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いろいろ意見もあり、中には政府の危機管理がなっていないなどという的外れなことをいってる馬鹿もいるが、そもそも元号自体がいろいろ言われるのは改元間もない時期くらいである。
ただ、興味深いのは出典が万葉集だと主張したことだ(元々は文選だが)。
平成の時には大禹謨からの出典だから水害が多いのはそのせいだ(禹は治水を行った伝説の王なので全く逆なのだが)とか悪口を言われたこともあったのだと思う。
あまり意味や出典が何かを連想させることだと、また色々言われるだろうから、いっそのこと日本のものからの出典でしかも政治的なことから離れた文献からのほうが、多方面に無難だと判断したのだろう。
明治大正昭和平成は四書からとられていることを考えるとそこから離れたのは意図的なのは明らかである。
今回はあまり意味の無い年号であるというのが、もっとも大きな意味である。
出典も万葉集より文選の「令月時和」だ、とした方がわかりやすい。ほぼ万葉集に関わった人物らは当時の教養人であるから、文選は知っていて当然で和歌を読む上でも序でも漢詩を引くのは常識だったはずである。
ただ、後でそこを言及されるのを知りながらあくまで万葉集といったのは、ナショナリズムというよりは、その逆で他国の文献のせいで何か起きた時に色々言われると面倒だからということだろう。タダでさえ波風が立っているところに煽るようなことをしたくないということだろう。
万葉集からとったと政府が言っているのだから、何か起きてもこれなら自業自得である。深読みすれば、ナショナリスト対策の年号ともいえる。
文選からとったといわれても、自然風情を読んだものだから、あまり政治的な意味は無い。その辺が選ばれた理由だろうと思う。
もともと大した意味は無いところからとったのだから、何かあっても年号のせいではないよ、ということである。
あとは少しは花鳥風月を愛でる心の余裕を持てということだろうか。
既に文句を言ってる連中には届かないだろうが、今回の年号はそうした意味では今の日本にはふさわしいもののような気がする。
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大同録
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だまされない人は容易にきれいごとを信じない。
なぜかは簡単である。きれいごとなどこの世に無いからである。
だまされない人は別に賢いというわけではなく、失敗を失敗として受け入れることが出来る人である。それから顔には出さないが、堅気ではない者にはあまり深く関わらないようにする人間である。
ここでいう堅気とは古い定義だが、職業のこともあるが、本質は性根である。性根が堅気ならヤクザな仕事には就かないから職業にも関係するが。
最近は堅気の振りしたヤクザな人間も多いのでこう書かざるを得ない(笑)。
それから、自分のことは自分ですらよくわからないのだから、人のことはもっとわからないと思っている人はだまされない。
当たり前のことなのだが、自分のことをわかってくれる人はいない。
そういう人はちゃんとした人間関係が結べるし、人のことであまり文句は言わない。
だまされない人は、特にだまされまいとしているのではなく、それが普通でだまされる人のことがわからないのである。どうしてそんなことを信じることが出来るのかと思うのである。
いわゆる社会性の問題で、これは法律やモラルとはまた別のものである。
子供の頃に親に言われたことで今でも記憶にあるのは、使って良いお金といけないお金があるということと、たとえ親兄弟に頼まれても判子はつくな、ということである。
家が商売をしていたからだろうが、だいぶ成長してから思ったが、このことは普通の家で育った人間とはだいぶ違うなと感じた。
礼儀作法も元はといえば、そうしないと成り立たない世界があるから定めたもので、元々必要悪のようなものである。
法律もどんな馬鹿でもそれだけはするなということを周知させるものであって、モラルはまた別である。法律は基本的に運用されるもので、時代の変化に合わせて改正されるもので絶対ではない。
これを絶対と思っている人は、やはりだまされる。だますほうが国なのでこれはもう文句の言いようがなく泣き寝入りするしかない。
モラルはというと、これは本来自分を省みるためのもので、他人をどうこうするためのものではない。
