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尾瀬のコオニユリ 僕の気に入った写真です。先月の中旬からカメラのシャッターを押していないので、少し季節感がずれてきているが悪しからず。 このところブログの記事を更新しようと思って記事を書き始めるが、こんな下らない記事を書いてもしょうがない・・・書いている途中で辞めてしまうことが多くなった。 お陰でブログを初めて以来、記事の更新が少ない8月になった。 彼は他の不用品と一緒に紙袋何袋かに容れてベランダに放置してあった。我が家のベランダには屋根は有るが降り込んだ雨で本も少し汚れていた。その中に吉村昭の文庫本が沢山含まれていた。 馬鹿にされそうだが僕も適当には本を読んではいるが、吉村作品には触れた事がなかった。 今思うに長男が置いていった吉村昭の本は、50冊以上は有ったと思う。 僕は汚れていない本も一緒に紐で縛って、資源ゴミの日に捨ててしまった。 我が家の玄関からゴミ捨て場を振り返ったら、ホームレスの叔父さんが僕が捨てたその本を全て持ち去って行く所だった。 お中元シーズンの6月末に、ジムの近くのショッピングモールで化粧品を6000円ほど買った。 丁度福引のサービスをやっており、僕は2回その福引を引けた。 僕は籤運がないので外れると思ったら、運良く500円の商品券が一枚中った。 そのビルの中に紀伊国屋書店が在るので、商品券で本でもと思い本屋に入った。 文庫本のコーナーで平積みされた本の中で『私の普段着』という吉村作品に目が留まった。 長男の本を思い出して、それを手にとりレジに向った。 読んでみると面白い。その本には彼の幾つかの作品の取材風景が書かれていた。 早速『戦艦武蔵』と『零式戦闘機』を買って吉村作品を読み始めた。 今までこの類の作品は阿川弘之、柳田邦夫等の作品はかなり読んでいたが、吉村作品の取材ノートにあったように、史実(取材)に忠実で次々と頁を捲りたくなる作品で直ぐに読み終えた。 それ以来僕は幕末、明治、昭和の史実、吉村ワールドに嵌っており、15作品ほど読み終えた。 今度、長男が遊びに来たら「吉村昭の本は面白いね」と言ってあげようと思っている。 彼の本は捨てて、また新たに買って読んでいるとは教えずに。 気に入った作家との出逢いは気に入ったレストランに出会うのと同じで、その作品はどれを読んでもまず期待を裏切らない。特に彼の作品はそう思う。
僕はいま暫くは、読まず嫌いだった吉村昭レストランに通う事になりそうだ。 |
諸々
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他愛も無い事を綴っています。
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昨夜の夜半から断続的に降り続いていたゲリラ豪雨も小振りになって、地面を揺るがしていた雷鳴もほぼ止んだ。一時は雷鳴でテレビの音声も聴き取れない位だった。 今は思い出したように、遠くで雷が鳴っている。 僕の住んでいる地域にも大雨警報、洪水警報が発令されていたが、お陰様で被害は無かった。 昨夜は、東京西部の山岳地帯に集中豪雨が降り、床上浸水などの被害が少し出ている。 僕が良く登る高尾山もそれへの足の私鉄が山崩れで、不通になっていたが人的被害が無くて何よりだった。 今日は先週に引き続き沼津に行って来た。 熱海手前の新幹線の車窓から見える海は、鉛色の海と空が水平線で溶け込んで海と空が一つになっていた。 訪問先の最寄駅で降りると沼津の空は、台風一過のように青空が広がり、富士山にはそれを隠すように入道雲が覆っていた。夏がまた戻ってきたように陽射しが強くて蒸し暑かった。 夜、9時前に自宅の最寄駅に着いたら、雷鳴と集中豪雨が降っていた。 暫く駅の改札口で雨宿りをしていたが、雨足が弱くならないので折り畳み傘をバックから出して、自宅まで土砂降りの中、5分の道のりを歩く。 家に着いたら、ズボンの裾は雫が垂れるほど濡れていた。 それにしても今年の東京は7月から、局地的な集中豪雨の発生が異常に多い。 雷鳴も止んだのでこれで今夜は静かに眠れそうだ。
