ワーク・アウト BARONの戯言!!

このブログの横位置の写真は拡大してご覧ください。

善福寺川緑地の花と周辺の景色

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

七夕の神遊び・乞巧奠飾り

撮影:2010年 7月6日 杉並大宮八幡宮にて
イメージ 4

 明日は七夕。生憎、東京の天気予報では天の川は見えそうにも無い。今月2日、合歓の花を撮影した後に杉並大宮八幡宮に参拝した。毎年飾られている七夕飾りと乞巧奠(きっこうでん)潜りが作られていた。

 乞巧奠潜りは五色の布で飾られ、茅の輪潜りと同じように、これを左、右、左と周りながら三回潜ると技芸が上達するらしい。ご利益は別として、神事らしいので僕も写真が上手くなるようにと潜って来た。

 2日の時点では七夕飾りにも願い事が書かれた短冊が少なかったので、今日再び神社に七夕飾りを写しに行った。本殿の隣にある建物のロビーには、4枚目の写真の平安時代の「乞巧奠飾り」が飾られていた。

イメージ 1

 牽牛と織姫の星祭の伝説はご存知のように奈良時代に中国から渡来している。今日の読売新聞夕刊7面にも出ていたが、七夕の名前の由来は棚機つ女(たなばたつめ)から来ていると書かれていた。

 杉並大宮八幡宮の資料に因ると、七夕の行事はこの中国渡来の星祭と、日本古来の聖なる乙女・棚機つ女の信仰が習合した行事らしい。

 七夕は日本特有の行事で新聞には詳しくは記載されていなかったが、七夕の夕刻に水辺に懸け作りした棚の上に忌み小屋を作り、その小屋で清らかな乙女が機を織りながら神の来臨を待った。

イメージ 2

 神は一晩その小屋で棚機つ女と過ごし、翌朝に送り出された。この七夕の神は御魂祭(今のお盆の行事)の祖神であったと云われている。

 祖神は御魂祭の始まりを告げ、子孫の罪、穢れ、災いを持ち去っていく神、棚機つ女はさしずめ今の巫女に当るようだ。

 笹に願い事を書いた短冊を吊るし始めたのは、江戸時代に寺子屋が出来てかららしいが、その前は梶の木の葉っぱに歌を書いて水に流した。4枚目の写真の中央には梶の木の葉っぱが供えられて、棚の下の水を張った桶には梶の木の葉が浮かんでいる。

 また、笹を家々の軒先に立てたのは、門松と同じ意味を持つようだ。

イメージ 3
正統な乞巧奠飾り

 乞巧奠飾りの風習は平安時代の宮中の女性の間で行われており、裁縫、書道、詩歌、管弦樂など技芸の上達を祈ったようだ。

 4枚目の写真の乞巧奠飾りには、雅楽関係では鉦、太鼓、古琴、琵琶?、笙、笛類。裁縫は5色の糸布、錦糸、銀糸。穀物、野菜、果物、藁で作った♂♀の馬、梶の木の葉。短冊と墨、筆。桧扇。等々当時の女性が必要な技芸に関係する品々が供えられていた。

 平安時代に乞巧奠飾りを行っていた女性達は、今風に言えばさしずめ「女性の品格」を身につけていた女性達?

 笹に吊るされたハート型の短冊には「美しい声で・・・〇〇テレビのアナウンサーになれますように!」と、願い事と名前が綺麗な字で書かれていた。七夕にお願いする女性の技芸も時代が変わったようだ。

 そして、七夕は単なる幼稚園の遊戯や、七夕飾りに派手さや豪華さを競う観光目当ての街起こしのお祭りでは無かった。



開く トラックバック(2)

黄菖蒲とカワセミ

黄菖蒲とカワセミ

撮影:2010年 5月8日 都立和田堀公園にて
イメージ 1

 真夏日だった先週の土曜日、一週間ぶりにこの公園に行った。前に行った時にはやっと開花を始めていた藤の花は、もうすっかり花を落として、濃さを増した木々の緑が、池の水をその緑色に染めあげていた。

 そして、池と木々の緑の間にもうキショウブが咲き始めていた。新緑の緑の中に咲くキショウブは目に眩しい。少し遅い午後の池の周辺には、カワセミを待つカメラマンも少なく静かな湖畔だった。
 
