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孫と神代植物公園に行った帰り、遊び疲れた孫が車の中で熟睡をした。自宅に着いても起きないので、そのまま居間まで抱いていって寝かせて置いた。息子達は近くの家電量販店にそのまま出掛けた。 それから小1時間経って、孫は目を覚ました。何時もはパパやママが居なくても泣かないのに、この日は二人の顔が見えないので泣き出した。 泣いている孫を抱いて線路際に出て、電車を見せると現金なもので直ぐに泣きやんだ。丁度その時、駐車場に車を停めた長男が前から歩いて来た。 「奇麗な虹が出てるよ」と言いながら、長男は携帯電話のカメラを空に向けていた。振り返って空を見上げると、低い空には黒い雲が、その遥か上空には薄い雲が流れ、その雲が夕陽を浴びて七色に輝いていた。 孫を長男に預け、自宅に引き返して急いでカメラを持ち出した。ほんの数分で彩雲は元の位置から姿を消していた。僕が彩雲を探していると、長男は雲の隙間から見えていると教えてくれた。 彩雲は傾く太陽を追いかけるように移動をしていた。厚い雲の隙間に垣間見える彩雲を撮影したが、最初に見た彩雲とは大きく異なっていた。 この日の雲は二層になっており、下層の厚い雲は居座っていたが、上空の雲は薄くて流れが早かった。その上空の雲が彩雲になっていた。 この彩雲も4分弱で消えた。カメラを持って出なかったことが悔やまれた。 *拡大すると彩雲の様子が判ります。
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東京の夕景とダイヤモンド富士
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一昨年より工事中の我が家の最寄駅の駅ビルが一ヶ月程前に完成した。住宅街の真中の駅舎は3階建てで、4階となる屋上から見える景色が気になっていた。 三週間ほど前の天気の良い夕刻に、その屋上庭園に夕陽を写しに行ってきた。東には新宿の高層ビル群が、西には富士山が春霞に薄っすらと見えていた。 西新宿高層ビル群を望む これなら都庁からのダイヤモンド富士の前後に、この屋上からも天気さえ良ければダイヤモンド富士が写せる事を確信した。しかし、手摺が少し高くて脚立を用意しなければ写せない。 ビルの設計者もダイヤモンド富士、富士山の景色を見せてあげようとの配慮は無かったようだ。屋上庭園には春の花が手入れよく植えられていた。この庭は朝6:30〜夜は8:30分まで無料開放されている。 過日、この駅の近くのお好み焼き屋さんに久方振りに食べに行った。お店のカウンターで食べていると隣に見たことのある顔の酔っ払った老人が座った。5年ほど前に、僕の背中に出来た粉瘤を手術してもらった外科医院の院長だった。 その後の経過を訪ねられたので、また少し大きくなってきた事を話したら、今度は完全に切除をしてあげるから明日にでもいらっしゃいと来院を薦められたが、80歳を越した酔っ払った先生に手術をしてもらう気にはなれなかった。 僕は近くの別の病院を探して昨日、その病院へ行った。受付を済ませ待つこと30分、診察室に通された。今度の先生は40歳後半、手術は連休の後にしましょうと言われたが、無理に頼みこんで診察室のベッドで切除をしてもらった。 奇麗に摘出した小指の指先ほどの粉瘤を見せてくれた。手術が終り採血をしますからと別室に行った。若い新人らしいナースが採血をしてくれたが、僕の左腕の太い血管から採血が出来なかった。 見ていると余りにも鈍角に血管に注射針を入れた為に、針は血管を突き抜けた。血液が出てこないので今度は針を少しずらして血管を捜し始めた。隣で見ていたベテラン看護士が「血管を傷つけるから辞めなさい。すみません新人なもので、私がやりますから」と替わった。 今度は前腕の少し細い血管から上手に採血をした。「背中を手術して痛い思いをしているのに、二度も痛い思いをさせてすみません」と謝られた。 若いナースに「早く上手に注射針がさせるようになってくださいね」と言い残したが、あの娘は少しナースの適正に欠けているのかも?と思いながら帰宅をした。