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八という字は漢字圏の国では末広がりで縁起が良い字、数字とされている。 中国では8が並ぶ電話番号、車のナンバープレートなども、プレミアムがついて高値で取引されているとも聞く。 八が並ぶ2008年8月8日の今日、全世界の国で物議を醸していた聖火リレーも無事メインスタジアムの聖火台に点火され、チャン・イーモウ監督お得意の派手なワイヤーアクションを駆使した開会式も無事に終わった。 今日ばかりは何処のテレビ局にチャンネルを回しても、オリンピック一色に染まり、そして何処の局のコメンテーターも、有力選手のメダルの数ばかりを気にしている。 確かにメダルは一番綺麗な色で、数は多い方が良いに決まっているが、持てる力を精一杯出し切って欲しい。 そして無事に閉会式を迎えて欲しい。 今朝、新橋で台湾の人と会っていた。 隣の国でオリンピックが開催されるが?と感想を聞いてみた。 彼はアンチ大陸派のようで北京オリンピックには特別興味は無いようだが、一時『中国台北』中国のマスコミに表記された国名がが『中華台北』と言う国名で参加が出来て良かったと言っていた。 台湾は歴史的の見ると明や清、漢族や満州族の色んな中国、欧州列強、日本、蒋介石の中国と色んな国に統治されてきたので、国民性には順応性があるようだ。 そして、日本に統治されていたので今の台湾があるとも言っていた。 以前、同じ事を台湾の人からも、反日感情の強い韓国の人からも聞いたことがある。 教科書と歴史の本だけでは勉強出来ないことが沢山ある。
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今日は珍しく東の青空に夏らしい入道雲を見ることが出来た。 空気も少し乾燥していたのでスーツを着て家を出た。渋谷駅まではスーツを着ていても我慢が出来た。 渋谷駅から湘南ラインに乗る為に、長い通路を恵比寿方面に向かって歩いた。 ホームに下りたらそこはもう熱風が吹き抜けていて、その熱風に着ていたスーツを脱がされた。 イソップ物語の『北風と太陽』のような話だが、この灼熱の太陽の下では北風が恋しい。 今朝、広島で行われていた平和式典のテレビ中継を見ていた。 広島市長、子供達の平和宣言には感動した。それに比べ日本国首相の挨拶にはがっかりした。 挨拶の中に『63年前に焦土と化した広島は、今や我が国有数の大都市に発展するとともに、国際的にも平和都市としても名誉有る地位を占めています。』というくだりが有った。 爆死者、被爆の後遺症で亡くなった人、遺族、後遺症に苦しむ人、犠牲者を30万人も出して『名誉ある地位』とは何だろう? 『貴方達は被爆したから、犠牲者を沢山出したからこそ、今の地位が有りますよ』と、被爆者の認定を貰えない人達、遺族を前に言っている様にも聞こえた。 被爆者認定を貰えない人達の戦後は、まだ始まってもいない。 そして官邸には、もっとまともな挨拶文を書ける側近を置いた方が良い。 広島市は全世界の核保有国に平和式典への招待状を毎年出していて、その中で中国、ロシアなどは数年前からその要請に応えて参加を始めた。しかし、原爆投下の当事国アメリカを含め核保有国、3カ国の式典への参加は未だに無いと報道されていた。 GHQはとうの昔に引き上げたが、アメリカの日本における戦後統治は、今もなおそのまま続いているような気がした。
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この処毎日が暑くてカメラのシャッターを押していない。撮り貯めた画像から。 この夕焼けは先週と同じ夕焼けで、前回と同じ場所で撮影している。 前回も夕焼けと電車の写真をアップしたが、同じ夕焼けでも電車を入れる位置で、まるでイメージの異なる写真が撮れた。メタリックな電車に反射する夕焼けと、信号機の赤色灯を同時に写し込んでみた。 画面が不気味なくらい真っ赤になってしまったが、より夕焼けが強調できたと思う。 今日も東京は局地的な集中豪雨に見舞われた。 僕は丁度電車の中だったので濡れずに済んだが、あの雨の強さでは持って出た折り畳み傘は何の役にも立たない。 雨の後、台湾から来日した人と会った。 30年位前に日本に留学していたようだが、日本の気候の変わりように驚いていた。 そして、東南アジアのスコールでもこんなに激しい雨は降らないとも。 確か4年前の今頃、僕はシンガポールに一週間のゴルフ合宿に出掛けていた。 その年も東京は35度前後の気温が続き暑かったが、チャンギ空港で飛行機を降りたらシンガポールの気候が涼しく感じられた。 東京の夏はもう熱帯地方の気候と、そんなに変わらないのかも知れない。 異なるのは緑のジャングルがコンクリート・ジャングルなだけで。
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