全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

写真:車前部を壊し完走。夜のシェラトン・ホテルのゴール・ステージでホバート市長の祝福の握手を受ける。

PART: 4

美しい港町ホバート。ゴールのシェラトン・ホテル周辺の沿道は群衆で溢れていた。人混みをかき分け、このラリーで知合ったドン氏が車に駆け寄って来た。" Keiji are you OK? " とっくにジャガーDタイプでフィニッシュし
た彼は心配して待っていてくれたのだ。彼の大きな手が肩に回された時、父親に抱かれた子供の様に私は涙を止められなかった。フィニッシュ出来たのだ。ホバート市長の握手を受け、ライトアップされたステージに私とヤンとXK120Sの名を告げるアナウンスが誇らしげに跳ね回った。

表彰式場ロビーで、ヤンは私の首にメダルを掛けてくれた。彼の首にも同じグリーンリボンのメダルが揺れていた。1992 CLASSIFIED OFFICIAL FINISHER と彫られた銀メダルだった。これまで覚えたことの無い感動が全身を満たした。そして、華やかなパーティ会場に入った。全てはヤンのお陰だった。この2000キロを走った5日間、彼は多くを語らなかったが、その行動から互いに信頼し合い、私は多くを学び取った。クラシックカーへの子供っぽい憧れや想い入れは、もう完全に色褪せていた。

別人の様にドレスアップしたヤンはポケットからホイヤーのストップウオッチを取り出し、忘れ物だと私に返してくれた。それは彼が自分の時計をシート下に落としたときに僕が貸したものだった。「思い出に貰ってくれ」ヤンに対する僕の最大限の感謝の気持ちだった。ヤンは照れた表情の後、それを大事そうにポケットに入れた。

しばらくして、ヤンから小包が送られて来た。MOTORと言うオーストラリアの雑誌だった。このラリーに参加したF1グランプリの伝説的英雄、S.モス、J.ブラバム、D.ヘルム達の写真に並んで、私のクラッシュ・シーンが紹介されていた。キャプションには下記の様に書かれていた・・・
" The Japanese entrant to fall foul of hazards was K.Keiji in his '54 Jaguar XK120S "

あれから、もう16年もの年月が流れた。でも、まだ私には昨日のことの様に甦る・・・     終わり


★オーストラリアでF1,WRCと並んぶ3大イベントと位置づけられるタルガ・タスマニア。人々の期待は大きく約2500人のボランティアが運営に参加していた。特に、私は日本からのエントリーとして歓迎され、観光大臣が席まで足を運んでくれる光栄を受けた。かっての白豪主義を知る私には感慨深いものがあった。

★ラリーはタスマニア島を完全閉鎖した公道2000キロを5日間で走破するが、ターマックのストレート、ワインディング、ヒルクライム、サーキットランと変化に富んだ風光明媚なコースで戦われる。タイヤは2セットが認められサポートカーが追走する。スペッシャルステージでの平均速度120キロ、50カ所に設置され56キロもの長いステージが含まれる。その激しさはシェルビー350GTでエントリーしたF1界の英雄スタリング・モスですら練習中クラッシュし手を痛めた程であった。

★タルガ・タスマニアは毎年開催されている。私が参戦した第1回は国際Aライセンスのみの制約だったが、現在は FIAスポーツ法典の車両規定に添った安全対策が求められる。ぜひ、お好きな方には参加を勧めする。

この記事に

閉じる コメント(13)

顔アイコン

ご馳走様でした♪
描写がリアルなので「ヤン」になったつもりで疑似体験できました♪
憧れの中に「自分がいる」のって、なんか現実味がなくなりますよね。
はじめてマンハッタンに行った時、「TVの中にいるみてぇ♪」って
思ったのと同じ感じ、かなぁ・・・^^/

2009/2/5(木) 午後 7:19 てくのろ次 返信する

顔アイコン

工事完成打上の酔いが残ってたんじゃないですか?

