ここから本文です
気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
Yahoo!ブログも本日8月31日をもって実質的に終了となります。これまで弊ブログを御贔屓いただきありがとうございました

書庫関西の城郭

大和・近江・摂津・山城・播磨・紀伊の城郭です!
記事検索
検索

イメージ 1

11日に購入したNikon D50をいよいよ撮影デビュー?させるために、
最寄の城跡の大和郡山城跡へ、お城まつり以来、久しぶりに行ってきました。

自宅からクルマで早ければ15分位なので、あっさり追手門前のジャリジャリ駐車場へ。
特に何かあるわけでもないけど、既に5〜6台のクルマが停まっていました。
エンジンもかかっているし、何かなと左右の隣をみるとテレビ見てたり、弁当食べてたりと、
どうも休憩するのにもってこいの場所であるようです。

そんなことはどうもいいことで、早速D50の設定を行い、クルマからでて、
追手門を中心に初撮影!!
コンパクトデジカメに比べると、かなり範囲の広い撮影が可能なようで、
家に帰ってから、画像を確認すると、以前に撮影したものとは、同じ構図?で、
ド素人の僕の撮影でも明らかに違う!!

それだけでは物足りないので、お城まつりの時には上がれなかった天守台を目指し本丸へ!!

膳所城跡

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

今日は朝から自治会の溝浚いやレガシィの車検費用を前払いしに奈良スバルへ行ったりと、
午前中はそんなことで時間をとられたので、あまり遠くへもいけなかったので、
以前から検討していた膳所城跡へ行ってきました。
奈良からだと、R24・京奈道路・京滋バイパスを経て1時間ちょっとくらいで到着しました。
事前の調査だと、城跡には何の案内板もないということだったですが、
もういい加減、大津市教育委員会も案内板くらいは設置していると思っていたら、
やっぱり無く、正面にある復元門も何の言われあるのかもわからず。
復元門の両サイドにある堀も、何か申し訳程度の見せ掛けで・・・・。
城跡内に入ってみると、すっかり公園化していて、城跡であるという痕跡を見つけるのが難しく、
今は浄水場になっている二の丸跡に平櫓を模した倉庫があることがと復元門があることで、
辛うじてこの場所が城跡であることが認識できる程度。
その平櫓の石垣にしても最近積み直ししたような感じで、平櫓横にある石垣の一部だけが、
築城当時の石垣らしいと言う感じ。
公園の反対側に回ってみると、天守閣跡の石碑のすぐ隣では、BBQしている人達がワイワイしていて、
今まで訪問した城跡で、もっともそれらしくない城跡でした。
あまりにアホらしくなったので、R1で蹴上にあるインクライン(琵琶湖疎水)でも見に行こうと、
さっさと膳所城跡を後にしたのでした。
ですが、それが思いもしないところにでてしまい・・・。

柳生陣屋跡

イメージ 1

イメージ 2

先週の日曜日に、ふらっと柳生までドライブしてきました。
そのときに訪問したのが、柳生陣屋跡です。
奈良の市街地から30〜40分走らせ、到着。
観光地なのでアチコチに私営駐車場があったのですが、どこも¥500〜¥600と
こんな田舎で考えられない金額で、奥まったところにある奈良市営のPはもう少し安いだろうと
思ってたら、ここが¥600!!
奈良市営のPのわりにあまりに高い駐車料金の設定に、あまりにアホらしくなり、
なんとかタダで停めれるところはないかとアチコチ走ると、小高い丘の上にある目的地の
柳生陣屋跡の横に公民館があって、そこにちょっとしたスペースが!
写真を数枚撮影する程度だったので、ここに停めて、公園化した陣屋跡へ。
屋敷跡を石組みで復元したりして、それなりに陣屋跡の雰囲気を出しているのですが、
あまり整備も行き届いていないらしく、所々は草ボウボウになっていて、
観光地としては近所の家老屋敷と菖蒲園に力を入れている様子。
訪問時は、なぜかおっさん二人が弁当を食べていました。
それにしても、徳川将軍家の兵法指南役としての柳生家の陣屋跡しては、かなり手狭な感じが・・・。
つまらないし、おなかもすいていたので、そそくさとその場を後にしたのでした。

