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大洲城を出発し、次はいよいよ南予の某市へ向かいます。 大洲から約1時間と少し。 途中で行程の高速化に寄与していた松山道は、ついに西予宇和で行き止まりです。 インターの先は造成してあったりするので、将来的には某市まで延伸するのでしょう。 さて西予宇和で松山道から一般道へ〜♪ 田舎道なので、そうそう混んでいるわけではないですが、 山間地を縫うように走らないといけないので、思うようにスピードは出ないです。 しばらく走ると峠道となり、それを越えると某市に入りました。 だからといって、市街地まではさらに遠く、山間地は抜けたけれども 田んぼや民家の建つ風景の中を30分程走ると、ようやく市街地に〜♪ 街並みは同じ城下町でも松山とも大洲とも違った印象。 城下町というよりも近代的な街という感じ。 道沿いには椰子の木なんかが植わっていて?、 テレビでよく見る宮崎のフェニックス通り?みたいにも? そして到着。 路地裏のようところに駐車場が! そこに登城口があります。 早速、登城口から登りますが・・・・夏のような暑さで、完全にバテてしまい・・・・ その話はまた後述しますが、その先にある場所に掲げられていたのが このような肖像画です。 独眼竜の末裔の方のようです。 多分、教科書にもその名前は掲載されていたと思うのですが、さて誰でしょう?
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歴史一般
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時代を問わず、歴史一般について語ります。
最近は歴史からもめっきり遠ざかってしまっています。
コメント(10)
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既に現役を退いて20年も経っているので、全く気がついてなかった。 今日が大学入試センター試験の1日目だということを。 当事者でなければ、ホント何でもない週末なのだが・・・。 ほっといてもよかったのだけど、やはり気になって、どんな問題があったのかネットで確認してみた。 特に興味があったのは現代史の部分。 今回は『憲政の神様』と言われた尾崎行雄の生涯をたどりながらの出題。 一人の政治家の生涯を通じながら、それに関係していく史実について問うもの。 よく考えると、僕が現役時代にこういうスタイルの問題があっただろうかと? ちょっとチャレンジ〜! 基礎をしっかり理解していれば、それほどは難しくはないかなと。
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目的の洛中洛外図屏風に描かれた上杉謙信を確認すると、 今回の特別展覧会『狩野永徳』の目的は半分以上終わってしまった。 だからといって、もう逸品がないのかといえば、そんなこともなく、 それからが狩野永徳の代表作や彼や彼の関係者が描いた権力者の肖像画などなど・・・ 『織田信長像』(大徳寺蔵)(総見院蔵)の2幅、『豊臣秀吉像』(?)、 『大友宗麟像』(瑞峰寺蔵)1幅、『信長公記』(建勳神社蔵) 『四季花鳥図屏風』(メトロポリタン博物館蔵)、『唐獅子図屏風』(宮内庁三の丸尚蔵館蔵) 『檜図屏風』(東京国立博物館蔵) とにかく、これほどまでの作品が揃って観れる機会は、もう二度とないのでは? とにもかくにも、安土桃山時代の勢いというのが感じられた今回の鑑賞だった・・・。 その後、常設展もと思い、新館へ向かったが時間は11:00過ぎ。 よく考えたら、14時には新職場?へ戻らないといけない。 道向かいの三十三間堂も見たいと思っていたので、 常設展は、何が何やらわからないまま流し見。 結局、何一つこれといったものは・・・・。 そして、博物館敷地からでて、向かいの三十三間堂へ〜♪ 境内に入ってみると、本堂はやたらと長い。 約120mくらいあるらしい。 中に入ってみると仏像やら何やら像が、所狭しと並んでいる。 どこまであんねんと思っていると、本堂の端から端まで! これを設置するのも一苦労と思える! 外へでて、境内を歩くとすみっこに桃山時代の築造の南大門・太閤塀が〜♪ 至るところに、いろんな文化財が多いのにも奈良からやって来ながら驚くばかり・・・。 ということで、急いで京都を後にすることにしたのだけど・・・
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さてさて、山水画的な作品の数々を見て、ついにたどり着きました今日の目標。 中央室 『時代の息づかい 〜風俗画〜』 本図は天正2年(1574)3月に、織田信長が佐々市兵衛{さっさいちべえ}を使者として越後の雄・上杉謙信に贈ったものと伝えられています。近年、これについてさらに研究が深められ、そもそもは室町幕府13代将軍足利義輝が上杉謙信に贈るために永徳に描かせ、永禄8年(1565)9月3日に完成したという新しい解釈がなされるに至りました。しかし屏風の完成前に三好氏の襲撃で義輝が自刃したため信長の手に渡り、その後、同盟関係を強化する贈答品として謙信に贈られたようです。両隻を通じておよそ2,500人もの人物を配し、右隻に上京、左隻に下京の町並みが緻密に描かれています。この時、永徳23歳。若い頃の作品のほとんどが精密さに裏打ちされた細画であったと伝えられていますが、本図はまさにそれを証明する名品です。
公式サイトの紹介より
ここで、展覧会はちょうど折り返し地点、混み具合はやはり目玉だけあって一番でした。 もし土日に見に行っていたら、まともに見れないかも? まず右隻から、こちらは夏の京都?なのか、祇園祭の様子がこと細かく描かれ、 当時の京の町の活気が感じられ、御所の様子なんかもあったりしてました。 でも、こちらをアチコチみるも、あの御方は見付からない? いや見つけられない。 ホンマに描いてあるのか?そんな気持ちを持ちながら、左隻へ〜♪ こちらには、上部には屋根に雪を積もらせた金閣、町並みに描かれる町衆も 正月準備を行っていたりと、京の冬をメインに表現している様子。 では、あの御方はどこへ? 屏風下部に大きな武家屋敷と、それを取り囲む様に、 出仕しようとする武士たちが描かれている。 その中に、輿を担いだ一団が・・・・! これこそ、 やっと見つけました! それにしても、あまりに細かい!! 周りの人たちは、予備知識がないのか、あの輿に乗った人物が上杉謙信であることを 知らないままのようだ。 博物館側も、断定されているわけではないので、上杉謙信が描かれていることは、 一言も紹介していない。 それはそうとして、今回の目的は達したので、ホッと一息。
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