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東京の夕景とダイヤモンド富士

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今日はダイヤモンド富士日和

この写真撮影日は2014年2月1日、一年前の写真です。

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巣に向かうカラスが一羽

 天気の良い日には、引っ越し先の最寄り駅からも富士山が良く見える。午後4時半ごろ最寄り駅の改札前の窓から富士山を眺めた。北北西の強風に空が履き清められて、冬の遮るもののない強い日射しの中、富士山頂の少し上に太陽が位置していた。強い逆光に富士山の姿は見えなかった。

 富士山の左には北北西の強風を避けるように小さな雲が浮かんでおり、日没にはその雲が茜色に焼け、富士山頂の雪煙が炎のように棚引いている様子が想像出来た。

 今日の太陽が沈む位置、東京都庁と富士山を結ぶ線上の近くでダイヤモンド富士を見ることが出来たはず。昨年秋まで住んでいた都区内の最寄り駅の屋上からは2月1日の今日、晴天の空に富士山頂のど真ん中に太陽が沈み、そして、そのあとの空は見事な厳冬期の夕暮れの空の色の変化を見せてくれることが予想出来た。

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 昨年秋まで都区内に住んでいて、最寄り駅の駅ビルが完成して2年半、その間に冬至を挟んで秋と冬の一年に2回、合計4回それをみるチャンスがあった。しかし、いずれの日も天候に恵まれず富士山のど真中に沈むダイヤモンド富士を撮影することは出来なかった。

 駅ビル屋上からの見慣れた光景、富士山に沈む夕日や、天気の良い日の夕刻によく顔を合わせた夕陽の撮影仲間たちが、遮るものが無い屋上を吹きぬける北風の寒さに耐えて、撮影をしている光景を思い浮かべながら駅を後にして、僕も北風に肩をすぼめて家路を急いだ。

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 帰宅してカミサンに「昨年の今日、初めて三男の彼女が家に連れて来た日だよ」と教えた。カミサンは「あなた良く覚えているわね。それにしても昨年は色々とあったので、一年の経つのが早かった」とこぼした。

 昨年の今日、我が家では2月1日は記念すべき日だった。昨年秋に結婚した三男が、我が家に初めて彼女を連れて来た日だった。

 三男から彼女を2月1日に家に連れて来たいと聞いたときに、4時ごろからダイヤモンド富士の撮影に行きたかった僕は、なるべく午後の早い時間帯に連れて来るようにと頼んだ。

 彼女は2時に我が家を訪問、初対面はなんて背が高くて明るい女の子なんだろう・・・彼女は僕よりも背が高かった。カミサン手作りのケーキを食べながら話が弾み、あっという間に4時が過ぎていた。

 あわてて最寄り駅の屋上に三脚、脚立を持って駆けつけ、カメラをセットし終えた時には、薄い雲に覆われたおぼろな色の太陽は、雲の間から少し山頂を覗かせた富士山頂に沈んだ。

 この写真は昨年の今日、当時の最寄り駅の屋上から撮影した富士山頂に沈んだ夕陽で、僕にとっては思い出深い写真の一つとなった。


 昨今ダイヤモンド富士は人気のようで、この撮影ポイントにも噂に違わずカメラマンや近所の人達が大勢見に来るようになり、この狭い屋上庭園の富士山側は三脚で埋め尽くされている。

 一般に太陽が富士山の山頂に沈めばダイヤモンド富士と言われているが、僕はこのような写真の太陽はダイヤのように輝かないのでダイヤモンド富士と呼ばず、富士山に沈んだ夕陽と呼んでいる。

 富士山と撮影ポイントとの距離や使用するレンズにも異なるが、今日のような天候の日には太陽が富士山頂に7割がた沈むと、ダイヤのような輝きを見せてくれる。僕はそれをダイヤモンド富士と呼んでいる。

大雪の後の夕陽

大雪の後の夕日

撮影:2014年 2月16日
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 先週に降った雪が日陰にはまだ残っていたのに、一昨日から昨日の朝にかけて今年二度目の大雪が降った。しかし、今回の雪は意外と解けるのが早く日陰に除雪して積み上げた雪が残っているばかりだ。最寄り駅の屋上から見ても、住宅街の屋根の上に残っている雪は意外と少ない。

