ワーク・アウト BARONの戯言!!

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海ほたるの夕陽

海ほたるの夕陽

撮影:2011年 2月3日 海ほたる・東京湾アクアライン
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5階のデッキから

 久し振りに東京湾アクアラインを通った。東京湾を横切り、川崎と木更津を結ぶ東京湾アクアラインは1997年に開通している。

 当時、僕はアクアラインをゴルフに行く時に月に3回位は利用していた。ゴルフ場はアクアラインを木更津北インターチェンジを出て8分くらいのところに有り、便利になったとゴルフ仲間と喜んでいた。

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羽田が近いので上空を頻繁に飛行機が飛ぶ

 しかし、事業費に約1兆5千億円をかけた割には利用者が少なく常にガラガラ、利権がらみの工事では?と、アクアラインを通る度に勘ぐっていた。

 ゴルフに行く時にはこの海ほたるは、ただ通過をするだけだった。今回始めて海ほたるに立ち寄った。

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 今日は気温が高かったので、靄が懸かって対岸の川崎が霞んで見え、富士山も山頂が薄っすらと見えるだけだった。夕陽が沈む時に富士山のシルエットが見えるかと期待をしたが、富士山のシルエットは浮かばなかった。

 海ほたるから川崎側のトンネルをアクアトンネルと呼び、木更津側のブリッジはアクアブリッジと呼ぶらしい。そのアクアトンネルを掘削した掘削機の、巨大なドリルの先端の実物が海ほたるの川崎側に展示されていた。

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クレーンのシルエットは川崎港?

 海ほたるらしい夕陽の景色をと思い、東京湾の潮の香りのする風の中、2,3枚目にそれを入れて今日の大きな夕陽を写してみた。

 もう少し空気が澄んだ日に、マジックアワーの空と東京湾周辺の夜景を写してみたいと思わせる海ほたるの夕景色だった。

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映画「桜田門外の変」を観た!

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 画像は本題とは関係有りません。 撮影場所:昭和記念公園 撮影日時:10月17日 17:13分

 吉村昭氏の歴史小説を映画化した、映画「桜田門外の変」を、昨日、渋谷の映画館で観てきた。

 ご存知の通り、筋書きは安政7年(西暦1860年)、時の大老・井伊直弼の暗殺を主題にして、暗殺計画の指揮をした水戸藩士を、映画では「大沢たかお」扮する関鉄之助を主人公に小説は書かれている。

 この映画は、水戸藩開藩400年を記念、また茨城県や水戸市が地方振興の為に制作した映画らしく、映画化されると聞いた時から観たかった映画だった。

 僕は吉村昭氏の原作を二度読み返している。また彼のエッセイの中にも「桜田門外の変」を書いた経緯や、調査のエピソードが書かれていた。その中で、暗殺が決行された安政7年3月3日(太陽暦 3月24日)の天候の調査について詳細に触れられていた。

 暗殺決行当日の3月3日は太陽暦の3月24日で、当時の江戸では季節外れの大雪が降っている。その中で暗殺は決行されており、映画もこのシーンは原作を忠実に再現されていた。

 暗殺は首尾よく成功、井伊直弼の首級を、薩摩藩から暗殺計画に唯一人参加した有森次左衛門が打ち取った。指図役の関と検視見届役の岡部が、品川鮫洲の待ち合わせ場所の妓楼に向うが、時間はまだ午の刻(12時)前、妓楼に登楼するのはまだ早い。

 そこで時間潰しの為に、潮干狩りの屋形船で酒を呑むシーンがある。

 原作には、
 あたりには海の水が見えず、舟が砂地にのっているのに気づいた。雪が積もっていて、海面かと思ったが、海水がみえるのはかなり離れた場所であった。
「潮がひいているね、親父さん」
 鉄之助は海面に目をむけて言った。
「卯の下刻(午前七時)からひきはじめて・・・。牛の刻(午前十二時)になれば、お台場の先まで干上がるよ」
 漁師は顔を動かさず答えた。とある。

