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今年の秋は、高尾山からの夕陽には振られ続けたが、久々に快晴の高尾山頂から、夕陽と黄昏の空に沈む富士山を撮影した。 朝から快晴だったので、今日こそはと思い、午後1時半から高尾山へ行った。 16:17分 電車の中で文庫本を読んでいたが、途中、睡魔に襲われたので本を畳んだ。気が付いたら終着駅の京王八王寺駅、乗換駅の北野まで一駅戻り、高尾山口行きに乗り換えたが、予定より30分も遅くなった。 その遅れた時間をケーブルカーに乗って辻褄を合わせ、山頂には予定より5分遅れの3時35分に着いた。久し振りに薬王院を抜けて山頂へ行ったが、快晴の高尾山は下山するハイカーが参道や茶店に溢れていた。 16:52分 そして、事故が有ったのかサイレンを鳴らした救急車やパトカー、レスキュー隊のオフロードバイクを合わせて7台くらいとすれ違う。 薬王院の紅葉も殆どが終り、少し残った紅葉が傾いた夕陽に輝いていた。ケーブルカーの山頂駅でカメラを出していたので、それらを写しながら山頂に向った。 16:54分 山頂には夕陽を待つハイカーがあっちこっちに屯していた。夕陽は雲一つ無い空を、富士山の右側の山並に沈んだ。夕陽が沈むと気温は急激に下がる。アウターの下にダウンのインナーを装着する。 今日の空は二度焼けすると読んで、熱いコーヒーにウィスキーを入れて身体を温めながら待つ事30分、また見事なオレンジ色の空に富士山が浮かんだ。久々に期待した色の空だった。 17:04分 昨年と比べて富士山側の展望台の前の潅木の枝が伸びて、富士山を眺望できる範囲が狭くなっている。 この夕陽も今月23日には富士山頂のど真中に沈む。当日の山頂はごった返すが、三年連続でこのポジションから写しているので、今年のダイヤモンド富士は何処で撮影しようかと悩んでいる。 |
高尾山の風景・ダイヤモンド富士
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東屋は今は営業されていない富士見茶屋の東屋で、富士山側にはベンチが並んで、数人のハイカーがお弁当を広げていた。 名前の通り、茶屋の前からは眼下に相模湖と中央高速を見下ろし、丹沢山塊の向うには富士山が顔を出している。 挨拶代わりに富士山の写真を写して、高尾山方面に向った。今まで気が付かなかったが、茶屋の傍にはモミジの巨木が見事な黄色に輝いていた。 高尾方面 登山道の右側は神奈川県、左側は東京都 風当たりが強く、日当りの良い梢の方は既に葉を落としていたが、杉の人工林に隠れた部分は今が見頃を迎えていた。 余り見事な黄葉なので、茶屋を振り返ってもう一枚写した。このモミジはこの色のままで落葉するようだ。 この日の昼下がりの登山道は、風も無くて小春日和だった。余りの暖かさにTシャツで歩いていた、若いハイカーも居た。 尾根道は杉や桧の人工林が多く、意外と落葉広葉樹は少ない。人工林の緑の中で、晩秋の陽射しを浴びて黄金色に輝くモミジの黄葉は一際目を惹いた。
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写真は拡大して見て下さい。 26日の土曜日、天気予報を見ていたら日曜日は終日晴れの予報になっていた。今年はまだ、高尾山周辺の紅葉を写していなかったので、陣馬山から高尾まで歩こうとカミサンを誘ったが、「高尾周辺は人が多いので行きたくない。それと紅葉も大した事が無いし・・・」と、案の定体よく断られた。 カミサンは今月初めに奥多摩で見た見事なブナの紅葉が、今年の紅葉見物の終わりだそうだ。 確かに陣馬山から高尾まで歩いても、杉や桧の人工林の中の登山道が殆どなので、自然林の紅葉は余り見る事が出来ない。カミサンの話はごもっともな話だった。 15:35分 もみじ台にて 僕は午前中に陣馬山から富士山を写して、夕刻あわよくば高尾山頂から夕陽と富士山を写したかった。 日曜日、目が覚めたのが6時半だった。少し遅くなったので、陣馬山からの富士山は諦めて夕刻、3時半頃までに高尾山頂に着けば良い。一人だとルートは自由に選べるので10時前に電車に乗った。 どのルートから登ろうかと迷っていた。高尾駅でホームを見たら、高尾山口まで乗る人達がホーム一杯に溢れていた。僕は急いで電車を降り、小仏行きのバスに乗った。 16:25分 高尾山頂にて 小仏峠からの東京の景色には霞みが懸かって、スカイツリーも見えない。5分ほど歩くと富士見茶屋跡がある。その場所からは富士山に少し靄が懸かっていたが奇麗に見えた。