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シモバシラ・寒い日に咲く氷花 撮影:2016年 12月17日 高尾山にて 普通の霜柱 シモバシラというと、1枚目の画像の表土を持ち上げる氷の結晶・霜柱を思い浮かべるが、もう一つシモバシラがある。シソ科の植物「シモバシラ」の枯れた茎に毛細管現象で水分が吸い上げ、それが零度以下に下がった周辺の気温で、色んな形の氷の結晶・造形物を作り上げる。 その形は二つとして同じ形はない。自然が作り上げた類稀な造形物、その形は見ていて飽きない。 シモバシラ、枯れた茎を中心に出来た氷の結晶。 高尾山の夏に白くて細かい花をつけた植物、シモバシラを至る所で見ることができる。それらが咲いている場所には冬になると、地面の近くにこのようなシモバシラの氷の花が現れる。 冬、高尾山の地元、八王子市の気温が零下になるとこのシモバシラが出来ると言われている。この日の天気予報では、八王子市の気温は零下一度、高尾山頂は多分この温度より二、三度は低い。 僕は早朝の高尾山からの黎明の東京と日の出、それと紅富士を写す予定で、始発の電車で高尾山に向かった。前夜に気温を調べていたので、あわよくばシモバシラも出来ているのでは?と。 高尾山頂からの日の出、紅富士は思った通りに撮影できた。あとはシモバシラだけ。7時半頃、高尾山頂に登ってきた60歳前後の男性ハイカーが、首からカメラをぶら下げていた。 先端の薄い部分はすでに溶け始めている。 何となくシモバシラを写しに来た人のような気がした。挨拶をして単刀直入に「シモバシラを写せました?」と聞いた。山頂の南側で写してきたという。そして「朝日が当たっているから溶けないうちに撮した方がいいですよ」と、撮影場所も教えてくれた。 僕は今まで山頂の北側の日陰では撮影したことはあるが、南側は初めてだった。山頂直下の表側登山道は、僕があまり通らないルートで日当たりが良い。そんなところにシモバシラが出来ているとは夢にも思わなかった。 教えられた場所で朝日に照らされた霜柱とシモバシラを写した。この日は黎明、日の出、シモバシラと予定していた撮影対象をすべて写すことが出来た。 シモバシラを撮影する人にも往往にしてマナーの悪い人が多い。シモバシラの茎が撮影の邪魔だからと折ったり、周辺を踏み荒らしたりと。茎を折ってしまうとその後にはシモバシラはもう出来ない。 「立ち入り禁止」の看板も多く見かけ、それらを見ると同じ仲間として悲しい気分になる。
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高尾山の風景・ダイヤモンド富士
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高尾山頂での長い1日 撮影:2016年 12月24日 AM 6:08:57 霞台にて 12月17日から始まった今年の高尾山頂でのダイヤモンド富士ウィークスも、25日の日曜日で終わった。この期間に5回高尾山に登り、17日は早朝に下山した。夕刻のダイヤモンド富士には、19、21、23、24日の4回のトライだった。 その中で19日と21日の記事の、2回のダイヤモンド富士を写すことが出来た。僕がトライしなかった日が4日あったが、内1日は雨、他の3日はダイヤモンド富士を写すことが出来たらしい。 AM 6:53:20 日の出 高尾山頂にて 今年のダイヤモンド富士ウィークスは、8日の間に5回は天気に恵まれ、僕がトライした4日の中で2回は駄目だった。たまたま、僕のトライした日の選択はあまり良くなかったという結果になる。 恒例の年末のお祭り騒ぎも終わり、まあまあの結果だったと総括している。 AM 6:56:57 この日(24日)は早朝から夕刻まで高尾山頂で粘り、ダイヤモンド富士を写す予定を立てた。17日に続き、始発電車に乗って途中の展望台から黎明の横浜方面を写した。 次に山頂から日の出と紅富士を写した。富士山から55Km離れている高尾山からの紅富士は、夜間に停滞した空気の層が富士山と同じく太陽光に染まり、富士山がクリアに写せない。そして、富士山のバックの空が青くないので紅色がどうも冴えない。 AM 9:06:02 紅富士を写した7時ごろの山頂の気温は摂氏一度、風は冬用のパンツとヒートテックを突き抜けて肌を刺す。ザックの中から携帯カイロを4個出してパンツの両ポケット、ミドルレイヤーのフリースの両ポケットに其々入れて、特に下半身の着るものを間違えた事を悔やみながら、まだ開店していない茶店の前に設置された自販機の影で、風を避けて時間を潰す。 AM 9:24:52 左側は僕の三脚とザック 三脚を持参しての山頂には、僕が一番乗りだった。好きな場所に三脚を立てることが出来たので、勿論、いつもの場所を選んだ。 文庫本を持参していたが、とても読書どころではなく、かといって写したいものも無い。