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久々にダイヤモンド富士 撮影:2015年 1月18日 丁度1週間前の日曜日1月18日に、前回記事の撮影ポイントからダイヤモンド富士を見ることが出来た。この日の太陽は富士山の山頂ほぼ真ん中から沈み始め剣ヶ峰を少し外れて富士山に隠れた。 前日はほぼ山頂の真ん中付近で沈み切りダイヤが出来たはずだが、残念ながら僕は孫の相手をしていて撮影には行けなかった。朝から穏やかな天候に恵まれたこの日に期待をした。 富士山右側の黒い点はゴミではなく巣に帰る途中のカラス この界隈でのダイヤモンド富士は、11月下旬から冬至を挟んで今週前半まで約2カ月に渡って、市内のあちらこちらで見ることが出来る。この期間は一年の間で一番空気が澄んでいて、晴天に恵まれればダイヤモンド富士を見るにはベストの季節だ。 日野市のHPの観光サイトには、市内からダイヤモンド富士が見える日時やポイントが紹介されている。 僕は高尾山以外でダイヤモンド富士の撮影に行く時は、日没時間の遅くても一時間前には現地に入ることにしており、この場所にも一時間半前に一番乗りで到着、好きな場所に三脚を立てることが出来た。 穏やかな天候の中、時間潰しに本を読んでいたらカミサンが遅れて登ってきた。ダイヤモンド富士を見るなら後から来たら?と言い残して家を出ていた。 以前は高尾山などにも同行していたが、最近は高尾山のダイヤモンド富士も飽きたのかここ数年は高尾山には来なくなった。 小高い丘の上のこの場所は初めてだったが、自宅に近く富士山や東京、八王子や日野市内の眺望も良く、久しぶりのダイヤモンド富士と綺麗な夜景を見ることが出来て、この場所がすっかり気に入ったらしい。 それよりも地元に住む高尾山のダイヤモンド富士友達の女の子が僕に気付かず近くに三脚を立てていたのを見つけて、僕が声を掛けカミサンを紹介した。その女の子に「素敵な奥さんですね」と、お世辞を言われたのがカミサンの気分を良くしたようだ。 最後の写真の富士山頂の左上に宵の明星の金星が写っている。富士山頂の真上にこの金星が移動するまでこの場所で粘るという女の子を残して僕たちは一足先に帰路に着いた。 |
日野の夕日とダイヤモンド富士
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新撰組の故郷から 撮影:2015年 1月12日 昨年からの長い間のご無沙汰お詫びいたします。 例年、年末恒例の高尾山からのダイヤモンド富士の撮影にも23日一日しか行けず、昨年末のダイヤモンド富士は日没前に発生した雲が邪魔をして撮影できなかった。 この場所からのダイヤモンド富士は今週末の予定になっているが、富士山の山腹に沈む夕日も趣があるだろうと期待して、昨日に続き今日とは打って変わって冷たい北風の吹く中を撮影に出掛けた。 この撮影ポイントは新居から徒歩20分程度の小高い丘の上にある。過去に2度ほどこの場所で撮影したダイヤモンド富士をブログに掲載している。 この周辺からの富士山は丹沢山塊の大室山をすっぽり包み込んでおり「子抱き富士」と呼んでいた人がいた。 影富士が出来ている 昨年秋より三男の結婚、二男の転居と我が家には毎月イベントが続いた。長男は6年前に家を出ていたが、子供たちがそれぞれ独立すると今まで5人家族で住んでいた家は、老夫婦二人が住むには広すぎるようになった。 そして、小生もそろそろ人生の黄昏時を迎えているので、身辺整理の一環として荷物の整理に丁度良いと思い、昨年11月末に25年住み慣れた都内から、東京都下の新撰組の故郷と言われている日野市へ転居をした。 本や衣類、不必要な整理ダンスや机、もろもろの生活用品を含め、それらを整理する費用が引っ越し屋に支払った金額と同じくらい金額を必要とした。 子供たちが残していった本、CDなどの整理にかなりの時間が費やされて、自分たちの荷物が整理しきれなかった。 最後は整理しきれなかった荷物を段ボール箱に突っ込み引っ越し先まで持ち込んだ。捨てる物と残すもの選別をしながら、ほぼ8割くらいの荷物の整理は出来たが、僕の部屋にはまだ段ボール箱が5個ほど積み込まれたままになっている。 整理を終えるには今しばらく時間がかかりそうだ。
