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本当ならば、演説している政治家自身が警察の行動を制止すべきであるし、そのようなことは警察はすべきではないと演説を一旦止めても言うべきである。
そうしたことをせずに警察のするがまま、野次を飛ばした者を排除するのは民主主義を原則とする国家とはいえない行為である。
百歩譲ってそうしたことを知らずに演説をしていたのなら、緊急にでも記者会見を開くか官房長官の談話として自民党は警察のこのような行為を認めてはいないし、そのようなことが今後起こらないように指導するというべきである。

政権を預かる政治家が、その権力を利用して選挙運動をするなどということは、独裁政権下でもなければ起こり得ないことであるし、そもそもそうしたことが起こらないよう監視するのが、議員としての義務でもある。
それもせずにいるということは既成事実として警察は自民党の親衛隊であるということを示したのと同じであるし、もしもそうであるなら、民主主義下の選挙ではないといったも同然である。
これまで、政権党として戦後自民党になってからこのような露骨な警察の選挙への介入は無く、それゆえ自民党は民主主義を標榜する政党だということが出来たが、この一件で、そうではないと宣言したも同様である。

私自身は民主主義を絶対だとは思わないし、現状の民主主義といわれている制度を良いものとは思っていないが、それにしてもこの自民党の劣化は恐ろしさを伴う。
露骨に警察権力の忖度を認めてそれに追従するというのは、政治家として恥じることはあっても誇りにはなり得ないことである。
そういうことを放置した責任は、国民の肩にこれまで以上に重くのしかかってくるだろう。
例えるならば、する賢く立ち回る息子の横暴を見てみぬ振りをし続けて、とうとう取り返しのつかないことをしでかした時になって、こんなはずではなかった、私たちはこんなことが行われていたこと知らなかったと嘯いても手遅れだし、起きたことはとりかえしがつかないのである。
いっそのこと、現状が独裁政治であるのあらば、こんなに気に病む事は無いと思うがどうだろう。

似非民主主義をこれが民主主義ですよと子供にいう欺瞞はいずれ子供の世代にその禍根を残すだろう。また、それはいずれ日本だけではなく、他国の反民主主義政治への批判を無力化することになる。
国家権力が政党政治に介入することが当たり前になれば、隣国の将軍様とどこが違うのかがわからなくなりはしないか。
選挙演説の野次が違法ならば、いずれ批判も違法になるだろう。
これは飛躍ではなく道筋である。

行政者が筋の違う法律を作ろうとすれば抗議することが出来る香港の方がまだ、まともな民主主義である。
そして、デモなど無駄だという人間はほとんどの場合、近代民主主義がそこから生まれたことを知らない人間である。
現状なんの不満も無く、経済的に恵まれた人間は政治自体に何も求めてはいないからだ。
もっと言えば、より国家権力から守られる位置にいる人間である。もしくは国家権力に痛い目に遭わされて怯えた挙句媚びざるを得なくなった人間である。

無名の弱者を救済するのが現代民主主義の大きな功績であり、それが出来なければ近代以前の状況にいつ戻ってもおかしくは無いということを自覚すべきである。
しかしながら権利の上に眠るものは保護に値せずという法律上の権利に関する言葉がある。
国民の大半が現在その状態であるのだから、いつ今手にしている権利を奪われても文句は言えない。
それをいつ実感するかはおそらくは失ってからだろうし、それはそう遠い未来ではないことを今回の一件から窺うことができる。
カネカの誤りは、今回の件で間違いは無いと主張する根拠として育児を抱えても休まず働く社員を基準に考えていることと、そのために法を悪用しているということである。
簡単にいうとグレーゾーンだからセーフと言っているのと変わらない。企業の労働に関するモラルに関してはは真っ黒である。カネカの今回の問題の企業としての解答はそう言っている。

おそらくはまた、世情に疎い法律馬鹿の顧問の入れ知恵だろうが、もうこれで少なくとも企業のイメージは悪くなることはあっても良くなることは無いだろう。
おそらくは法律の顧問から、人の噂も何とかと言いますから、ほうっておけば自然に収まりますよくらいの事を言われて従っているか、トップが何が何でも間違っていないと言い張れと指示しているのだろう。

カネカの社員は、育児より仕事を優先させられることが大前提で、内部では異論は挟めない。トップがおそらく駄目だという判断をしたのだから、企業の体質は変わらないだろう。
外から想像してもトップダウンのみの企業で、文句を言わずに黙って働けという感じは伝わる。企業がこういう体質である限り、日本の出生率はあがることは無い。

