|
花が小さいので横位置の画像は拡大して見て下さい この季節、高尾山周辺では一斉にスミレや一輪草などの山野草が咲き始める。その中に早春の渓流沿いの苔生した岩にハナネコノメが群生して咲く。 ハナネコノメは5CM位の小さなユキノシタ科の山野草で、渓流のせせらぎを聴きながら咲いている。その可憐な姿は多くの山野草ファンの心を捕えて離さない。 今年もそのハナネコノメに会いたくて日曜日の午後、裏高尾の僕が毎年撮影しているポイントに向った。昨年より訪れるのは1週間早い。 この日は高尾山・薬王院の火渡りの儀式が有った日で、JR高尾駅北口にも火渡りの儀式に参加するのか白装束の人達が目立った。 もう一つ、この日のイベントは裏高尾に点在する梅林の梅祭りが開催されていた。裏高尾の狭いバス通りを走る路線バスは、梅祭りで混みあって定刻よりほぼ小1時間遅れて予定のバス停に着いた。 バス停からぬかるんだ林道を歩いて45分で目的地に着いたが、昨年ハナネコノメの群落が在った場所に、今年は数えるほどしか咲いていなかった。 何らかの理由で群落は消えたらしい。下流域の沢筋を探せば別の群落は見つかるが、夕刻の高尾山に登る予定が有ったので、その場所で数少ないハナネコノメを撮影した。 奥まった沢は陽が当る時間が短い。ハナネコノメを照らしたかと思ったら、午後2時過ぎにはもう日影になった。その日照時間は30分程だった。 気に入った写真が少なかったので、今週末に天気が良ければもう一度、ハナネコノメの撮影にトライしたいと思っている。
|
野山の花
[ リスト | 詳細 ]
|
この季節、山には花が無い。山野草の殆どは種を付けている。その中で唯一、タマアジサイだけはこの季節まで夏のままの姿でガクを残している。 夏には品の良い薄紫のガクも色こそ褪せているが、この色の褪せ具合、枯れ具合が僕は好きだ。この冬枯れたタマアジサイに惹かれて今年も裏高尾の日影沢に行った。 正確には、夕陽の撮影で高尾山に登るルートを、タマアジサイの群生地が有る日影沢に変えただけだ。日没の時間に合わせて行動予定を立てていたので、3時ごろのタマアジサイが咲く沢の上流域はもう日が翳っていた。 沢山残っている枯れたタマアジサイのガクを夕陽に透かして撮影したかった。もう、1時間早く家を出ていればと悔やむ。 このタマアジサイの群生地がある日影沢は、春になると山野草の宝庫になり、珍しい高尾スミレ等も咲く。そして、あと2ヶ月もすると山野草ファンがカメラを持って大挙して押しかける。 この日は凍結して滑る林道を、行き交う人も少なかった。まだ暫くはこの沢の静寂も続く。 |
|
通常シモバシラというと地面から土を押し上げた氷の結晶を想像するが、この季節の高尾山では冬の風物詩にもなっているシモバシラという植物の枯れた茎に咲く氷の結晶の事をいう。 その詳細はこちらに詳しく記載されているので参照してください。 都心の気温が零度に近くなってくると高尾山ではこの氷の花が咲き始める。今季は既に12月下旬のダイヤモンド富士ウィークの頃には多くの人がこのシモバシラの撮影をしていた。 元日の朝、景信山で初日の出を撮影した後、僕はこの氷の花を撮影する為に高尾山に向かった。北風が通り抜ける尾根道は風が冷たくて、山頂を出る時に防寒具を外した事を後悔した。 景信山の山頂は零下6度まで気温が下がっていたので、氷の花は期待できた。途中の登山道脇にはもう氷の花の咲いているのが見えた。 僕の隣で初日の出を撮影していたご夫婦の奥さんが、登山道脇の杉林でそれを撮影していた。睡眠不足と寒さで疲れていた僕は、レンズ交換が面倒くさくなってなっていたので先を急ぐ。 途中、富士山の撮影ポイント二箇所で富士山を撮影した。富士山を撮影すればその後にレンズを交換してシモバシラを撮影しようと思っていた。一丁平の新設された木の香の残る真新しいベンチでレンズを交換した。 撮影ポイントは冬には日が当らない脇道の北斜面にあり、登山道からも沢山の氷の花を撮影する事が出来た。 この氷の花は二つとして同じ形の固体はない。次から次へとカミサンが形の良い氷の花を見つけてくれるので、最初は頑張って撮影していたがその内に僕も飽きてきた。 丁度その頃カミサンから「もうそれ位撮影すれば気が済んだでしょう!」と、帰りを急かされた。今年も奇麗な氷の花を見ることが出来た。