 朝十時過ぎ、外出時にこの場所から富士山を確認した。手前には雪化粧をした丹沢の山々、その上に山頂下にベールのような薄い雲をまとったまっ白い富士山が冬の青空に浮かんでいた。

 降雪が多いと駅ビルの4階の屋上は、除雪が行き届いていないのか?数日間は閉鎖され、撮影は3階の本屋さんの前からになる。その場所も北風には遮るものが無く、夕刻には冷たい北風が吹きぬけていた。湿度が高いのか西の空には春のような薄い霞が、その分夕刻の空の茜色はより濃く染まった。

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 今朝、居間のカーテンを開け放ち炬燵に寝転んで何気なく空を見ていた。空は深い藍色だった。昔からこのような抜けるような晴れた空をピーカンの空と呼んでいた。

 ピーカンの空・・・晴れた空をなぜこのような名前で呼ぶのだろう?・・・その意味を僕は深く考えなかった。最近読んでいる「K2に憑かれた男たち」という本の中にそのピーカンが出てきた。

 ピーカンとはフィルターの無い昔の缶入り両切り煙草「Peace」、そのピース缶の略で深い藍色を指している。だから藍色の空をピー缶の空と呼ばれるということが書かれていた。恥ずかしながら、67歳にしてピーカンの言葉の意味を今日初めて知った。

 

 

大寒の夕陽

大寒の夕陽

撮影:2014年 1月19日
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 このところの天気図をみると、日本海上空は細かい筋状の雲に覆われている。このような時は日本は強力な寒波に襲われ日本海側では雪、太平洋岸は気温は低く乾燥した好天になる。

 今日の東京は、朝から太陽は燦々と降り注いでいたが、気温は低くて冷たい北風が吹いていた。夕刻になってもその北風は止まず、遮る物の無い最寄り駅の4階の屋上庭園は、冷たい北風が灌木の植林を揺らしながら吹きぬけている。

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 富士山頂には雪煙がたなびき、乾燥した空気が北風に履き清められた空には太陽光を遮るものが無い。フィルターの装着を忘れたレンズから取り込まれた強い太陽光にデジタルカメラのセンサーは悲鳴を上げていた。

 太陽が沈むと気温は急激に下がる。何時もは冷たくなった指先を温める為に持参する携帯用のカイロを忘れたために、皮手袋をした指先が寒さで痛い。寒さに震えながらの夕景色の撮影だった。

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 朝8時過ぎに田舎の弟から小包が届いた。中身はお餅、赤飯、菓子類、南紀名産のなんば焼き(かまぼこの1種)の詰め合わせが入っており、早速お昼にはそれを頂いた。

 実家の裏に小さな祠があり観音様が祀られている。1月19日はその観音様のお祭りの日で、それを祝う餅撒きが実家の庭で行われている。昨年NHKで和歌山県の餅撒きの文化を、関西在住の外国人をレポーターにして特集された番組が放送された。

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 その番組で初めて知ったが、南紀地区には何時何処でどの程度の規模の餅撒きが行われているか?が判る餅撒きカレンダーが存在しており、それに基づき餅撒きの追っかけをしている人も大勢いると放送されていた。

 僕は父親が亡くなるまでは、毎年19日前に帰省をしてお餅や菓子類、赤飯を業者に頼み準備をして当日に備えた。今は弟がそれをやってくれているので、僕はお供えを送るだけになった。

 昨年放送されたNHKのドキュメンタリー番組には、我が家の庭で行われた餅撒きも収録されていた。夜、田舎にお礼の電話をした。今日の南紀も寒かったが好天に恵まれて、多くの人が我が家の餅撒きを楽しんでくれたようだ。

冬の夕陽

冬の夕陽

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撮影:2014年 1月12日 

 連休の中日、炬燵に潜り込んで午睡をむさぼっていた。買い物から帰った家内に起こされた。窓の外を目を向けると夕陽はかなり傾き、道路を挟んだ隣家の白壁を夕陽色に染めていた。

