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夏前に今年の夏は、高山植物の女王の称号を持つコマクサを見たいとカミサンが言い出した。どちらの山にしようかと迷ったが、コマクサの群生地があることでも有名な、南八ヶ岳の山行計画を立てるように指示をした。 登山バスの運行表と天候を見計らって、先月末に八ヶ岳へ行った。今回の山行の主な目的はコマクサを見ることが目的となった。 赤岳の斜面にて 行者小屋から文三郎尾根の鎖と梯、鉄の階段が付いた急登を一時間半、喘ぎ喘ぎ登ると、赤岳と中岳の稜線にでる。そこからは赤岳の頂上までは40分位で登れる。 ジグザグの登山道を登り始めたら、登山道脇のガレ場に二枚目の写真のコマクサが咲いているのを見つけた。周辺の岩の大きさからして、このコマクサは相当長く茎を伸ばして、岩から顔を出して咲いている。 早速、前を行くカミサンに教えたら「コマクサってこんなに小さい花なの?」とそっけない返事が返ってきた。もう少し大きな花を想像していたようだ。 登山道脇に二つの個体を見つけたが、まだ咲いていないかと探した。斜め上の稜線に一枚目の写真のコマクサの群生地が広がっていた。 白花のコマクサ 今回の山行では多くのコマクサを見たが白花はこの一株だけだった。 僕も初めて登った白馬岳で、これが日本有数のお花畑だと教えられても、これが高山植物のお花畑?って感じで感動は無かった。それは、街中の花壇を連想していたのと、その当時は高山植物のことを殆ど知らなかった。 それ以来、環境条件の悪い高山で一気に花を咲かせる高山植物の群生地、お花畑とはそんなものだと思うようになった。 二日目に赤岳から硫黄岳までの稜線を歩いた。赤岳を降ると鞍部に赤岳展望荘が建っている。その山小屋の前にコマクサの咲いていた。それ以降、硫黄岳の手前までの登山道の脇にはコマクサの群生地が処々にあった。 圧巻なのは横岳と硫黄岳の間の小ピークの斜面の大群生地だった。登山道の上側には保護ネットが張られ、登山道より下の斜面側には立入禁止の看板とロープが張られていた。 ロープが貼られた側には、撮影のためにそれを乗り越えて群生地に侵入、沢山のコマクサが踏みしだかれていた。斜面上部に張られたネットの網目は、カメラの望遠レンズが十分に入る大きさだった。 侵入したのは望遠レンズを持たない人、コンパクトデジカメで接写をするために立ち入ったのでは?と思った。その群生地を過ぎると直ぐに硫黄岳山荘があり、山荘の後ろの登山道脇には駒草神社が祀られていた。 もう40年以上前になるが、僕がロッククライミングをやっていた頃、北八ヶ岳にニュウの南壁という岩壁がある。その岩場を登りきった処にコマクサの大群生地があった。 数年前にその岸壁の近くにある山小屋の主人に、そのコマクサの大群生地が現代も残っているかどうかを聞いた。その場所は数少ないクライマーだけが訪れる場所なので、今でもその群生地は健在のようだった。 本来、山はコマクサや動植物のものだ。我々人間は高山植物や動植物のテリトリーに立ち入らせてもらっている事を忘れてはならない。踏みしだかれた高山植物を見るたびに思う。
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トレイルと富士山
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八ヶ岳連峰の主峰・赤岳への一番近道でノーマルなルートは、茅野側の美濃戸から南沢を通り、行者小屋を経て赤岳へ登る。行者小屋からは三つのルートがあるが、それは各自の好みで登ればよい。 八ヶ岳連峰に吹く風は諏訪湖側から吹く風が多く、その湿った風は水分を多く含んでいる。諏訪湖側の斜面に当たった風は雨を多く降らせるので、南沢周辺の樹林は緑の絨毯のように苔がむしている。 登山道はその樹林の中、南沢の渓流に沿って作られており、目まぐるしく変わる周辺の樹林の景色は歩いていても飽きることはない。 この日は夜行バスで美濃戸口に着き、5時半から歩きだした。