法律とモラルを混同するようになったのは、ただ単純にそれが区別できない人間が増えたというだけのことで、そういう人は大体だまされる側の人間である。
これさえ守っておけば大丈夫と考える人は簡単にだまされる。
もともとだます人間は法律もモラルも守る気がないのだから当たり前だが(笑)。
また、君子は危うきに近寄らずという言葉があるが、やくざものと物事の判断が容易につかない人間を遠ざけておけば、だまされないだけではなく、危機にも陥らない。
だまされるのは、原因があり、損をしてもあきらめればそれで済むが、危うい人間に巻き込まれると単純に損をするだけでは済まされないので、近づかないに越したことは無い。
あとは総じてだまされる人は義理を知らない。
義理とは筋道の通ったことである。パワハラに使われやすい義理は義理ではない。
第一、義理を知った人間は容易に人に物を頼んだり、金をよこせとは言わない。むしろ逆である。
義理を知らない人間ほど、自分を貶めて人も貶める。
世の中の人間を計る物差しを自分を基準に考えるような者は義理を知らないから、自分の都合で言葉を弄ぶ。
それに右往左往するのは、やはり義理を知らないからで知っていれば筋の通らないことは無視できる。
それでも是非も無いことはある。
世の中は、多くの人間で成り立っている以上、筋の通らないことはある。それにどう対処するかは、それぞれだが、最終的には自分の意思で決定することしかない。
こういう時に決定を自分できず、人の意見に流されやすい人は、だまされやすい上に人のせいにして自ら掘った穴に自ら落ちる。
よく言われるが、わかっていても自分は別と考えてだまされることがある。
自分がどこか人より賢いと思っているとそれにつけこまれる。ワケもなくよい思いはするはずが無いし、誰もワケもなく人を良い気分にはしない。
あとは確実なことなど世の中には無い、ということを知っていればだまされることはほとんど無い。
後はちゃんとお金を払うことである。
タダほど怖いものは無いと昔の人も言っている。
ケチな人はだまされないように見えるが、負うべきリスクもなくメリットがあるものなど世の中にはない。ケチな人はそういうことが出来ると思ってだまされる。
ちゃんと必要なお金は払いましょう、それで気持ちよく遊ぶのが、義理を知る人のすることだし、堅気の遊びですから。
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論語の顔淵第十二にある一節。
孔子の高弟である子貢が政治について尋ねる。
孔子は食料と軍備と信用を上げる。
子貢はこれからやむを得ず一つを割くならどれかと問う。
孔子は「兵を去らん」と答える。
そして、残りの二つのうち、やむを得ず割くならどれかと問う。
孔子は「食を去らん」と答える。
これに言葉をついでこういう。
「古より皆死あり、民は信なくんば立たず」
孔子が言っていることは理想だとよく言われるが、私に言わせれば現実主義者である。
古より皆死あり、という言葉はよくよく考えられた文句である。
この後の「民は信なくんば立たず」はよく知られているが、その前段の「古より皆死あり」はあまり知られていないと思う。
食を去って食うや食わずになってももしも未来があると信じさせてもらえる政治家、指導者がいれば、民衆はそれにかけて子孫の繁栄のために暮らせるだろう。
ただ、政治家や指導者が民衆から信用を得られないようだったら、民衆は国家の基盤となるものを持つことが出来ず、ただ、目の前の利害損得のみに生きて将来を省みない。そうなればいざというときにちりぢりばらばらになって亡国の憂き目にあう。
「民は信なくんば立たず」は国のトップに立ち、国家の運営、将来を託された政治家が信用というものを大事にしなければ、民衆もまた規範を持てず、信用というものをないがしろにして身を滅ぼすということになるということを示唆する言葉である。
人の死は誰にも訪れるもので避けることは出来ないが、信用を基盤とする国家は死ぬことは無いといっているのである。
非常に高邁な言葉であるが、同時に現実的な言葉でもある。
国の経済は大事だが、それとても信用があればこそである。
国家のトップが信用を失ってもその地位に恋々として居座り続ければ、それに社会は習うだろう。
信用が意味を持たなくなればあらゆる虚偽や不正は正されることは無くなる。これが経済や企業や家庭や人間関係に及べば言わずもがなである。
子貢は政治、社会の根幹を師に問い、その答えを得たわけである。