|
|
小仏峠の茶店は廃屋になったまま打ち捨てられているが、この廃屋の前で何時も竹細工を作っているお爺さんが居る。この日は何時も座っている縁台で、そのお爺さんの人懐っこい顔を見ることが出来なかった。 城山に向かおうとしたら、登山道の左下にサラシナショウマ(晒菜升麻)の群生地を見つけた。群生地の手前の良く見える場所に「サラシナショウマ」と書かれた四角い杭が打たれて、雨除けのビニールのカバーが被せられていた。 よく見ると、それを建てたと思われる女性の名前がその下に書かれていた。このオバサンは自分の名前まで書かなくても良いのに?と思いながら、名前の書かれたその杭を避けて一枚目の写真を撮った。 背後から「こちらにアサギマダラが居ますよ。撮影しませんか?」と、声を掛けられた。何時の間にその場所に来たのか、後のベンチにはサラシナショウマの花の蜜を吸っているアサギマダラを撮影している僕より4,5歳年上の男性が居た。 この男性はコンパクトデジカメに望遠レンズをつけてアサギマダラを撮影をしていた。アサギマダラはシャッター音や枯れ枝の折れる音がすると飛び立ち、危険が無いと判ると元の花に直ぐ舞い戻ってくると、その男性は教えてくれた。 この男性がシャッター音の小さいコンデジを使っている意味がよく判った。何時もアサギマダラの撮影に高尾山に来ているようだ。僕のカメラはシャッター音が大きいので少し遠くから撮影しないといけなかった。 アサギマダラはサラシナショウマの群生地に3頭居た。そのうちにオバサングループが通り掛かり「何を撮影しているのですか?」と訪ねられた。 「サラシナショウマとアサギマダラです」と教えたら、私達もと言って3人のオバサンがコンデジや携帯電話を出して、アサギマダラに近寄ってシャッターを押した。驚いたアサギマダラは飛び立って、その花にはもう戻って来なかった。 高尾山の裏側の登山道脇の日溜りでまたアサギマダラを2頭見つけた。よく見るとそのアサギマダラの羽には文字が書かれていた。高尾山で捕獲された年月日、固体の識別番号が羽に記入されていた。 アサギマダラはこの小さな身体と羽で、これから海を越えて遥か台湾まで旅をする。アサギマダラにはロマンを感じ、そして頭が下がる。
|
|
今日10月3日は中秋の名月、先ほど雲間に見え隠れする満月を撮影した。三脚を持って出なかなかったので、再度三脚を持って満月にトライをした。 台風の影響なのか今夜の流れる雲は早く薄いベールを被ったり、黒い雲の幕の中に隠れたりと忙しかった。 住宅地に出た満月に屋根を入れて撮影してもしょうがないので、2枚目に東京の空に昇り始めた28日前の満月の写真もアップをした。 9月5日 18:48 高尾山・稲荷山コース 東屋のある展望台からの東京の夜景と満月 先月、この場所からはススキの葉を入れて撮影が出来たが、生憎まだススキの穂は出ていなかった。 先週このススキを見てきたが、ススキの穂は綺麗に出ていた。 月見と云えばやはり脇役はススキ。別途撮影してあったススキを合わせてアップをした。暫くこのような秋空を見ていない。そろそろスカッとした青空を見たい。 これはススキとも呼ばれるが、茅とも呼ばれてチガヤの総称らしい。古くは民家の屋根を葺く材料として使われており、茅葺き屋根では白川郷・五箇山などが有名である。 茅葺き屋根が残る地域には、茅場と呼ばれるススキを採集する為の草原が用意されているようだ。 東京にも茅場町という地下鉄の駅があるが、江戸時代にはその茅場があった跡かも知れない? 過日、テレビで京都府・北山に残る萱葺き屋根職人が紹介されていた。萱葺き屋根の茅は、その土地に生えていた茅が一番その土地の気候風土にマッチして寿命が長い。と云っていたのには何と無く納得が出来た。 因みに普通の民家の屋根で葺き替え費用は500万円くらいかかるようだ。 僕が知っている茅の利用方法としては、子供の頃、祖母が茅の種を落とした茎・穂先を利用して、カズラで編み上げた畳箒を作っていた。 今でも綺麗に仕上げられた箒だったのを覚えているが、昔の人はススキを満月に備え、屋根を葺き、箒などを作って生活の道具の中にも上手に使っていた。 今夜は仲秋の名月を見ることが出来ただけで由だった。今、窓の外の満月はまた厚い雲に隠れている。
|




