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中村草田男氏の作品に「降る雪や明治は遠くなりにけり」という句があるが、これが1931年の作品である。明治45年は1912年であるから明治が終わってから19年後に読まれたのである。
そう考えると「昭和」はもうだいぶ遠い。
最近の人は昭和というと「バブル」だが、私はそれよりもっと子供の頃のことを思い出す。私より上の世代もそうだろうと思う。
「三丁目の夕陽」はパラレルワールドの話なので全く違う世界の話である。
もっと暗く危険で薄汚なかった。しかし、今よりははるかに自由だった気がする。
社会も監視や管理が緩かったし、その分何事も自分で何とかしないとどうなるかわからない感じがあった。
それはほぼ私が成人するまで変わらなかった環境である。
子供を守るにしてもある程度であってそれ以上は無理だったのである。だからそれぞれ自分で何とかしないとどうにもならないことを体で知っていたのである。
学校も家族も管理しきれないのだから、その分は自分で何とか危険を回避するしかないのである。おそらくは経済的なこともその危険の範疇だったのだと思う。
社会も企業も油断をしていればいつ自分の命をとりに来るかわからない。なので、就職時期には業界業種の危険は常識のようにみな知っていた。
あそこは相当タフなヤツで無いとなかなか難しいというようなことは伝えられていた。だから近年、新入社員がそこで仕事を苦に自殺したと聞いたとき、なんで誰もそこに行くのを止めなかったのかが不思議だった。
いくら名前は通っていても、あそこはクリエイターとして入るのはいいが営業で入るのは首をくくりに行くようなものだと数十年前からいわれていたのである。
ネットの情報は特に企業の情報はそこが大企業であればあるほどネガティブなものは排除されるのである。
企業のひも付きの情報を信じるのは、オレオレ詐欺のようなもので、その情報でどれだけ利益を上げるかということなのである。企業の利益に善悪は無い。
それが大人の常識なのである。そうしたことを大学が教えないのは、産学共同体だからで、結果死んだものは死に損になるのである。
学校は企業とグルで子供を金儲けの道具にしているのに、それがわからず親も死地に子供を送り出す。そして死んでから企業に怒るのである。いくら怒ったところで死んだものは帰らない。
社会という所はただ真面目にやれば報われる学校の勉強とは違うところだということをなぜ教えなかったのか。
昭和という時代は、社会は実際のところ暗く危険で汚いところだということを、隠せなかった時代だったのかもしれない。
しかし、今は白昼堂々人を陥れて発覚しても金でかたをつける時代である。ルールも教えられないでゲームに参加させられ怪我をしても死んでも病に冒されても自己責任だという時代である。
私は昭和に育って、社会は恐ろしいところだということを教えられた。そしてそこではこうしないと非常に危険だということを体で教わった気がする。
もちろん大人になってから教わったことも助けてもらったことも沢山あるが、それでも事前に知っていた危機回避の感覚はその後の処世に大きく役立っていると思う。
ここまで何とかやってくれば、後は死ぬだけだからイイやと思っている。
人がねらうほどの財産もなく、引き摺り下ろされるような地位も無いし、失うような名誉の無い。
もうすぐ令和になるが、私には昭和が終わった時に何かが終わったのであまり感慨は無い。やはり自分が幼く若い時分を過ごした時代がもっとも思い入れがあるのだろうとそんな気がする。
そう考えると、私にとっては昭和は遠くなったといえるのかもしれない。
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