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高尾山頂からの夕刻の富士山に会うために、行きがけの駄賃に薬王院の紅葉を写しながら登った。 高尾山はミシュランに登録されてからハイカーが一気に増え、今度はギネスブックにも世界で一番多くの人に登られる山として認定されたようだ。その数は年間に250万人とも言われている。 四季折々の休日や祭日、年末年始は特に混雑するが、この紅葉の季節が一年中で一番ハイカーが多い。都心部からも近くて、老弱男女を問わず誰もが登ることが出来る山だからだと思う。 ミシュランに登録された年の11月23日に、高尾山の混雑振りを見に来たことがある。登山口から山頂まで人の列が切れ間なく続き、山頂の広場はそれらの人を収容しきれずにごった返していた。 ビッグイベントのある日の高尾山は、簡易トイレなども増設されているが、トイレには長打の列が出来ていて、高尾山の自然や施設は完全に訪れる人達の収容能力をオーバーしている。 そして、昨今はパワースポットとして、高尾山やこの薬王院への観光客も多い。観光客の増加に伴い、薬王院では「ひっぱり蛸」や「開運輪くぐり」、「六根清浄力石」などの「開運御利益巡り」なる物を新設している。 午後の3時を過ぎて比較的閑散とした境内の中でも、それらには御利益を得ようとする参拝客、観光客、ハイカーで長蛇の列が出来ていた。よくも考えたと思える、御利益巡りなる物だった。 僕は薬王院の天狗伝説や、高尾山の山頂から冬至の日に富士山頂に沈む夕日を見ることが出来るだけで、高尾山はパワースポットだと思っていたが。 薬王院の紅葉は、山門付近の日陰はまだ少し早い。日当たりの良い境内の楓は綺麗に色付いて見頃を迎えていた。 しかし、風当たりの強い場所に植えられている楓は、9月の台風で葉がすっかり無くなっていたり、葉が傷んだ楓が多く、例年とは比べようが無いくらいに汚い。他の樹木や建物の影で台風の強風を避けた楓は、人の多さを気にしなければそれなりに紅葉は楽しめる。
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高尾山の風景・ダイヤモンド富士
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今年も高尾山に紅葉と夕刻の富士山の季節がやってきた。東京から午前中に見えていた富士山もお昼過ぎには霞んできた。また東京の空には雲がかかり、時々太陽を遮るようになった。 最寄駅の屋上庭園から夕刻の富士山を写そうか?久しぶりに高尾山へ行こうか?迷ったが、午後から高尾山へ行くことにした。 PM 16:21分 1時前に三つ峠からの富士山ライブカメラを確認したら、雲一つ無い青空に富士山は浮かんでいた。東京上空の雲は無視をして電車に乗った。 高尾山はミシュランの三ツ星に登録されてからの11月23日は、駅から山頂まで長蛇の列が出来るようになった。それ以来、なるべく23日を外してウィークデーに行くことにしている。 それでも今日の高尾山口駅やケーブルカー駅の前は、下山してきた大勢のハイカーで賑わっていた。 PM 16:23分 ケーブルカー駅の前で空を確認、東京側の空には雲が、西側の空には雲が無く、高尾山頂からの富士山の眺望は期待が出来た。 今日の僕はハイカーの仲間入りなので往復ケーブルカーを使うことにして、高尾山薬王院の中を通り山頂に向かう一番ポピュラーなコースを選んだ。 PM 16:24分 紅い光芒が新雪を染めている 薬王院の中で紅葉を撮影しながら、もみじ台を経由してのんびりと山頂に向う。山頂には4時前に着いた。太陽は富士山の右上に居た。 もみじ台で写した富士山は、山麓に少し雲がかかっていた。山頂に到着したときにはその雲も無くなり、富士山は乾燥した透明度の高い空気に包まれていた。 PM 16:35分 そして、富士山頂では雪煙が舞っているのが見えた。今年の富士山の雪は例年に比べて少ないが、すっかり冬の富士山になっていた。夕日が沈む直前には高尾山頂にも冷たい風が吹き始め、ザックに容れていたダウンを着て防寒に備える。 東京都内から写すのとは条件が異なり、今日の高尾山からの夕陽は光を遮る靄がない。夕刻の夕陽は予想以上に光が強く、冬らしい日没後のクリアな空の色の変化を、久々に寒さの中で堪能した。 関東も冬型の気圧配置になり、夕刻の高尾山は富士山と同様に、本格的な冬の季節を迎えて始めている。
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この季節、高尾山から裏高尾・城山にかけての登山道2KM位に渡り、桜並木が見頃を向かえる。一枚目は昼食前に茶店の椅子に座り撮影した。この日は天気が良くて僕の眼の前を通り過ぎるハイカーは多かった。 左上のソメイヨシノの蕾はまだ固く、今週末頃の開花となりそうだった。僕は毎年この景色を写しているが、今年の裏高尾のソメイヨシノの開花は例年より少し遅いような気がする。 天気が続いていたので登山道は乾燥をしていた。ハイカーが歩くと時折砂塵が舞う中で腹ごしらえを終えて先へと急いだ。登山道脇の山桜系の桜は見頃を迎えて、梢を吹く風に花弁を散らせていた。 