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今日は、株とはまったく関係のない競馬と回想録なので、興味ない方は時間の無駄なのでスルーしてください。
全部書くと本1冊分くらいになるので、短く書きたいですが、それでも長文になると思います。
私と競馬の出会いは、大学入学と同時に始まって、入学した翌年に三冠馬となるミスターシービーがデビューして、信じられない追い込みを見て競馬に嵌りました。
さらに翌年には、無敗の三冠馬、皇帝シンボリルドルフがデビュー、・・・牝馬ではメジロラモーヌとスターホースが次々と現れて、毎週のように府中と中山へ足を運んでいました。
学業は当然疎かになって、週末は競馬、平日は新宿の雀荘でメンバー、店が引けてからお客さんの、謎の広告代理店の社長さんや、怪しい芸能プロダクションの社長さん、歌舞伎町の呼び込みさんが直立して頭を下げる方たちと快楽街で飲んだり・・・と人生の裏街道を一直線に進んでいました。
大学も留年を繰り返して、仕送りも学費も止められて、半分勘当状態でしたが生活態度は改められずに、8年在籍した後に除籍・・・それでも、コンピュータだけは好きで情報処理の資格(一種)を取っていたので、先輩のツテもあり、地合も良くて(バブル)、好材料(資格)があったので、最終学歴は高卒ですが新卒より良い条件で、一部上場企業に就職できました。
SEの仕事はメチャメチャ忙しくて、徹夜や週末も休み無しが当たり前で、麻雀は辞めましたが競馬だけは辞められずに、グリーンチャンネルと電話投票で、ずっと続けていました。
競馬を始めた頃は、1Rから全部やってましたが、その頃には馬券を買うのは年間に20回くらいに減ってました、全てのレースをグリーンチャンネルで録画して、全ての馬と全レースをデータベース化して、競馬新聞の10倍以上の情報(デビュー時からの全レースの位置取りと騎手と馬場状態と展開・・・etc)の出走表が作れるほど完成度の高いシステムまで作りました。
実家の事情で、転職して田舎に戻ってからも、競馬熱は更にエスカレートして、目ぼしい馬の出走したレースは、馬ごとのデビュー時からの全レースをそれぞれの馬毎に1本のビデオにダビングして、出走馬が判れば、各馬のデビュー時からの全レースがビデオで見られるように編集もしました。20頭も出走すると、20本のビデオにそれぞれダビングしなくてはならないので、ビデオも15台買いました。
ここまで嵌ると、更に購入するレースの数は減って、天皇賞とクラシック、宝塚記念、有馬記念くらいでしたが、それでも、毎年ダービーと有馬記念だけは片道3時間以上をかけて、府中と中山へ足を運んでいました。
そんな生活がずっと続いていた1998年、一頭のスーパーホースに出会いました。
遅いデビューで、4歳時(今は3歳と言うらしい)には中途半端なテレビ馬だと思っていましたが、古馬になって、武君が騎乗してからは、見違えるほどのレース振りで、ゲートオープンと同時に他馬を寄せ付けない加速力で、あっという間に先頭にたって、4コーナーを周ってからもまったく垂れないで、差が広がるばかり、今まで見てきた全ての馬の中で、これ以上強い馬は存在しないと確信が持てた馬、サイレンススズカ(父サンデーサイレンス)です(知らない方はネットで調べれば、腐るほど情報が溢れてます)。
忘れもしない1998年11月1日、天皇賞(秋)、一目サイレンススズカを見たくて、府中まで足を運んだ私を待っていたのは、悪夢でした。
どうやって自宅まで戻ったのか覚えていませんが、頭の中は真っ白・・・数日会社も休んだと思います。
心が落ち着いてから、あらためて録画しておいたビデオを見て泣くだけ泣いて、生涯競馬は見ない、買わない、関わらない・・・と誓って、全てのビデオ(1000本以上)を廃棄して、データも消しました。
私は、お金が好きでギャンブルが大好きですが、それ以上に馬が好きだったのだと、痛感しました。
今でも、馬名を口にしただけで、涙が出そうになります。
生活の一部がポッカリ抜けてしまった私は、まったく仕事にも実が入らなくなってしまい、PL(プロジェクトリーダー)も外されて、後輩の下でSL(サブリーダー)にまでなりさがり不貞腐れて、彼女達(達がポイント・・・笑)からも愛想をつかされて、ダメ人間になってしまい、生き甲斐が欲しくて会社を辞めて自分で会社を作りました。
