ワーク・アウト BARONの戯言!!

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花散歩

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マグノリア・京王フローラルガーデン・アンジェ
撮影:2017年 3月29日
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手前・福寿と奥・サラサモクレン

 マグノリア・・・・・木蓮や辛夷の仲間の総称。京王電鉄の京王多摩川駅を降りると駅の並びに京王フローラルガーデン・アンジェが、その隣に京王閣競輪場がある。

 アンジェは手入れが行き届いた欧風ガーデン、僕はかなり前にバラの花を写しに来たことがある。そのアンジェのマグノリア・ガーデンには30種類、200本が植えられていると情報を得た。

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サラサモクレン

 街中ではハクモクレンが咲き、我が家のベランダからも里山に咲くコブシの白い花が遠望できるようになった。アンジェのマグノリア・ガーデンなるものを一度見ておこうと今日の午後訪れた。

 マグノリアは品種によって3月から5月上旬まで咲いているようだ。今日は、ふくじゅ、サラサモクレン、サヨナラ、シデコブシ類が咲いていた。

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シデコブシ?

 黄色い木蓮、エリザベスはまだ蕾が小さく、見たかった原種のヒメシデコブシの大木があったが花付きが悪い。一回り小さな花が少し咲いていたが、他に開いたと思われる花はヒヨドリの食害で丸坊主にされていた。

 これからもまだ咲くのか?と思い、近くで花の手入れをしていた職員に聞いた。今年は花付きが悪いのであまり期待出来ないとのことだった。

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さよなら

 そして、ヒヨドリが好んでシデコブシやヒメコブシの花びらを食べるので困っており、食害対策は手の打ちようがないらしい。それと、このアンジェの土壌がシデコブシや一部のマグノリアの生育環境に適していないような気がすると、その職員は教えてくれた。

 植えられている木蓮やコブシ類のほとんどは園芸種で接ぎ木苗が植えられた。土壌が合わないとその品種、本来のの幹が枯れて、接ぎ木の母木が生き残り、母木が枝を出し花を咲かせる。

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シデコブシ(ヒメコブシ)

 最初は30種類ほどのマグノリアを植えたが、植えたとされるかなりの品種が無くなり、植えたはずがない品種が同じ株で咲いていると教えてくれた。詳しくない植物は専門家の説明を聞くのが一番、親切な職員の方だった。

 今日は白系のマグノリアは少なく、赤紫系のマグノリアが多く咲いていた。黄色や白系のマグノリアが咲く頃、また訪れる予定だ。

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シデコブシ(ヒメコブシ)

 十日ほど前に、僕のブログに6年前に善福寺川緑地で撮影したハクモクレンの記事の画像をメディアで使わしてほしい旨の書き込みがあった。詳細がわかれば使用を許諾する旨返信した。

 31日、午後2時から4分間、東京都の広報番組で善福寺川緑地の桜の紹介がテレ朝の東京の地域番組で放送される。ハクモクレンの画像が出たら僕のブログ記事の画像です。

 
雀のお宿・水車小屋と竹林のある風景
撮影:2017年 2月11日 府中市郷土の森にて
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 水車小屋から穀物を挽く臼の音が聞こえ、庭にこぼれ落ちた穀物を子雀たちがついばんでいる。近づくと子雀たちは一斉に飛び立ち竹やぶに逃げ込む。この水車小屋と竹やぶを見た瞬間、そんな光景が頭をよぎった。

 残念ながら水車は回っていたが、穀物を挽く音も聞こえず、子雀達もいなかった。水車小屋の内部を見ることは出来なかったので、この水車小屋で製粉が出来るか否かもわからない。

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 この竹林は孟宗竹が植えられており、中国の三国志の呉の時代の孟宗の名に因んだ孟宗竹は、筍が美味しい竹でも知られている。

 そこで、孟宗竹の伝来を高間新治著「竹を語る」で調べて見ると、孟宗竹は曹洞宗の祖・道元が鎌倉時代末期に杭州から持ち帰り、京都・長岡京市の寂照院へ植えそこから全国に広がった。という説と、今から280年ほど前に鹿児島県、当時の薩摩二十一代藩主・島津義貴が琉球から苗を仕入れ、薩摩と江戸品川の薩摩藩邸に植え、全国に広がったという説が有力らしい。

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 そして、孟宗竹の北限は北海道の函館、松前。南限は鹿児島。沖縄では孟宗竹は育たないらしいから、薩摩が琉球から仕入れたとあるのは琉球を経由した。他に日本への伝来には諸説があるようだ。

