルマでした。


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