「言は子貢」といわれただけのことはある。
後世の政治家すべてに省みる名言を孔子から引き出したのは、さすがとしか言いようが無い。
「古より皆死あり、民は信なくんば立たず」
政治を志すものは、民衆に信用とはどのようなものかを身を持って示さなければならない。そうでなければ民衆は規範を失い、皆、己の目の前の利害損得に右往左往し、将来の国のことなど省みなくなる。
子供が少なくなり、高齢者が多くなることを考えると、政治家の担う信用の大きさは日に日に増している。
子供たちや若者のことを考えれば、政治家は民衆を将来の繁栄のために導く使命がある。
それにはやはり民衆が信用ということを大切にしなければ難しいだろう。
ただ、今のこの国を見る限り、なかなか子供や若者には厳しい将来を覚悟させるしかないのかもしれない。
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頭を使うということは、物事を理解しそれを利用することにに尽きる。
しかしそれだけでは完全ではないので古人は道徳を説いたのである。
心をしっかりさせないといくら頭を使うことに長けていてもそれを生かすことが出来ない。
心をしっかりさせて頭を使うには、必要な体験と適切な助言が不可欠であり、それを教えるのが師だった。
それが古には学ぶということだった。
親に師の代わりが出来ればいいのだが、親の子供に対する心は盲目なものであり、子供への特別な思いは決して制御できない。
孔子は直接わが子を教えなかった理由はこれである。
それは、親という存在のありがたいところでもあり、また、完全ではない所である。
親の存在は子供の危険をいかに回避させるかということにある。
いかに問題が多くとも、親は子供を守るために存在しているのだから、それでいいのである。
親という存在はそうしたものだから、ある程度の年齢になったら親の言うことだけを鵜呑みにしないようにするために家庭とは別の環境に就学するのである。
いわば、社会という環境は親の考える子供に良かれと思うところとは別のところにあることを知らせる必要がある。 これが理解できない親は、子供をわざわざ落とし穴に落とすためにいるようなものである。
しかしながら、現代の就学機関である学校には、下手をすると監獄以下でしかも尊ぶべき師というに足らない者しかいない所もある。少なくとも、現代の学校はわが子の命を犠牲にしてまで通わせる所ではない。
大事なことは学校に通わせることではなく、優れた人物に学ばせることにある。
勝海舟の父親は決してほめられた人物ではないが、子供への愛情は深く、師を選ぶことについては能力があった。それゆえ海舟は自らの人生を自力で切り開くことができたといっても良い。
親の出自や職業や環境は、子供の将来に影響はない。影響があるのは、親の子供への愛情と良い師を選ぶことが出来るかなのである。
就学後に何かを学ぶのは、本人の意思と自覚以外にはなく、それを理解できない子供はいわゆる社会についての知識を身につけることが出来ない。
しかし、これは人間の生きる上では不可欠なものではない。それがなくともかまわないほどの能力があれば、社会はその存在を生かそうとするからである。
社会に出るために必要な知識はいわば飛びぬけた能力や才能に恵まれなかった人間のための保険と考えた方が良い。
礼儀や常識というものは、人間の大多数が特別な才能や能力に恵まれていないからこそ発達したものである。
学ぶこと考えた人間は、そのことを早い段階で理解する。
自分がごく凡庸な存在で天才や特別な能力の持ち主ではないと自覚したときに、様々なことについて学ぶことが自らの生きることに不可欠なものだと判断するのである。
結果として、早い段階で学ぶことの合理的な動機が確立されれば、時間的に有利に行動できる。
若年で、生きていくのに有効な知識を手にすることが出来る人間は、早い段階で頭を使うことができた人間だということになる。
ただ、最初に述べたように、心をしっかりさせることが出来ないと、社会といういわば人間にとっての自然環境には適応できない。
それぞれの地域や組織には固有の道徳や習慣、価値観などがある。それがその地域の社会には反映されている。
これを理解し、それを利用できるかどうかは、心の問題と言ってもよい。
日本のことわざに「郷に入っては郷に従え」というものがある。これはそうしないことで自分の学んだことや能力が阻害されることを避けるための言葉である。