 映画では舟で酒を呑むシーンはあったが、其処には雪の積もった遠浅の海は無く、舟は海水に浮かんでいた。吉村昭氏は当日の潮の満干の時間までを詳細に調べ上げて、それを小説の中に記述している。

 吉村昭ファンとしては、調査の経緯を知っているだけに、このシーンは忠実に再現して欲しかった。

 映画は大筋では理解できるが、やはり、映画は原作の詳細な描写がされている小説を超えることは、中々出来ない。特に原作の小説が大作であればあるほど、長編であるほどそれは難しい。
 
 僕は何時も本を読んでいて感心させられるが、小説家、著述業の方の情景描写の文章は実に巧みだ。文章を読んでいてその情景がしっかりと浮かんでくる。

 そして、同じ情景が有ったとしても、とても我々素人の写真ではそれを忠実に表現しきれない。

 映画「桜田門外の変」は、映画としては137分の大作だが、この映画はあくまで原作小説のダイジェスト版でしかないような気がする。井伊直弼暗殺の良し悪しは別にして、映画を観られた方は、是非、何度読み返しても飽きない大作の史実小説「桜田門外の変」を読まれることをお薦めする。

 映画で途切れている暗殺に至るまでの各藩への呼応要請の行脚や、暗殺後の逃亡生活での支援者からの援助など、詳細な筋書きが繋がります。

眼鏡を置き忘れる

眼鏡を置き忘れる

撮影:2010年 3月14日 高尾山頂にて
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 この一年の間で僕は夜の高尾山で二つの忘れ物をしてきた。一つは昨年秋に登山口の蕎麦屋の柿を夜空に写そうとして、不要になったヘッドランプを登山口の石の塀の上に置き忘れて来た。

 もう一つは3月に、この夕刻の富士山を写して、下山途中で暑くなってきたのでセーターを脱いだ。その時に首からストラップで吊るしていた眼鏡を外して、東屋のテーブルの上に置き忘れて来た。

 僕は老眼なので眼鏡が無くても日常生活には困らないが、本や新聞、携帯電話のメールなどの細かい文字を読む時はもう眼鏡がないと字が読めない。

 電車に乗って帰宅時間をカミサンにメールをしようとして、眼鏡を置き忘れて来たことに気が付いた。直ぐに高尾山登山口まで引き返して、置き忘れた場所まで30分程ヘッドランプを点けて登ったが、テーブルの上や周辺をくまなく探したがもう僕の眼鏡は無かった。

 大枚を叩いて作った眼鏡だったので、暫くはかなり落ち込んでいた。

 それ以来スペアの眼鏡を使っていたが、最近何と無く眼鏡が合わないような気がしていた。先週金曜日、都庁の展望台に夕刻の写真を撮影しようと新宿に出た。

 ついでに眼鏡屋に立ち寄った。僕が過去に作った眼鏡のデータを、女店員がコンピュータから出してくれた。僕はその店で7年間にサングラスなどを含めて11個もの眼鏡を作っていた。

 無くした眼鏡は最後に作った眼鏡で10年前、今かけている眼鏡は無くした眼鏡と同じレンズが入っていた。先ず、目の検査をしてもらった。

 僕は右目が利き目だが右目の乱視が10年で少し進行していた。レンズは新しくしないといけないがフレームをどうしようかと考えた。とりあえず古いフレームにレンズだけを入れ替えることにして、そのレンズでよく見えるなら、もう一つ新しく眼鏡を作る事にした。

 若い頃は視力が2.0も有ったのが、20年程前から眼鏡が必要になった。最近はその上に健忘症が加わって来たようで無くし物が多くなった。

 眼鏡屋を出たら時間は7時前、もう外はすっかり暗くなっていた。都庁の展望台には昇らずにそのまま帰宅をした。
 

母の日

母の日

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 台湾から友人が来日していたのでそのお付き合いをしていて、少しブログの方を失礼致しておりました。ご心配をお掛けして申し訳有りませんでした。


 6月6日の朝、長男の嫁さんから宅配便が届いた。フラワーボックスだったので母の日のカーネーションかと思って箱を開いたら、奇麗にラッピングされた花束からユリの花の甘い香りがした。