また、件の退社した社員の子供はこれを知ればカネカを恨むことはあっても感謝することは無いだろう。
口では社員は家族などと言っても、一皮向けば異論を挟めば社員の居所がなくなるのは、まともな企業とはいえまい。
そしてそれに関して堂々と落ち度が無いというのは、白昼堂々生まれたばかりの子供の衣を剥ぐのがなぜ悪いというようなものである。

そうしてあげた利益で綺麗な女優やモデルを使ったCMでイメージを上げようとしたところで泥人形に白粉を塗るようなもので、見ていても見苦しいだけである。
何かもが嘘だと言っているのと変わらない。
そうしたことがわからないというのは、カネカがもはや消費者の方を向かずに手段を選ばず利益を追求し、社会に還元する気など毛頭ないことを宣伝しているようなものである。

今回の場合、辞めるとなったら有給すらとらせないという違法まがいのこともしていることを考えると、企業として最低限度守らなければならない法もモラルも持ち合わせないことを天下に示しただけで、企業としては最悪の広告である。
なぜ、こういう企業がなくならないのかといつも思うが、要するに企業は金を儲ければそれで良いという旧態依然の体質が抜けないからだろう。

結果としてカネカにこれからの成長は望めない。競争は体力が勝負であるから社員の心身の基礎体力と環境の良好さに欠けるからである。
社長や幹部だけで企業が成り立つと考えている企業は、正直これから生き残ることは出来ないだろう。戦場で言えば、敵と戦っていて背後にいる味方から銃弾を打ち込まれるのと同じである。そうなれば敵に降伏した方がましである。
いずれ末端の兵士だけではなく、指揮官も戦場を投げ出すだろう。

経営者は時代を先に読むことが出来なければ、企業として寿命を縮めるだけである。いったん傾いたものを元に戻すのは至難の業であり、そこで社員がどこまでモチベーションを保てるかといえば疑問である。
だからこそ経営が上手くいき、利益も順調に上がっている時に、現場の環境を整えないと何かあった時に支えてくれる社員はいない。
それが健全な企業のあり方である。

本来ならば、今回カネカは企業として改革できる良い機会を得ながらそれをせずに世間に隠していた正体を晒した様なものである。
現代の企業としては最悪の対応であり結果である。場当たり的で展望も無いのが良くわかる。少なくとも危機管理が出来てない。マイナスをプラスに出来るような人材が経営陣にいないのだろう。
企業は公器、と言った先人の言葉もカネカには馬の耳に念仏ということか。

叩くのは病人

SNSで発作的に叩くのは、一種の病気である。
見当違いの意見に道理を尽くして反論するのはわかるが、発作的に感情的な言葉で攻め立てたり、罵詈雑言を吐くのは、まともな神経の持ち主ではない。
例え元の発言に見識がなく、あるいはそれ以上におかしかったとしても、叩くのはほぼ発言者と同じ程度におかしい行為である。

短い攻撃的な言葉を吐き散らすのは、良い大人がやることではないし、いわば捨て台詞のようなものをそこらじゅうでなんの自覚もなく行うのは、酒を飲んで酔ってゲロを吐き散らしているのと変わらない。
それを当たり前のように、得々としてやっているとしたら、これはもうおかしな人と言われても仕方が無いだろう。

しかも、言っていることが前提として間違っていないと勝手に思い込んでいる人間ほどやる。そういう人間は、そもそも自分の言っていることがどういうことかなど考えていない。
そしてもっと愚かなことは、その発言が匿名だからわからないと考えていることである。世の中に本当の匿名性などない。
そもそも、その発言をした自分がそれを発したことを知っている。そのことに気がつかないのは、もう自分がそこにいないことがわからない何よりの証拠である。

言葉の意味を理解する人間が発言においてまず考えるのは、それが自分を指し示す言葉だということである。
どういう人間がそこにあるか、と考える人間である。というか、それが人間であり、そう考えずに何かを発言するのは、知性や理性をもった存在ではない。
それはもう、人間もどきであり人間ではない。

一対一の議論であれば、それはコミュニケーションだが、一方的な発言はそうはいわない。
よくマスコミが「色々と意見はありますが」とあるが、それは悪口雑言をそういえないから代わりにそう言っているだけである。
ことわざに「口は災いの元」とあるが、それはあらぬ発言はそれを発した時点で発した人間を損ねるからである。
自分で自分を損ねることをしてそれがわからないのは、もうどこかおかしくなっていると考えるべきである。

この文章自体、完全におかしくなっている人間にはもう理解できないと思う。
しかし、まだ何処かで正気を保っている人に向けて書いている。
誰かの発言がおかしいと思ったとき、発作的に何かを言うのではなく、まず、それをどうしておかしいと自分が感じるのかを考えてみた方がよい。
世の中に、前提としておかしい、何の疑問もなくおかしいということは無い。

