日刊もしくは週間ポジティブニュース

泣き言をやめて闘うことは魅力的だった。

音楽(jazz歌謡曲etc.)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

最近、youtubeでなんとなく動画を流してみていたら、いくつか女性メンバーによるHRHMのバンドを見つけた。
女性メンバーによると書いたが、演奏自体はもう性別はあまり関係ないなと思った。そう考えると良い時代になったなと感じた。
数十年前になるが高校時代にバンドをやっていた時には、ボーカルやドラムやキーボードをやっている子はいたが、女性だけのバンドはなかなかなかった。
今はHRHM自体が当時に比べるとメインではない分野になってしまったのが、少々残念だが、HRHMをやろうという女性の裾野が広がるのは嬉しいことであるし、観ていて楽しい。

驚いたのはDESTROSEという女性だけで構成されたバンドのCDが凄い金額で売られている(アマゾンでは5倍以上、オークションでも3倍ほどの金額で出ている)事だった。
このことを知ったのはyoutubeでMVを観ていいなと思って探したのがキッカケだったが、このバンドが既に事実上解散していてほとんどインディーズでしか販売されていなかったため枚数が限られているせいなのだが、それにしてもこれだけ高額になるというのは、よほど需要が大きいのだろう。先日もオークションにこのバンドのCD(しかもシングル)が5000円で出ていたが、すぐに落札されてしまっていた。
音楽業界はCDが売れないと嘆いているが、DESTROSEのような現象を見ると彼らが単に良い音楽を聴く耳が無い、もしくはジャンルの偏見に囚われているだけではないかと思う。
確かにDESTROSEのCDの販売数が少なかったということもあるのだろうが、出したCDは完売して、買った人がそれを売り飛ばしていないからこうした現象が起こっているのである。

話は逸れたが、女性だけのHRHMバンドは今かなり頑張っている(または最近まで頑張っていた)。MARY'S BLOOD、ALDIOUS、BAND-MAID、LOVEBITES、DISQUALIA、BRIDEAR、FATE GEAR等々。今パッと聴いたことがあるバンド名を挙げてもこれだけある。もちろん他にも今名前が思い出せないいいバンドが結構あった。
今や百花繚乱に近い状況である。後はどれだけメジャーが彼女らの実力を認めて引き上げるかという段階にきていると思う。
彼女らの中には海外の評価の方が高いようで、FATE GEARなどは詳細を調べようとしたら英語のWIKIしかなかった。BAND-MAIDなどはyoutubeのコメントは圧倒的に海外のものが多く、本当に日本のバンドなのかと思うほどである。

HRHMが好きな私にとってはある意味、夢のような別世界が開けたようなものである。なので、彼女たちには一日でも長く音楽を続けて、良い楽曲を生み出して聴かせて欲しいと思う。
この歌が出たのは1986年らしいが、年をいわれてもにわかに自分が当時どういうことをしていたのかは思い出せない。
しかし、この歌を聴くと当時は聞き流していたにもかかわらず、その頃の自分の気持ちというかありようが呼び起こされる。そして聴いている間だけその時代に引き戻されるのである。
歌というのは、不思議な装置だと思う。

また、聴きなおすと歌詞に思い当たる何がしかがあって、それが胸を刺すのである。当時関わった女性との間にあったにあった何かに反応するのか、今とはまったく違う心のどこかが疼くのである。
「六本木心中」も好きだが、この歌は象徴的で客観的な歌詞で綴られるが、この「あゝ無情」はより具体的で、その分自分の当時の感情に食い込んでくる。また、幾人かの知り合って関わった女性の姿とその言葉が彷彿としてくる。

アン・ルイスはこの時代もそれ以降も貴重な存在で、時代にガッチリと食い込みながら決してその時代にに閉じ込められなかった歌手である。
僕の少年時代にその目を釘付けにしたアイドルだった。「グッドバイマイラブ」「リンダ」を歌う彼女の姿は衝撃で、それ以来、僕にとってはただのアイドルではなく、一人の女性として意識された存在になったのである。
そして、80年代により魅力的になって青年になった自分の前に現れた「いい女」だった。

