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初冬の花火・昭和記念公園/201 撮影:2018年 11月23日 日野市 かたらいの路 夏、台風で中止になった昭和記念公園の花火大会が23日開催された。中止決定は確か台風12号が来襲する予定日の2日前だった。 花火は開封して設置してしまうと再使用が出来ないので、設置後中止された花火は全て廃棄処分されるらしい。花火大会は開催地の打ち上げ場所から近くの民家までの距離で、打ち上げができる最大サイズが決まっているらしく、他の大会には転用が出来ないらしい。中止の決定が早くてよかった。 カミさんは秋に延期されたので、観に行きたかったらしいが、僕はダイヤモンド富士を優先して自宅近くの何時も撮影ポイントへ夕刻行く予定にしていた。 日没後あわよくば、昭和記念公園の花火が撮影できるのでは?と、思っていた。今日、もう12時を過ぎたので昨日になるが、夕刻家を出る前から西側に大きな雲があり、家を出る時からダイヤモンド富士は諦めていた。 日没時間が過ぎても夕焼けすらしなかった。 それから寒い北風の中を待つこと1時間半、午後6時から昭和記念公園の花火大会が始まった。夜景の上に花火が上がり、何時もの花火大会とは雰囲気が異なる。 花火大会の会場に居ると打ち上がった瞬間に迫力のある爆発音が聞こえるが、この場所からでは、花火が上がって約15秒くらい後に音が聞こえて来た。 音は1秒で340M伝わるから、15秒かかるとすると距離は直線で約5.1Kmくらいとなる。 花火が上がって15秒も遅れて聞こえる音では臨場感が無く、何と無くマヌケた花火となったが、一応見えることは見えた。 昨日は昼間から冷たい北風が吹いていた。僕は冬の出で立ちでは無く、長時間待っていると寒くなった。ザックの中に昨年冬の入れていた携帯カイロが4個入っていた。 顔見知りの若者ともう一人に分けて、携帯カイロで寒さをしのいだ。昨夜の寒さだと、真冬の防風対策が必要だった。風はそんなに強くは無かったが、体感温度は木枯らし1号では?と思わせる冷たさだった。 時計は7時15分を周り花火大会は最後にスターマインで終了した。 昭和記念公園の花火の打ち上げ場所は、何処だろう?と不思議に思っていた。打ち上げ場所は公園内からでは無くて、隣接する立川基地が打ち上げ場所、それを昭和記念公園の中から見上げるという趣向になっていた。 5KM離れた場所から見ても、かなり大きな花火を打ち上げていたので、公園内から見ると迫力のある花火を見ることができたと思われる。 基地も迎撃ミサイルや軍用戦闘機の離発着だけの利用では無くて、花火を打ち上げていれば世界平和に繋がる。北朝鮮がICBMを廃棄するなら、盛大な花火大会が開催できるように、花火の無性供与をしてあげれば良いのでは。 しかし、北朝鮮が欲しいのは花火では無くて食料?。
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昭和記念公園
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銀杏のある風景・昭和記念公園/2018 撮影:2018年 11月17日 昭和記念公園には銀杏並木が2箇所にある。一枚目が「かたらいの銀杏並木」と呼ばれ、直線300Mに96本の銀杏が2列に植えられている。 昨年は少し撮影した時期が遅かったが、今年のコンディションとしては、まあまあの時期に写せたような気がする。開園直後の並木道には人通りも少なかった。 この銀杏並木を写した後、日本庭園に向かい紅葉真っ盛りのもみじを写した。 日本庭園から次の撮影地のカナールの銀杏並木までは園内を35分ほど歩く。途中、真黄色に黄葉した銀杏が数本見えたので近寄ってみると「わんぱく遊具」と名がつけられた子供の遊び場だった。 降り注ぐ秋の陽光を受けて銀杏が黄金色に輝き、その下で子供達が飛び跳ねていた。風もなくてまさに小春日和だった。 