一時間ほど林道を歩いて、それからはこの南沢に入ると、朝霧に昇り始めた朝日が射していた。 この林道は一般車の通行は規制されていないが、タクシーなどの営業車は乗り入れが出来ない。通常は逆の場合が多いが、この林道は沢の出会いに数軒営業している山小屋の私道か? 昨今はマイカーで登山口まで乗り付けて山に登る人が多くなっているので、林道を歩いていると後ろから車が砂塵を巻き上げながら追い越していくが、林道の脇にはトリカブトやホタルブクロなどの山野草が咲き乱れ、途中で横切る沢には清冽な水が流れている。 昨今は、車やケーブルカーなどを使って、なるべく楽をしてピークだけを踏めばよいと言うハイカーが多くなっているが、日本の山は山麓や渓谷の景色にも魅力がある。 それらの景色を見ないでただ乗り物で通り過ぎるのは、食前酒や前菜を抜きにしてメインディッシュだけ、またはファーストフードを食べているのに等しい。 しかし、八ヶ岳連峰の南部の山は登山口まで車で入っても、このような緑滴るアプローチが楽しめる。
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八ヶ岳の主峰・赤岳から夕陽と富士山を写したくて重い三脚を担いで赤岳に登った。夏山は往々にして午后3時頃には天気が崩れるので、2時に赤岳山頂山荘に登山靴を脱いだ。 案の定3時ごろからガスが山頂を覆い始め、そのガスは遂に夕刻までには晴れなかった。最近の山小屋にしてはテレビも無い。これは僕には大歓迎、手持ちの文庫本を心ゆくまで読めた。 AM 5:00分 赤岳山頂山荘前テラスにて 赤岳の標高は2899M、山小屋は山頂から数分の場所に建てられており、山頂との標高差は5Mくらいか? 翌朝は4時に起床、薄明かりの中、山小屋のサンダルを突っかけて赤岳山頂に向かう。山頂手前の登山道で水溜まりに気が付かず足を踏み入れ、ソックスを濡らした。前夜雨が降ったようだ。 乾いたソックスに履き替え、登山靴を履く。今度はカメラを持って再び山頂に向かう。殆ど防寒対策をしていなかったので、吹く風に手がかじかみ、夏用の生地の薄いパンツは早朝の冷たい風を通す。 朝日は小海側を埋めた雲海の上から、日の出時間に遅れて顔を出した。そして、山頂からは微かに富士山が頭を出しているのが確認できた。 それを写して早々に山頂を後にする。余り、感動のない日の出だった。
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午后1時過ぎに、土砂降りの雨の中を上高地に着いた。予約をしておいたバスの出発時間まで、時間が有り過ぎるので、予約をその前の便に変更しようとした。 「旅行会社からの予約は旅行会社を通さないと変更できない」と、席に余裕があるにも関わらず、意味のわからない理由で乗車便の変更は断られた。しょうがないので予定通り温泉に入り、冷えた身体を温めることにした。 小一時間大浴場、露天風呂をほぼ独占、3時に温泉から出た。雨も上がりホテルの前の梓川の堤防からは湧き上る雲をバックに明神岳が顔を見せていた。4時30分、予定通り新宿行きの高速バスで上高地を発った。 5月6日、未明から蝶ケ岳ヒュッテは強風を伴った横殴りの雹に見舞われていた。その中を6時30分に出発。悪天候のため予定を変更して、元来たルートを下山することにした。 ヒュッテの裏手の蝶ヶ岳のピークを越して少し降ると樹林帯に入る。残雪の中の緩いアップダウンを繰り返しながら小一時間歩くと長塀山のピークを越して急な降りになる。それまでの雹は小雨に変わる。 標高が2000Mを切ったと思われる頃に、小雨は本降りの雨に変わった。樹林帯の中なので、雨は真上からしか落ちてこない。それでも防水の効いたハットは、雨漏れがして水滴が頬を伝い出した。 上は冬仕様のレインウエアを着て、首からぶら下げたカメラはレジ袋で包んでレインウエアの中に隠す。下はレインウエアを履いていなかったので、膝が濡れて少し冷たい。 残雪の急坂を下ること2時間半、10時に雨の中を徳沢園にたどり着き、食堂に入る。 