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泣き言をやめて闘うことは魅力的だった。

私的映画史&邦画ベスト10

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私的映画史 3

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僕の青春の最後を飾った映画群は日活アクション映画だった。

日活アクションの世界は徹底した虚構である。内容は大同小異、ギャング映画である。

無国籍映画とも言われた。

日活アクションものに観るべきものがあるとしたら、それはスタイルである。構図であり、美意識であ

り、様式であり、それらは必ずある存在を求めた。それがヒーローである。

石原裕次郎がまずスタートを切った。「錆びたナイフ」「俺は待ってるぜ」「嵐を呼ぶ男」。

「俺は待ってるぜ」の冒頭のシーンは1980年代にCMに使われたほど、切れた演出だった。彼は日活の太陽

だった。しかし「夜霧のブルース」では、あまりに悲しい運命を浅丘ルリ子と演じ、決して挫折のない主

人公ばかりはやらなかった。この映画を観ると行き場のない哀しみしか残らない。しかし佳品である。

「憎いあんちくしょう」は美しい浅丘と若い時代の石原の全盛期の映画、ひねりの利いた恋愛映画だが、

このレベルに今のドラマは達しているか、と思う。斬新にしていいホンに恵まれた傑作。

後期の裕次郎−浅丘ラインはすばらしい充実があるが、一つ挙げろといわれればやはり「赤いハンカチ」だ

ろう洋画漬けで育った僕が、このドラマには参った。これは洋画に伍して勝るとも劣らない作品であ

る。奇跡的な一作。大人男女を描いた名作である。舞台がどぶ板でも、この二人はそこを世界のどこの美

しい都市が舞台のメロドラマよりも観客を魅了するだろう。二谷英明のシリアスな演技と派手なカメラワ

ークは必見である。

二番手小林旭は、「渡り鳥」の前に「女を忘れろ」という悲しい映画に出ている。彼はひたすら流れるし

かないそういう宿命を持って日活に生きた。彼の笑顔は無邪気で罪がなかった。決して帰ることがない彷

徨を小林は演じ、宍戸錠という好敵手にも恵まれた。全盛期の浅丘ルリ子を残して去れる唯一の男だっ

た。これ以上の贅沢はない。

そして、僕がいまだに愛して止まないヒーローは、日活第三の男といわれた赤木圭一郎である。

若干21歳で人気の絶頂で事故に遭い、この世を去った男。

彼は大人だった。とても20そこそこの男には見えない。今の30男の方が子供だ。

育ちはいいのにボンボン臭くなく、陰もあり、屈折も見える。しかし、明るく、爽やかで、男らしく、純

粋だ。次回作はどんな映画でしょう、と聞かれて、僕の出る映画はみんな同じだ、と言い放った。

人気が出ないわけがない。独身のまま多くのファンの涙に送られ逝った。

僕が一発でいかれたのは「拳銃無頼帖 抜き打ちの竜」である。ここでは宍戸錠も主役の赤木を食わんば

かりの演技だった。これを観るとどう考えても、今の若い俳優は軽い。21才でも子役みたいなことしか

しない。虚構の中ですら大人になれないのはどうしたものか。

「電光石火の男」でも錠と競演。「霧笛が俺を呼んでいる」では惚れ惚れする航海士の制服を最後に見せ

た。そして極めつけは「紅の拳銃」。一介の若者が拳銃使いになっていく話である。この映画で彼は背後