考えてわからないのであれば、それは自分もどこかおかしくなりかけていると自覚すべきである。それは恐ろしいことで、ネットで自分のアカウントが乗っ取られているのとさほど変わらないどころか、自分の心や精神が自分で無い者に乗っ取られているのと変わらない。
洗脳というと特殊なことだと思いがちだが、何も考えずに発言したり、行動したりするのは、それは洗脳と変わらない。

洗脳された者は、自らの意思を何かにゆだねて自ら考えなくても、世の中に大前提があると考える。そしてその大前提の根拠は誰かが考えたことなのである。
これまで何度も書いてきたが、常識、倫理は自分を戒めるためのものであって、他人にそれを強いたり、攻撃したりするためのものではない。
大勢の不特定多数の人間が誰かの発言を叩くのは、その時点で異常と考えるべきである。

また、それを意図して発言しているとしか考えられないような異常な発言は、異常者のやっていることで関わること自体、本来ためらわれるものである。
ネットだから正常でそれ以外では異常ということは無い。どちらも異常なのである。
そういう世界にどっぷりと漬かるのは、もう一種の依存であり、ついやってしまうのは薬物依存と変わらない。もしくはそれ以上に危険な行為でもある。
薬物は薬物を絶つことができるが、この場合、そうした媒介物すらない。

そうした行為に禁断症状すら自覚できない状態にあるのであれば、それはもう立派な病人である。
もしも、その症状がまだ自覚できる状態にあるのであれば、まだ間に合うのでやめたほうが身のためである。
ただ、時間を無駄に過ごすだけでなく、人として大事な何かを損ない続けることになり、いずれ自分自身が正常な判断をできなくなり、誰かにそれを委ねてしまうという恐ろしい状況に陥るからである。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shimizuhideto/20190519-00126496/
何か思い違いをしている記事があったのでこれについて書いてみる。
途中までは筋の通ったことを書いているが、当事者ではない他チームの選手がおかしいといっていることに共感(エンパシーと言っているがそういいたいだけだろう)が足らないといっているのは笑える。
このライターは他チームの選手のコメントをだしに論理をすり替えておかしな理屈を組み立てているだけである。

そもそもジヤッジに明らかなミスが無く揉め事を最小限に出来る審判は尊敬されるし、そういう審判であれば選手も少しばかり怪しいことがあってもしぶしぶでも従うものである。それも、試合自体が大事だからである。
今回もあれだけのおかしなジャッジがありながらも試合を続けたことで自体、選手が試合を大事にしているし、同じ主審に従って試合を成立させている。その他のチームの選手もそうしただろうことは想像に難くない。

それに他のチームでも、判定がおかしいものはおかしいというべきである。
なぜなら審判が保持している試合における力はルール同様であることは選手の共通認識であるからだ。
あの判定に対してごく当たり前なコメントをして叩いている、リスペクトが無いというのはおかしい。選手にしても明らかなミスやルール違反があれば同様に叩かれるのである。

イングランド云々を言い出すとなるとこれはもう論理ではなく、自分の言っていることでは説得力が無いからもってきた例で、他国のサッカーを言うのなら、ミスをした選手が殺される国もあることはどうなのかと言いたい。そこで万が一今回のような誤審があったら、生活がどうこうより命が危ない国もあるのである。
自分の理屈に必要な例だけをあげて正しさを偽装するのはフェアではない。

むしろ、審判のミスで試合がおかしな事になるようなことが無いよう、審判に正しいジャッジが出来る情報が与えられるような仕組みを考えるべきと考えるのが当たり前であるし、それがサッカーをつまらないものにするはずが無いのである。
それに審判の生活云々は余計なことであり、彼らの生活を守るためにも新しい技術の導入はジャッジには不可欠というのならわかるが、これでは誤審はしても審判の経済的事情を考えたらしょうがないだろうという理屈になってしまい、逆に審判に対するリスペクトが無い事になる。

彼らはプロフェッショナルであり、誤審はあってはならないことが前提で日々研鑽しているのである。それでも偶発的に不可視な判定が生まれてしまうことは不本意であり、それを防ぐためには技術的な助力が必要であるとするべきである。
それに異論を挟む選手はいないだろうし、白を黒にしろというような選手もいないだろう。

共感は正しい誰もがそうだと納得できる環境で無いと生まれるものではなく、正しいことを正しいという存在にしかリスペクトは生まれないのである。
好きなことを仕事にして努力するのは当たり前であるし、それを職業に出来ている以上、そこでの失敗に同情する必要は無い。より優れたものがそれに取って代わるだけである。
そうでなければどんなスポーツも進歩しないしレベルは下がる。これで件の審判が叩かれなかったら逆に駄目なのである。アマチュアなら別だが。