僕はというか僕らの仲間は、どちらかというと年上の女性に向かっていて、百歩譲って年下でもやはりそれなりの女性として魅力が無いと恋愛というか男女の関係になる対象としては見られなかった。
かわいい子とか美少女というのは、悪くないが「いい女」でないと手を出す甲斐がないと思っていたのである。
僕にとってその「いい女」の最高の席に君臨していたのが、アン・ルイスだった。

今でも、当時やその後にこの歌を歌っているアン・ルイスの映像を見るといい女だなあ、と痛感する。それに尽きるのである。
そしてまた、当時、自分が出遭った女性たちが重なり、ああいう風に女性に惹かれて関わっていくことはもう無いだろうなと思う。
正直、戻りたいかといわれたら御免だが、それはそれだけそこに自分を賭けていたからだろうと思う。

感情の深さであるとか、本気かどうかということではなく、恋愛というものの魅力の虜になっていた。
だからこそこの歌のそこここに散りばめられた女性の心の描写に刺さるのである。
この歌の女性は、「限りなく現実的な理想」という矛盾する存在なのである。
だから口説きたくなる「いい女」なのである。
綺麗で筋の通った、女らしいのに女々しくない、強気なのに時にはウィークポイントを正直に出してしまう女性である。

他の歌手のカバーと最も違うのは、アン・ルイスの歌い方だと歌詞が流れないところである。
これは日本語として歌うと流れてしまうところが、彼女の子音の発音が英語風でハッキリしており、また、少し奥行きのある声のおかげで余韻が生まれる。そのせいで歌詞の一つ一つが流されずに耳に食い込んでくるのである。
それが非常に刺激的でメッセージとして直接聞き手に伝わるので、それが胸に刺さるのである。

綺麗でかわいくていい女というのは理想だ。錯覚であればいくらでもいるだろうが永遠にという条件がつくといなくなる(笑)
ただ、これを歌うアン・ルイスにだけは、永遠に存在する。
おそらくはそれを感じたくて、この歌を僕は聴くのだろう。
なぜなら、この歌が生み出された時代を過ごしていなければそれも出来なかったからだ。

歌というモノは同時代性と聴き手の体験と一体となっている。だから、想像だけではなく、現実に体験していたことがないと、現前させられない。
僕は、この歌を聴いている間はいい女と出会って過ごすことができる。
今はもう出会うことの出来ないあの時代にだけ存在したいい女とである。
それはそれでとても幸運で幸福なことだと思っている。
イメージ 1

青春の音楽というと世代の歌になりそうなものだが、僕には2つの世界がある。
ひとつは一般的な意味でのその時々の歌や音楽である。これは、同世代の人たちと共通の楽曲である。
もうひとつは僕だけの音楽遍歴としての青春の音楽である。
それが「グループサウンズ」だった。

少し遅れて生まれた僕は、リアルタイムには遅れた。しかし、ブルーコメッツの「ブルーシャトー」、テンプターズの「おかあさん」などは記憶にあった。
ただ、本格的にどっぷり深みに嵌ったのは、二十歳前後の頃だった。それまでロックやジャズ、R&Bなどを聴きまくってバンドも少しかじった後の話である。高校時代にテンプターズの「エメラルドの伝説」が好きでレコードを買い、以前も書いたダイナマイツの「恋はもうたくさん」を深夜放送で聞いて衝撃を受けた。

何がそんなに心に響いたのかは定かではない。しかし、そういうことはどうでも良いことで、とにかく色々探して聴き続けた。
その他のジャンルの音楽も聴くには聴いたが、GSほどではなかった。ちょうどその頃、もう大学生になっていたが、見つけたのがこの「GS」というアルバムだった。
その時、件の深夜放送で、エド山口というモト冬樹のお兄さんが宇崎竜童が「恋はもうたくさん」を歌いたくて「GS」というアルバムを作ったと言っていたのを思い出した。
これはなんとしても手に入れて聞かないわけにはいかない。手持ちのお金が無くて、その時一緒にいた女友達から借りて買った。当時はレコードである。