イメージ 2

 池を一周してまた元の場所に戻った。その前まで居なかったカメラマンが二人、カワセミを狙っていた。レンズの先の池の上に張り出した枯れ枝にはカワセミが一羽止まってカメラマンの方向に嘴を向けていた。

 その枝は、3枚目の写真を拡大すると中央左側に写っている。この枝にカメラをセットしておくとカワセミが写せるようだ。

イメージ 4

 枝に止まって周りを見渡して警戒していたカワセミが、その枝から一気にダイブをしてキショウブの向こうに消えた。直ぐに元の枝に戻ったカワセミの嘴には小魚が咥えられていた。

 カワセミが小魚を咥えた写真も写したが、残念ながら少しピントが甘かった。このカワセミの写真はこの日のオマケみたいなものだった。
 
イメージ 3

 キショウブの花が咲き始めると山では同じ黄色い花・・・高尾山にはジャケツイバラの花が咲き始める。今週末頃には丁度見頃迎えるかも知れない。

 天候を見計らって裏高尾にジャケツイバラの花を見に行くのも悪くは無いが、ジャケツイバラの花の旬は短い。上手く満開に当れば良いが。因みに昨年は5月の18日に写したが既に花は散り始めていた。


 時間のある方は拡大をしてみてください。
 
 

新緑のユリノキとみどりの日

撮影:2010年 5月3日 和田堀公園にて
イメージ 1

 昨日は緑の日だったが、一日遅れで緑の写真のアップをした。

 今年のGWは数十年ぶりの快晴の天気が続いたようだが、今日も快晴で都内も初夏の気温で暑かった。

 これからの季節、天気の良い日はこのような緑の木陰が恋しくなる。この日も木陰のベンチでは、公園の新緑を通り抜ける緑の風の中で静かに読書を楽しんでいる人が居た。

イメージ 2

 ユリノキと云うと、僕は新宿御苑の英国式庭園の真中に植えられて、新宿御苑のシンボルツリーになっている巨木を思い浮かべるが、この和田掘公園と隣接する善福寺川緑地にもかなりの本数のユリノキが植えられている。

 一枚目の写真に写っている大きな木は全てユリノキで、この一角にユリノキが緑の木陰を作っていた。このエリアにユリノキだけが植えられて、林が作られているのをこの日始めて知った。

イメージ 3

 ユリノキはもう少しすると、チューリップのような黄色い花を咲かせるが、木が大きいので中々樹上を見上げる機会が少ない。意外と気が付かないで、この木の下を通り過ぎていた。

 今年は花の咲く季節に、この場所のユリノキの樹上を見上げて黄色い花を探してみようと思っている。

新宿御苑のユリノキ。花が咲いています:http://blogs.yahoo.co.jp/baron10141947/53349996.html

イメージ 4
ユリノキの葉

 昨日はみどりの日だった。何時の間にか5月4日がみどりの日に制定されていたが、みどりの日は国公立公園は無料開放されているようだ。毎年この時季は出かけないので、残念ながらこれは知らなかった。

 それ以外に国民が自然に親しむために各種行等を全国各地で執り行うことになっているらしいが、これもお目にかかった事が無い。

 僕はみどりの日に、我が家の前の家の塀一面に這わしたツル薔薇の手入れをした。アブラムシをブラシで落として、病気に罹り易い花の咲かないブラインド枝の整理をした。

 蕾の付いている枝を、花が咲いた時に花の重みで倒れないように結んだ。塀はすっきりとした。後は今月下旬の開花を待つばかりにしておいた。

稚児祭り・杉並大宮八幡

撮影:2010年 5月3日 杉並大宮八幡宮にて
イメージ 1

 憲法記念日の今日、大宮八幡宮で若葉祭りが開催されていた。植木などの露店も出ているので、それを見に行った。境内の能舞台では、居合抜きなどの演武が奉納されていた。

 稚児祭りが開催されていたようで、本殿の前では奇麗に稚児の衣装で着飾った子供達が記念撮影をしていた。余りにも可愛いので、横から写させてもらった。

イメージ 2

 記念撮影を終えた稚児達は、天狗の面を被った猿田彦を先頭に、稚児行列を組んで街に出て行った。交通整理のおまわりさんも大勢来ていた。

 馬子にも衣装と昔から言われているが、稚児の衣装を着ると男の子は凛々しく、女の子はあどけなさの中に雅さが漂っている。帰りに神社の掲示板を見た。「稚児祭り参加費用8000円、衣装、化粧、祈祷料を含む」と、書かれていた。

