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近江町食堂の定食で満足し、いよいよ金沢観光の本編に入ります。
今回は、オーソドックスに当家?の庭園をメインにしながらも、行きたいところは必ず行くという、
いつもながら駆け足な観光となりました。
まず近江町市場をでて、最寄のバス停からバスに乗り、またバス停から歩き、合わせて約10分。
たどり着きました。
金沢のシンボルのひとつ、石川門です。
現在修理中で、ところどころに足場が組まれ、工事用幕で覆われています。
高麗門から櫓門をくぐりぬけ、いざ城内へ〜♪
久しぶり、3年ぶりに戻ってきました?
そこには、三の丸広場が広がっています。
しかし前回と何処かが違う?
そう、前回訪れた時には、まだ復元工事中で何が何やら分からなかった河北門が、
ついに復元されていたのです。
実質的な金沢城の正門であった河北門ですが、明治の初めに解体されて以来、
約130年ぶりに復元されたのです。
切り込みハギの石垣の上に立つ櫓門、その壁の大きさと白さが、加賀百万石の威風と漂わせています。
そう、今回わざわざ見たかったのは、この河北門。
復元工事中を見えていたこともあり、どうも気になって・・・・
河北門の復元がなければ、金沢に来て、ここへは来なかったかも?
最近、日本各地の城跡で復元工事が盛んで、今までも駿府城東御門、掛川城天守閣、
大洲城天守閣、熊本城本丸御殿などなど色々見てきたんで、また当家の居城と言うこともあり、
これは絶対逃せないなと。
それで、どんな感じなのかと河北門付近をウロウロ。
一旦、櫓門から枡形に入って高麗門を抜けて、振り返って一枚。
金沢城独特のナマコ塀が高麗門の左右を固めてます。
高麗門を改めてくぐりなおして、
枡形内から高麗門を撮影。 角度を変えて、櫓門を撮影するも、大きすぎて全体はおさまりません。
櫓門をまたくぐり、今度はその中に入ってみます。
シッカリとした木組みがむき出しになった櫓門内、地元の能登ヒバという檜の一種が使われているそうです。
櫓門の窓?からのぞいてみると、その向こうには金沢城の実質的な天守ともいえる菱櫓が見えます。
こうして位置関係をみると、まさに河北門は、金沢城の正門でもあり、また最終防衛ラインの一角であるともいえますね。
でも河北門、所詮櫓門なわけで、そんなにみるところがありません。
ぐるっと一周して、今度はMiss.Xの希望に応じて、城内の紅葉
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東海・北陸の城郭
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詳細
越前・加賀・伊勢の城郭です。以後、尾張・三河・美濃の城郭も掲載予定。駿河・遠江の城郭もアップしました!
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一面雪景色
金森長近が、数年をかけて築城した城郭です。
一乗谷からはクルマで30分くらいでしょうか、山のほうへ向かいます。
近くのスキージャム勝山
越前大野は、越前国のかなり内陸部にあるので、一乗谷よりもさらに雪深いです。
山麓の駐車場にクルマを駐車して、亀山と言われる山の上にある天守閣を望みます。
天守閣も含めた山は、雪で真っ白で、かなり積もっているようです。
しかし、ここまでやってきて引き返すわけにはいきません。
まずは山麓付近の内堀沿いを歩きます。
内堀の中は小学校のようです。
校舎は平屋で、かつ贅沢な造りのような感じです。
地図で見ると、どうも小学校のある敷地内に以前は藩庁舎があったみたいで、
校舎もそれに倣った造りのようです。
城郭との調和を考えられているようで、いいですねぇ〜♪
グランドは一面銀世界です。
江戸時代には、グランドのあたりも藩庁舎が建っていたと思われます。
さらにズボズボになりながら歩いていきます。
既に靴はボトボト
神社の中を抜け、やっと天守閣の建つ亀山の入口にたどり着きますが、
この段階で既にヘロヘロ
そこで見た登城路は、全く除雪などされておらず、そこには数人が行きかったであろうと思われる
足跡
今回は挫折しそうになりました。
しかし、ここまで来て引き返すわけには・・・・
歩いていきます。
こんな感じの登城路がウネウネしながら続きます。
1/3もたどり着いていないだろう思われるところで、慣れない雪道で足をとられ、
疲労困憊
これほどまでに登城がやばいと思ったのは、一昨年に春日山城に登城したとき以来のこと。
体力的にかなりヤバイ状態だと思わずにはいられなかったです。
それでも何とか休みを取りつつ登城します。
やっとのことで、天守閣直下にたどり着きますが、今度は下っていけるのか、それが心配になってきました。
けれど、さらに進まなければなりません。でなければ、ここまできた意味がないので。
天守郭にあがってみます。
城下を望みます。
こうして見渡すと、まさに殿様気分です。
ここで一息、やっと余裕がでてきたので、天守台の石垣を観察してみました。
天守閣を再建する際に積み直しをしているようですが、積み方は野面積みのようです。
石垣を利用した城郭の初期段階の築城であることがわかります。
登城したわりには、あまりの雪の多さに見るべきところが見えず・・・・
雪の中の風情だけは良かったですが、城郭観察という意味では大失敗
今度は疲労困憊のまま下城。
ところどころ足元が悪いので、ズボズボ雪にハマリながら30分くらいかけて
山麓の登城口まで何とか降りきったのでした・・・・
教訓として、いくら風情があるからといっても、やはり冬で積雪のある場所は・・・・
やめておくべきでした
