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先日、車検のため訪問した奈良スバルさんにたまたまおいてあった奈良新聞をみたら・・・・
天守閣の謎に迫る - 石垣修復中の郡山城跡
大和郡山市の郡山城跡・天守台で、石垣修復工事に伴い、同市教育委員会による発掘調査が行われている。こうした調査は、約400年前の築造以来初めて。史料が少なく、謎の多い郡山城天守の存在そのものや、構造などの解明に期待が持たれている。
同市教委などによると、郡山城は天正8(1580)年、織田信長の命を受けた戦国武将の筒井順慶(1549〜84年)が築城。5年後には豊臣秀吉の弟・秀長(1540〜91年)が入部し、城郭や城下町を整備した…
帰宅してから調べてみたら、去年の秋から発掘調査をしているらしい。
もともと大和郡山城天守閣は、天守台その規模も小さく、その上に本当に天守閣があったのかさえ疑わしいと思われてきたので、今回の発掘調査の結果が期待されます。
でも天守閣があったとしても、規模的には小さいでしょうね。
豊臣政権ナンバー2の地位であった大和大納言・豊臣秀長の城としては、その程度の規模というのは、どうなんですかね?
また派手な秀吉とは違い、印象としては地味な存在だったので、それを反映しているのですかね?
城主であった彼ととも謎の多い城だなと思います。
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関西の城郭
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コメント(4)
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昼食をとり、いよいよ本丸・天守台を目指します。
南二の丸から二の丸へ途中にAEDが設置されていました。
こんな所で使われることがあるのかどうか分かりませんが、
高齢者の登城者が多いので、利用がありえないこともないかも?
さらに進むと、石垣崩落の危険性のある箇所がコーンとバーで仕切られています。
観光客の急激な増加により地面が踏み固められ水はけが悪くなった影響が、
石垣崩落の原因になっているらしいです。
そこをすり抜けいよいよ本丸へ〜♪
足場の悪いところを登っていきます。
これでも土嚢を積んで登りやすいようにしてあったらしいですが、
僕らが登城したときは、土嚢があったのかさえも分からなくなっていて・・・
近々修復する予定だったようですが、数日後にここから転落事故が発生。
かなりやばかったです。
本丸に到着。
天守台は、鈴なりの人だかりです。
登ってみます。
よく竹田城跡の紹介で利用される写真と同じ眺めを見ることができます。
天守台直下は、先に説明したように修復工事中です。
天守台は小さなもので、三層程度の天守が建っていたのではないかと。
あまりの人だかりで、長居すると突き落とされそうなので、
そそくさと降ります。
さらに奥の方の北千畳までいき、本丸方向を望みます。
豪快な石垣に圧倒されます。
どうしてここまでして、この山の上に石垣作りの城を築城しなければならなかったのか?
近くの生野銀山の番城としても、ここまでする必要があったのかどうか・・・
そうこうしているうちに、時間も迫ってきて、来た道を戻ります。
近くにいたおばちゃんが、「この辺この辺、健さんがいたのは・・・」
映画で映っていたのは、この辺だったらしく、とりあえず数枚撮影。
竹田駅まで戻ってきて、案内所に掲示されていたポスター見たら間違いなし。
おそるべし、あのおばちゃんでした。
この後、南千畳まで戻って時計を見たら、14:00前。
復路の「はまかぜ」4号は15:05発なので、大慌てで下城〜♪
バス停まで戻ると、
どこからともなく、戦国武者が登場〜♪
するとバスもすぐにやって来て乗車。
竹田駅前には14:30過ぎに戻ってくることできて、
近くの土産物屋でお菓子とカレンダーとたまご掛け醤油を買い、
竹田駅へ〜
少し時間があったので、案内所をのぞいてみると・・・・
在りし日の竹田城の模型が展示されていました。
当時は天守とそれに連なる櫓や建ち並んでいたようです。
15:05、定刻通り「はまかぜ」4号が竹田駅に到着。
乗車して次の生野駅くらいまでは意識があったけど、
気がついたら、もう姫路。
姫路を過ぎると薄暗くなり、途中明石駅でタイミングよく、
明石城の櫓を撮影に成功〜
この後、神戸・三ノ宮と停車し、17:05、定刻通り大阪駅に到着。
今回は何のトラブルもないJRでの旅の終了。
お腹が減ったので、駅からでてルクアのレストラン街へ向かう途中。
ここでも”天空の城”に遭遇〜
この後、お好み焼きを食べ、何故かリラックマストアと紀伊國屋に寄ってから帰路についたのでした・・・ |
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やっとたどり着きました”天空の城”こと竹田城跡です。
冠木門をくぐり、最近開始された関所?で入城料300円を支払い、
本格的な登城の始まりです。
安土城に比べるとかなり良心的です。
しばらくダラダラとした車道を登っていきます。
これが意外なほどきつい?
一昨年、八方尾根で八方池を目指して歩いた時よりも辛い感じ。
最近、まともに歩いたり運動もしていないツケなんでしょうか?
それでも10分程度歩くと、今度は登山道へ〜♪
こちらは観光客の往来が激しいですが、歩くにはこちらの方がマシ。
しばらく歩くと、やっと石垣が見えてきます。
たどり着きましたが、この混み具合。
何でこんなに?と思うほどの激混み。
よく観察すると、僕らより年下と思われる人はかなり少なく、
殆どは50代以上のおじさん・おばさん・おじいさん・おばあさんばかり。
こんな人が、ここまで登ってきて大丈夫?なんかと思われる人までいて・・・
竹田城跡の人気ぶり、非常に脅威です。
さて、ここで時計を見ると
13:00前。
南千畳という広々とした郭があったので、大阪駅で買った弁当を食べました。
それもかなりお腹が減っていたので、即行で完食。
南千畳の周囲を観察です。
郭の端っこへ行くと、
生野・姫路方面を望みます。
城下町を望みます。足元には、
こんな注意書きも
あぶない、あぶないです。
振り返ると南千畳は、
その名の通り、千畳敷の御殿でもあったかのような広さを誇っています。
腹ごしらえも終わり、いよいよ竹田城跡の頂点を目指していくのですが・・・
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