 淹れてくれた珈琲もそこそこに、久しぶりに富士山方向に沈む夕日を写そうと最寄り駅の屋上に急いだ。昨年までは好天の日には何人か夕陽を写しに来る同好の士が居たが、連休で何処かへ出掛けたのか今日は誰も居ない。

 吹きぬける風も無く穏やかな夕刻の屋上庭園には、小さな子供二人を遊ばせている夫婦が居るだけだった。僕は何時もの場所に三脚を立てた。

 富士山頂も風が弱いのか太平洋側にたなびく雪煙が見えない。5分ほどして夕陽は沈んだ。このような風が穏やかな日は、陽が沈んでから30分もすると空は赤が強い色に染まる。

 それを夕焼け小焼けの小焼けの状態を言い、その日の気象条件で大きく色が異なる。それまでの待ち時間に、一階下の本屋で笹本稜平の新刊書「その峰の彼方」を買うことにして、三脚と脚立をそのまま残しカメラだけを肩にワンフロアー下の本屋へ行ったがその本はまだ入荷していなかった。

 3駅先の駅ビルの中にある別チェーンの本屋にあることは昨日確認していたので、30分もあれば戻れるだろうと、三脚脚立はそのままにして電車でその本屋に向かった。

 無事に目的の本を購入、高架駅のホームから西の空を確認すると山の稜線の上が赤く染まっていた。急いで最寄り駅の屋上に戻ると、漆黒の闇に富士山のシルエットがかすかに確認できるだけで、戻るのが15分ほど遅かった。

 
 新田次郎が亡くなってから本格的な山岳小説を書く作家が居なくなったが、笹本稜平は新田次郎以来の山岳小説作家ではないかと思って、僕は2年ほど前から暇つぶしに笹本稜平の本を読んでいる。

 笹本稜平は山岳小説に限らず、警察を題材にした作品も多く、一昨日まではスペインの沈船を引き上げをテーマにした海洋アドベンチャー作品「遺産」という大作を読んでいた。

 最新刊の「その峰の彼方」はマッキンリーを舞台にした山岳小説、これで数日は楽しく暇がつぶせそうだ。

 

 

富士山と紅い夕焼け

富士山と紅い夕焼け

撮影: 2013年 2月2日
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 ご無沙汰を致しております。それでも天気さえ良ければ夕日だけは写しています。

 この場所からは夕陽が富士山頂に沈む日は2月1日だった。その日は生憎の天候でダイヤモンド富士は写すことが出来なかった。

 ならば富士山の右側をころころと転げ落ちる夕日でもと思い撮影に行った。夕陽は富士山の上空で雲に遮られた。夕陽が雲の下に抜ければもしかするとその雲が焼けるのでは?

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 案の定、夕陽と雲は僕が期待した以上の光景を作り出してくれた。地表の水蒸気が太陽光の波長域の長い赤外領域のスペクトルを多くを通過させて、沈みきった夕陽は見事な色を作り出して富士山をその光芒で包んだ。

 夕刻の太陽と富士山は時として、我々に見事な光景を見せてくれる。但し、これらの光景に巡り会えるチャンスは、数多く足を運ぶ必要があることも確かだ。

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 昨今、中国の大気汚染が深刻な社会問題になっている。その汚れた空気が偏西風に乗って、我が国にも飛来しているらしい。

 日本も東京オリンピックの頃から、今の中国ほど酷くは無かったが、東京の空気や海は汚染されていた。経済の発展とやらがその環境汚染を引き起こしているが、日本は一早く環境問題に取り組み一応の成果は上げた。

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 我々が環境問題にコストをかけない、価格の安い中国製品を買い求める事が、その大気汚染の一端を担っていることも確かであり、日本へ飛来する汚染物質は自業自得かもしれない。

 皮肉にも、その汚染物質を防御する為のマスクをドラッグストアで購入すると、それがまたmade in china、これでは負の連鎖から抜けきれない。まるで笑い話のような話だが、領土問題に大気汚染と我々は困った隣人を持ったものだ。

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