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入社以来40数年間お世話になった日比谷・三信ビルが近い将来取り壊される
運命となり、入居者は平成17年10月末を持って退去することになった。
今はOBとなった我が身であるが、退去する前に生きた三信ビルにもう一度会いたくて
三信ビルを訪れ、我が目に焼き付けた。
三信ビルにつて(http://www.citta-materia.org/archifile/sanshin_buil01.htmlより転載)
日比谷公園に面して立つ昭和初期の事務所建築です。東西に細長い平面を持つこの建物は、
外観には壮麗な装飾なども見られず、一見やや大味な意匠ですが、ファサードをじっくり
見ると、なかなか複雑なデザインが展開されています。
ファサードは分かりやすい3層構成をとり、中層部と上層部はタイル張り。目を引くのは
下層部のボルトを表した石張りで、このような表現は、当時としては非常に珍しかったのでは
ないかと思われます。
また、外壁にリズム感を与える窓の開け方も独特です。中層は縦長の硬い表情の三連窓が
規則的に並んだやや変則的なリズムを取る一方、下層・上層部は上部の角をとった柔らかな
印象の大きな窓が中層にあわせて規則的に並び、これらの積み重ねによってリズム感が強調
されています。
さらに、通りに面した西と南面の中心には、低層部にはアーチ窓、高層部はややセット
バックした壁が立ちあがり頂部を強調するようなデザインが施され、中層部は若干アールを
描いた壁面と垂直性を強調するようなシンプルな付け柱が施され、正面性が強調されています。
ここに見られる表現は、当時の日本国内の建築家の多くが目指した西洋建築様式を単に踏襲
するでもなく、当時の最先端であったインターナショナルスタイルでもなく、近代にふさわしい
建築のデザインを模索したであろう、迷いや苦悩が多く現れた結果と言えるのかもしれません。
内部に目を移すと、 90mもの2層吹抜けのアーケードが圧巻で、その左右に店舗や事務所が
並びます。、このようなアーケードは、 大阪ビルヂング旧館や解体されてしまった旧丸ビル
にも見られますが、三信ビルのアーケードは短手方向に架けられたアーチが連続する迫力の
ある空間の中に、半円形のエレベーターホールや鳥の彫刻や星型のレリーフなど、外観の大味な
印象を受けるデザインとは対照的に、豊かな装飾が施された濃密な空気が漂っています。
横河工務所は1903年(明治36年)に発足した日本初の設計事務所ですが、創業者の横河民輔は
横河橋梁、横河電気などの創業者としての面もあり、鉄骨構造家となったエンジニアとしての
側面の強い人物だったようです。 一方、その横河工務所で設計を担当した松井貴太郎は、最近、
一部保存されながら高層ビルに建替えられた日本工業倶楽部の設計者であり、意匠の名手として
名を残していますが、建築批評家としても精力的に活動した側面もあり、岡田信一郎らと共に
月刊誌「建築」の編集にも携わっていました。
[写真]:日比谷公園側から見た三信ビル(bata0612撮影)
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