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目前をアッというまにボンネットバスが通り過ぎ、 その場所から少し歩くと、そこは、 昭和35年、開国100年を記念して復元された佐和口多聞櫓を利用した記念館。 昨今流行の木造での復元ではなく、コンクリート製で少しガッカリするところもあるけど、 堀端からみると、あまり違和感もなく調和している。 ここで彦根城の特徴に気がついたのだけど、堀のあらゆるところに犬走りが多用されている。 彦根城が琵琶湖岸に近く、舟を城内まで引き込めるようにしている構造上の問題もあるけど、 どうもこの犬走りの存在、妙に藤堂高虎の考えが反映しているような? 高石垣とともに犬走り・多聞櫓の多用は、高虎の特徴。 いろいろ調べてみても、彦根城の縄張りが誰が行ったのかよくわからない。 もし、どなたかご存知の方、教えてください。 さてさて中に入ってみると、 井伊家の発祥から歴代井伊家当主の紹介、彦根城・彦根の城下町の紹介、 そして、彦根では郷土の英雄である井伊直弼について、 別枠で紹介。 スミソニアン博物館に所蔵されていた井伊直弼像が目玉として展示されていたりと じっくり見れば、関心を引くものも多かったです。 が、時間は正午前。 いよいよ、今回の彦根訪問のメインが始まろうとしていたので、
いつものごとく、そそくさと退散することに・・・・。 |
関西の城郭
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詳細
大和・近江・摂津・山城・播磨・紀伊の城郭です!
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本丸・西の丸のある山頂部から下り、次に向かったのが、 彦根城内郭の北端で、半島状突き出した郭。 何のための郭であったのか、もらってきたパンフにも記事がなくて不明。 雰囲気からすると、琵琶湖から攻めてくる敵に対して砲撃するような砲台だったのかも? しかし、慶長年間の日本にそんな発想があったかというと疑問? メインとなる本丸・西の丸と比べる観光客もほとんど来る事もなく、 鬱蒼とした森が多い尽くしている。 その横には、埋門が・・・。 本来なら木橋でもかかっていたのかも知れないけど、それもなく、 どちらかといえば、門外は船着場のように見えた。 それにしても、表の喧騒とは違い、ホントに静かな古城の雰囲気の漂うところだった。
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天守閣を後にして向かったのが、 本丸の北側にある西の丸西北に位置し、くの字型に折れまがった続櫓で、 折れ曲がった部分に破風のない三重櫓がそびえています。 彦根城の搦手にあたる部分を守備するための櫓で、ここからの見晴らしはよさそう。 もし琵琶湖方面から敵兵が攻めてきても、ここからの展望でその動きは丸見えで、 水際で抑えることができたでしょう。 この三重櫓、もともとは小谷城の天守閣であったとか? 解体調査では、それを照明するものは発見されませんでしたが、 そういったいわれがあるようです。 さてさて、この三重櫓でも天秤櫓と同じく、WADA EMIの展示会が開催されていて、 内部は撮影禁止。 三重櫓内での展示は、彼女が関わった映画『利休』で使われた衣装が展示されてました。 誰の衣装が・・・・ 中でも特に秀吉の衣装が多く、これは金刺繍・カラフルな模様で奇抜なものが多かったのですが、 それに反して、一着だけ展示されていた秀長の衣装に注目! 紺色一色の衣装に、ある意味、秀長の存在感をみたような気が・・・・。 本当は大きな功績があるのに、それを隠そうとした秀長らしさを衣装からも感じられました。 それほど大きな櫓でもなかったので、展示物はあっというまに見ることができました。 そして、今度は本丸・西の丸のある山頂部から下り、
今まで見たことのない、彦根城北側の郭へ〜♪ |
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天秤櫓・太鼓門櫓を経て、いよいよ本丸へに到着。 まだまだ見るに堪える桜が咲く向こう側に、 よく考えると、彦根城で国宝なのは、この天守閣だけ。 他の櫓もかなり古いのだけど、重要文化財。 やはり、天守閣は各が違うのかと・・・。 さて、この天守閣も彦根城の特徴であるリサイクル。 もともとは、大津城の天守閣であったものを移築したものらしく、 それも天守台にあうように、四層五階であったものを 三層に縮小もしているらしい。 だからか、何となくバランスが悪いような? 中へ入ってみると、天井には太い柱が! それも自然木をあまり加工していないので曲がっていたりして、 またそれを上手く組み合わせてある。 足を進めると階上あがる階段が・・・。 ここも例に漏れず、相当な急角度。 階段には滑り止めと手すりが設けられている。 さすがにこれ無しでは、スムーズな巡回は難しい。 天守閣といっても、それほど大きいわけでもないので、 あっさりと最上階に。 周囲を見渡せ北側から西側には琵琶湖、東側には佐和山城跡、 南側には城下町とさらに湖東に広がる平野が果てしなく続く感じ。 いい眺め〜♪井伊家の殿様気分に! 当家の金沢城には天守閣がなかったので、うらやましい・・・。 さて、殿様気分にひたり、階下へ降りようとするといつの間にか行列。 結局天守閣からでるのに15分くらいかかってしまった。 後々から思うに、これは序の口であった〜! 次は、小谷城天守閣を移築したと言われる西の丸三重櫓へと・・・・。
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天秤櫓での展示を見て、次は本丸へ! 本丸の門といえるのが、 城門としては、かなり小ぶりの門。 もともとは、彦根寺の山門だといわれていたのですが、 解体修理の結果、これがどこかの城の城門であったことが判明。 それにしても、どこもかしこもリサイクルだらけ! この太鼓門櫓、本来はもっと大きな城門だったらしい。 この場所に移築するにあたり、縮小して移築したこともわかったそうで・・・。 門をくぐり、本丸に入ると、ここでも内部が開放されていて、 簡単な彦根城の紹介と彦根城のジオラマが展示されてました。 それと今年は、太鼓門櫓の奥のほうの部屋が、 の控え室になっていたようで、本丸でのキャンペーン活動が終わると、 そそくさと控え室へ! でも兜の角が邪魔なようで・・・・(笑) そんなこんなで、いよいよ天守閣へと。
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