から二丁拳銃を突きつけられ、その相手の拳銃を振り向き様に撃ち、殺さずにしとめるという離れ業をや

ってのける。この演出を考えた監督はすばらしい。この前後の殺し屋とのやり取りの台詞と共に日活アク

ションの名シーンの一つである。

宍戸錠は彼についてある対談で言っている。彼は何をしていてもカッコ良かったと。

台詞や演技など問題ではないほど、彼は日活アクションのために生まれて死んだヒーローだった。

アクションものの最後のヒーローは誰だろう。

劇中で唯一死んだ五郎を演じたのは、あの渡哲也である。

「紅の流れ星」で主人公五郎が死んだことで、それまでのヒーロー像は死んだとされた。

「東京流れ者」の破天荒な演出を見よ。監督鈴木清順の名を伝説にした一作である。

日活アクション映画を知らずに死ぬのはもったいない。ドンパチだけの今のアクションものがいいならそ

れでもいいが、職人技を観たければ、日活アクションである。

それに車にしてもスーツにしても、スターは違うんだなとそのかっこ良さにシビレル。

当時は思わなかったが、今は思う。俺は少し長生きしすぎたかもしれない。

そんな気にさせてしまうのが、日活アクション映画である。

私的映画史 番外2

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男女の白黒のスチール写真は「嵐が丘」です。浪人中に観にいった記憶があります。スクリーンで見たせ

いか、風が吹いているところでは風を感じると言ってもおかしくはない画面でした。話は恋愛悲劇ですが

背景や場面の自然がとても印象深い映画でした。若いローレンスオリビエは舞台のように演技をしていて

映画と演劇を楽しめる感じでした。

「山猫」のパンフの表紙は舞踏会でワルツを踊る伯爵と彼の甥の妻のシーン。バートランカスターとクロ

ウディアカルディナーレです。このシーンを見て。ダンスはこういうものだ、と見本を見たような気がし

ました。ダンスの名手として知られた伯爵が踊り、皆が次第に踊るのをやめてこの二人のダンスに見入る

シーンです。僕のとても好きなシーンであると同時に非常に悲しくなったシーンです。なぜなら日本人で

ある限り、こうは決してやれないだろうということを思い知らされたからです。

「赤ひげ」は実にいい顔をしている三船敏郎の写真です。娘さんの面白い所は、父譲りなんですかね。

「時をかける少女」は実は公開当時僕はさほどに評価はしてませんでした。露骨に恋愛が絡むのがどうも

納得行かなかった。もう少し抑えた方がいいのにと思ったのです(今でも見ると思いますが)。はっきり

言うと実にコマーシャルな映画だなあと。それはそうですよね、実はアイドル映画だったんですから。

そこが「廃市」や「転校生」と違う所かもしれません。ちょっと違和感があるんですよね。

「存在の耐えられない軽さ」は同世代のジュリエットビノッシュが出ていましたが、僕は専ら主役のダニ

エルデイルイスの演技に感動したことを覚えています。「眺めのいい部屋」にも出ているのですが、実に

巧者ですね。こういう俳優が好きです。

私的映画史 番外1

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ここまでで書いてきて抜けている作品があったのを当時購入したパンフレットで気がつきました。