山頂を動物園の熊のように風の来ない場所を探しながらウロついていた。 AM 15:56:44 7時過ぎに70歳半ばと思われる男性が、少し大きめの目のレジ袋を下げて山頂に登ってきた。レジ袋の中味は何とゴミだった。多分、ボランティアだと思うが、早朝から登山道や山頂のゴミ拾いをしてくれていた。 また、17日の土曜日の10時ごろに登山口のケーブルカー駅まで下山すると、駅前に10名くらいのグループがゴミ拾い用のレジ袋とトングを持って集まっていた。清掃登山の人たちだ。このような人たちによって高尾山の美化が推進されている。頭が下がる。 AM 16:36:06 左下に辛うじて富士山が見える 朝から快晴だった富士山の上空が、3時ごろから高曇りになり、太陽が雲から透けて薄日が射すようになった。そして、富士山の左側には次々と雲が出来ては流れていく。 4時過ぎに日没の時間がやってきたが、富士山上空の雲は最後まで取れなかった、富士山の左側の雲もそのまま、日没後の富士山のシルエットもはっきりしなくなった。この日は早々に山頂から撤退した。 10時間にも及ぶ高尾山頂での長い1日は、ダイヤモンド富士を写せないまま、あっけなく終わった。そして、僕の今年のダイヤモンド富士ウィークスも、この日を最後とした。
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''' 冬至・高尾山頂のダイヤモンド富士・2016年 撮影:2016年 12月21日 PM 16:16:10 太陽は富士山頂の真ん中にいる 昨日は少し頭痛がしたので高尾山はお休みにした。今日昼過ぎ、富士山のライブカメラを見ていると、富士山の上空には薄い雲が出ていたが、その後ろには青空が広がっていた。 躊躇なく高尾山に向かった。山頂の富士山側展望台には、一昨日より見物客が増えており、カメラの三脚を立てる場所を確保するのに手間取った。 (22日追記:この日は冬至でウィークデーだった。何時もより年配者が多く不思議に思っていたが、その謎が解けた。) PM 16:33:18 目的の富士山は見えてはいるが、上空に厚い雲がかかり太陽は雲の中。ダイヤモンド富士はほぼ諦めた。しかし、太陽が富士山頂に近づくにつれ、太陽の周りの雲が薄くなってきた。 雲に光が拡散されて、太陽の形は確認できなかったが、富士山頂に太陽が沈む様子は見ることができた。太陽が山頂に隠れると、ひょっとして綺麗な夕焼けになるのでは?と、予想をさせる雲だった。 PM 16:45:11 暫して案の定、夕焼けが始まった。上空に雲ひとつなく黄昏時の空の色の変化を楽しむのも良いが、今日のように期待しなかった夕焼けも飽きることがなく、たまにはこのようなダイヤモンド富士と夕焼けの黄昏時も良い。 夕焼けが終わと、空にはその雲が少し残り、いつもの黄昏時の高尾山頂の風景に戻った。 帰宅するとカミさんが「今日は夕焼けがとても綺麗だった」と教えてくれた。ひょっとすると、平地からの方が綺麗に見えたのでは? PM 16:49:09 山頂に到着して三脚を立て終わると、知り合いのプロカメラマン氏が近寄ってきた。開口一番「昨年は来てなかったでしょう?」。彼は始発のケーブルカーで登って来たらしい。とすると、かれこれもう6時間は山頂にいることになる。 以前は僕も同じような時間に来て、山頂でぶらぶらしていて彼と知り合いになった。彼も高尾山のダイヤモンド富士はお祭り気分で来ているようだ。 PM 17:04:32 プロカメラマン氏は昔ながらの4x5の蛇腹カメラを使っているので、カメラのセッティングに時間がかかる。しかも、昨今4x5判フィルムを作っているフィルムメーカーが少なくなり、フィルム代がバカ高い。そして、試し撮り用のポラロイドも無くなった。 多分、彼は夕焼けしか写していないと思う。フィルム代が高く、プロは余計なカットは撮らないから。 その点、デジカメは簡単に消去できるので、直ぐにシャッターを押してしまう。やはり、昔のフィルムカメラの時代のように、じっくり構図を決めて丁寧に撮さないと写真は上達しない・・・・・プロの撮影スタイルを見て改めてそう感じた。
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高尾山頂のダイヤモンド富士・2016年12月19日 PM 16:17:11 太陽が山頂に沈む間際、少し小さいがダイヤになった。 2016年、高尾山頂からのダイヤモンド・ウィークスが12月16日頃から始まっている。午後から天気が良かったので、ジムに行く予定を変更して、午後2時に逆方向の高尾山へ向かった。 今日はケーブルカーを利用したので、山頂には3時半前に着いた。月曜日にもかかわらず山頂には、既にダイヤモンド富士を見る人たちが大勢屯していたが、何時もとは少し様子が異なり、三脚の数が少なく常連の顔が見えない。 PM 16:20:27 僕の何時もの定位置には、二人連れの女性が座って日が落ちるのを待っていた。しょうがないので僕はその隣に三脚を立てた。 