そして、ふらふらになりながら駐車場へ向かう途中で、僕にとって珍しい風景をみたのでした・・・・
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鯖江インターで北陸道から一般道へ〜
まず向かったのは、かつて訪問したこともある一乗谷朝倉氏遺跡。
越前国において、約100年あまり君臨した朝倉氏が、その本拠を置いた地です。
朝倉氏が織田信長に滅ぼされてからは、越前の中心が北ノ庄(福井)に移ったこともあり、
この地は長らく地中に埋もれ、田畑となっていたのですが、1968年より本格的な発掘調査を開始、
今日に至るまで、その調査は続いており、その間に遺構の整備、城下町の一部も復元されてる次第です。
弊ブログ開設当初にも紹介はしたのですが、そのときは夏の様子。
でも北陸といえば冬という思い込みもあり、今回は冬の様子も見てみたいと思い向かったのですが、
これは結局大失敗。
一般道へおりてしばらくは、なだらかな道を走っていたのですが、
道はいつの間にか登り坂に。
それもやたらと雪の残っており、道の左手は崖。
落ちたら、小谷城跡での大失敗ぐらいのことでは済まない感じ。
でもさすがにスタッドレスタイヤを装着しているだけに何とか峠道をクリア。
峠道をおりきると、川沿いにある小学校前に。
その先に石碑が立っています。
ここからが一乗谷朝倉氏遺跡の範囲になるようです。周囲を見渡すと川向には、
土塁があります。
調べてみると上城戸跡の土塁のようです。
一乗谷の最終防衛ラインといってよい場所なのでしょうが、ここまで攻め込まれたら、
ほとんど時間の問題であったかと思えます。
しかし、これだけの積雪があると、その造りは良くわかりません。
さらに先に進んでいくと、館跡に到着。
ここは、城跡という感じはありません。
中世からの城館そのまま。館跡の入口には、江戸時代に建てられた唐門があります。
この唐門、今に朝倉氏100年の栄枯盛衰をそのまま現しているような佇まいで存在しています。
裏手の山が詰の城になっていますが、こんなところまで敵勢が来たら終わっていることでしょう。
現に、ここまで攻め込まれたときは、当主朝倉義景はさらに山奥の大野へ逃げていたので、
詰の城は何の役にも立たなかったわけです。
しかし、この日は見ての通りの状態。
まともに歩ける範囲は、館跡を見下ろす場所ぐらいまで。
これ以上は、どうしようもなく、やむなく引き返すことに。
途中に朝倉義景の墓所が
わびしく木陰の中に建立されています。
この積雪の中では、参拝に訪れる物好きもいないようです。
駐車場へ戻ります。
普通のカジュアルシューズで行ったので、中まで水浸し。
そんな靴で行きながら全く想定外の状況に・・・
大失敗です。
しかし、大失敗はさらにまだ続くのでした・・・あああ〜
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富山城関係の展示品を見て、いよいよ天守閣を登ります。 望楼から堀の向こうをみると、↑のような感じです。 大通りには、富山ライトレールの車両が走っています。 これまで熊本・松山・広島などで路面電車を見る機会がありましたが、 それとは何か違う感じがしますね。 今度は反対側の本丸内を見てみると 何かの工事をしているようですが、積雪があり、どうなっているのか全く不明? 時間がないので、天守閣から降ります。 立派な石垣の桝形をぬけます。 元々は櫓門でもあったのでしょう。 土橋を渡り、天守閣を望みます。 雪景色の中にそびえる天守閣は、復興とは言え見ごたえがあります! 最後に堀端を歩き駐車場へ戻るとき、 10代藩主が富山城の北東端に建てた千歳御殿の正門(移築)を発見!! 富山城の遺構で残っているのは、この正門だけ。 なんとも寂しい限り・・・ ここで12時過ぎ、ゆっくりしていると奈良へ帰着が相当遅れそうなので、 あわてて富山城址公園を後にしたのでした・・・ |
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大糸線・白馬の帰り、立ち寄ったのが富山城址公園です。 富山城は、その昔、当家先祖?の3代目が隠居の際に、 次男に富山城周辺10万石を譲渡し、その居城となった城です。 流杉PAで立山連峰を眺めてから、次の富山ICで一旦北陸道から降り、 市街地にある城址公園を目指します。 インターからは一本道です。 市街地に入ると左手に見えてきます。 さて、まずはどこにクルマを駐車しようかと思っていると・・・・ 本丸の地下に城址公園地下駐車場が・・・全くの文化財破壊行為です(笑) それはともかく、そこに駐車するのが最も便利なので、やっぱり駐車です。 地上に上がると本丸内は一面の銀世界ですが、どうも何やら工事中らしく、 いたるところが工事用柵が施され、広場には入れないようになっています。 とりあえず復元?された天守閣へ〜♪ 天守閣は富山市郷土博物館となっています。 外見はかなり古い感じもしますが、数年前にリニューアルと耐震化され、 近代化したようです。 入館してみると、かなりリニューアルされたように見えます。 ちょっと薄暗いですが、戦国時代以降の富山城を中心とした越中の動きが紹介されています。 その中でも、さすがと思ったのが・・・・ 越中を巡って、名だたる戦国の英雄達が関わっていたことが分かります。 そして・・・・ やっぱり富山は当家領土だと?勝手に納得です(笑) さらに進むと、 富山城の歴史を模型と映像を屈指して紹介しています。 これは結構キレイなもので、なかなかでした。 よく見ると、一部分の石垣造りををのぞくと土塁で囲われていた 中世的な城館を大規模化した城郭であったみたいだなと・・・・ そのくらいで展示物を見終わり、今度は天守閣の最上階へ・・・・ |





