徒然文章 (c)Tsukasa Hayakawa

オリジナルの小説・イラストを公開しています。良かったら是非ご一読を。

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天使の梯子

 
富士見工業高校の屋上は、正式に開放されてはいない。
数年前、屋上で喫煙していた生徒が見つかってから閉鎖されている。

しかし秋の日の放課後、ひとりの女子生徒が当たり前のようにそこにいた。

高い空を厚く隠す雲の壁、どことなく冷たい風、運ばれてくる色づいた落ち葉。
所属している吹奏楽部の練習している音が、風に乗ってどこまでも届く。
ただ空を眺めるだけなら、皆が『くつろぎテラス』『屋外練習場』と呼んでいる、昇降口の屋根の上でも事足りる。

だが彼女は、校内のどこよりも空に近い屋上の方が好きだった。

制服のポケットに収めてある携帯電話には、空の写真が幾枚も記録されている。
空を愛することに関してなら、彼女は学校一であろう。
ふっと彼女は、空を見上げる。フェンスに遮られない視界いっぱいに雲が広がる。

「……あ。天使の梯子」

そこにあったのは、雲の隙間から差し込む光。
思わず、制服から携帯を取り出して構えた。そして、シャッターの落ちる音。
彼女の携帯のカメラ機能では、光を捉えきることはできない。
それは十分にわかりきっていたが、それでも構わずに写真に収めた。
天使の梯子は、なかなかお目にかかれるものではない。

デジタル画像データと化した天使の梯子は、やはり圧倒的に劣化していた。
しかし、そんな写真も彼女の記憶という記録を呼び覚ますには十分だ。
密かに翼と空に憧れ続ける女子生徒。比較的部活には真面目に取り組む彼女も、ときたまこうしてサボりたくなる。

それはただ、空を眺めるだけに。
彼女がそうしているのと同時刻。

いつものように部長にそれがばれ、同学年のまとめ役が代わりにお小言を喰らっていた。


(〆)

言葉って難しいね。


「ああ、いずみんじゃん」
「あれっ、桐崎君珍しい」

放課後の学生食堂。安土曰佐彦(あづち・おさひこ)は珍しく、友人の桐崎敏(きりさき・さとる)とそこへ訪れていた。
食堂の戸をくぐるなり、敏が目があった女子生徒と交わした会話がこれである。
内容から判断するに、どうやらクラスメートのようだ。
曰佐彦の嗜好からみると、なかなか可愛らしい女の子である。

「敏、それ誰?」
「あぁ、この子いずみん。クラスメート。いずみん、こっち一組の俺のダチ。安土曰佐彦」

さりげなく聞いてみたはいいものの、敏はニックネームでしか彼女を紹介してくれない。
曰佐彦のことはきちんとフルネームで紹介したクセに、これはいったいどういうことか。

「ちょこちょこ話に出てくる安土君、だね」
「そうそう」

曰佐彦の思考もお構いなしに、敏と『いずみん』はニコニコのほほんと会話を交わす。
敏がニックネームで彼女を呼んでいるということは、普段から割と話す間柄ということだろうか。

「初めまして、スキです」
「初めまして、安土です……ってえぇっ!?」

ごくごく普通に自己紹介したつもりが、曰佐彦はなんだかとんでもない台詞を聞いた気がした。
彼の耳が確かなら、今曰佐彦は『いずみん』から初対面で告白をされた。
思わず固まってどぎまぎする曰佐彦と、ニコニコ笑顔を崩さないいずみん。
 
「いずみんいずみん言われてるけど、下の名前は出澄(いずみ)。苗字のほうは寿の木で寿木(すき)なの」
「……あー、苗字がスキね、寿木。あははなるほど納得!」

いずみん ── 出澄の補足に、やっと硬直が解ける曰佐彦。
"そうか、寿木っていう苗字だったのか"と不審者顔負けの不審さでぶつぶつと繰り返す。
そんな彼の様子を観察して、敏がニヤニヤと笑い出す。

「なんだぁ、告白されたとでも思ったんだ?」
「うーん、確かに紛らわしい苗字だもんね……」
「あはははは……」

もはや笑ってごまかすしかできない曰佐彦。
出澄の台詞を聞く限り、どうやら自己紹介で勘違いされるのはよくある話、らしい。それが唯一の救いだろうか。

「あっはは、ありえねぇ! ありえないぜ曰佐彦!」
「爆笑するなよ敏!」

当然のごとく、曰佐彦の勘違いは敏に爆笑されてしまった。

―― 仕方ないだろ、可愛い女の子に開口一番にスキって言われりゃ勘違いもするわ!!