暫くすると、写真教室の先生をしている顔見知りの常連に出会う。女性の生徒を連れて展望台の一番前に陣取っていた。高尾山頂でのダイヤモンド富士は常連の顔が見えないと何となく寂しい。 PM 16:22:54 天気は快晴、上空に雲はあったが富士山の邪魔にはならない。日没後に上空の雲が焼けるかと思ったが、風に流されて夕焼けになることはなかった。多分、都内からは綺麗な夕焼けと富士山が見られたのでは? 気温が高かった割には、空気が澄んでいて透明感のあるダイヤモンド富士と夕景色だった。富士山頂に日が沈むと一斉に拍手と歓声が湧き上がった。 PM 16:29:43 17時を過ぎた頃、山頂にパトカーが登って来た。それ以前に居たのかも知れないが、おまわりさんがパトカーから降りて、居残っている人たちに下山を促している。僕たちはヘッドライトを持参していることを告げ、山頂に居残る。 日没から小一時間、宵の明星がカメラの視界左上に入ったところで、最後の一枚を写した。16日からケーブルカーの終電は山頂駅出発18時となっている。今日の終電の客は我々3人だけだった。 PM 17:17:26 左上に宵の明星が 明後日からの天気予報は下り坂の予報となっており、雨の後は雲の発生が懸念される。なるべく天気が安定しているうちにと、今日、高尾山へ行ったがこれは正解だったかも。 次の高尾山のダイヤモンド富士は天気次第。しかし、写真教室の先生曰く、「そろそろ高尾山のダイヤモンド富士も飽きて来たね」。確かにそう言われれば。 |
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紅富士を撮る・高尾山頂 撮影:2016年 12月17日 AM 6:50:00 紅富士 冬になると是非写したい写真の一つに紅富士がある。葛飾北斎でお馴染みの赤富士は、夏の富士山の赤い地肌が朝夕の太陽に照らされてできる現象。紅富士は冬の雪化粧が朝の太陽に照らされてピンク色に染まる現象をいうらしい。 確か富士山の写真家、ロッキー田中が、紅富士の撮影は日の出から2分間が勝負だ。と何かの本に書いていたような記憶がある。 AM 6:53:37 太陽が雲から離れたが、まだ富士山はピンク色。 以前、一度だけ高尾山の二つ奥のピーク・景信山から初日の出を写した直後、山頂の反対側に移動して紅富士を写したことがあり、そのピンク色に染まった富士山の神々しさに魅せられた。 それを高尾山の山頂からの撮影にトライしてみようと、昨日早朝の高尾山に登った。雲間からの日の出だったが、辛うじて日の出の撮影には成功。 AM 6:59:12 シンボルツリー 拡大すると冬枯れの枝が朝日に染まっている。 日の出を写した直後、三脚にカメラを搭載したまま、荷物も持たずに山頂を富士山側の展望台まで急いで移動した。雲ひとつない空に、雪化粧をピンク色に染めた紅富士が悠然と佇んでいた。 高尾山頂でダイヤモンド富士は何度も写しているが、日の出と同時刻にしか写せない、この紅富士には初めての遭遇だった。無為庵さんの記憶に鮮明に残っておられる、何時も富士山の右側に写り込むシンボルツリーも健在だった。 AM 7:25:55 富士山の山頂には雪煙の薄いベールが。 2枚目は丁度、月がシンボルツリーの右上に在った。同じく朝日に紅く染まった冬枯れのシンボルツリーを真ん中に、紅富士を写した。時間の経過とともに富士山は、雪化粧をして雪煙を舞い上げる見慣れた富士山へと戻って行った。 裸木に囲まれた2年ぶりの高尾山頂は、相変わらず寒風が吹き抜けていて寒い。取り敢えず紅富士の撮影を終えたところで、富士山を眺め満足感に浸りながら、持参したテルモスの熱いコーヒーで一息をつく。 AM 7:32:43 太陽はかなり登った。富士山は通常の色に戻る。 この日の、早朝の高尾山頂には10数人が日の出を見ていた。その半分以上の人は、毎日早朝の高尾山に登っていると思われる、僕と同年輩で皆さん軽装で登っている。 その人たちの話に耳をそばだてていると、「昨日より今日の日の出の方がいいね」、別れ際に「また、明日」、ある夫婦は「8時6分の電車には間に合わない」とかの話をしていた。皆さん、朝の散歩がてらの登山らしい。 AM 8:08:26 中には6歳の女の子と8歳の男の子を連れた母親が、紅富士が終わった頃に少し遅れて登ってきた。この親子は僕が登山道の途中で追い越した。富士山をバックに記念撮影のシャッターを押してあげたが、子供たちの顔は溌剌としていた。 自分が布団から出たくない寒い冬の早朝に、小さい子供達を連れて、暗闇を歩き、早朝の綺麗な富士山を見せる。すぐに下山したが、別れ際にはきちんと挨拶をする。中々、一般には出来ない良い子育てをされている、その若い母親に感心した。 朝の高尾山頂はその風景もまた登山者達にも、いつもの昼間の高尾山とは異なる顔があった。
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