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日没から1時間をマジックアワーと言われている。特に冬晴れのこの季節は空の色の変化が楽しめる。この日は奇麗なダイヤモンド富士を見た後、一枚目の写真までは、富士山の真後ろに沈んだ後の空の色の変化を楽しんだ。 その後、少し空の色が褪せてくる時間帯がある。僕はその時間帯の20分くらいをコーヒータイムと決めている。テルモスに淹れた熱々のコーヒーが冷えた身体を温めてくれる。 PM 16:31 東京側の空 何時もはホットコーヒーにウィスキーを入れて呑むが、この日はアルコールの助けを借りるほど寒くはなかった。山頂の反対側では家路を急ぐ人達が山頂を後にしていた。 そして、その人達の上空、東京の空に浮かんだ雲は淡い茜色に染まっていた。太陽の反対側、順光で見る奇麗な夕焼け雲は珍しいので写しておいた。 PM 16:34 日没から40分くらいが過ぎると、山並の上が奇麗なオレンジ色に変化をしてきた。この色は空気が乾燥をしている時の色だ。オレンジ色は今度は黄色に変化をして消える。 5時10分頃に何時もの最後の写真を写す。その後直ぐには富士山にも夜の帳が降りて、今度はそれと入れ違いに東京横浜方面の夜景が薄暮の中に瞬き始める。 PM 17:01 太陽が富士山に沈む瞬間にも感動するが、それは3分足らずで慌しい。僕はこの高尾山のマジックアワーの色を5年前に知った。それ以来この小1時間楽しめるマジックアワーの色の変化に嵌っている。 特に冬のマジックアワーには、何時も感動させられている。
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高尾山の風景・ダイヤモンド富士
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一枚目の写真は冬至の日にダイヤモンド富士を写して下山中に、薬王院の参道の杉の巨木の間から東京の夜景の上に少し紅い月が昇っていたのを写した。 最終のケーブルカーに乗るために急いでいたので手持ちで撮影した。カメラの設定が悪くて、紅い月の色が出ていない。 三脚を立てようと思ったが、狭い場所にカメラマンが殺到していた。この場所に三脚を立てるのを辞めてケーブルカー駅の近くの展望台まで急いだ。 最終まで5分くらい時間が有ったので、急いで三脚を立てて5,6枚を撮影、6時の最終のケーブルカーにぎりぎりで間に合ったが、最初に見た時は月の色は赤みを帯びていた。それから15分が経過していたので月の色は、黄色に変化をしていた。 PM 17:58 展望台にて 東京の夜景 高尾山で夕陽を写した後に、何度かこのような昇り始めた満月を写した事が有るが、昇り始めた満月は夕陽に劣らず、思わず溜息が出るような奇麗な色をして、大きく見える時がある。 今日は午後からまた、高尾山に行こうと思って準備をしていたが、先週引いた風邪が連日の高尾山通いで抜けきらない。鼻水が出ていたので今日の高尾山は辞めた。 ダイヤモンド富士が出来る時間に三つ峠と山中湖からの、富士山のライブカメラの映像を見ていた。富士山の雲は殆ど消えて、山頂付近はすっきりしていた。 今日の高尾山頂は昨日と比べてかなりの寒さだったと思うが、奇麗なダイヤモンド富士と二度焼けした日没後の空を、そして、東京の夜景もこの写真より、もっとクリアな色の夜景を見ることが出来たはず?
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今日は天皇誕生日で祭日、高尾山頂は混雑が予想されたので、例年より2時間早い午前10時に高尾山頂へ行った。三脚が立ち並んでいるかと思ったが意外と少なく、好きな場所に立てることが出来た。 ついでに今日高尾山へ行くとメールを貰っていたダイヤモンド富士仲間のポジションも確保しておいた。その後、30分もしない間に何時ものダイヤモンド富士仲間が揃った。 PM 15:38 日没を待つ人達 午前中の富士山は天皇誕生日を祝うかのように、雲一つ無い青空に雪化粧をしたその姿を浮かばせていた。何時もは夕刻に山頂に登るので、久々に観る午前中のこの富士山が新鮮に写った。 日没までの6時間をどのように過ごそうかと思い、文庫本やウィスキー、コーヒー、おやつ類を持参していたが、文庫本のお世話になることも無く、時間はどんどん過ぎて行った。 PM 16:12 山頂の雲で間延びした太陽 お昼過ぎには山頂の主要な場所は立錐の余地も無いほど三脚で埋まる。そのうちに月曜日にご一緒した相模原のカメラマンさんが「昨日のダイヤモンド富士の写真をブログで見せて貰ったのですっ飛んで来ましたよ」と、顔を出した。 午前中は雲一つ無かった空にも、お昼が過ぎて雲が棚引き始めた。上空は風が強いのか雲は、意外と早く流れていたが、富士山に張り付くような雲が山頂に懸かった。 PM 16:15 昨日と同じような雲で、夕陽が沈みきるまで山頂の雲は取れなかった。 4枚目は夕陽が富士山頂の雲に接する前、太陽は縦に伸びたように写っていた。それから3分後に夕陽はダイヤの輝きを残して富士山の後に消えた。 