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若松之間を見て、いよいよ熊本城本丸御殿の目玉とも言える『昭君之間』を目前に・・・ ケータイへ電話してきたのは、やはり会社の某ドライバー氏から。 やっとのことでケータイを開くと、切れてしまった・・・・ 何となく気にはなったけど、まずは縁側のほうから『昭君之間』を撮影〜! 本丸御殿の中でも一番格式の高い部屋で、藩主の居間であり、 対面所(接客の場)としても使用されたと考えられています。 室内は床の間や違い棚、付書院などを持つ書院造りとなっています。 壁や襖などには中国の前漢の時代の話で、匈奴に嫁がされた悲劇の美女、 王昭君の物語が描かれています。 熊本城公式HPより 奥のほうに床の間や書院があって、その壁に金箔が貼られ、 その上に中国風の絵が描かれています。 とにかく豪華絢爛です。 総工費54億円の大半が、この『昭君之間』に注ぎ込まれたとか? 遠くからではわからないので、近寄って見ます。 藩主が座る上座はこんな感じです。 見上げると 天井も素晴らしい!! でも本来は、この上座には熊本藩主が座るのではなくて、 豊臣秀頼が座ることを想定していたはず? だからこそ、『昭君之間』が豪華絢爛なのかも? それに比べると、本丸御殿の他の場所は、思ったより質素なつくりになっていますから。 そして何とか写真を撮って、やっぱり気になったので、そそくさと本丸御殿から出ました。 玄関前で電話してみます 『○×だけど、休みの時に申し訳ない・・・ところで・・・・』 内容的にはたいした事ではなかったけど、休みのときは、それも奈良にいないときに かけてきて欲しくなかった・・・ もう出てしまったので、次はいよいよ天守閣へ〜♪ 天守閣での目的は、以前見たあれを、また見たいと思ったのだけど・・・ |
西国の城郭
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詳細
中国・四国・九州の城郭です。訪問の機会が少ないのであまり更新はありません。
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パラパラと降ってくる雨は、やむ気配がないので、先を急ぎます。 ロケ場所から100mほど先の広場の向こうに 飯田丸五階櫓がありました。 飯田丸の南西隅に建つ五階建ての櫓が「飯田丸五階櫓」です。 飯田丸の名称は加藤清正の重臣、飯田覚兵衛が管理していたことから、 こう呼ばれるようになりました。 熊本城南面防衛の要であり、櫓と塀で囲い込まれ、内部には井戸や台所、 鉄砲蔵までも設けられています。西面には西櫓門を備え、出撃することも可能です。 つまり飯田丸だけでも小さな城の機能を持っているのです。 その小さなお城の天守閣の役目を果たすのが飯田丸五階櫓だったのです。 熊本城公式HPより 近づいてみます。 管理のおじさん達が雑談しています。 ここは離れみたいな所なので、天守閣や本丸御殿のように観光客は殆んどいないです。 入ってみると、管理のおじさん達以外は僕だけ。 本丸の騒々しさからはかけ離れた静寂が、そこにありました。 さらに進みます。 薄暗いです。 内部は吹き抜け?になっているので、木組みの様子がわかり、 それは素晴らしいです。 ここまで木組みが武骨に見えている復元建築は珍しい? 2階に上がってみます。 突然天井が低くなります。油断すると頭を柱で打ちそうです。 3階にあがります。 ここは若干天井が高いですが、薄暗いです。 構造上はまだ4階以上もあがれそうですが、階段には柵がしてあります。 というわけで、飯田丸五階櫓はここまで。 派手さは全くないけど、武骨な感じがその時代に即した建築だなと。 そしていよいよ、本丸御殿へと向います。 |







