ここから本文です
気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
Yahoo!ブログも本日8月31日をもって実質的に終了となります。これまで弊ブログを御贔屓いただきありがとうございました

書庫西国の城郭

中国・四国・九州の城郭です。訪問の機会が少ないのであまり更新はありません。
記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

松山城その3 天守閣

山麓からリフトに乗り、長者ヶ平からは徒歩、筒井門・太鼓門をくぐり抜け、
ようやくたどり着いた山頂の本丸。

その向こうにやっと天守閣が〜!!

その天守閣、でもなんだか天守台の大きさを考えると、ずんぐりむっくりした感じ。

築城当時は五層天守だったらしいが、加藤氏・蒲生氏に続いて城主になった
松平氏が1639年に何を思ったか三層天守に改築したらしい?
理由は地盤の弱さとも幕府への遠慮とも言われているけど、
地盤が弱いのは築城当初からわかっていたはずだし、
ましてや幕府への遠慮ともなると、築城者の外様だった加藤氏が五層天守なんか造るはずもない。
この辺も全く謎だぁ〜♪

イメージ 1


そんな天守閣も、それが建つ天守台そのものが曲輪となっています。

日本では姫路城・和歌山城だけがもつ特殊な構造の連立式天守です。
それは大天守・小天守・櫓2棟を曲輪の角に配置し、それを多聞櫓で連結して
天守曲輪を構成しています。
ここまで攻め込まれても、防御性の高いつくりになっているようです。

さて、そんな特殊性ももつ松山城天守閣ですが、松山城そのものの経歴は紹介してなかったので・・・

松山城は、松山市の中心部である標高132mの城山(勝山)山頂に本丸があり、
裾野に二之丸(二之丸史跡庭園)、三之丸(堀之内)がある、広大な平山城です。

加藤嘉明公が1602年から築城を開始し、わが国の築城史上、最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で、「現存12天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有しています。加藤氏は、城の完成前に会津藩へ転封となり、蒲生氏を経て1635年から明治維新までの235年間に渡り、親藩大名であった松平家の居城となりました。

わが国最後の完全な城郭建築と言われている大天守の最上階からは、360度眺望がひらけ、松山平野や瀬戸内海などを見渡すことができます。

日本で唯一現存している望楼型二重櫓である野原櫓や、「現存12天守」の城郭では松山城と彦根城しか存在が確認されていない、韓国の倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸から本丸にかけてあり、また、堀之内を含む城山公園全体が国の史跡で、「日本さくら名所100選(平成元年)」や「日本の歴史公園100選(平成18年)」の指定も受けています。

〜松山市HPより〜


本壇といわれる天守曲輪に入るには、一ノ門、二ノ門、三ノ門とくぐり抜けなればならない厳重さ。

イメージ 2


天守曲輪に入ると四方からの攻撃を受ける造りになっています。

イメージ 3


これが連立式の大きな特徴でしょう。
とにかく攻め手側からみたら、これほどしつこい造りはないでしょう。

そして、天守閣内部に入っていきますと・・・・

松山城その2 本丸へ

長者ヶ平からは徒歩、途中でスケッチをするじ〜さんの一団の横を通り抜け、
遠くに天守閣が見えてくると、そこには本丸への入口である筒井門

イメージ 1


筒井門は、戦後の復興建築だけど木造なので、それを感じさせない風格が備わっていました。

そんな筒井門を抜けると、馬出なのか虎口なのか良くわからないスペースが・・・。

イメージ 2


さらに足を進めると太鼓門が登場!!

イメージ 4


くぐり抜けると、やっと本丸!!

本丸は山頂を造成して築城されているため、広くはないけど細長い感じ。

イメージ 3


天守閣のある本壇と呼ばれるところまでは、まだまだありそう。

ペットボトルのお茶を飲み、さらに進んで行きます。


松山城その1

登城用のリフトを降りると、そこは長者ヶ平

何があるのかといえば、休憩所とちょっとした広場があり、そのすみっこに

イメージ 1


『松山や 秋より高き 天主閣』 子規


正岡子規が松山城天守閣について詠んだ一句が刻まれた石碑が・・・
奈良とは違う意味での文化的な雰囲気が漂う感じがしますね。

そして、石碑のところからしばらく歩くと見えてきました本丸の石垣が〜!!

イメージ 2


高さは、大阪城や伊賀上野城のそれには及びもしないけど20mくらいはあるだろうか?

石垣は藤堂高虎系の直線的なものではなく、どちらかといえば加藤清正系の曲線的な積み方。
この辺の技術は、築城者の加藤嘉明が朝鮮出兵の時に習得したのかも?

そんな石垣のそばに陣取っているじ〜さん達が・・・・

イメージ 3


スケッチしている。

イメージ 4


良く見ると、その一直線上には新緑の中に天守閣が見える!!

ガイドブックの写真なんかによくある構図みたい。

その場所から進んでいくと、いよいよ城門があって、
ここからが本丸らしい、さて、その中は・・・・

イメージ 1

ついにやってきました!松山から一時間くらいで到着しました!
木造復元で木の匂いがしてよいですなぁ〜♪

1986年春の熊本城

イメージ 1

イメージ 2

スキャナ写真の第3段!

1986年春の熊本城天守閣と宇土櫓


この年、理由は忘れてしまいましたが、何故か親戚の家をたよりにして熊本へ!
熊本城に登城した際に撮影したものです。

今年は築城400年ということで、大きなイベントもあり、
本丸御殿など復元工事も着々と進行中のようですが・・・。
この86年も何かあったのか、天守級の建築物である宇土櫓が修復工事中だったようです。

それにしても、熊本城は天守級の櫓が他の城郭と比べ多かったようです。

それから20年余り、熊本城には登城していませんが、どうなっているんでしょうか?

開くトラックバック(2)

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

ブログバナー

大納言兼加賀守
大納言兼加賀守
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事