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2月4日、立春の東京は久しぶりに風もなく穏やかに晴れて、春を思わせるように昼前から富士山には靄がかかっていた。 昼食後、陽気に誘われてベランダの日溜りで、ブルーベリーの鉢植え5鉢を例年通りの季節に植え替えた。しかし、同じベランダの日溜りに置いてある梅や木瓜はまだ蕾が硬い。 PM 17:03:38 例年、我が家の梅や木瓜の開花はお正月前から始まるが、今季は1箇月以上遅れている。この様子だと開花まで後2週間くらいは掛りそうだ。 気象庁の昨年秋口の長期予報では、今年の冬は暖冬だと言っていたが、その予報は大きく外れている。 PM 17:05:18 気象庁は世界最高速の演算速度を持つスーパーコンピュータで、100年後の地球温暖化の予測を計算したかったらしいが、数箇月先の気温の予測も当たらないのに100年先の温度予測など出来る訳がない。 二番じゃダメですか?と仕分けして袋叩きにあった大臣が居たが、僕はこの大臣の発言は今でも正しいと思っている。世界で一番のスーパーコンピュータも使いようによっては一番の意味は全くない。 PM 17:37 話は横道に逸れたが、今年の冬は本当に寒い。今日、立春を迎えたが春は例年よりも遥か先のような気がする。 今日の夕陽は富士山の山頂から太陽一つ分右側に外れて中腹に沈んだ。靄がかかっていたので、日没後の空はくすんだ色をしていた。
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東京の夕景とダイヤモンド富士
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今日も東京は、終日冷たい北風が吹いて寒い一日だった。朝から出ていた太陽も、お昼過ぎには雲が太陽を覆い隠した。その途端に寒さは一際増したように感じた。 半ば夕陽は諦めて炬燵に潜り込んで本を読んでいたが、何時の間にか眠ってしまった。明るい陽光に起こされた。レースのカーテン越しに見た窓の外には、また青空が広がっていた。 PM 16:56:50 4時半に家を出て最寄駅の屋上に行ったら、既に何時ものオジサンが三脚をセットして待っていた。風が当たらないベンチでは同じく、何時も夕日を見に来るオバサンが編み物をしながら日没を待っていた。 昨日は生憎の天気で富士山は雲に覆われていたが、今日の富士山は右側の山稜に雲をまとい、左側には雪煙を棚引かせていた。富士山頂には相当な強風が吹いていることが予測できた。 PM 16:59:46 太陽は富士山頂の右側に接してから沈み始め、山頂の真ん中で太陽もほぼ半分が沈んだ。昨日は山頂の真ん中でほぼ沈みきった筈。好みにもよるが、僕はそのようなダイヤモンド富士が好きだ。 今回初めてこのポイントで写してみたが、都庁展望台と同じ2月1日と2日に、このポイントでもダイヤモンド富士が見えることが判った。 PM 17:34 山頂に日が沈んでからオジサンとオバサンに「今日の風と気温なら、小一時間粘れば綺麗な空の色を見ることが出来ますよ。それと富士山の雲は直ぐに無くなりますから」と、教えてあげた。 案の定、日没から20分で富士山の右側の雲は全て消えて、オレンジ色をバックに綺麗なシルエットを見せてくれた。オレンジ色の空が一際色鮮やかになって赤みを帯びてきた。 PM 17:43 その赤みを帯びたオレンジ色の空は、上の方から蒼い闇へ吸い込まれて行った。 僕はこの荘厳な空の色を見ることが出来た日は、何故か幸せな気分になる。そして、寒さを耐えて最後まで僕に付き合ったオジサンとオバサンには、「綺麗な空の色を見せていただいてありがとうございました」とお礼を言われた。 「この景色は寒さに耐えて頑張った、我々への宇宙からの贈り物ですよ」と、言って別れた。
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昨年秋から我が街からのダイヤモンド富士を狙っている。昨年秋のダイヤモンド富士の頃、11月上旬は天候に恵まれず、夕刻の富士山を見ることが出来なかった。 我が街の富士山からの方角は、都庁と同じような線上にある。都庁の展望台からのダイヤモンド富士は2月1日、ほぼ同じような日時だろう?と予測を立てて、一昨日からこの場所に通っている。 PM 16:55:24 一昨日は富士山の左斜面の下の方に夕陽は沈んだ。昨日は富士山の前に大きな雲が懸かっていて、日没までに取れないだろう?と思い、日没30分前に引き上げた。 今日こそは?と思っていたが、夕陽は富士山の山頂の左側に沈んだ。この場所からダイヤモンド富士が見える日は、どうやら予測通りに都庁の展望台と同じ2月1日か2日になりそうだ。 PM 16:56:10 今日も4時過ぎに一度、カメラを持たずに偵察に行った。この場所は我が家から歩いて5分で到着する。富士山には少し雲が懸かっていたが、富士山は日没40分前の逆光に霞んで見えていた。 急いで帰宅、カメラと三脚、それと駅ビルの屋上の手摺は高いので、この日の為に買って置いた背の低い脚立を持って最寄駅の屋上に引き返した。 PM 16:57:42 僕が三脚を立てていたら何時も夕日を写に来る、顔見知りのオジサンが三脚を持ってやって来た。後は何時も夕日を見に来ているオバサンが数人だけで、まだダイヤモンド富士の撮影ポイントとは知られていないので、他の撮影ポイントとは異なりカメラマンの数は驚くほど少ない。 そして、風が吹くと寒いビルの屋上も、今日は風が無く絶好の撮影日和だった。 PM 17:29 ダイヤモンド富士を写しに行くときは、高尾山ならほぼ一日、多摩川周辺でも半日の時間を使うが、この場所ならば小一時間あれば十分に日没後の夕景色まで写せる。 周辺の景色はさておき、僕にとってはこれ以上の近くて便利なポイントは無い。明日の都庁の展望台、笹塚の線路の上の歩道橋とダイヤモンド富士を写しに行きたいポイントは多々有るが、天気が良ければ後二日はこの場所に通ってみようと思っている。