 香りは殆ど同じだが正確に云うと花は上を向いて咲いているので、この花は百合と云うよりもオリエンタル系リリーだ。日本のユリの殆どは俯いて咲くので花束には向かないらしく、昨今花束には多様な花色で上向いて咲くオリエンタル系リリーが好まれるらしい。

 外出をしていたカミサンが帰宅するまでリボンとラッピングを外すわけにはいかないので、花束をそのままテーブルの上に出して置いた。

 2,3時間箱から出しておいただけで蕾だったユリは、当日の真夏日の気温で4輪ほど開花をしていた。花束を花瓶に活けて居間に置いたが、余りにも香りが強くて食事をするにも差し障りが出る。

 ならばと我が家のユリの花の定位置の玄関先に花瓶を移動した。今、狭い我が家ではどの部屋にもユリの香りが漂っている。


 母の日の今日、長男夫婦が孫を連れて遊びに来た。我が家にとっては母の日と子供の日が一度にやってきたようだった。一ヶ月前までは歩けなかった孫も、やっとヨチヨチ歩きが出来るようになった。

 機嫌が良いと訳が判らない言葉をしゃべりながら遊ぶようにもなった。その言葉が判れば面白いのに?と思いながら孫の話す判読が出来ない言葉を聞いていた。

 帰り際に長男が「孫を連れてきただけでこんなに親孝行が出来るならもっと頻繁に連れてくるよ」と、言い残して帰った。

 頻繁に連れて来られても疲れるので、僕は精々3,4週間に一度でよいと思っている。

恋の季節がやってきた!

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 世の中はバンクーヴァーの冬季五輪で浮かれていた終りの頃、我輩達は恋の季節、発情期を迎えた。夜な夜な大声を出して、彼女を追いかけている。

 この声にビックリしてBARONさんは、夜中に目を覚ますようだ。我輩が目を離すと、彼女を他所のネコに奪われてしまうので近寄らせないようにしている。

 我輩達はこの一ヶ月が子孫繁栄には大切な時期なのだから、多少煩くてもBARONさん達には発情期が終わるまで、もう少し我慢をしてもらうしかない。
 
 我輩達の動物の仲間はその季節は異なるが、発情期は原則的に一年に一回だ。それに比べてBARONさんたち人間は季節に関係なく発情期があり、一年を通じて子作りに励んでいるらしい。

 羨ましい。同じ動物で有りながら神様は実に不公平だと思う。

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親ネコです

 BARONさんに教えてもらったが、これを決めたのはどうもアイヌの神様らしい。

 その昔、何時子供を作って良いか判らなかったので皆が神様の前に一同に会し、神様が夫々の動物に、少しずつ時期や季節をずらして子作りの時期を決めていった。

 馬の番になって「馬は春に子作りをしなさい」と神様からご託宣があった。そのご託宣に馬は飛び上がって喜んだ瞬間、後ろ足で土を蹴飛ばした。
 
 蹴飛ばした土が不幸にも神様の目に入った。神様が痛がっているところに、次の順番の人間が子作りの時期を神様にお伺いを立てた。

 目の痛さにそれどころではない神様は「何時でも良い」と言ってしまった。それ以来人間様は幸か不幸か、一年中発情するようになったらしい。

 しかし、我輩達は餌をくれる家の人達に、これ以上野良猫が増えないように、餌代がかからないようにと不妊手術をされてしまった。

 これでは幾ら頑張っても、もう子孫は残せないが、我輩達の発情期は桜が咲く頃までしか時間が残されていないので、もう少し頑張らなくてはと思っている。

 昨今、人間界も少子化で困ってはいるらしいが、どうも不妊手術をされた今の我々同様、子作り行為はしても子供を作らない人達が多いようだ。

 民主党が少子化対策で育児手当を出すらしいが、我々にも不妊手術の費用か育児手当、餌代くらいは出してもらいたい。これ以上不幸なホームレス・キャットを作らないためにも。

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