 高い安いは別にして、親子にとって稚児行列への参加は良い記念、思い出になるに違いない。
 
イメージ 4

 この連休は毎日晴天が続いているが、僕は何処にも出かけないでガーデニングに明け暮れている。ホームセンターへ足りない土や肥料、水苔などを買いに行っては、植え替えや植付けを行っている。

 昨今野菜が値上がりしたせいか、ホームセンターの園芸コーナーには色んな種類の野菜の苗が溢れている。僕はカミサンがチラシを見て欲しいというので、スイートトマトを3株、青紫蘇を3株だけ植えた。

イメージ 3

 中には、野菜用の大型プランターや培養土をしこたま買い込んでいる人を見かける。プランター栽培は自分で育てる楽しみは有るが、値段だけを比較するなら野菜は買った方が安い。

 肥料や培養土もその野菜専用のものが売られていて、初めての人でも簡単に栽培が出来るようになっている。自分で土を作らなくても済み、肥料の配合もしなくて済む。

 それらを使うのは何と無くパック旅行やバスツアーに参加するのと同じで、他人任せで味気ない。世の中全てにおいて便利にはなってきたが、本来の楽しみも半減している。

開き始めたハナミズキと万博報道

撮影:2010年 5月1日 善福寺川緑地にて 
イメージ 3

  時間のある方は画像を拡大して見て下さい

 連休に入り五月晴れの日が続いている。やっと青い空にハナミズキの花が似合う季節がやってきたが、早く開花したハナミズキはもう苞を散らし始めている。

 今日も自転車で近くのホームセンターに出かけた。道端の家々の庭にはハナミズキが満開になっていた。そして、今日はやけに薄紅色のハナミズキが目に付いた。

イメージ 2

 今年は例年に無くハナミズキの写真を沢山写した。逆を言えば殆どハナミズキばかりを写していたと言って過言ではない。

 これだけ沢山のハナミズキを写したが、咲き始めた花の写真は撮れないでいた。善福寺川緑地に一番遅く咲き始めたハナミズキを見つけた。 

イメージ 5

 ハナミズキの花は高い枝、日当りの良い枝から咲き始めるらしくそれらの枝の花は上から満開、途中の枝は総苞がまだ半開きになっていた。

 半ば開きかけた枝の花を真横から写すと、太陽に顔を向けた花達は賑やかに語り合っているようにも見えた。そして、一番開花が遅れた花は、4枚の総苞が花を労わるように優しく包んでいた。

イメージ 4

 昨日から上海万博が開催されテレビニュースを賑わしている。テーマソングやキャラクターの盗作が問題になっているが、うやむやのまま開幕を迎えた。

 僕はこのようなイベントには興味がないので大阪万博にも行っていない。当然、上海万博にも盗作問題以外には殆ど興味が無い。

イメージ 6

 日本は政府主体の日本館と大阪府、市が大阪館で参加をしているようだが、テレビ局名は忘れたが大阪府・市の参加は自治体としては日本初だと紹介されていた。

 この報道は間違えている。既に江戸時代・1867年に開催されたパリ万博には、徳川幕府、薩摩藩、佐賀藩が出展をしており、幕府からは徳川慶喜の弟の徳川昭武が名代としてフランスに派遣されている。

イメージ 1

 この時に渋沢篤太夫(後に栄一と改名)と、パリに医学生として留学した幕府奥典医の高松凌雲などが随行している。徳川昭武もそのままフランス陸軍へ。

 一年後に大政奉還の知らせを受けて幕府が瓦解した日本に帰国、高松凌雲は函館戦争で榎本軍の軍医として参加、敵味方の負傷兵を区別なく治療をしている。

 パリに行ってから薩摩藩が日本を代表するかのように展示しているのを知った幕府派遣団は相当驚いたようだ。

 テレビの間違い報道に、1867年に開催されたパリ万博のいきさつが書かれている、高松凌雲の佐幕派としての生き様を追った吉村昭氏の歴史小説「夜明けの雷鳴」を思い出した。

.
bar*n10**1947
bar*n10**1947
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事