 京都が孟宗竹の発祥の地と言われると、西へ向かう新幹線が京都を過ぎて暫く経つと車窓の右手の丘陵地帯は竹林に覆われており、その一帯の竹林の中には某ウイスキーメーカーの建物も見える。この説も納得できなくはない。

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 僕の田舎では、山と田圃の間にあまり大きくない竹林があり、これからの季節には筍を採ったり、昔は刈り取った稲を干す「さがり」に孟宗竹が使われていた。そして、稲穂が実る頃、田圃に飛来する雀たちを空砲で脅すと、一斉に竹薮へと逃げ込んだ。雀のお宿でもある。

 僕は竹とんぼの素材に孟宗竹を使い、厚肉の孟宗竹から竹とんぼを削り出している。今、手持ちの竹は古いものは25年前に伐った竹の残りと、新しい竹は3年前に1本伐って乾燥させている。竹とんぼの在庫も無くなってきたので、そろそろ作らねばと思っている。

 僕は竹を伐るときは11月末の闇夜の頃の、栄養を蓄えた脂ののった竹を伐れと親父に教えられた。それ以降に伐ると竹は筍を育て始めるので水分を多く含む。数年経った孟宗竹を伐り時間をかけて乾燥させると、鈍な焼き入れの小刀では歯が立たないくらいの硬度になっている。

 そろそろこの竹林にも地面を押し分けて、筍が顔を出し始めるころだ。そして、僕の田舎の竹林では、まだ地面に顔を出していない筍を、猪か?または人間か?どちらが先に掘るかのバトルが始まっている。
マンサクと福寿草・府中市郷土の森
撮影:2017年 2月11日
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 前日、ネットで郷土の森の梅の開花状況を確認した。その時にガイドマップでこの公園のマンサクが植えられている場所も合わせて確認をした。

「梅まつり」のピンク色の幟で盛り上がっている園内に入って、まずは入り口ゲートに近いマンサクを写した。2種類のマンサクが植えられていた。

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 福寿草は梅林の中に、それもカメラでの撮影を意識してか通路脇に植えられていた。福寿草は地面から花芽を出して、咲いたばかりでまだ背丈が低い。周りには早咲きの紅白の梅の花びらが落ちて、これから花をつける水仙が青い葉っぱを元気に伸ばし始めている。

 旬の花の入れ替わりと、花の咲く順番待ちがあることを意識する。

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 福寿草は先を歩くカミさんが、梅林の梅の木の根元で見つけるまで、樹上の花ばかりを見て歩いている僕の眼には入らなかった。福寿草が植えられているならファインダーを上から覗けるカメラのアタッチメント、変倍アングルファインダーを持ってこなかったことを後悔する。

 この日は梅林は人が少ない。歩行者の邪魔にならないことを確認して、通路に腹ばいになってローアングルで福寿草を写した。

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 最近は液晶モニターの角度を自由に変えられるタイプのカメラが、各社から出回っている。生憎、僕のカメラのモニターは角度が変えられない。そのようなカメラは背丈の低い山野草やローアングルの撮影時、ファインダーを長時間眺めていると首が痛くなる。

 昨年の5月に山野草の撮影が少しでも楽になるように、変倍アングルファインダーを購入していたが、今までそれの出番が無かった。このような撮影に使わないでどうする?と、思いながら福寿草を撮影した。

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 マンサクは山に、福寿草は里に春が来たことを告げてくれる花である。凍った大地を押しのけて芽を出し、まず最初に花を咲かせる福寿草はスプリング・エフェメラルの一つ。花びらもシベも黄金色に輝いている。そして、名前は縁起が良く新春を祝う花らしい。

 しかし、花や葉っぱには毒があり食べると食中毒を起こし死に至る場合があるらしい。綺麗な花には棘ならぬ毒がある。
五部咲きの梅林・府中市郷土の森
撮影:2017年 2月11日
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 我が家の近くの民家の庭先の紅梅も開花が進み、あっちこっちの梅林の開花状況が聞えてくる。1月にロウバイを写した府中市郷土の森の梅林が気になっていたので、ネットで開花状況を調べたら五部咲きと案内されていた。

 肌を刺す冷たい北風が吹く中、お昼過ぎに現地を訪れた。梅の花の開花状況は思ったよりまばら、はや咲きの梅の花はそろそろ終わろうとしているが、それ以外の梅はこれから見頃を迎える。

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 ロウバイの林は広い園内の一隅にあったが、梅は園内の至る所に植えられている。この府中市郷土の森は二度目の訪問、園内の状況の全てを把握出来ていない。とりあえずメインの梅林と思われるエリアに向かう。