喜び勇んで飛ぶように家に帰り、プレイヤーに乗せ針を落とした。そこからはもう興奮の一語に尽きた。
このアルバムの良い所は、原曲に忠実なところで、バンド自体の音はダウンタウンブギウギバンドのものだが、演奏自体は原曲に忠実にアレンジもそのままにやっているところである。オリジナルの曲のメンバーもゲストに出ていてGSマニアにはかゆいところに手の届く名盤である。

このアルバムは1976年に発表されている。GSの終焉は1969年ごろであるから、当時の感覚から言うと廃れた音楽である。この時代は流行が過ぎればそれでその時の歌は一顧だにされなかった時代である。
それに、ダウンタウンブギウギバンド自体のオリジナルの曲が売れている時にわざわざ時代遅れのGSの歌メインのアルバムを出したのは、ただ単に歌いたかったからとしか考えられない。

収められた楽曲は、スパイダース、カーナビーツ、ジャガーズ、ゴールデンカップス、テンプターズ、ワイルドワンズ、オックス、パープルシャドウズ、ダイナマイツ、ズーニーヴーのヒット曲から選ばれているが、やはり「恋はもうたくさん」は他の曲に比べるとマイナーである。
「恋はもうたくさん」は竜童色が強く、ボーカルにも力が入っている。やりたかったんだという感じが漂っているのである。

また、曲によってはリードボーカルが他のメンバーだったりするので、そんな所も楽しいアルバムである。
もうひとつ付け加えたいのは、GSの楽曲は形態はバンドであってその本性は歌謡曲である。しかし、このアルバムにはバンド楽曲としての「GS」が収められている。
演奏自体には、ダウンタウンブギウギバンドでないとできないアイデンティティがあり、凡百のカヴァーとは一線を画する演奏である。
ラストには哀愁漂うGSへのオマージュのオリジナルトークソングが収められている。
CDにもなっているので、興味を持った人がいたら是非。

イメージ 1

イメージ 2

久しぶりのジャズの記事。
1951年のものらしいが詳細は調べていないのでわからない。
しかし、以前、ジャズの雑誌に載っていた記事の内容は、チャーリー・パーカーがウディハーマンのビッグバンドに客演したときの録音だということと、これを聴くとパーカーが長いソロが苦手だったという説は覆るというものだった。

これは実物の写真だが、今を去ること三十余年前に高田馬場の川のほとりにあった中古レコード店で発見し、取り置きをお願いしてもらって買ったもの。
今でも時々聴くが、すばらしいソロでフォーブラザースのパートをすべてパーカーがやるのだから、驚きである。

今はYOU TUBEなどで聴くことができるが、当時は自分でレコードを見つけて買うか、持っている人を見つけて聴かせてもらうしかなかった時代である。
CDも出始めの頃でソフトは少なかった。もちろんアマゾンも無い(笑)
店をただ歩いて回って探すしかないのである。一部アメリカのオークションに問い合わせるという手もあったが、がんばってもそこまでの時代だった。

これを手にした時には頭の中で狂喜乱舞した。
それに今でもやはり、モノがあるというのは良い。
音楽というものに熱中し、限られた手段で限られた物を手にする喜びが得られた時代で、そのことを考えると、あの時代がとても良かったと思える。
今は便利だが、そういう喜びがない分、複製される音楽は単に消費されるものにしかならなくなった。そういうものに思い入れは持ち難いだろう。

金額的には決して高いものではないし、音質も良くない。
しかし、あのハーマンのビッグバンドでパーカーが出てしかもソロを吹きまくるというのは夢のような話である。
初めて聴いたときには衝撃的だった。
やっぱり、後世どれだけ上手い優れた才能あるプレイヤーが世界に現れても、パーカーのように演ることはできないと確信できたプレイだった。
今、聴いても色あせることはない度肝を抜かれるアドリブの連続である。しかもこんなロングソロが聴けるレコードはそう無いだろう。