「ヤン」の仕事はオーストラリアの長距離トラックの運転手でした。
手紙を書けない男だったので、文通が途絶え縁が切れてしまいましたが、
僕に生き様を教えてくれた先生でした。

2009/2/5(木) 午後 8:26 [ pepe ] 返信する

オーストラリアのトラックドライバー、って、もしかすると、あの電車みたいにトレーラいっぱい繋げた奴とかじゃ?
あれはあれで物凄い運転技術が必要そうですね。
しかし男爵も、ボート乗りで絵描きで元社長とは、壮絶な経歴をお持ちですねぇ。経営指導も指南しなければかな?
なんか物凄い「出会い」をしてしまった様な気が、してきてしまいました。><

2009/2/5(木) 午後 8:38 てくのろ次 返信する

顔アイコン

スピードが要求される場面で恐くてビビってると、
膝を押さえつけられ、アクセルペダルを全開にされる。

小高い丘があり、前方の道が見えない時、アクセルを緩めると怒る。
「前が見えない」と言うと、何のためにナビの俺が乗ってる。

雨でワイパーを動かすと、ワイパーがしょぼく余計に前が見えなくなるのですが、
ワイパーを止めて、水滴と水滴の間から前を見ろ!と言うし、もう大変!

でも、オーストラリア人同士で、あの日本人の運転はどうだ?と聞かれた時、
ヤンは「アイツは上手いから安心だ」と答えたと、漏れ聞いた時は、嬉しかった。
ブレーキがダメで、真直ぐ走らない車の助手席で怖がらなかったのは、
それ故かと、秘かにニヤ付いたものです。

そんな事よりも、狩猟の話をお聞きしたいなあ〜

2009/2/6(金) 午前 3:29 [ pepe ] 返信する

顔アイコン

>お好きな方には参加を勧めする。
いやいや、好きなだけでは、なかなかいかれ無いですね。(笑
もっと、勉強します。

2009/2/8(日) 午後 9:59 てつ 返信する

顔アイコン

車の輸送が高い。日産などの輸出船に頼むと安いらしいけどコネが無くて高かった。向こうでタイヤ運びのサポートカーも必要だし・・・。
翌年もエントリーしていたんだけど、バブル崩壊でソレどころでは無かった。
僕の数年後に「サーッキットの狼」描いた池沢サトシ(?)が走ったみたい。
タスマニア参加者のパーティで会って名刺交換したなあ〜

峠走ってる日本の若い人、速いと思うんだけどなあ〜。芦ノ湖に見に行ったけど、みんな上手い。

2009/2/8(日) 午後 10:33 [ pepe ] 返信する

あーそーですね<芦ノ湖に見に行ったけど、みんな上手い

早朝とか、サーキット用のセッティングを出しに行っている人多いですよね。

2009/2/9(月) 午前 0:01 てつ 返信する

顔アイコン

僕のポルシェ仲間が日曜の早朝行ってる。彼が帰りに寄る喫茶店で知合った。
ポルシェの走り屋は古いナローの73カレラが最高とされるんだけど、彼はのは’74年、でもトルクが少し上がってるだけで変わらないらしい。彼もデフや脚は自分でいじってるから、床は金属露出車。カッコいいよ。

2009/2/10(火) 午後 7:45 [ pepe ] 返信する

顔アイコン

73カレラ!最高に格好良いポルシェですよね。
一度でいいから実物を見て触って乗ってみたい。

2009/2/10(火) 午後 10:17 てくのろ次 返信する

顔アイコン

ボス、こんな奥深い所までご足労、ご苦労さん。
やっぱ、ポルシェは空冷の73じゃなきゃ、水冷のドタットした最近の嫌い。

2009/2/10(火) 午後 10:26 [ pepe ] 返信する

顔アイコン

早朝の箱根で、速い車に泣きながら追いかけられたことあります。

みんな、本気で走っているから、怖いです。(笑

2009/2/10(火) 午後 10:35 てつ 返信する

顔アイコン

私はミニカー集めて並べて見ているだけで幸せ…って口なので、工業製品というより美術品に近いクルマでレースしてしまおうという思いが今ひとつ理解できませんでした。壊れたらどうしよう、直せなくなったらどうしようと思ってしまうのです。
でも今回の連載を読んで、「愛車と一体になって走りを楽しむ」ことの素晴らしさが判ったような気がします。でもやっぱりそれはかなり贅沢な素晴らしさだとは思いますが。
Keiji様、これからもいろいろな素晴らしい体験を語ってください。それを私が読むことで疑似体験し、少しでもその「素晴らしさ」を実感できればと思います。

2009/10/5(月) 午後 11:35 [ - ] 返信する

顔アイコン

オーバーさん、
お褒めのコメント、ちょっとオーバーでは?
でも、素直に嬉しく感じました。

2009/10/6(火) 午後 0:50 [ pepe ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事