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高尾・高楽寺の姫桜・2018 撮影:2018年 夜:3月27日 昼:3月29日 このところ関東は暖かい日が続いている。都内のソメイヨシノは、先週末一気に開花してもう散り始めた。そよ風が吹いても桜吹雪になる。 桜の撮影は何処へ行っても満開のソメイヨシノが写せるが、日曜日に写し損ねた高尾・高楽寺のベニシダレが気になっていた。 夕刻の太陽光ではベニシダレの本来の色が出せなかった。 高楽寺のベニシダレは通称「姫桜」と呼ばれているらしい。ハナネコノメソウが咲く頃、同じくこのベニシダレも咲き始める。例年、ハナネコノメソウの撮影に行ったついでに写す桜だった。 25日の日曜日にハナネコノメソウを写した帰り立ち寄るつもりだったが、次の待ち合わせ時間に遅れそうになりこの桜の撮影は割愛した。 例年、ライトアップされているので1昨日日没を見計らって撮影に行った。この桜の頭部は電車が高尾駅に着く手前で車窓から見えるが、この日はそれが確認できなかった。 ひょっとして?・・・このお寺は高尾駅から10分ほど歩く。現地に着くと案の定ライトアップはされていなかった。月齢9.6の月明かりでの撮影になったが、午後の遅い時刻の写真よりは趣がある。 今日の午後遅く今年のベニシダレを写しに行った。色鮮やかなベニシダレはもう散り始め、日当たりの良い枝には若葉が出始めていた。 お寺と桜の由緒書きが新しくなっていた。それには「近年見物客の増加により境内、周辺道路の安全が確保できなくなり、今年からライトアップは中止する」旨が追加されていた。 以前も「夜間騒がしいと周辺住民から苦情が出ている」との注意書きがあったので、やむなくライトアップは中止されたと僕は思っている。 このお寺の周辺は住宅が密集しており、お寺の前の道路幅は狭い。ライトアップ中止の判断は正解のような気がする。
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桜
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慈雲寺の糸桜・山梨県甲州市 撮影:2017年 4月16日 山梨県指定天然記念物のイトザクラ 周林寺から歩くこと5分と教えられたが道に迷い、大菩薩嶺を目前に仰ぎ見ることが出来る場所まで歩いてしまった。道路の左右には桃畑が広がり、その景色に見とれ写しながら歩いていたので時間は気にならなかった。 農作業をしていたオバさんに慈雲寺の場所を聞く。「500mほど戻り四角を左へ曲がるとお墓が見えます。」と教えられた。周林寺を出て、二番目の四角の右左を間違えたことに気が付く。 左側面 お墓を右に回り込むと慈雲寺が在った。どうやら裏門から入ったようで坊守が竹ぼうきで、樋口一葉の文学碑の前を掃き清めていた。右には社務所、その向こうにはイトザクラの糸を引くような長い枝が、地面すれすれに揺れていた。 イトザクラの前面に回り込みレンズを向けると、推定樹齢は330年、15mを超えた樹高は迫力満点、心地よい春風に乗って菜の花のむせるような甘い香りが漂っている中で一枚目を写した。 薄い緋色の簾の中から写そうと、簾の中に入るが支柱が太過ぎるので絵にならない。側面からと、前に垂れ下がった枝を写した。噂に違わず見事なイトザクラだった。 狭い境内には、緋毛氈が敷かれた縁台があり、300円で茶菓子と抹茶が頂けた。少し回り道をして辿り着いたので、喉が乾いており、躊躇わずに二人で緋毛氈の縁台に座った。 目の前には目の覚めるようなミツバツツジ(アカヤシオ?)が咲き、その前には木魚を枕に一休さんが昼寝。ネズミが一緒なので多分一休さん?。 境内から山門をくぐり門前に出ると、右側には菜の花畑、桃畑が広がり、その向こうには雪を被った白峰三山から荒川岳、赤石岳を見ることが出来た。 そして、読書をする樋口一葉女史の像が鎮座していた。この慈雲寺は樋口一葉女史ゆかりのお寺で、裏門手前左側には一葉女史の文学碑が建立されている。 雪を被って微かに見える南アルプス。左端が赤石、荒川岳 中央が白根三山、農鳥岳、間ノ岳、北岳 一葉女史文学碑を前からは写したが、裏面は写していない。