競馬の勝等で、資金は2,000万円以上ありましたが、一度も営業経験のない技術者が会社を作っても、営業しなければ仕事がこないのは当たり前。資金も底をついて、銀行から2,000万円借りてもダメ、追加の融資は断られて、預貯金や個人年金・生命保険まで解約して、最後は高利貸し(一部上場)からも数百万を借り自転車操業・・・更に長くなるので書きませんが、文字通り死ぬほど苦労しましたが、一度も延滞も滞納はしないで、昨年には8割は返済(現在は95%返済)が完了して、銀行はいつでも無担保で数千万円なら貸してくれるくらいまで信用が回復すると、死ぬ気で頑張ってきた自分がいなくなってしまい、時間を持て余す様になってしまいました。
そんな時期に、「ディープインパクト(父サンデーサイレンス)」という馬がシンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬になったことを知って、もう一度馬を見てみようと思い、後輩に頼んで、ディープインパクトの全レースのビデオを見ました。サイレンススズカと同じくらい小柄な馬体からは想像も出来ないような、長いストライドとピッチ、迫力はないですが、それは無駄な動きも筋肉もない証拠で、上がりタイムを見れば答えは明白、この馬も本物でした。位置取りの悪さから前が塞がれる心配はありますが、それでも今年のレースを見て、武君が天皇賞(春)のあと「これ以上強い馬はいない」とコメントしたように、シンボリルドルフのように80%に仕上げて、30%の余力を持ってレースが出来れば、負けない馬だと思います。
凱旋門賞でケチがついた事から、ジャパンカップでは人気が薄かったので、8年ぶりに馬券を買いました。単勝一本100万円、配当は130円、たった2分半で30万円の儲けです。
今日は、年末の総決算、有馬記念です。
有馬記念は最も相性の良いレースで、初めて買ったアンバーシャダイから最後のシルクジャスティスまで、これまで17戦11勝です。
最高はマヤノトップガンから買った1995年で、2-10(4,770円)を10万円(本命は枠6-7:40万円の2点勝負)持っていたんで、+427万円ですが、感動の涙でボロボロになったのは、オグリキャップ引退レースの1990年(単勝一点勝負30万円:+135万円)、同じく結果的に最後のレースとなったトウカイテイオー(父シンボリルドルフ)の1993年(単勝一点勝負20万円:+168万円)です。
ディープの単勝は最終的に良くて120円、100円返しでも不思議ではないので、ディープインパクトから、枠連で1点勝負、
3-4:20万円
です。
何時も有馬記念は50万円を目処に買っていましたが、いかんせんブランクが長すぎて、ディープ以外知らない馬ばかりなので、2着がまったく判らないので20万円にしました。
直近のレースと目ぼしいG1だけはレースを見ましたが、1・2枠の馬の映像を見てないので、判断できません。
少ない情報で予想した結果、安定度から最有力はドリームパスポートですが、騎手の実績が乏しすぎるのでオミット(「ルドルフの再来」「幻の三冠馬」と言われたフジキセキ(父サンデーサイレンス)の血を継ぐので買ってあげたいけど・・・)、ダイワメジャーの前残りと、これまで牝馬の連対実績はありませんがスイープトウショウの切れる足が同居する4枠に決定、配当が低いので押さえは無しの一点勝負に決めました。自信度は30%以下で、本来なら見(けん)ですが、ディープの引退レースなので半分ご祝儀のつもりで、ディープさえ勝てば満足します。
次に馬券を買うのは、ディープの子供がデビューする2010年以降です。それまでは見るだけ、暇と気力があれば、もっと血統や距離・馬場適性も追加したシステムを作ってみたいです。
もし機会があれば、不可能な想定だけど武君に聞いてみたい「人間関係を無視して一人の騎手として、サイレンススズカとディープインパクトの騎乗依頼が同レースできたらどちらを選ぶのか?」・・・・・個人的には、前者だと嬉しいです。
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