このことは、目的を実現するのにはどのようにすれば最も効率的かを考えれば、容易に理解できることである。
そこに感情的なことはあまり役に立たない。
感情は主観的なものであり、それが許容されるのは同じ感情を持つもの同士だけである。あるいはその感情が理解できるものだけである。そうしたコミュニティや環境では必要だし、生かすべきだが、何かを学ぼうという上ではコントロールが必要である。
感情を前提に不特定多数に何かを適用させるのは、不可能と考えるべきである。
親兄弟ですら、その感情を共有できないものである。それを見ず知らずの人間に当てはめようと考えるのはほとんど妄想に近いもので現実的なことではない。
社会は複雑なものであり、共通の認識や共有する思考がないと混乱する。
それを単純化したものが、その地域や共同体や組織のルールというものである。
なので、到底承服できないルールがある場合、その地域を放棄し、許容可能な地域や環境に自らをおくべきである。
そうしたほうが限られた人生の時間を有意義に送ることが出来る。
多くの人間に適応が不可能なルールや習俗を持つ共同体や組織はいずれ淘汰されてなくなる。それは社会というものが個々の人間によって構成されるものであるだからである。
学ぶことには心の問題を解決する方法でもある。自分の心そのものをしっかりさせるにはやはりそれなりに学ぶことが必要である。
私は自分が後々嫌な思いをするようなことはしない。それが不可抗力でしてしまったとしても繰り返さないように気をつける。
正義や道徳は、本来自身の修養のために学ぶ上で必要なものであって、他者の行動についてあれこれ言うためのものではない。
これを他者に向かっていう者には正義も道徳が存在しない。常に心が不安定で、それゆえ外部に向かってそれを口にして自分にあるかのような錯覚を得ているだけである。
ハッキリ言ってしまえば、一種の病人のようなものなのである。
心がしっかりしていれば、誰に何を言われても揺らがぬから、つまらないことで心を悩ませることは無いし、ましてや先ほどの病人の言うことなど哀れと思うことはあっても気に病むことは無い。
孟子の言うところの浩然の気というようなものだが、これが無いと何の根拠の無いような情報に踊らされて自らを失ってしまうようなことになりかねない。
間違っていることは、たとえ万人が国家、世界が言おうとあるいは友人や家族が言おうと間違っているのであって、もしもそうしたことがまかり通っていれば、学問や研究は進歩していないのである。
頭を使うには心をしっかりしていないと無意味だが、これは実際は一つのことであって相互に影響を持つものである。
そのことを何かを学ぶときに考えないと無用な回り道をすることになる。それでも気付けばまだ遅くない。死ぬまで気付かないよりはまだましである。
今回書いたことは、自戒反省をこめて思うままに綴ったものである。
たまにこうして書いておかないと人は何かにつけて学ぶことをサボろうとするものだからだ(笑)。
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これは私が最初に体験した中国の古典である。
「論語物語」という子供向けの本を読んだのが9歳か10歳くらいだったと思う。
それを読んでいて良かったなと思うのは、その数年後に中公文庫の「論語」(貝塚茂樹氏訳注)を自分で買って読んだ時、大人が読むようにそれを読むことがなかったということである。
もう少し言えば、孔子という人物に関して教科書的な歴史や思想というような表層的知識からは入らなかったということである。
論語自体の構造は統一した思想書ではなく、エピソード集であるから、読む人によってはどうとでも読めるものである。子供であった私はそれをそのまま読んだので、特に道徳とか哲学や思想もしくは宗教というようなもの以前の頭で読んでいたので、大人のように構えることはなかった。
後年「論語」がどのような書物かを知ってもそれは後付の知識であるから、もともとの印象や読んだ折の感想が損なわれることはなかった。
「論語」を読むのにあまり予備知識は必要ではない。研究者ではないのだから、先ほども書いたように孔子という先生と弟子、もしくは生徒たちの短い物語を楽しむ感じで読むのが一番楽しい読み方ではないかと思う。
とはいっても「論語」を読む上でのハードルは下げる気は無い。
本は無理に読もうと思って読むものではないし、勉強だなどと思って読んでもろくなことは無い。また、好きで読もうと思うものに簡単さを求める必要も無い。
