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さてさて、話が途切れてしまっていました。 先日からの話の続きです。 河北門の復元工事現場を後に二の丸を囲う内堀沿いを歩いてくと、 その途切れたところに管理事務所が右手に見えてきます。 そこを左手に曲がると玉泉院丸へ入っていきます。 そこには高麗門があって、それをくぐり振り返ってみると 鮮やかな紅葉が古めかしい高麗門と、いい感じで調和しています。 その場で振り返ると いかにも明治といった洋館が建っていました。 それがまた鮮やかな紅葉と調和しています。 まさに和洋調和の極みです。 金沢城公園のちょっと奥まったところにありますが、 時期を選べば、これほど秋を感じられるときは無いような気がしました。 そして、いよいよ二の丸へ向かいます。
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東海・北陸の城郭
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詳細
越前・加賀・伊勢の城郭です。以後、尾張・三河・美濃の城郭も掲載予定。駿河・遠江の城郭もアップしました!
コメント(14)
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話が完全に中座してしまいました。 現在の金沢城の大手門と化した石川門をくぐり、 やっと城内に入りました。 すると前回入城したときとはちがう? 何やらまた復元建築をしてるらしい? どうも大手門のある新丸から三の丸に入るための門である 河北門の復元工事らしい? 完成すると、こんな感じらしい? もっと現場に近づいてみると、素屋根の端っこにスロープがあり、 そこから、どうみても工事関係者とは思えない観光客らしき人が おりてきました。 スロープ前の案内をみると素屋根の中に入って建築中の様子を見ることができるらしい? 早速スロープを駆け上がっていくと、素屋根の入口付近から 石垣を組みなおしている現場も見ることができました。 そして素屋根に入ると、ここから先はヘルメットをかぶらないといけないようで、 用意されたヘルメットをかぶり、中へ進みます。 すぐにちょっとした踊り場にでます。 そこから建築現場が網越しに見ることができました。 こんな感じです。 まだ柱と梁が少しばかり組み合わされているだけで、 河北門の全容をここから想像するのは、かなり難しい? 先日、平城宮跡で公開されていた大極殿と比べると規模は小さいけれども、 日々工事の様子を一般市民・観光客が見れるというのはうれしいです。 さあ、河北門が完成したら、また金沢城もまた往年の加賀百万石の時代の
栄華に近づくのだろうかと思いつつ、次へと向かったのでした・・・ |
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近江町市場で、『ぶり丼』と寿司を食べ、満足感でいっぱいの状態で、 クルマを走らせます。 そしてクルマを兼六園Pへ駐車して、いよいよ入城!! 現在では、あたかも金沢城の表門・大手門のごとき感じで建ってますが、 本当は裏門にあたる搦手門というのが正解のようで・・・ その石川門も修理中のようで、一部に工事用の覆いが被され、 その中には足場が組み立てられているようです。 百間堀に架かる橋を渡り、石川門の高麗門をくぐります。 虎口です。 石垣をみると角部分を境に全く積み方・石の形状が違います。 何故こんなことになったのか、よくわかりません。 右側が『切り込みハギ』、左側が『打ち込みハギ』という積み方。 そして、櫓門をくぐります。 しかし、そこに待っていた城内は・・・・
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昨日、今シーズン2回目のスキーに今庄365スキー場へ行ってきました。 そのスキー場のゲレンデ内にあるのが鉢伏城址です。 元々は朝倉氏が近くを通る北国街道の通行の監視と 越前の最終防衛ラインの拠点として築城した城塁のようで、 これに付随する砦が尾根伝いにいくつかあります。 城址は鉢伏山頂に土塁と堀によって築かれ、大手方面は木の芽峠を通る北国街道が、 搦手方面は敦賀湾が見渡せる構造になっていたようです。 オフシーズンなら積雪もなく郭内の構造などもハッキリするのでしょうが、 この季節ではそれを確認するのは難しいです。 それでも土塁は、コンモリしているので積雪があっても何となくわかります。 しかし、この鉢伏城、よく考えると越前防衛の最終防衛ラインだったにも関わらず、
織田信長の朝倉攻めにも羽柴秀吉と柴田勝家が対戦した賤ヶ岳の戦いのときにも 何ら役に立つことなく越前への侵入を許してしまっているところみると、 その防御度はたいしたことはなかったと。 山頂にあるので、ホントは攻めにくいはずなんですが・・・・ |




