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僕の初恋スピットファイアー 英国車仲間で開いていたヒルクライムで スーパーセブンをブチ破った レーシングドライバーの先輩から ベレットGTでレーステクニックは学んだが 非力なパワーを補って速く走る技術は スピットファイアーで習得した 筑波ではまあまあのタイムで走った コイツはウエーバー2基で武装し 日本初のF!メカ I氏が燃焼室の改造など チューンアップしてくれ バカッ速いカフェレーサーと化した プアマンズ Eタイプと舐められたが 後に手に入れたジャガーEタイプよりも 遥かにハンドリングは優れていた 1965年ルマン24でグループ1位になった 6気筒のスピットファイアーGT6や ロータスヨーロッパと共通だった バックボーンフレームやフロントサスは 本物のスポーツカーのモノであった 会社があった赤坂見附交差点辺りでは カッ飛びスピットと名が轟いた ハハハ ”You not only get a car and a girl but a piece of history." 英国が誇る名戦闘機スピットファイアーと 車スピットファイアーを対比させた 意味深いアメリカの雑誌広告ヘッドライン まさしく車だけでは無くそれ以上のモノを 同時に僕は手に入れた・・・ .....
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Favorite Car
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車雑誌の偏った編集のゆえに 日本では本当に良い車が評価され無い 車生産大国でありながら車文化が育た無い その原因は車雑誌にあるのかも トライアンフ・ヘラルドは ミケロッティにデザインされた 美しいスポーティサルーンだったが MG1100やミニ人気の影に隠れ 見向きもされなかった トライアンフの輸入元で 新車のスピットファイアーを買ったとき 専務さんが乗っていたヘラルドを 頼み込んで譲って貰ったが ボンネットは1200の12/50なのに ダッシュボードは後期の13/60で レスレストンのハンドルだった 英国大使館の女性の車だったそうだが 顔付の優しい12/50を好み 交換したのだろう まだ輸入車は高嶺の花であり 海外の車情報も少なかった当時 輸入元Aモータースの倉庫は宝島だった 僕は社員以上に何があるかを知り尽くし その倉庫に入り浸って廃棄される カタログ類を貰っていたから 今も一杯持っている ヘラルドのエンジンは1200ccだったが トライアンフらしく元気良く走った ボンネットはジャガーEタイプの様に開き 回転半径が小さく街乗りに適した 内装はトライアンフ伝統の豪華な木製で ツートンのボディカラーが小粋だった ヘラルドは今でも欲しい車だが 所詮は大衆車だったから乗り潰されて 再生に良い素材は無いだろうし TR4でも苦労するするほどだから パーツは無理だろう・・・ ....
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もしも時を戻せるなら ゴルディーニに乗っていた あの頃に戻りたい 1964 Renault 8 Gordini 2年間に僅か2626台が世に出た 2ツ目玉の1100ccは希少車であった モンテカルロ・ラリーで あのクーパーSを撃破するため 2基のウエーバーで武装した ゴルディーニエンジンは 小気味良く吹き上がり ダブルに装備したリアダンパーは 正しくラリーカーだった いつもコイツに乗って 第2京浜を走って元麻布まで 愛犬ドナと僕は通勤した コイツを手放したとき 悲しいと泣いた娘も成人した いつかまた乗りたいと 非常に希少なアルミホイール ワークス仕様の”デルタミック”は 今もコッソリと持っている ...
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車の知識が増え趣味が高じると どうしても希少な車へと眼が向いてしまう でもそれは希少ゆえに高価であり パーツの補給も難しいことを意味する 例えば写真のアルファロメオRZ バブル末期の頃に発売された高額車だった スパイダー350台限定発売と言われたが ザガートが組織変更したため 実際は250台しか世に出なかった 車雑誌の記事など元々信用し無いが 各紙ベタ褒めの記事に煽られて購入した シフトノブの側に貼られた銀製の シリアルNo.プレートに245とあったから 最後のロットの車だった ファイバーボディ独特のヌメ〜とした塗装 思いっきりの良い直線的なフォルム 柔らかな革を使った素晴らしい内装 3リッターV6/210PSのパワーは申し分無く ハンドリングも抜群だったが ステアリング位置が低く肩が凝った そして今の六本木ヒルズ前で一回転 ガードレールにガシャンとやってしまった 車好きのM君に走りを見せたくて 寒い日のタイヤも冷えた状態でのスピン 修理には滅法な金額が掛かった ヒビを心配しアーム類やステアリングラック 車高調整付ダンパーなど全てを交換し フレーム修正機にまでかけたが 車両保険など入って居なかったから 気が遠くなるほどの金額を要した 希少な車は僕には無理だと悟った・・・ ....
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コーチビルダーCastagnaのボディが美しい 1933 Alfa Romeo 1750 Grand Sports Castagna 1992年タルガタスマニアのフラグシップ クラシックカーの世界では古い車への敬意から 製造年代順に出走することを恒例とするが このアルファロメオ1750 GSの所有者だった オーストラリアモータースポーツ界の英雄 故 Lex Davison夫人ダイナさんと愛嬢キャサリンさん による参戦を讃えフラグシップを努められた この車についてダイナ夫人と話したとき 夫人は気品に満ちた笑顔と共に 「この車は主人と私がハネムーンに使ったのよ」 と想い出深げに話された・・・ 1930年代にアルファロメオでハネムーン アスファルト舗装も無かった当時の悪路を それは甘いハネムーンと言うよりも むしろ冒険旅行だったのだろう そして今も想い出の車として大切にされ お嬢様と一緒にラリーに出場される・・・ 僕は文化的背景の違いを思い知らされると共に 日本の猿マネ自動車文化を恥じた タルガタスマニア参戦時のスナップから ....
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