炎天下を歩き回り喉が渇いたので、途中の売店でコーヒーを飲みながら小休止して、カナールの銀杏並木へと急いだ。 カナール(水路)の両側に植えられた銀杏並木の黄葉も丁度見頃を迎え、並木の下では外国人観光客が記念撮影をしている。 民族衣装を纏って記念撮影をしているのを見ると、最近の昭和記念公園にも東南アジア系の外国人が多く遊んでいる。 いちょう祭りの開催期間中は、銀杏の落ち葉は清掃しないとの事だったが、例年より落ち葉が少なく、この季節の銀杏並木に行くと、必ず見かける銀杏の葉を集めて投げ上げる光景を作るために銀杏の落葉を集めるのに一苦労をしていた。 カナール庭園に植えられている銀杏は角刈りにされて樹高は低い。細い尖塔の穂先のように刈り込まれた神宮外苑の銀杏並木を見慣れていると、どうも寸足らずな感じがした。ビルの谷間の神宮外苑よりは周辺に建物がないので開放感がる。 角刈りの銀杏並木も見慣れると、それなりに美しい。 昭和記念公園は広大なので、西立川ゲートから入り、立川駅に近い立川ゲートへ出たが、園内だけで6KM位は歩いている。 一通り写し終わると今度は、JR立川駅から中央線に乗り、高尾の八王子銀杏並木へと移動した。 |
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秋の空とコスモス・昭和記念公園 撮影:2018年 10月7日 ここ暫く、週末になると台風が日本列島に襲来して、各地に甚大な被害をもたらしている。台風24号は関東にも強い風が吹いた。 僕の乗る私鉄も沿線の家のブロック塀が強風で線路上に倒れ、それに電車が衝突して半日交通の足が乱れた。 この昭和記念公園は9月半ばからコスモスまつりが開催されていたが、見頃を迎えているはずのコスモスの丘の台風被害が気になっていた。天気予報に反して朝から青空が広がっていた昨日、昭和記念公園を訪れた。 早朝のみんなの原っぱは人が少ない。原っぱ中央に植えられているケヤキの木も少し色がついて秋らしくなってきた。 原っぱの西側にあるレモンイエローのコスモス畑は、台風の風で倒されてはいたが、あれから1週間が経ちコスモスは倒れた茎からまた空に向かって枝を伸ばしている。 コスモスの生命力は強い。 照りつける太陽の下、コスモスの丘に向かう。原っぱの西側に桜が植えられたエリアがある。春、桜の季節には枝大きく広げた枝の下で、大勢の花見客が宴席を広げている。 その中で巨木が2本、根を半分むき出しに倒れている。その奥にももう一本倒された巨木が横たわっていた。 この公園でも台風24号は桜の巨木が倒れるくらいの強風を吹かせていた。近くの八王子市では風速42Mの強風が計測されていたので、遮るものがない当公園での倒木は無理はない。 コスモスの丘のコスモス達も予想通りに、台風の強風に倒されていたが、倒されたまま健気に花を咲かせていた。 例年なら、コスモスの丘は観光客で混み合っているが、今年は思ったほど人は居ない。 この日はコスモスの花を写すというよりは、空に浮かんだ様々な秋の雲を写した。 青い空に浮かぶ涼しそうな雲の画像からは、この日の季節外れの32度を超えた炎天下は予想できない。ザックを背負った僕の背中は汗が流れ、日陰に入るとすぐにザックを下ろして休憩、水分補給に務めたが少し熱中症気味、昼過ぎに帰宅してすぐにシャワー、そのあとは夕刻まで昼寝をした。 このパンパスグラスが植えられた小高い丘でも、穂先が無くなったパンパスグラスに倒木が2本、風の通り道だったようだ。台風の脅威を久々に見せつけられた。 それとあの強風にも耐えた、みんなの原っぱの真ん中に佇む1本の大きなケヤキの強靭さにも驚く。