内心での叫びは、しかして言葉にすることもできなかった。

(〆)





結婚前夜


『はいもしもしー』
「あ、つっちー? おひさー、朋子だよ」
『おおうもっちゃん久しぶり。 元気してる?』
「元気だよ、そっちはどう?」

久しぶりに、朋子は創に連絡を取った。
互いに高校を卒業して、上級学校も卒業して。
就職が決まって離ればなれになってからは、メールで連絡しあうのが主流だった。

最近はお互いにばたばたしていたこともあって、メールすらままならなかった。
しかしそのばたばた期間に、朋子は重要なことを決めていた。
中学時代からそっとやちょっとの事では驚かない、ただし驚いたときのリアクションが大きい創がどんな反応をするのか。その様子を想像して、朋子は電話口でくすりと微笑む。

『こっちはなんとか元気にしてるかな。じゃなきゃこの業界やってらんないよ』
「あはは、相変わらず忙しそうだね」
『でさー、どしたん? わざわざ電話ってことは、何かあった?』

さすがに十年来の親友は勘が鋭かった。朋子が電話をかけたというだけで、何かがあったなと看破してみせた。しかしさすがの創も、朋子がこれから告げようとしていることまで察しているのだろうか?

「実はね〜、なんだと思う?」
『じれったいなぁ』
「ふふっ、聞いて驚くなぁ、なんてね。実はね、結婚が決まりました」
『……はい?』

朋子が決めていた、重要な事。それは、人生のパートナーを得ること。
もっと端的に言えば、結婚することである。
本当はもっと早く伝えたかったのだが、朋子も朋子で準備があったり仕事があったりで時間を合わせる余裕がなかったのだ。
案の定、創は電話の向こうで固まっているようだ。

「だから、本居朋子は結婚します」
『ええっ、ちょい、ちょい待ち……! 短大出てから付き合ってる人がいるってのは聞いたけど』
「うん、旦那さんがそのカレ」
『……』
「つっちー?」

電話口がすっかり沈黙する。さすがに朋子も声を掛けざるを得ない。
そういえば親友は、驚きが過ぎるとそのまま硬直してしまう悪癖を持っていた。

『……おおーっ、おめっとさんおめっとさん! もっちゃんおめでとっ! 
うわあどうしよう、式の日に帰れるかな、有休足りるかなっ!?』

しばらくの沈黙の後に続いた、珍しく驚きと喜びを全面に出した創の声と台詞。
アパートの隣人の迷惑になってはいないだろうかと、朋子は少し心配になる。

『オッケーオッケー、何とかして帰るから。親友の結婚式、ここで帰らにゃいつ帰る!』

急な連絡にも迷惑がらず、むしろ大喜びで祝ってくれる親友。
朋子は、遠く離れた都会にいる彼女の様子を思い浮かべて思わず笑ってしまう。
きっと、高校時代からほとんど根っこ部分は変わっていないのだろう。

「ありがとつっちー、無理しないようにね」
『大丈夫大丈夫、私にかかれば無理も道理になるからさ』
「相変わらずだねぇ、じゃあ、日取りが決まったら正式な招待状出すよ」
『うん、待ってる待ってる。』
「はいはい、ばいびー」
『あいあいー』

最後の締めも、お互いに小学校の頃から変わっていない。
自身の結婚と親友達との再会。
そのふたつが同時に訪れる日が楽しみで楽しみで。

朋子はその日眠るまで、笑顔を絶やすことはなかった。


(〆)

作品更新情報

昨日はマシントラブルに見舞われたため、途中までしか更新できませんでした……
今日も何本か記事をアップしようと思います。

クスリとしたりニヤリとしたりされたら、コメント残していただけると励みになります。

ではでは、本日の更新分はこちらから!

【書庫:高校生の日常とか。】
<なんちゃって写真家>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716748.html

<鳴り響くアラート音>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716771.html

<大きな背中>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716790.html

<刻まれた言葉、触れる指先>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716806.html

<異国の地>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716815.html

<雨の音>
http://blogs.yahoo.co.jp/barque026/61716828.html

雨の音


梅雨と言うには、まだまだ早すぎる時期。
だがしかし、その日は夜明けからただひたすらに雨だった。
天気予報は大外れ、せっかくの休日がだいなしである。

大平(たいへい)も、その被害を盛大に受けていた。
まだ陽が明け切らない時間帯から町の湖で釣りを楽しんでいたものの、夜が明ける頃から少しずつ雨が降り始め、現在は大雨である。さすがの彼も、こう土砂降りでは引き上げる他なかった。

「ついてねぇなぁ〜……」

釣果はゼロ。空のバケツと活躍の無かった釣り道具を持って、濡れ鼠の身体をひきずりながら大平は帰路を急ぐ。
山道では、すれ違う人もほとんどない。雨のカーテンで、三メートル先もろくに見えない。

だがしかし、そのカーテン越しに、大平は彼女と目があった。

半袖の白いワンピースの彼女は手ぶら、大平は大荷物。互いに雨具は持っていない。
知り合いではないはずだが、大平は彼女から目が離せなかった。

彼女は、自分とは違う。何かが違う。そんな感情がふつふつと心のうちにわく。
雨が、音をとどろかせて強くなる。雨のカーテンの中に、少女の姿が消えていく。
呼び止めようにも、大平は声を出すことができなかった。

その年の梅雨、彼の住む天満(てんまん)町はかつてない日照りにさらされることとなる。





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