裏面に建立賛助者の名前が記されているらしいが、ウィキペディアによると、佐藤春夫、田山花袋、坪内逍遥、与謝野鉄幹、晶子等々、錚々たる文学者が賛助している。 何故この慈雲寺と東京生まれの樋口一葉が?と疑問を持ったが、両親がこの地の出身で父親が子供の頃、慈雲寺の寺子屋で学んだのがその理由とのことで納得。 一葉像というよりも、顔は何となく菩薩像に見える。 樋口一葉といえば、5000円札の顔だが、僕の財布の中に一葉女史の出入りが激しく、一葉女史と福沢諭吉さんにはあまり長くは居てもらえない。一葉女史の胸像に、僕の財布ともっと長くお付き合いくださいとお願いしてくれば良かったが、後の祭り。 最近の僕の財布は圧倒的に野口英世博士との付き合いが長い。 左側が山梨県指定天然記念物のイトザクラ。 一葉像の後ろ、菜の花畑の端(5枚目中央に一つ)に、植木屋さんが使う三脚の大きな脚立が二つ立っていた。慈雲寺が設置した脚立らしく、その上に登り最後の写真を写した。 天龍山慈雲寺は臨済宗妙心寺派の禅寺。開山は南北朝時代、暦応年間(1338~1342年)とある。四方を桃畑に囲まれ、まさに桃源郷の中にある清楚なお寺だった。 |

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周林寺の雪洞桜・甲州市 撮影:2017年 4月16日 甲州市(旧塩山市) 若い頃から中央本線には馴染みが深く、登山や仕事で頻繁に利用していた。当時、中央本線の特急あずさに乗ると、必ず進行方向に向かって左側の席を取っていた。 笹子トンネルを抜けて甲府盆地へ入ると、線路は甲府盆地の奥秩父側の山裾を走る。左手に南アルプスの山々が見渡せ、この季節には、甲府盆地が桃の花でピンク色に染まり桃源郷となる。車窓からの景色は見ていて飽きない。 今日、その桃源郷とあわよくば桜を見ようと塩山駅で降りた。塩山駅は大菩薩嶺への登山口の一つ、裂石へ向かうバスが出ている。若い頃、このバスに乗ると路線の途中に桃畑が沢山あったことを思い出した。 それと枝垂れ桜で有名なお寺が幾つかあり、桜も見たかった。駅前のタクシー乗り場でタクシーに乗り、一番遠くで、今桜が綺麗なお寺に連れて行って欲しいと頼んだ。 一番遠くまでタクシーで行って、帰りは桃畑を散策しながら、塩山駅まで歩く予定だった。 僕は武田信玄公の菩提寺・恵林寺へ行きたくて、惠林寺の桜の開花状況を聞いた。恵林寺の桜の見頃はもう過ぎました。と教えてくれたそのタクシーの中に、枝垂れ桜の写真が2枚貼られていた。 境内から写す、少し若葉が出ている。 ドライバー氏が二日前に撮影した桜の写真で、その二つ桜の写真のお寺の距離は、歩いて5分とのことだった。 「もう花の旬は過ぎていますが、まだ綺麗に咲いていますよ。」と、左右に桃畑が広がる道路を走り、連れていかれたのはこの周林寺だった。 駐車場でタクシーを降りるときに、次の目的地・慈雲寺までの道順を親切に教えてくれた。 臨済宗・妙心寺派・天真山周林禅寺。室町時代に開山されたこざっぱりとしたお寺で、糸桜が山門に覆いかぶさるように咲き、山門の外から境内の地面に達する桜の枝先が見えた。 タクシードライバー氏は、「周林寺の桜は慈雲寺の桜と比べると、あまり有名ではありませんが、樹形が良くて枝は地面にまで達しており、自分はこのお寺の糸桜が一番好きです。」と言っていた。まさにその通りだった。 名前が慈雲寺ほど知られていないので、狭い境内にも人影は少ない。少し若葉が出ている枝もあったが、花いろもそれほど褪せてなく噂通りの綺麗な薄紅色が青空に映えていた。 この糸桜の名前は「雪洞(ぼんぼり)桜」樹齢は約120年。この雪洞桜を写した後、次の目的地の慈雲寺へ桃畑の中を歩いた。