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秋色の花・昭和記念公園/2018 撮影:2018年 9月16日 先週の3連休に続き、今週の3連休も天候は思わしく無い。先週は昭和記念公園のコスモスを写しに行ったが、今週は写真を写しに行く気力もない。 しかし、花は待ってくれないので曇り空の下、今朝散歩がてら堤防に咲く彼岸花でも写そうと、近くの浅川堤防を訪れた。陽当たりの良い堤防の彼岸花は終わりに近く、シャッターを一度も押すことなく帰宅した。 彼岸が過ぎると一気に秋の気配も加速する。昭和記念公園もコスモス、彼岸花に加えて秋の花が満開になっている。黄葉が一番早い桂の木は少し黄ばみ、銀杏も心なしか色づいていた。 ケイトウが咲き、パンパスグラスやススキも穂を出している。秋の七草も滝のように垂れ下がって咲いた紅白の萩、オミナエシは満開になっていた。 花の丘に向かって歩いていると、覚えのある強くて甘い香りが漂ってきた。葛の花の香りだ。周りを探すと萩の近くの灌木に絡まった葛の蔓、垂れ下がった蔓に花が咲き芳香を漂わせていた。 葛の花は、公園の花の開花ガイドには掲載されていない。葛は多分、雑草の類とみなされているのだろう?。 しかし、この季節に咲く花で香りのある花は金木犀くらいなので、強い芳香を漂わせる葛の花は山野草としては存在感がある。 子供の頃、晩秋になると祖母がススキを刈って、植物の蔓で編んだ座敷箒を作っていた。海や渓流に遊びに行く時に履く藁草履も祖母の手製だった。 ススキの箒を編む蔓に使われていた植物は、何を使っていたのかの記憶が僕には無かった。昨年、姉の別荘のバラの手入れを手伝った時に姉に聞くと、あれは葛の蔓を使っていたと教えてくれた。 ススキの箒は畳表の藺草には優しいようで、穂先が禿びる迄使っていた記憶がある。 昨今、アケビの蔓や山葡萄の蔓で編んだ手製のバッグが高額で売られているが、大量に手に入る葛の蔓は、何故かそれらには使われていない。耐久性にでも問題があるのか?。 秋の野山を彩るこれらの花達もそのあとは、人々の暮らしの中の身近な道具の素材として使われてきた。自分の写した写真を見て、それらを思い出した。
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咲き始めた彼岸花・昭和記念公園/2018 昭和記念公園の花の開花情報で彼岸花を見つけた。数カ所に咲いているらしいが、その中の一つ「花の丘」へ行く途中の「こもれびの里」の梅の木の下に紅白の彼岸花が植えられていた。 よく考えると、彼岸花が咲く前後はこの公園を訪れているが、咲いた彼岸花に出会ったのは今年が初めてだった。 彼岸花といえば巾着田が有名。昨年も訪れているが、巾着田の公式HPの開花情報によると、早咲きエリアの彼岸花はすでに咲き始めている。 僕の田舎でもこの季節になると、田んぼの畦道や土手の斜面に咲いているが、上京してからこの季節に帰省をしたことがなく、田舎に咲く彼岸花はもう50年以上見ていない。 小学生低学年の頃は彼岸花が咲いても、その景色がどうのこうのという感覚は無く、花が咲くと竹や木の棒切れで、勢いよく横に払うと面白いように花が切れ落ちる。 冬は土手の斜面に生えている彼岸花の葉っぱはよく滑るので、段ボール箱を潰して尻の下に敷き、そりにして土手を滑り降りて遊んだ。子供の頃の彼岸花は遊び道具の一つだった。 土曜日の夜から長男家族が遅い夏休みを取って、5日間実家に帰省している。昨夜、孫からテレビ電話があり、実家の裏の川の淵に飛び込んだ画像を見せてくれた。 僕が子供の頃、この淵に飛び込めると、一応近所の子供達の遊び仲間に入れてくれた。子供にとって遊び仲間の登竜門のような淵だった。 子供達が小さい頃、夏休みは1ヶ月間帰省させていたので、長男たちも地元の子供達とその淵に飛び込んで遊んでいた。夏でも水が冷たく長時間は泳げない川なので、今頃は誰も泳がない。 孫は「水は冷たかったけど大丈夫だった」と強がっていたが、相当水温は低かったと思う。 孫は彼岸花を知らない。「家の近くに赤い花が沢山咲いていない?」と尋ねた。「赤い花なら沢山咲いていたよ」と返事があったので、「その赤い花は彼岸花って言うんだよ。明日その彼岸花の写真を撮ってきて」と頼んだ。 土産がわりに僕の田舎の風景に咲く彼岸花が、50年ぶりに写真で届くかも知れない。 |