お昼時を迎えて、見晴らしの良い登山道脇の桜の樹の下や、ミツバツツジが咲いている近辺では、お弁当を広げているグループも多く、この季節恒例の花見の宴会を開いているグループも居た。 登山道脇の風除けが無い場所の桜の樹は、風に倒されたり枝先が折れたりと環境条件の厳しさが伝わってくる。市街地の桜のような豪華さ、華やかさは無いが山に咲く桜はそれなりに趣がある。 東京界隈の山ではこの高尾に限らず、尾根筋の登山道脇に植えられた桜の名所は、生頭山や奥多摩の浅間尾根など幾つかある。 どの山の桜も同じように厳しい環境条件に晒されている。そして、これらの名所は古くは関東から甲州へと抜ける交通の要衝だった処や、山頂に神社などが鎮座している。 平地の桜前線は日本列島を北上するが、それに加えて同じエリアでは高度の低いところから高い場所へと桜前線は移動をする。 東京の桜は終わったが、これらの桜の名所はこれからが本番を迎え、場所によっては5月の連休頃に満開になるところもある。これらの場所へのバスツアーは無いが、足に自信のある人には東京周辺でも長い期間、桜を楽しむ事ができる。 因みに裏高尾でも3時間も歩ければ十分に裏高尾の登山道脇や城山、景信山の桜を楽しむ事が出来る。
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この季節、裏高尾・一丁平の巻道沿いに、ミツバツツジと山桜の見事なコラボレーションを観る事ができる。大きく枝を横に伸ばしたした古株のミツバツツジは山桜の下で満開になっていた。 このミツバツツジを楽しみに訪れているハイカーも多く、足を止めてミツバツツジに見入る人、記念写真を撮っているハイカーも多い。 特に行儀の悪いオバサンハイカー達は、登山道から外れてミツバツツジの木の下まで行って記念撮影をしていた。その場所は下草が踏まれて荒れていた。 その点、若いハイカー達は登山道からミツバツツジをバックに記念撮影をしている人達が多いが、グループで来ている年配の女性達は羞恥心が無くなっているのか、処構わず立ち入って記念撮影をしている。 僕はミツバツツジを写して、一丁平の桜を写す為に次へ急いだ。一丁平の桜は所々に咲いてはいたが、ソメイヨシノはまだ満開にはなっていなかった。昨年写した薄いピンク色の桜は今年はもう葉桜になっていた。 もみじ台で少し霞んでいた富士山も、小1時間ですっかり春霞に包まれてその姿は見えない。ハイカーも多く、次の目的地の城山は混雑が予想されたので、山野草が咲く日影沢にエスケープをした。 普段はオジサンカメラマンが山野草を撮影する為に、処構わず立ち入っている光景を目にするが、この日は傍若無人の振る舞いをしているのはオバサン達のグループだった。 「あれは何々スミレ」と云いながら、そのスミレを写す為に斜面に駆け登っては周辺を踏み荒らしている。その直ぐ近くの道端では4,5人の女性グループが行儀良くキャンバスの小さな椅子に座ってスミレの花のスケッチをしていた。 山野草の写真を写す人とスケッチをする人、選ぶ趣味によってこんなにも人間の品性、品格が異なるものなのかと改めて思い知らされた。 以前、ベストセラーになった女性の品格本に、花の名前をある程度知っているのも品性のある女性の条件の一つと書かれていたが、名前は知らなくても野に咲く山野草や花を大事にするのが品性のある女性ではないか?と思わせる一日だった。
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このところの陽気で季節は一気に進み、開花が1週間ほど遅れて満開だったソメイヨシノは2,3日ですっかり葉桜になった。この陽気が続くと高尾周辺の山桜も散ってしまうのでは?と思い、急遽高尾山に山桜の咲く景色を写しに行った。 晴天に恵まれた今日、高尾山口駅は多くのハイカーで賑わってた。駅前の売店で好物の山菜おこわ弁当の蒸し上がりを待ち、まだ暖かい弁当を二人前買って稲荷山コースを山頂に向った。 30分程昇ると東屋のある休憩ポイントに着く。ザックも降ろさないで眼下の山並に点在する山桜の咲く風景を撮影した。新宿の高層ビル群も春霞に霞み、スカイツリーも見えなかった。 登山道近くの木々の合い間から見える南斜面に咲く山桜はかなり散っていたが、遠くに見える山桜は芽生えだした木々の新芽の中に、ボンボリを灯したように点在して咲いていた。 前日に高尾山に行く予定を告げていればお弁当は作ってくれるが、僕の場合は朝の空を見てから決める場合が多い。そのような日は、駅前で売っている山菜おこわ弁当を買う。 そのお弁当には赤飯と山菜が入ったおこわのおにぎりが二個入っているが、僕はおにぎりが二個では満腹にはならない。そこで今日はそのお弁当を二人前買った。 裏高尾の桂の若葉と山桜 今日は高尾山の山頂は混むことが予想されたので、山頂には立ち寄らず巻き路から、山頂の裏側のもみじ台の茶屋に急いだ。 茶屋でなめこ汁を頼み、春霞に霞んだ富士山を眺めながら、二人前のまだ暖かいお弁当を食べた。 手入れの行き届いた街中や公園の桜も奇麗だが、このように山の中に人間の手を加えないで点在して咲く山桜の咲く風景は、それらとは異なる趣があって僕は好きだ。
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