興味のある人は聴いてみて欲しい。
ただ、音がどうの録音がどうのという人は聴かないで欲しい。そういうレベルの話ではないからだ。
同時期に僕はレスター・ヤングに夢中になっていて、全盛期のエアチェックの録音盤を耳を凝らして聴いたものである。録音が悪いうえにアンサンブルや雑音でそうしないと聴けなかったからである。

しかし、それらのレコードには、カウントベイシーのビックバンドのスタープレイヤーだった頃のスリリングで際どいほかの誰にもやれないアドリブが聴けたのである。
パーカーのアイドルだった頃のレスターの演奏は、今回紹介したレコードよりはるかにひどい録音のものばかりだが、それを聴かないとどれほど良いものかわからないのである。
確かに録音の良いものもあるが、僅かしか残されていない。それだけでは満足できないほど、シビレル演奏なのである。
今でもそのレコードは持っているが、何度聴いてもすばらしいの一語に尽きる。しかし、聴かなければあの興奮は味わえないのだ。

不幸なことだだが、そういう時代のものだし、そういうものしか残されていないのである。それにに文句を言うのは、音楽の何たるかを知らない者の戯言でしかない。
だから、そういう人は聴く必要が無いと言ったのである。本当の楽しみがわからないからである。
音楽を楽しみ熱中できるということは、音質云々の向こう側にあるものである。
少なくとも僕はそう考えている。
イメージ 1

イメージ 2

少し前に手に入れたレコード。
S&Gとは全く違った世界が広がるポールサイモンの佳作。
ポール・サイモンがギター1本で歌うレコードです。
このレコードの来歴は色々なサイトで書きつくされているので、ざっと書きますが、音楽活動初期に成功できずに失意のままイギリスに渡ったポール・サイモンが単独で吹き込んだものです。しかし、すぐに本人が発売自体をNGにしたために長く世に知られることが無かったアルバムです。
後年、本人の許可が出たために発売されていますが、そうした経緯もあって、一般には知られていないアルバムです。

僕自身も中古レコード屋で見るまで全く知らず、購入して聴いて衝撃を受けました。
作者自身の完全にオリジナルな「サウンドオブサイレンス」が聴けるアルバムはこれだけだと思います。
歌も演奏もロックそのもの。本当はフォークなんですが、余りに激しいのでロックにしか聴こえない。作者が訴えるものが音として伝わるパフォーマンスです。
後のアンプラグドブームのようなソフトなコマーシャルな音ではなく、非常に激しい挑発的なプロテストソングです。

人によって好みはあるだろうし、世に知られた「サウンドオブサイレンス」が良いという人も居るでしょうし、僕も好きですが、この歌を聴くとまったく別の歌として心を揺さぶられます。
オブラートで包まれること無くさらされた作品の素の姿を見るようです。
実際にはこれが世に広まるかといえば疑問かもしれませんが、ソングライターはこうありたいという感じがします。
これが1964年に作られたというのは信じられないほど古さを感じません。
何しろギター1本と歌だけですから、その演奏や歌い方だけしか判断の基準は無いのです。専門家で無い限り半世紀以上前のアルバムとは思わないでしょう。

だいたい、前編を通じて懐かしいという感想は沸かないのです。むしろ聴いたことがないサウンドとギターが新鮮です。もちろん、S&Gでの演奏でも聴かれるフレーズはありますが。
少なくとも僕は非常に新鮮にきけました。特に初めて聴いた歌に関しては、一言で言えばカッコいい歌い方するなあ、という感じでした。
簡単に言えばインディーズのフォークロックのアルバムです。

これを聴くとポール・サイモンの才能がわかります。そして、本当に世に出てよかったと思わされるアルバムです。
何度も書きますがこの「サウンドオブサイレンス」は素晴らしい。
これを読んだ人にはぜひ聞いて欲しいアルバムです。

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
検索 検索
bat**yu2*01
bat**yu2*01
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事