 梅林の中には赤い毛氈を敷いた長椅子が設置されており、梅まつりが開催されていることを告げていた。その長椅子も今日の寒さにくつろぐ人影も少ない。

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 数年前まで、僕の観梅といえば青梅市の吉野梅郷に3年連続毎年訪れていた。その吉野梅郷の梅の公園は、プラムポックスウイルスとやらの感染で、全ての梅の木が3年前に伐採された。

 その梅の公園のウイルスもなくなり、やっと梅の苗木を植えても良い状態になったようで、新聞には3月に開催される記念植樹祭の一般参加者を募集していた。

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 当時、吉野梅郷の梅の公園には、早朝の7時ごろに訪れて朝日の梅林の写し、人出が多くなる10時前には現地を離れていた。開園が8時なので、それ以前の時間帯に入ると入園料が無料になる特典もあった。

 丘陵地帯に作られた梅の公園は、紅白の梅がバランスよく植えられており、その中に開花時期が梅と同じサンシュユの黄色い花が一際目を引いた。

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 道路ぎわに所狭しと並んだ出店のはずれに、落花生を売っている露店があった。露店のおやじは気風が良くて、枡での量り売りの剥き身の落花生は大粒で美味しかった。落花生が好物の僕は、それも楽しみの一つだった。

 その吉野梅郷にも梅の植樹が始まったようだが、以前のような見事な梅の景観を取り戻すには数十年の時間が必要。生きているうちにもう一度見たいが、多分それは実現しないと確信できる。

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 この府中市郷土の森は、多摩川低地に作られているので高低差がなく、梅林はいたって歩き易く高齢者や、ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い夫婦も目立つ。

 若者といえば東南アジア(ベトナムだと思う)からの留学生?たちが、アオザイを着て写真を撮っていた。梅の花は珍しいのだろうか?。

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 2時前、それまで晴れていた空が急に雲に覆われて青空と陽光がなくなった。陽光がなくなると僕の撮影意欲もなくなる。寒さに追い出されるように郷土の森をあとにした。

 写真を見ていると結構咲いているようにも見えるが、開花した花ばかりを写しているのでそう見える。満開の頃を見計らってもう一度、この郷土の森の梅林を訪れようと思っている。
冬木立・府中市郷土の森
撮影:2017年 1月21日
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 府中市郷土の森には、武蔵野の面影を残す雑木林が少し残されている。この日の冬枯れした広葉樹の雑木林は、冬の陽光を浴びて暖かささえ感じた。

 僕は冬の陽光を浴びた雑木林の、干し草の匂いのする落ち葉を踏みしめながら歩くのが大好きだが、もう其のような雑木林はこの界隈には残されていない。

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 もうかれこれ50年ほど前になるが、僕は上京して三鷹市の郊外に住んでいた。其の頃はまだ、周辺には広い畑や雑木林が残り、国木田独歩の武蔵野の景色を彷彿させた。

 冬から春にかけて、強い風が吹くと関東ローム層の畑の細かく黒い土が飛ばされて、机の上が埃だらけになっていたのを思い出す。しかし、三鷹より都心を離れたこの界隈でも、其のような雑木林や広い畑を見ることは殆どなくなった。

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 武蔵野の雑木林はクヌギ、コナラなどで構成されており、農業が盛んだった頃は、落ち葉は畑や田んぼに肥料として、成長の早い雑木はある程度成長すると薪などに利用されていた。

 武蔵野の平地にある雑木林は里山と同じように、人間の手によって管理された準人工林だ。昨今、其の雑木林の落ち葉は化学肥料に変わり、薪は化石燃料や電気に取って代わり、産業としての利用価値は無くなった。

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 利用価値が無くなった平地の雑木林は、地価の高騰の影響も受けて、相続税対策などで宅地へと転化され、其の面積は消滅に近いところまで減っている。

 我が家の近くに僕が夕日の撮影に行く小高い丘がある。多摩丘陵の一角で、昔は里山として農家を支えていたと思われる。その里山も今は山の頂上までもが宅地化されて50年前の面影すら残していない。

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 この雑木林は50年前に上京した頃の武蔵野を思い出させてくれた。我が家のベランダから里山が見え、今は緑地公園になっている。天気の良い日に、冬枯れした里山の名残りでも探しに行こうかと思っている。

 この府中市郷土の森には蝋梅が甘い香りをふりまき、梅の花も咲き始めた。ドウダンツツジが細長いろうそくのような新芽を伸ばして、春があまり遠くないことを教えてくれた。

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