蛇足になるが、このライターの清水は自分のサッカー観に酔っているだけで、こうした誤審が生まれた現実を見ていない。清水こそがもう少しライターとしての研鑽を積むべきである。これでプロスポーツのライターですというのは片腹痛い。
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20190327-00119852/
タイトルは、「ユリ・ゲラーの「超能力」を伝えた「報道ステーション」は報道番組か?」
となっているが、単にオカルトはけしからんというだけの文章になっていて、そこにオウムの話を混ぜ込んできているだけの文章である。
冗談ならともかく少なくともジャーナリストの肩書きで書く文章ではない。たわごとである。まともな書き手なら、こんな理屈は恥ずかしくて書けないだろう。

一見推論らしくは書いているが、的外れだということは、誰にでもわかる。私は読み終わって正直、この人は頭がおかしくなったのかと心配になったし、また、こういう屁理屈が通ると思っている精神状態もまずいんじゃないかと思った。
可笑しいのはこの理屈自体が何処かオカルトじみている。江川自体が教祖的な教義を振り回して賛同者を煽っているように見える。
またこの言い分のタチの悪さは、オウムの事件を持ち出してくるところで、これはジャーナリズムというよりはジャーナリストを装った芸人がオウムをネタにしてウケをねらっているようにしか見えない。

ユリゲラーのイギリスのEU離脱云々などというのは、誰もまともに受け取ってはいないし、それこそ芸人のネタのようなものだから、一種のユーモアで済むものを、悪乗りして彼がオウム事件を起こしたかのような理屈を作り始めるのだ。ユリ・ゲラーにしてみればとんだ巻き込み事故である(笑)。
そして、何より間違っているのは、オカルトブームの時代に熱中してみたような子供たちは逆にオウムのようなものには寄ってゆき難いということである。
超能力は面白いし、オカルトも面白いが、それはそれという風になるのがブームを楽しんだ子供たちで、そういう子供たちは大人になるのが早かった。

むしろ、あの当時、彼らの宣伝に一役買ったのは、どちらかというともう少し上の世代の作家や学者だった。
その辺はもっと精査すればわかったはずだが、江川はオカルトブームによってオウムは生まれたという結論ありきで理屈を作るから、まるで自分の都合の良い怪しい情報だけで、理屈をこねるネトウヨの日本は悪くない言説のようになっている。
江川がまともであれば、宗教そのものをその原因として追求するべきである。
宗教はオカルトの最たるものであるし、聖典や経典には超能力や予言が散りばめられている。

占星術もそうであるし、政治家とつるんだ自称儒学者先生もいる。そこには触れることなく、実にスケールの小さい所を攻撃して、さも、それが諸悪の根源だというのは、ジョークなら笑えるが、本気では頭の具合を疑われても仕方ないだろう。
映画の暴力シーンが犯罪を生むというような理屈と同じで、実際はそんなことは無い。暴力シーンや残酷なシーンの規制が日本は緩いが、そうしたシーンの規制に厳しい国が日本に比べて暴力事件の発生率が低いのかというとそんなことはない。

オカルトブームによって、そうしたものに対する耐性ができた者は距離を置くし、そこで面白がれるが、ブームを知らず耐性がなかった人間は本気にしがちであるし、宗教にしても、一種の劇薬であるから、少しずつでもその体験や知識を蓄えたものは、薬に出来るが、何の体験もなく客観的知識もなければ、それにおぼれて狂信性に傾く。その使い方は体験的にしか学ぶことは出来ないものだ。

彼女がそこそこのオカルト好きであるというのならわかるが、残念ながら何処かで聞いた様な噂レベルの浅薄な知識しかない。
もっと問題なのは、オウム真理教というものを単純にしか捉えていないとうことである。いっぱしの社会学者気取りの中学生や高校生の屁理屈と変わらないもので、かれらが的外れな屁理屈で攻撃を仕掛けて得々としているようなものである。
みっともないとしか良いようがない。

オウム真理教と彼らが起こした事件の原因は、子供たちを喜ばせたユリ・ゲラーのスプーン曲げではない。
そんなところに原因を持っていくしかない江川紹子の頭の状態は、かなり危険な状態になっているとしかいいようがない。
江川紹子はまだ年齢的に頭が働くと思うので、単純な理屈で程度の低い人間を喜ばそうとしないで、論じることについて時間をかけて学ぶ姿勢を持って欲しい。
それに、オウムのことについては安易で単純な理屈で解決しようとしないで、正攻法で研究すべきだと思う。

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