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昨日(7日)は午後から曇の天気予報と、最寄駅の屋上から見た昼過ぎの富士山の景色に騙され、ダイヤモンド富士の撮影は諦めて今年初めてのジムへ行った。 2時半ごろ筋トレをしていたら、曇空は青空に変わり太陽が燦々と大きなガラス張りの窓から降り注いできた。ジムからの帰り最寄駅の屋上に昇ると丁度夕陽が沈むところ、富士山は綺麗に見えていた。 撮影ポイントでは、川面に映る綺麗なダイヤモン富士が写せただろうな?と思いながら、夕陽が沈むのを見てから帰宅した。 昨日の筋トレで今日は朝から全身が筋肉痛になっていた。ジムに行く気は無かったので、天気次第でダイヤモンド富士の撮影日と決めていた。 2時半過ぎに自宅を出る。最寄駅の屋上から見た富士山は霞んでいた。しかし、富士山周辺の空には雲は一つも無かった。私鉄、JR、多摩モノレールを乗り継ぎ、現地には4時過ぎに到着した。 今日の多摩川の堤防は風もなく、ダウンを着ていると暑いくらいで冬の陽光は暖かった。 三脚を立ててカメラをセットしようとしたら、カメラ側のクイックシューが着いていない。日曜日に取り外したのを思い出したが後の祭り、カメラを三脚に直接セットして事なきを得た。 今日は気温が高かったので、日没後の空の色はくすんでいた。やはり、この季節は寒さに震えながらの撮影の方が、僕の好きな暮色になる。 |
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お正月が過ぎると冬至から夏至に向かって北上する太陽と富士山がつくるダイヤモンド富士が, 立川周辺の多摩川堤防で始まり、日を追うに従いその撮影ポイントは堤防を下流へと南下する。 そのポイントはこの界隈で一日で約300M位移動すると言われている。僕は立川や日野市、都内の幾つかの撮影ポイントで2月上旬頃までダイヤモンド富士を追いかけている。 昨年まではダイヤモンド富士を写しに行くときは、ネットの富士山ライヴビューカメラで雲の状況を確認してから出かけていたが、最近はそれに加えて最寄駅の屋上からも富士山を確認してから電車に乗っている。 御陰で撮影ポイントに着いてから、富士山に雲が懸かって撮影が出来ないというリスクは極端に減った。 左の雲の懸かった山は丹沢山塊の大室山 この日の都内の最高気温は7度位と低かったが、日没を待つ間は多摩川堤防を吹き抜ける風も少なく比較的暖かかった。しかし、日没後は急に風が出て気温が下がり、手袋をしていても指先が悴んできた。鼻水を垂らしながらの撮影だった。 手前の白い点線は立川鉄橋を通るJR中央線の電車 最近の新聞に、富士山の自然保護のために静岡県が富士山の入山料の徴収と入山者数の規制を検討しており、これを山梨県に打診するとの記事が掲載されていた。少し遅かったと思われるがこれは良いことだと思う。 昨年夏の終わりに南アルプスの北岳に登山をした。その時に知り合ったカメラマン氏は山梨県庁に勤務、山梨県の印刷物に使われている富士山の写真の多くはそのカメラマン氏の作品だと教えられた。 僕は富士山の入山料の徴収と規制の話をしたら、徴収したお金の使い道が?という話が出た。お金の使い道などは幾らでもあると思ったがそのまま聞き流した。 今のように登山道が観光登山客で長蛇の列が出来て登山がままならない状況よりは、のんびりと富士山の自然が満喫できる状況を作ったほうが全てにおいてベターだ。 それに反対するのは、山小屋や観光関連の業者くらいだと思うが。富士山にそれらの規制が出来て登山者が少なくなったら、また富士山に登って見たいと思っている。
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朝刊に薔薇の大苗の広告チラシが入っていた。新しい薔薇ももう随分と買っていないので薔薇の苗を見ながら、そのチラシのショッピングセンターの近くの温泉施設に行くことにした。 最寄駅の屋上から富士山を眺めたら、少し靄が懸かっていたが富士山はよく見えた。ショッピングセンターで薔薇の苗を探したが、欲しい品種決まらなかった。 取り敢えず食事をして温泉に入った。カミサンに「一時間で出るからゆっくり入っていいよ。待合室に居なかったら帰ったと思って」と言い残して男湯の暖簾を潜った。 僕は普通の湯船、ジャグジー、サウナ等々を渡り歩いたが温泉は30分も入っていれば十分なので、予定通り一時間で温泉施設を出て急いで帰宅をした。 帰りに駅の屋上から富士山を見たら靄が懸かって富士山は見えなかったが空には雲が無い。このような日は日没と同時に富士山はシルエットで浮かび上がる。それを期待してカメラと三脚、防寒具に着替えて家を出た。 現地には日没の30分前に着いた。今日写したポイントは昨日が富士山頂の真ん中に沈む日だったが、昨日は生憎の雲で写せなかった。 堤防を下流に200M程下れば富士山頂の真ん中に夕陽は沈むが、その場所からは高層住宅が邪魔になる。送電線の電線を少しでも避けて、川面に反射した夕日を同時に写そうと水辺に降りた。 富士山は多摩モノレール線のレールで隠れて小さくなったが、水面に遊ぶ鴨と富士山を同時に写せた。湿度の高い日はダイヤモンドの輝きは無く、日没後の空の色も余り綺麗では無い。 それでも今日は富士山に沈む夕日だけは写せた。そして、今夕の多摩川堤防は風もなく暖かかった。三脚を仕舞い駅に向かって歩いていたら、東の空にオレンジ色の満月が街並みの上に顔を出していた。 この三連休もまたダイヤモンド富士三味で終わってしまった。
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