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東京は今日も快晴、朝から冬晴れの青い空が広がっていた。さて今日は何処でダイヤモンド富士を写そうかと迷ったが、昨日と同じ都庁の展望台へ昇った。 北展望台に昇り、富士山側の窓に行った。富士山には少し靄が懸かっていた。むじな坂で一緒だったカメラマン氏に会った。暫くしたら、また顔見知りのカメラマンがやってきた。 PM 16:57:10 皆さん筋金入りのダイヤモンド富士を追いかけている人達で、その中に入ると僕などはまだ駆け出しの新米の類だが、今年に入り顔見知りが随分と増えた。 富士山の右側に見える丹沢・大室山は2週間前には富士山と被って見えていた。日没時間も冬至からは45分ほど遅くなり日が延びた。日没時間と方位が随分と変わったことが実感が出来る。 PM 16:57:22 靄に富士山の陰が映っている むじな坂で一緒だったカメラマン氏はGPSを持っていた。富士山までの距離を測ってくれたら都庁の展望台は富士山から約94.5KMの距離にあった。高尾山で50KM位、むじな坂で68KM位だったらしい。 これだけ富士山から離れると夕陽は富士山の山頂とほぼ同じ大きさになり、夕陽は富士山に9割くらい沈まないとダイヤにはならない。 PM 17:00 今日の夕陽は富士山の山頂の左端に接してから、山頂のほぼ中央に沈んだ。空には靄が懸かり、透明感が無く、日没後の空の色はややくすんだ赤、その靄に日没後は富士山が黒く陰を落としていた。 この陰は空気が澄んでいた昨日は見られない。空の色はその日の気象条件で大きく左右されている事が良く分かる。夕陽は富士山頂に接してから2分40秒で沈みきった。 今日は夜景の写真は割愛する。 |
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今、都内からのダイヤモンド富士が天気さえ良ければ連日何処かで見ることが出来る。今日、明日は都庁の展望台からも見ることが出来るので、一日早いが天気が良かったので、西新宿の都庁展望台に昇った。 都庁展望台では、昨年秋に素晴らしい夕焼けのダイヤモンド富士を写す事が出来たが、今日は生憎天気が良過ぎて富士山周辺、東京の空には殆ど雲が無かった。 PM 16:59 余り、面白くないシチュエーションだったので、日没後のマジックアワーの空の色に期待をした。夕陽は富士山頂の左斜面に沈み、期待通りに東京の夜景の上に品の良いマジックアワーの空色を楽しむ事が出来た。 明日はこの場所からは、富士山頂の真中に沈む夕陽を見ることが出来るが、この場所からのダイヤモンド富士は昨年秋以上のダイヤモンド富士は写せそうにないので場所を変えようかとも思っている。それはあくまで明日の空の様子を見ての話だが。 PM 17:04 まだ街灯りは点いていない 1月19日までは日野市周辺でダイヤモンド富士を追いかけていたが、26日頃から都内の高層ビルや各所でダイヤモンド富士を写せるようになった。 但し、平地などでは富士山が見えても周りに障害物が多いので、どうしてもこのような高層ビルの上からの撮影になる。暫くは天気の気になる毎日が続きそうだ。 PM 17:38 同じような写真の記事、そして皆さんへのご訪問が遅れています事をお詫びいたします。 |
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この季節の天気の良い日の日没後、暫くしてからの茜色の空も好きな色だ。その色に染まった空に浮かぶ富士山を懲りも無く写しているが、朝日が登る前、暁の空の色はそれに輪を掛けて僕は好きだ。 例年、元旦の朝、東京近郷の山の上から、初日の出を写しているが、僕は日の出よりは、その前の関東平野の地平線に現れる黎明の空の色が写したくて、寒い山頂に通っていると云っても過言ではない。 特に関東平野の暁は、東京の煌く夜景の上にその荘厳な色が現れる。来年の元日も天気が良ければ、裏高尾・景信山の山頂からそれを写したいと思っている。 我が家の近くで暁の空が写せないかと考えて、高井戸駅のホームの渋谷側の端を選び、日曜日の朝、朝帰りの若い酔客を大勢乗せた電車に乗った。 3駅目で電車を降りたら、東の空は既にこの色に染まっていた。駅のホームからは裸木になった桜の梢が見えていたが、他にアクセントになる物が何も無いので、渋谷方面に向う電車を左隅に入れて写した。 暁の空、ホームの下を走る環八を写して、朝日は写さないで次の電車に飛び乗った。 今日、惑星探査衛星「あかつき」が、金星の周回軌道への投入に失敗したと報道されていた。次のチャンスは6年後らしいが、失敗を奇跡的にリカバリーした「はやぶさ」に継いで、二度目の奇跡は起きるのか? 僕は6年後の次の金星周回軌道への投入チャンスも、今回の失敗でかなり確率は低いのでは?と思っている。 新聞には、2003年の火星探査機「のぞみ」に次ぐ失敗で、今回の失敗は以降の惑星探査衛星の開発にも影響が出る?と書かれていた。 また、開発責任者の神社通いが始まりそうだが、金星探査衛星「あかつき」を、250億円の宇宙のゴミにだけはして欲しくは無い。 偶々、一枚目の写真の中央右上に白いゴミのように明けの明星・金星が写っていた。
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