ストーブの前でレインウエアを脱いで驚いた。レインウエアの中に着ていたフリースの前が少し濡れている。冬用のレインウエアはノースフェイス製の「サミット」少し厚手のゴアテックス素材で作られており、裏側にはダウンがジップ・イン・ジップで装着できる。値段は決して安くは無かった。 しかも、今回の山行前にクリーニングに出して、撥水加工をしたばかりだった。クリーニング店の撥水加工が不十分だったのか? 食堂では早めの昼食を済ませ、火力の強い薪ストーブで濡れたフリースとズボンを乾かした。僕はザックの中に、夏用の買ってからまだ一度も袖を通していない真新しいレインウエア上下を容れていた。 新しいレインウエアに着替え、徳沢園から2時間、土砂降りの雨の中を梓川に沿って上高地へ辿り着いた。真新しいレインウエアは気持ち良く土砂降りの雨を弾き、快適に上高地のバスターミナルまで僕を守ってくれた。 帰宅した当日に汚れたスパッツや登山靴、アイゼンを洗い、濡れた装備全てをベランダに乾した。翌日は好天でよく乾いた。レインウエアやハット、登山靴、スパッツに防水スプレーで撥水加工、次の山行に備えた。 たまには土砂降りの雨の日の山行も、自分の装備の弱点を見つけるには好都合だ。
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上高地から梓川に沿って2時間ほど歩くと、井上靖の小説「氷壁」に出てくる徳沢園に着く。日本人で最初にマッターホルンの北壁の冬期登攀に成功した吉野満彦氏の著書「山靴の音」では、冬期の徳沢園の小屋番をしていた厳冬期の様子が克明に描かれている。 雪のないこの季節は徳沢園まえは、絶好のキャンプサイトとなっており、多くのキャンパーが色取り取りのテントを張っていた。夏場の最盛期にはこのキャンプサイトもテントで満杯に埋まる。僕もツエルトを被ってビバークをしたことがある。 徳沢園まえのキャンプサイト 8時半頃、徳沢園の前のベンチで休んでいたら、これから登る長塀尾根から男性3人のパーティが降りてきた。早速、僕は直近の情報を得るために、今朝の蝶ヶ岳、長塀尾根の様子を訪ねた。 その中の一人が「昨夜の蝶ケ岳ヒュッテ周辺は強風が吹き荒れ、キャンプサイトに張っていたテントが二張り強風で壊されて蝶ヶ岳ヒュッテに避難をした。長塀尾根は途中から残雪が残っているが、アイゼンは要らない」と教えてくれた。 残雪の長塀尾根 身支度を整えて徳沢園の直ぐ右手から長塀尾根に取り付く。噂通りの急登、樹林帯の中の登山道は雪解けでぬかるんでいる。小一時間ぬかるんだ登山道を登ると、今度は雪が出てきた。春の雪は腐っていた。 背後では時折「ドドーン」と雪崩の音がするが、樹林帯の中なので眺望は無く場所の確認できない。久しぶりに聴く雪崩の音は相変わらず不気味だ。樹林帯はシラビソの林、そのシラビソの梢を強風が揺らして、枯れ枝やサルオガセを残雪の上に落としていた。 その合間に今度はヘリコプターの飛ぶ音が聞こえる。同じように機影は見えず。「穂高の何処かで遭難事故が発生したな」と思いながら登った。 カミサンは残雪の急登を喘ぎ喘ぎ登り、数歩歩いては立ち止まる。後ろを歩く僕は立ち止まるたびにリズムが狂う。残雪の上を歩く足元が覚束なくなったので、昼食後にアイゼンを着けさせた。 長塀山の山頂に着いた頃には、雲行きが怪しくなり強風を伴った雹が降り出した。樹林帯の中なので強風の影響は無いが、10mm位の大きさの雹がパラパラと落ちてきて、雪に残った足跡に溜まる。 蝶ケ岳山頂直下、残雪が無くなりアイゼンを外す。出迎えてくれるはずの槍穂高は雲に隠れて見えない。今度は強風に曝されること15分、蝶ケ岳山頂を越して眼下のコルに建つ蝶ケ岳ヒュッテに這々の体で逃げ込んだ。 彼女が予定とした時刻より1時間半遅れ、徳沢園を出発してから既に7時間の時間が掛かっていた。彼女は残雪期の北アルプスは今回が初めて、その初回に北アルプスの急変する気候の洗礼を受けた。
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