今は大手の出版社からいくつも「論語」関係のものは出ているが、私は、ごく当たり前な原文と書き下し分と簡単な現代語訳と少しばかりの訳注のある「論語」がいいと思う。
今考えても、良くまああの時代に子供向けとはいえ「論語」を読ませたものだと思うが、当時はそれ以外に子供の読めるような「論語」などはなかった。
その後12、3歳で中公文庫の「論語」を買って読んでも分からないということはなかったのだから、今の人だって読めないことは無いだろう。
なので、孫引きのような論語を読んだ人が自分の意見をさも孔子の言葉のように書いたような「論語」本はあまりお勧めしない。
こういう「論語」はいわば混ぜ物で口当たりの良くした酒のようなもので、不純物が多くてとても元々の「論語」とは違うものである。
「論語」風の別の読み物と思ってもらった方がいい。
その点専門の学者は良心的でどうしたら論語の内容を誤解の無いような現代語訳にできるかに頭を使っているから、本筋から離れようが無い。
孔子自身が言った「述べて作らず」といったのをそのまま守っているのが良心的な訳注者の立場なのだろう。
余計なことと思われるだろうが、道を教えてあとで行き先が違うというような地図はお勧めしたくないからあえて書かせてもらった。
「論語」は孔子の言葉だけではなく、弟子同士の話もあれば、孔子の高弟が語った言葉やエピソードも含まれている。しかし、出色はやはり孔子とその弟子との会話や当時の政治的な実力者と孔子との会話だろう。
「論語」を読んで感じるのは孔子という先生は、抽象的な議論はしない。学ぶことはどう行動するかということであるということを何度も繰り返す先生である。
その人物の行動がどのように学んだかを示すことだということが端的に述べられている。
後年宋学という儒学の一種が生まれてこれが日本に入ってきて主流のようになるが、実際はあくまで解釈学の一種で、「論語」には特別何が主流ということは無い。
我々が漢文で習った「温故知新」は故きを温ねて新しきを知る、となっていたがこれは朱子学の読み方で今は温ねては温めてという訳が当てられている「論語」もあるし、意味も朱子学に沿ったものばかりではない。
それぞれに選択の余地があるのが「論語」の面白いところで、文庫で訳注のみのものはいくつか註で解釈の例を挙げていて、最大公約数的に現代語訳をしているが、註を読めばなるほどそういう解釈もあるのかというものも上げてくれている。古い時代の解釈と新しい時代の解釈の両方を読める。
ほとんどの場合は、どちらを採用するというのではなく、無理の無い解釈を現代語訳に当てていて、読む人が違うと思えば時代のものを読んでみるとぴったり来るものに出会えることもある。
私は日本の漢学者の伊藤仁斎や荻生徂徠のものを読んで、合点の言ったものもあった。長年これはどうもぴったりこないなという今の専門家の訳注も先人の訳注で納得いくものもかなりあった。
「論語」に関しては、時代が現代だから正解であるということはない。
今の人は現代が最も優れていると考えがちだが、その辺は江戸時代の学者の方が柔軟で、当時の現代であった宋学(朱子学、陽明学等)に疑問を抱いて古学や古文辞学を立てて、よりオリジナルの「論語」の世界を探求した。
それもやはり学ぶということは行動である、という孔子の考えの原点を求めたからではないかと思う。
こういう姿勢は、実際に自分が「論語」を読んでその意味を自ら生き方や行動で振り返らないとできないことである。
ある意味自由だが同時に自分の考えや行動に責任を持たなければできないことである。
「論語」にはそういう求める者に様々なヒントを与えてくれる古典でもある。
これを書くにあたって読み返してみたが、子供の折に最初に出会ったときと変わらない楽しみを感じた。何度読んでもいくつになってもこういう風に読める本はなかなか無い。
私の正直な感想を言えば「論語」はそういう本である。
また「論語」の良いところはどこから読んでもいいということである。別に最初から読む必要は無いし、「論語」自体こう読めということもない本である。
読む人にどう読むかを投げ出している自由な読みものである。
古典であるから、とっつき難いところもあるが、人と同じで付き合って味のある人物の方が一緒に居て話をしても興味深く、長年付き合い続けることができる。
「論語」にはどこかそういうところがある書物である。
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