何時ものように日没から小1時間山頂で粘った。最後に空の色は奇麗になってきたが、富士山にゴミが付いたように小さな雲が懸かった。17:10分に撮影は辞めた。 PM 16:38 富士山から炎が? 昨年までは太陽が沈むと蜘蛛の子を散らしたように山頂には人が居なくなり、山頂は閑散とするが、今年は意外と遅くまで大勢の人が残っていた。 最終のケーブルカーに乗ろうとしたが、ケーブルカー駅には長蛇の列が出来ていた。駅員に30分待ちだと聞いたので、往復切符を買っていたが歩いて下山をした。 祭日のダイヤモンド富士の日は、年々人出が多くなって来ている。 PM 17:08 地元のダイヤモンド富士仲間に「明日も来ますが、明日はどうされますか?」と問われた。「明日の空の様子を見てから決めますよ」と、答えて置いたが、一応、僕の中では今年のダイヤモンド富士ウィークスは終わったつもりでいる。 今年も多くの仲間達に一年ぶりに再会出来て、楽しく過ごせた事に感謝をしたい。 |
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冬至を23日だとばかりに勘違いしていた。今日が冬至と知って、この日に高尾山からのダイヤモンド富士を写さないと長年高尾山に夕陽を写しに通っている意味が無くなる。雨上がりの午後、高尾山へ向った。 高尾山頂からのダイヤモンド富士の特徴は、太陽が冬至の日に富士山の山頂に沈み、明日からまた反転して北側へ移動し始める。それに連れて昼間の長さが夏至まで長くなる。 PM 16:14:01 夕陽は富士山の山頂で一陽来復・・・陰から陽へと向う。高尾山からのダイヤモンド富士は、何と無く縁起が良さそうなので、僕は毎年この時季は天気が良ければ毎日高尾山に通っている。 同じような写真ばかりを写してよくも飽きないね?と言われそうだが、天候が毎日異なるので、雲や靄など、二回と同じ光景に出くわした事はない。 PM 16:14:17 今日も東京は未明まで本降りの雨が降っていた。その雨も早朝に上がったが気温も高かったので、靄が懸かっているだろうと予想をしたが、意外と空気は澄んでいた。 日没の頃、富士山周辺の雲はほぼ無くなったが、富士山の山頂に纏わり付いていた雲は最後まで取れなかった。 PM 16:24 その雲が夕陽を遮ったお陰で、奇麗な輝きのダイヤが出来なかったが、僕なりにまあまあのダイヤモンド富士が撮影できた。 日没後の空の色も空気が乾燥している時の空の色、山並の稜線部も品の良い色に変化をした。 PM 17:05 今の日本の経済はリーマンショック以来、景気はどん床を低迷して、失業者数も減っていないし、国民所得も低迷している。 政治も国民不在のまま迷走を続けている。今日のダイヤモンド富士のように、景気も政治もクリアに一陽来復をして、希望のある新しい年を迎えたいものだが・・・
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今日は生憎の雨が降っているが、晴れれば高尾山から今日もダイヤモンド富士を見ることが出来た。そして、満月の皆既月食も。昨夜もダイヤモンド富士を写した帰り、ほぼ満月の月が東京の空の上に出ていた。 高尾山頂で夕陽やダイヤモンド富士を撮影に頻繁に訪れていると、色んな知り合いが出来る。僕はそのような知り合いを夕陽友達、ダイヤモンド富士友達と呼んでいる。 この写真にシルエットで写っているカメラマン氏達もこの日知り合った。右が朝日新聞に昨年のダイヤモンド富士を投稿したカメラマン氏、左が神奈川県の月刊の広報に3ヶ月写真が採用された「相模原のカメラマン」とハンドルネームを持つブロガ−さん。 「その節はお世話になりました」と声を掛けてきたオバサンがいた。今年の1月に夕陽を撮影して、暗くなった夜道を麓まで同行してあげた女性だったが、そのような人は沢山居たので僕は忘れていた。 昨年春に夕陽を写していて知り合った夕陽友達の女の子は、それ以来山に嵌って今ではすっかり山ガールの仲間入りをしているらしい。そして、全国の山々を歩き回って親を心配させているようだ。 その山ガールからは、「今年のダイヤモンド富士の週は地方に出張するので行けない。奇麗な写真が写せたら送ってください」と先週メールが有った。 今日の読売新聞夕刊を、カミサンが持って来て「出ているわよ」と差し出した。誰が出ているのかと思ったら「日本の名峰」、「グレートサミッツ」シリーズを手掛けた、NHKの女性ディレクター氏が出ていた。 この女性ディレクター氏も「日本の名峰」シリーズを取材中の高尾山で知り合った。 マッターホルンを登攀しているテレビ映像を見て、登攀は疲れなかったか?とメールをしたら、意外と疲れなかったが、向うのガイドはアイゼンも彼らが着けてくれて、殆どがガイド任せになるので楽しくは無いと返信があった。 新聞に拠ると、今度はアイガーを取材したようなので放送が楽しみだ。 等々、高尾山は僕に色んな知り合いを作ってくれた。天気さえ良ければ23日も高尾山に行く予定だが、一年ぶりにまた何人かの数年来のダイヤモンド友達にも会える。
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