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倒れても・・・ 憩いの内に、目覚める場所がある 憩いのほとりで
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森の絵
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種がまかれた日がありました 荒れた地はよみがえり 巡る季節に、命が育つ いのちの源 * * * * * * * * 『豊かさ』それはいったい何なのでしょうか? 人が持ち得る豊かさ、それは何を指すのでしょうか? ぼくには、お金もないし、社会的な地位も名誉も、一欠片さえ持っていません。 それどころか、弱さや欠点だらけで不完全な人間で、これまでも・・・いっぱい失敗してきたし、これからも失敗し、誰かを傷つけてしまう事でしょう。 それでも、ぼくは知っています。 完璧でないぼくにも、言葉では言い尽くせない豊かさに満ちていると・・・。 物質的な物差しではけっして計れない『豊かさ』というものがあります。 それは、ひょっとしたら・・・隠された宝なのかもしれません。 表面的なところには無くて、隠れた所にひっそりと・・『見つけてくれる日』を待っているのです。 種がまかれた日がありました。 最初に見つけた時は、小さな小さな芽だったかもしれません。 でも、辛抱強く、育てていけば大きな樹にも成り得るのです。 ぼくは、最初から、優しさや思いやりに満ちている人間だった訳ではありません。 他者が話す言葉に、耳を傾けて聴く心を持っていた訳でも無く・・・ それどころか、自己中心的で、自己主張する事しか頭にない人間だった・・。 しかし、驚くべき事に、そんなぼくにも・・・種はまかれていました。 そのは芽は出て来て、青空の日も、嵐の夜も、辛抱強く育てて来て今があります。 静かに信頼をもって、見守ってくれたお方が居たお陰かもしれません。 そう、辛抱強く・・信頼を持って見守り、育ててゆく必要があります。 物質的な豊かさは、いずれ朽ちて無くなってしまいますが、 内面的な、本当の豊かさは、歳を経ることに豊かさを増していくのだと思います。 |
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