ワーク・アウト BARONの戯言!!

このブログの横位置の写真は拡大してご覧ください。

東京の街景色

[ リスト | 詳細 ]

東京の街の景色の紹介です。
記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

秋の花火

秋の花火

撮影:2012年 10月20日 調布市花火大会
イメージ 5

 花火は夏の風物詩だとばかり思っていた。昨今は一年中何処かで花火大会が開催されているようだが、昨年は震災の影響で中止された花火大会が多かったと聞く。

 東京周辺の夏は、週末になると多くの花火大会が開催されている。夕刻の電車に余り着こなせていない浴衣姿の若者のカップルが多く乗り込んでくる。

イメージ 1

 花火は好きだが雑踏が嫌いな僕は殆ど花火大会を見に行かない。浴衣姿の若者たちの姿でそれを知ることが多い。

 夏、我が家にいて窓を開け放していると、花火の炸裂音が風にのって聞こえてくる時がある。次の日に息子たちに「昨夜の花火は何処の花火?」と聞くと、昨夜のはどこどこの花火と教えてくれる。若者たちは花火が好きだ。

イメージ 2

 今月初めカミサンが何処で情報を掴んだのか知らないが、孫を連れて調布の花火大会を観る計画を立てていた。例年は夏に開催されていた花火大会で、昨年は例に漏れず中止された花火大会だった。

 先週に尾瀬の紅葉に振られた僕は、花火大会当日に再度一人で尾瀬に行こうとして、夜行の直通バスを探した。シーズン中は多くの旅行会社が運行している夜行直通バスも、10月の20日ともなれば例年ならシーズンオフ、今年は1社だけ遅くまで運行していた直通バスも月曜日時点で満席、予約は出来なかった。やむなく花火大会に付き合った。

イメージ 3

 我が家からは少し遠くなるが、花火は会場の多摩川を挟んで対岸から観ることにした。予定より遅れて現地に到着、見晴らしの良い堤防の上は、春の花見と同様に隙間なくブルーシートが敷かれている。

 堤防の下に降りて、河川敷の空いた場所に陣取り、暗くなりかけた中、急いで持参したお弁当を広げた。そして、花火大会の見学エリアとして張られたネットの川沿いに三脚を立てた。

イメージ 4

 僕は家族はそっちのけで、次から次へと絶え間なく打ち上げられる花火を写していた。花火大会も前半が終わった頃、花火にも飽きた孫は帰りたいと言い出した。僕は孫たちを先に帰した。

 1時間10分、9000発の花火の競演を、お腹に響く炸裂音を聴きながらの、10月も下旬の川面を吹き抜ける秋の風を心地よく感じながらの撮影だった。秋の花火も中々良いものだ。

 先に帰っていた、自称花火には一寸うるさい長男が「小規模だが中々まとまった花火大会だよ」と、宣っていた。

線路脇の麦畑

線路脇の麦畑

撮影:2012年 4月28日、5月4日
イメージ 3

 例年ならこのフェンスには、街の企業や商店、大学などが寄付をしたパンジーや春の花のプランターが整然と並んでいた。今年は不況のせいかそれらのプランターは無く、無味乾燥した線路際のフェンスだった。

 3月の上旬にプランターに植えられた青い麦が線路脇のフェンスの一部に架けられた。麦穂の成長を楽しみにして、懐かしさもあって麦の成長の写真を撮っていた。

 5月8日の朝、麦の穂が金色になっていた。午后、写真を写そうとこの場所を訪れたら麦は全て刈り取られ、切り株だけのプランターが並んでいた。
 
イメージ 2

 最初に麦のプランターが並んだ場所は、丁度パン屋さんの前だった。パン屋の外壁には金色の麦穂の絵が描かれている。誰が麦のプランターを並べたのか、僕は興味を持った。

 カミサンは「パン屋さんの前だからパン屋さんが並べたのでは?」・・・発想としては要を得ている。暫くすると今度は最初に並んだプランターの3倍位のプランターがフェンスに架けられた。

 これはもうパン屋さんの仕業では無いと確信をした。最近の園芸家も観賞用として穀物まで育て、販売をしているのかと感心をした。

イメージ 4

 4月のある日、今度は菜の花の植えられたプランターを積んだリヤカーを引いた作業員と思しき男性が、菜の花を麦の空きスペースに架けていた。

 僕はその男性に「この麦のプランターは何処から持ってきているのですか?」と訊ねた。男性は近くの小学校の名前を教えてくれた。

 その直後にプランターの間に説明書が貼られた。それに拠ると、60年前はこの界隈は麦畑が広がっていた。それに因んで地元の小学6年生の生徒達が、授業の一環として育てた麦である旨が記されていた。

 どうやら僕が作業員だと思った男性は、小学校の先生だったようだ。

イメージ 1
 
 東京のこの地域から麦畑が消えたのは理解が出来るが、日本の農業地から麦畑が消えるのと反比例をして穀物の輸入量が著しく増えている。2011年の統計では小麦に至っては14%の自給率しかない。

 我々が毎日口にするパンや麺類の殆どは輸入小麦に頼っている。この麦を育てた子供達もそのことは教えられたと思う。同時に穀物一粒を作ることの大変さも。

 パンジーや春の花も綺麗だが、それは何処に行っても植えられている。それよりも僕にとって嬉しかったのは、線路脇のフェンスだったが都会に輝く麦穂を楽しめたことだ。

 この麦を育てた小学生達に感謝!!!