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このところ3日間は西高東低、冬型の気圧配置続いて気温も低い。そのお陰で東京からも真っ白に雪化粧をした富士山がよく見える。 昨日は孫の3歳の誕生日だったので、孫と吉祥寺まで誕生日のプレデントを買いに行った。吉祥寺の人混みの中をうろうろしていたら日没には間に合わなかった。 PM 16:19分 朝、余りにも天気が良かったので高尾か陣馬山へ夕日でも写しに?と思っていたら、実家の弟から宅配便が届いた。荷物のダンボール箱は大きい割には持ってみると軽い。 もしや?と思って開けてみると、中身は高菜だった。高菜は嬉しいが、これで今日の一日の予定は高菜を洗って干す作業に決まってしまった。 PM 16:21分 高菜は初霜が降り出すと葉が紫色に変色、そして、高菜特有のピリピリ感が出て美味しくなる。送られてきた高菜は少し紫色に変色をしていた。 高菜が送られてきたら早急に漬けるしかないので、100枚ほどの葉っぱを早速水洗いをして、ベランダ一杯に新聞紙を二重に広げ、洗った高菜を一枚ずつ丁寧に並べた。 PM 16:55分 画面中央左側の煙突の左側のピークが丹沢・大山 2時間ほど経ってから葉を裏返しにしながら干し加減を確認する。小さい葉は早く干し上がるので干し過ぎないようにして、適度に干し上がった葉は日陰に取り込む。 3時半には全てが干しあがった。それ以上に乾燥しないようにとまたダンボール箱に仕舞う。後は一番の大仕事、塩揉みを残しているが、この作業は明日に回すことにして、カメラを持って最寄駅の屋上に向かった。 PM 17:00分 この場所からのダイヤモンド富士は1箇月程前だった。太陽は冬至までは富士山からどんどん外れていく。1枚目の日没前の陽光は富士山と手前の山並みまでを淡いオレンジ色に染めている。 3枚目になると富士山はまだオレンジ色の染まっているが、山並の手前にはもう陽光は届いていない。太陽が沈みきった5枚目では、もう濃いオレンジ色の空に富士山はシルエットで浮かぶだけになった。 冬の日没前の太陽は富士山を、オレンジ色の陽光で包んでいた。
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この画像は1週間前に撮影した夕刻の富士山です。この日以降、夕刻の富士山は見る事ができない。天気予報を見ていると暫くは期待できそうにもないが、次に顔を出した時の富士山は雪化粧も更に厚くなっているはず。 この日は日没後の富士山も写したかったが、4時30分に歯科医に予約を入れてあったので、最後の写真を撮り終えて電車に飛び乗ったが、予約時間に遅れてしまった。 PM 16:16分 最近のテレビのCMで、東洋医学では男性は8の倍数、女性は7の倍数の歳に身体に変調が起きると宣伝されている。僕は今年丁度その倍数の歳に当っている。 10月初めに胃が痛くなり、胃腸科に駆け込み薬を貰った。1週間後に胃カメラ検査を行なったが異常は無かった。この季節に風邪などは引いたことがなかったのに、先月初めに風邪を引いたら、最近流行のマイコプラズマだったのか、中々咳が止まらなかった。 最近の僕は自分でも免疫力が低下しているのでは?と思えるようになったので、2週間前に予約をしてあったインフルエンザワクチンの接種を、生まれて初めて行なったが効果のほどは如何に? PM 16:21分 それと3か月前から歯科医に通っている。15年前に治療した歯の再治療をしている。それ以外に2週間前に親不知の被せ物が外れたので診て貰ったら、手前の奥歯との間に虫歯が出来ていた。親不知は再治療をしないで抜いてもらった。 何時も治療のアシスタントをしている若い女性の歯科衛生士が「BARONさんは親不知以外は全て歯が残っているのですね。私の父はもう下は前歯が2本しか残っていません。しかもその二本もグラグラしています」と笑いながら教えてくれた。歳を聞いたら僕より3歳も若かった。 僕は担当医に、70歳までは一本も抜かないでも済むように治療をして欲しいと頼んでいる。 明日はその虫歯の治療に行かなくてはいけないが、奥歯は麻酔の効きが悪いので、麻酔をしても治療は痛い。歯科医の治療は何歳になっても嫌なものである。 大病はしていないが今年の秋は意外と通院が多かった。僕も東洋医学で言う8の倍数の歳は、病気に気を付けたほうが良い・・・が実感できる歳になり、今年もまだ一箇月残しているが、またそれを実感した年でもあった。
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