|
明日は七夕。生憎、東京の天気予報では天の川は見えそうにも無い。今月2日、合歓の花を撮影した後に杉並大宮八幡宮に参拝した。毎年飾られている七夕飾りと乞巧奠(きっこうでん)潜りが作られていた。 乞巧奠潜りは五色の布で飾られ、茅の輪潜りと同じように、これを左、右、左と周りながら三回潜ると技芸が上達するらしい。ご利益は別として、神事らしいので僕も写真が上手くなるようにと潜って来た。 2日の時点では七夕飾りにも願い事が書かれた短冊が少なかったので、今日再び神社に七夕飾りを写しに行った。本殿の隣にある建物のロビーには、4枚目の写真の平安時代の「乞巧奠飾り」が飾られていた。 牽牛と織姫の星祭の伝説はご存知のように奈良時代に中国から渡来している。今日の読売新聞夕刊7面にも出ていたが、七夕の名前の由来は棚機つ女(たなばたつめ)から来ていると書かれていた。 杉並大宮八幡宮の資料に因ると、七夕の行事はこの中国渡来の星祭と、日本古来の聖なる乙女・棚機つ女の信仰が習合した行事らしい。 七夕は日本特有の行事で新聞には詳しくは記載されていなかったが、七夕の夕刻に水辺に懸け作りした棚の上に忌み小屋を作り、その小屋で清らかな乙女が機を織りながら神の来臨を待った。 神は一晩その小屋で棚機つ女と過ごし、翌朝に送り出された。この七夕の神は御魂祭(今のお盆の行事)の祖神であったと云われている。 祖神は御魂祭の始まりを告げ、子孫の罪、穢れ、災いを持ち去っていく神、棚機つ女はさしずめ今の巫女に当るようだ。 笹に願い事を書いた短冊を吊るし始めたのは、江戸時代に寺子屋が出来てかららしいが、その前は梶の木の葉っぱに歌を書いて水に流した。4枚目の写真の中央には梶の木の葉っぱが供えられて、棚の下の水を張った桶には梶の木の葉が浮かんでいる。 また、笹を家々の軒先に立てたのは、門松と同じ意味を持つようだ。 正統な乞巧奠飾り 乞巧奠飾りの風習は平安時代の宮中の女性の間で行われており、裁縫、書道、詩歌、管弦樂など技芸の上達を祈ったようだ。 4枚目の写真の乞巧奠飾りには、雅楽関係では鉦、太鼓、古琴、琵琶?、笙、笛類。裁縫は5色の糸布、錦糸、銀糸。穀物、野菜、果物、藁で作った♂♀の馬、梶の木の葉。短冊と墨、筆。桧扇。等々当時の女性が必要な技芸に関係する品々が供えられていた。 平安時代に乞巧奠飾りを行っていた女性達は、今風に言えばさしずめ「女性の品格」を身につけていた女性達? 笹に吊るされたハート型の短冊には「美しい声で・・・〇〇テレビのアナウンサーになれますように!」と、願い事と名前が綺麗な字で書かれていた。七夕にお願いする女性の技芸も時代が変わったようだ。 そして、七夕は単なる幼稚園の遊戯や、七夕飾りに派手さや豪華さを競う観光目当ての街起こしのお祭りでは無かった。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





