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赤バットの川上死す

 戦後しばらくして「少年」という雑誌が発刊された。活字に飢えていた全国の少年は大喜びで新雑誌に飛びついた。その薄っぺらい雑誌のグラビアを飾っていたのが、赤バット、弾丸ライナーの川上だった。当時赤バットの川上と言えば、全国少年の憧れの的だった。赤バットの川上に対して青バットの大下がおり、阪神には物干しざおの藤村がいた(物干しざおのように長いバットを振り回した)。子供たちの胸をワクワクさせた英雄たちだが、中でも赤バットの人気は群を抜いていた。野球が好きになり、ジャイアンツファンになったのも川上がいたからだ。
 
 現役引退後川上は巨人の監督として9連覇の偉業を成し遂げた。だがその頃ボクはもうアンチジャイアンツになっており、巨人が負けるのを楽しみにしていた。ジャイアンツが嫌いになった切っ掛けは、熱烈に応援していた三原監督を巨人が解雇したからだった。水原が復員してきたからで、三原には何の落ち度もなかった。それなのに監督が水原に変わった。ボクは憤慨し、この時からジャイアンツ嫌いになったのだ。日本ハムが北海道に来るまでは、ジャイアンツが負けるのを楽しみにして野球を見ていた。
 
 赤バットの川上さんが亡くなった。93歳だという。日本のプロ野球の生きた歴史みたいな人だったと思う。かつて川上の赤バットに熱狂した少年たちも、今や70,80の爺さんになってしまった。ジャイアンツが日本シリーズで新興の楽天に苦戦しているのを見ると、歴史の移り変わりを感じる。
 
 
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巨人もしんどいでしょうねえ 歴史伝統をひっさげて おっちらおっちら走り続けないと

2013/10/31(木) 午後 0:27 [ sat**sib*n ] 返信する

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私が知っているのは、解説者としての川上さんですけど、かなりのご高齢になられてからも、しっかりと中身ある話をされていて、とっても勉強になりました。

それにしても、戦前からの選手って、まだ残っておられるのでしょうか?

2013/10/31(木) 午後 7:15 そのはし のきたろう 返信する

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1番セカンド千葉、2番ショート白石、3番ライト青田、4番ファースト川上・・・・、うーん、残っていないようですね。

2013/10/31(木) 午後 8:29 [ 三猿(雅号) ] 返信する

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