開くトラックバック(2)

第46回『お城祭り』

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

まほろば鉄道の運行を見に行ってから、近所?の大和郡山城跡で開催している『お城祭り』へ行ってきました。
大和郡山市内へ近づくにつれて、だんだん渋滞が・・・・。
アチコチ変なところへ走りながら、やっと見つけ出した大和郡山市商工会議所のPに強引に駐車し、
線路沿いにある「やまと郡山城ホール」を抜け、やっと近鉄橿原線の踏切を越えると、
これでもかぁ〜♪言うほどの人・人・人で、全然前へ進めない!!
やっとのことで、追手門への細い道へ入ると、道沿いの民家の庭では堀の向こうに咲いている桜を肴に、
わいわい騒いでいるところもあり、いつもの閑静な感じのとは全く違っていました。
追手門をくぐって、ちょっとした広場では何やらドラムやタンバリンみたいなのを鳴らしながら、
リオのカーニバルのような格好したきれいなお姉さんたちが踊っていました。
結構きわどい衣装だったので、ちょっと見入ってしまいました(笑)
見入っていると、ミス卑弥呼が注いでくれるお酒の試飲会?が始まるという放送があったので、
早速会場の本丸の柳沢神社横へ。
神社の前には、名産の金魚の展示があり、普段は見かけないような種類の金魚も・・・。
そのちょっと先で、ミス卑弥呼がエロエロ?親父たちにお酒を振舞っていました。
(並んでいるのはエロエロ?親父ばかりで、女性の方で並んでいる人はいませんでしたねぇ〜♪)
その後、天守台の周りへ。
今日は、周囲に変な数珠みたいなので囲っていて、天守台には上がれませんでした。
あがって眺めてみれば、結構すばらしい眺めなのにと思ったのですが、
天守台上には柵もなく、崩落注意の立札もあるくらいだから、けが人でも出たらヤバいと考えたのでしょうか?
天守台を周ってから、やっとの思いで本丸を出て、本丸堀の沿いの遊歩道をとおり、
また追手門へ戻ってきたら、今度は阿波踊りもどき?をしていたのでちょっと見て、
また来た道をPへ戻りました。
こんなに混んでいる大和郡山城跡は初めてでした〜!!

開くトラックバック(2)

芝村陣屋

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

下三橋遺跡第2回現地説明会参加のあと、11日に現地説明会の開催された明日香村の石舞台古墳横の島庄遺跡へ向かう途中に立ち寄ったのが、芝村陣屋です。
ここも先日訪問した柳本陣屋と同じく織田家の陣屋跡です。
こちらも織田有楽斉が、四男織田長政へこの付近で1万石が分地しましたが、当初は戒重といわれるところに陣屋を構えていたのですが、1742年に芝村へ移転して幕末まで至ったとの事です。
陣屋跡は、柳本陣屋と同じく小学校の敷地となっているのですが、こちらは敷地を石垣と城郭風白壁で囲い、校門も城門風で、また相応しい校舎が建っており、陣屋跡周囲に広がる城下町?となじんでいて、なかなか風情もあっていい感じでした。
この小学校、名前を桜井市立 織田小学校といって、織田家の家紋である木瓜をそのまま校章として利用しているあたり、おっ〜♪と言いたくなりました。
遺構としては、近くの菩提寺である慶田寺正門として残っている陣屋門がある程度です。
陣屋門は、先を急いだので見る事ができませんでした。
こちらの方が、柳本陣屋より織田家の気風を今に至るまで残しているかなと。

開くトラックバック(2)

ブログバナー

大納言兼加賀守
大納言兼加賀守
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事