小仏城山山頂からも富士山が同じように見えた。 時間が余るので富士山を見ながら昼食を取り、小1時間潰して一丁平らへ行く。一枚目、富士山はカメラのオートフォーカスが捉えられない程霞んで、墨絵のような富士山が写せた。 次はもみじ台へ。2枚目、傾き始めた太陽が薄い雲にぼやけていたが、富士山や手前の山並は幻想的に写った。 午後3時半、高尾山頂は多くのハイカーでごった返していた。太陽が傾くに連れて雲が厚くなり、最後まで太陽は顔を出さなかった。 後、3週間で高尾山頂からのダイヤモンド富士ウイークスが始まるが、今年の秋は高尾山頂からの夕陽と夕焼けのオレンジ色の空に浮かんだ富士山は、未だに写させてはもらえない。
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江戸を出て甲州に向う旧甲州街道の初めて超える峠が小仏峠。登山道はその旧甲州街道に沿って作られている。我々は遊びでこの峠を通っているが、昔の人達が思い荷物を背負ってこの峠を越して旅をしたのかと思うと先人達には頭が下がる。 峠には茶店が有ったようだが、数年前に主が亡くなってから店を閉めたようだ。明治天皇の巡行記念碑が建立されている前の茶店跡には、天気が良いと少し耳の遠い顔見知りのご老人が何時もいる。 この日はその顔が見えなかった。 上は相模湖、右側は中央高速 小仏バス停から僕の足で30分ほどの歩程、峠を登りきって振り返ると東京が林間から一望できる。最近は東京のビル群の中でもスカイツリーが一際目立つようになった。 今度は峠から5分ほど高尾山方面に登ると富士見茶屋跡がある。東京とは反対側の杉林の間からは富士山と相模湖が一望できる。 小仏峠の下は中央高速が貫いている。休日の夕刻の登り車線は渋滞箇所としても有名だが、この写真は午後2時頃に写しているが、早くも渋滞が始まっており、丁度午後の太陽が車のボンネットで反射、光の白い列を作っていた。 僕はCO2温暖化主犯説を信じない一人だが、これだけ車が頻繁に渋滞すると、付近の民家は相当排気ガスの被害があるに違いない。休日千円の高速道路料金もこの渋滞に大きく加担をしている。 これが、高速道路が無料になったらどのような事態を招くかは容易に察しが付く。スーパーのレジ袋の素材は他に利用方法が無い石油のカスだが、レジ袋には石油全体の0.15%しか使われていない。 レジ袋をゼロにしても、渋滞でのガソリンの消費量には多分追いつかないだろう? 昨今、禁煙率が上がっているようだが、逆に肺癌の死亡率と喘息患者の発症率は急カーブで増え続けている。僕はCO2以外の化合物も排出する車の排気ガスも、これらを発症させる大きな要因の一つだと思っている。 レジ袋問題然りでエコとやらの推進は、まるで科学的な根拠が無い事が多く見受けられる。
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体育の日、高尾山に今秋二度目の夕陽の撮影に行った。休日の天気の良い日の高尾山は混雑をしている。それを避けるために小仏峠を経由して裏側から日没一時間前の高尾山頂を目指した。 雲一つ無かった午前中の青い空も、小仏峠に着いた時には既に富士山は厚い雲に覆われていた。途中の展望台で富士山の雲を確認するも、高尾山に近付くに連れて、その雲は益々厚くなっていった。 雲の間から見えるのは富士山の稜線 前日の雨が昨日の高温で温められて、雲を発生させたのだと思うが、山頂に着いた時の雲の様子で、夕陽と富士山は諦めたが、とりあえず日没まで粘ってみる事にした。 山頂に着いてから間もなく、オフロードバイクが一台山頂に登って来て、僕の前に背中を向けて止まった。文句を言おうと思ったら、ライダーの背中には警視庁・山岳機動隊と書かれていた。 休日の山頂にしてはハイカーが少なかったが、機動隊の隊員は「今日は曇り空なので、日没後は直ぐに暗くなる。早く下山をするように」ハイカー達を促した。パトロール中のバイクだったようだ。 富士山は日没前に雲の切れ間から、左側の稜線を見せただけで雲の中に又消えた。夕陽は雲の下から紅い光芒を作って直ぐに沈んだ。 高尾山頂の展望台も、樹木の枝が伸びてすっかり視界が狭くなった。国定公園とは云え、展望台の視界を遮る枝は切除すべきだと思う。山頂から富士山が見えなくなると、高尾山の魅力は半減する。 このままでは今年のダヤモンド富士は、昨年より視界の狭くなった展望台で見る事になりそうだ。
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