 

アメリカ楓の街路樹

アメリカ楓の街路樹

撮影:2011年 12月10日 
イメージ 1
駅のホームから

 環状八号線の街路樹にアメリカ楓(モミジバフウともいう)が植えられており紅葉が進んでいた。電車の待ち時間に井の頭線高井戸駅のホームから写した。

 この街路樹が何処まで続いているかは定かではないが、この先で交差する五日市街道にもアメリカフウの街路樹が植えられている。樹齢はこれよりもかなり若い。

 昨今、アメリカフウは至るところの街路樹で植えられており珍しくはなくなった。楓と名前が付いている通り、晩秋に楓と同じ形をした日本の楓より一回り大きな葉っぱの紅葉が美しい。

 以前、冬の神代植物公園を歩いていたらアメリカフウのトゲトゲの特徴のある実が落ちていた。見上げると樹高が10M以上はあるアメリカフウの巨木が聳えていた。成長すると樹高は20Mにもなるらしい。
 
 17年ほど前に僕はこの駅と隣の駅のほぼ中間に住んでいた。当時、環状八号線は渋滞が酷く、車の排気ガスで環8雲と呼ばれる雲が出来るくらい空気は汚れていた。

 夏の雨あがりには必ず朝顔の花に溜まった水滴の部分が白く脱色しており、東京の空気の汚さを身にしみて感じていた。東京都がディーゼルエンジンの排ガス規制を始めてからそれは無くなったが、未だに空気は綺麗とは言えない。

 アメリカ楓は排気ガスに強い樹木のようだが、環8沿いの街路樹は綺麗に紅葉していても、ビルの谷間の道路際に植えられているせいか何となく元気がないようにも見える。

冬の像

冬の像

撮影:2011年 10月9日
イメージ 1

 この「冬の像」と名が付けられた像は、最寄駅の駅改札口を出た左側で、端正な顔立ちの女性が冬の装いで改札口に出入りする人達を見守っている。作者は彫刻家・故佐藤忠良氏。

 極めて文化度に低い僕は、その説明書きを読むまで、恥ずかしながら佐藤忠良という彫刻家を知らなかった。同じ街にアトリエを構えていた縁で展示されたようだ。

 駅が新装オープンをしたのが確か3月22日、この彫刻家は3月末日に98歳で天寿を全うされている。この像は亡くなる10日程前に、この場所にお披露目されたことになる。

 2ヶ月ほど前に新聞の新刊書の紹介コーナーで、「つぶれた帽子」著者・佐藤忠良を見つけた。書店で探したが見つから無かったので注文、一気に読んだ。

 「つぶれた帽子」は20年位前に書かれた自伝の再版だった。本には代表的な幾つかの作品が紹介されていたが、この「冬の像」は出ていなかった。女優・佐藤オリエさんのお父さんだった事も書かれていた。

 自伝を読んで故佐藤忠良氏は日本を代表する、偉大な彫刻家だったことがよく判った。そして、作者をよく知ると、よりこの「冬の像」の丹精な顔立ちの女性に親しみを感じるようになった。

 この像は何度も撮影をしている。夏の西日が指している季節の像は暑苦しそうだったが、暦の立冬が過ぎた今日の昼間は、やっと違和感無く「冬の像」を見ることが出来た。


 最近、この像が展示されている駅の屋上から、天気が良ければ頻繁に夕日の撮影をしている。このところの生憎の天気で暫くは夕日を拝めていないが、予想では、今日か明日位に夕日が富士山の山頂に沈む予定だった。 

 この場所からの今季のダイヤモンド富士はお預けになりそうだ。次は冬至を挟んで同じ日数の、来年の1月末か2月初旬頃にダイヤモンド富士を撮影するチャンスが訪れるはずだ。
  

東京タワー

東京タワー

撮影:2011年 4月13日
イメージ 1

 前回昇ったのは確か40年位前、久し振りに桜の花弁が舞い散る公園の傍を通り夕刻の東京タワーに昇った。下から見あげると3.11の地震で確かにタワーの先端部は曲がっていた。

 エレベーターを乗り継ぎ第2展望台に向う途中、エレベータの窓から東京タワーの鉄骨が見える。鉄骨は錆びているのか、鉄骨に施された分厚い塗装は波打っていた。

イメージ 2

 東京タワーは50年以上も風雨と東京の汚れた空気に晒されているので、老朽化するのは無理はない。当時僕が勤めていた会社は芝浦にあり東京タワーも近かった。

 金属メッキや金属素材の腐食試験をするのに、テストピースを会社の屋上に並べておけば、亜硫酸ガスなどの影響を調べる事が出来た。その頃に比べて、これでも東京の空気は幾分奇麗になっている。

イメージ 3

 第2展望台で日没の写真を写した。この季節の東京の空は春霞で淀んでいるので、取り立てて感激するほどの日没でも無かった。日没後、夜景の撮影もしないで東京タワーから降りた。

 降りてきたばかりの東京タワーを振り返ると、何時ものライトアップは消されて黒い鉄骨が頭上に不気味に聳えていた。そして「GANBARO NIPPON」の文字だけが白々しく夜空に浮いていた。

 老朽化した東京タワーも地震で先端を曲げたが元気に東京を見下ろしている。節電は結構だが、このような時にこそ不必要な自動販売機の電力は停めてでも、東京タワーに灯を点して国民に勇気と元気を与え、暗い日本を明るく照らす必要があるのでは?

 それくらいの余裕と決断、そして何かを犠牲にしないと今の日本は頑張れない。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
bar*n10**1947
bar*n10**1947
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事