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身延山久遠寺の枝垂れ桜 撮影:2016年 4月3日 この記事の画像は昨年撮影した画像です。2017年の久遠寺の桜の開花状況を調べて見ると満開と出ていた。昨年より10日ほど遅い開花のようだ。 神代桜を撮影した後、身延に向かうが途中から小雨が降り出した。雨が上がることを期待したが、日頃の行いが悪いせいか雨は最後までやまなかった。 1枚目と90度異なる角度から写す 身延山久遠寺の門前町に入ると、至るところに枝垂れ桜が植えられており満開の桜が迎えてくれた。身延山は南アルプスの前衛の山にあたり、標高も少し高いのか谷間には靄が立ち上っている。 駐車場から短い斜行エレベーターに乗り久遠寺の境内に至る。境内に入ると、本堂の横に一際目を引く大きな枝垂れ桜が観光客を集めていた。久遠寺の枝垂れ桜の盟主、樹齢は400年と言われている桜だった。 久遠寺の枝垂れ桜のクローン(山高神代桜の実相寺にて) 盟主と書いたのは、久遠寺の境内には大きな枝垂れ桜が数多く植えられており、其々が立派な枝垂れ桜だが、この桜は他と比べて幹が太くて風格が異なる。 この日、久遠寺を訪れる前に山高の神代桜を観てきた。実相寺の境内には、三春の滝桜や根尾谷の淡墨桜に混じって、久遠寺の枝垂れ桜のクローン桜の立て札の付いた立派な枝垂れ桜が咲き誇っていた。 境内の異なる桜、この桜も樹幹が太い 通路の上に長く垂れ下がった枝が、藤棚を思わせる棚で支えられており、久遠寺の枝垂れ桜よりも色は濃く鮮やかだった。そのイメージを頭に久遠寺を訪れたが、久遠寺の枝垂れ桜の色は、花の旬を過ぎていたのか少し色が白かった。 しかし、久遠寺の枝垂れ桜は植えられている場所もさることながら、400年の風雪を耐えただけあって、樹に風格を感じる。 身延山久遠寺は日蓮宗の総本山、境内に大学、高校が併設されている立派な古刹だった。
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高尾・高楽寺のベニシダレ・2017 撮影:2017年 4月7日 姫桜 高楽寺のベニシダレザクラは、京王電鉄・高尾駅手前、高架を走る電車の車窓から梢を垣間見ることができる。2日の日曜日朝に電車の車窓から開花状況を確認していたので、天候が回復した昨日午後に訪れた。 獨峰山高楽寺は真言宗智山派の大本山高尾山薬王院の直系の末寺。天文2年(1533年)観応上人により開山、高尾駅南口から歩いて10分くらいの距離にある。 ベニシダレザクラは期待どおり、住宅地の中にある地域に密着した高楽寺の狭い境内から、はみ出すように枝を垂らして満開の薄紅色の花を咲かせていた。 午後4時を過ぎた春の夕日の紅色も貰ったベニシダレザクラは、青空をバックにより一層色鮮やかの咲いていた。そして、桜の木の頭上には月が。 このベニシダレザクラの樹齢は250年、お姫様が笠をかぶったように見えることから、地元では「姫桜」と呼ばれているらしい。 この界隈では有名な桜の一つにもなっている、高楽寺の姫桜は見物客が多い。そのためにも色々弊害が出ているようで、お寺の裏にある墓地にはエドヒガンが植えられているが、観桜者の墓地内は立ち入り禁止になっていた。 また、朝早くから夜遅くまで開花状況の問い合わせ電話で、寺務にも支障をきたすので、辞めてほしいとの張り紙もあった。観光を目的としていないので、専任スタッフも置いていないお寺としては迷惑千万な話だと思う。 高札には「この桜の花は高楽寺に静かに眠る檀信徒の御先祖様が、1年に一度見せて頂ける笑顔でもございます。どうぞ、お心静かに仏様を拝むようなお気持ちで、拝観なさって頂けとうございます。」と、このお寺の和尚さんの法話のように書かれていた。 一年に一度、こうして綺麗なエドヒガンザクラを拝まして頂けるのは非常に有難い話で、信心深くないない人でも、この高札を読んでから観桜すれば、心静かにベニシダレザクラを観ることが出来る。 1枚目と90度異なる角度から これと同じような話だが、写真家、阿部幹雄著「生と死のミニァ・コンガ」の中に、日本全国の巨木をフォーカスに連載するために撮影して歩いた。撮影の後その巨木に対して、神社仏閣に祈るように手を合わせて、山で亡くなった仲間の冥福、家族の健康の祈りの言葉を捧げた。と書かれていた。 桜も長寿命の巨木が多い。今まで撮影の後一礼はして帰っていたが、桜というと心がときめき、とても心静かに観ることが出来なかった。この高札を読んで深く反省した。
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