今回はパンフレット集ということで。

「ニュルンベルグ裁判」は名作です。より多くの人に見て欲しい作品です。東京裁判にも大きく影響を与

えたヨーロッパの戦争裁判を描いた映画です。この頃のアメリカは今とは比べ物にならないほど、野心的

で良心的な映画を作っています。このパンフレットは家にあったものです。

「荒野の決闘」も同様です。ボガードの「マルタの鷹」は完全復刻版。

「ガイガン」はカラーではなかったのですね。なぜか不思議です。表紙のガイガンは小さいので1ページ

目の大きく写っているのも載せました。「キングコング」も忘れていました。若き日のジェシカラングが

出演しています。「ヤマト」は最初の劇場公開版。「八甲田山」も忘却していました。豪華キャストでし

たがそれを忘れさせるリアルな内容でした。子供心に圧倒的な印象を残した作品です。ロケも決死のもの

だったそうです。画面にそれが現れる今はあまり取り上げられない一作。不遇の映画業界の中でこれだけ

のメンバーで取れたのは奇跡でしょう。東宝映画ですが、俳優は東映出身者、制作には松竹の野村芳太郎

を配した。日本映画の大作です。ちなみに音楽は芥川也寸志。

私的映画史 2

僕は高校卒業後、就職したので(詩集の自費出版をするためお金が必要だったので)その間はひたすら働

き本を読んでジャズを聴くことしかしなかった。当時は週休一日で夏休みも3日しか取らなかった。高卒

の基本給は9万円、残業して12,3万円だった。一年目は賞与もこづかい程度なので年収は150万円

いくか行かないかだった。また、当時は不況下のインフレ(物価高)=スタグフレーションの真っ只中だ

ったので、貯金して遊びに行くということはできなかった。

一年後、大学進学を考えて辞め、浪人生活に突入。詩集の出版と共に受験勉強をした。といいたい所です

が、勉強の方はせずに、映画館へ直行。それぐらい観たかったのですね。

ローレンスオリビエの「嵐が丘」、「ローマの休日」(これはスクリーンで観たかった)邦画は「鎌田行

進曲」「時代屋の女房」(時代屋の方が後々影響を受けました。森崎東監督の名作ですね)。あとはビス

コンティーの「山猫」、これは日本で初のヨーロッパ版の公開でした。昔の池袋の文芸座で見ました。そ

れまではカットだらけのアメリカ版しか公開されていなかったのです。これはすごかった。ビスコンティ

ーに参ったのはこの作品からです。

あと番外では中学時代の友人がなぜか試写会に行こうと(彼女がいなかったのですね)誘ってくれたのが

「時をかける少女」でした。大林監督の作品は大学入学後に「さびしんぼう」「廃市」などを見ました。

その後、ジャズに夢中になっていたので「五つの銅貨」などを観ましたね。この頃ではなかったですが。

不勉強ながらも希望の東京の端にある小さな大学に入学し(英語と日本史が簡単だったからでしょう。あ

とは当時小論文があってそれに救われたのかも)、レンタルビデオも普及したこともあり、映画は前より

は自由に観ることができるようになりました。邦画の名作に向かいました。

「愛妻物語」「末は博士か大臣か」などは少し前に観てましたが、大学入学以前には語り合える友もおら

ず、若者の邦画知らずは深刻だな、と思っていましたが、盟友に会うこともでき、古い邦画についてよく

話をしました。彼もそんな映画を観ている友人はいなかったようで、さすが東京は違うといっていました

が、僕は東京にもいないよ、と笑いました。

成瀬巳喜男監督「浮雲」、今井正監督「また逢う日まで」、板妻主演「無法松の一生」溝口監督の「西鶴

一代女」木下恵介監督「カルメン故郷に帰る」川島雄三監督「しとやかな獣」若尾文子は長く僕の理想の

人でした。森繁の「夫婦善哉」、黒澤監督「赤ひげ」、岸恵子主演「雪国」、野村芳太郎監督「五弁の

椿」など他にも挙げるときりがないので、監督や主演のものは一作にしましたが、監督に関しては一作で

済むはずもなく、最低2、3作は連続して観ていました。上の作品は特に好きなものです。

文学科なのでこれでいいのだ、と勝手に授業をサボってみてました。おかげで大学一年で取得した単位は

わずかに12(授業に直すと3つ)。しかし、こんなことでめげていては映画生活は続けられません。

この後、名作も見ていましたが、マニアな世界を開拓しはじめるのでした。

というわけで、次回に。

私的映画史 1

僕にとって映画はとても大きな存在だ。今でもそれは変らないと思う。

しかし、誰もがそうだと思うが、幼少時から青年期にかけて見た映画や映像は、心に刻まれてたぶん一生

失われることはないと思う。

なので、振り返ってみようと思いついた。

思い出せる最も幼少期の映画は教育映画とゴジラである。

教育映画は一本しか思い出せないが、むしろそれが印象深いがためにその他の記憶が失われたのかも知れ

ない。当時は何か小学校から特別な券をもらって市民会館のようなところまで見に行った記憶がある。

唯一の記憶になった作品は「教室205号」である。この映画を思い出すと、今でもそこに何か夢と悲し

みを感じる。この悲しみは何かを思い出すためにいつかもう一度見てみたいと思う。

この映画は、学校の地下にある防空壕あとを見つけた少年らが、そこに家出をする話だったと思う。決し

て楽しいばかりの話ではなかったが、なぜか忘れられない物語である。

今一本はゴジラである。リアルタイムで見たのは「ゴジラ対へドラ」「ゴジラ対ガイガン」である。曽祖

父に連れられて行った記憶がある。あとは長島茂男の映画である。現役時代に作られた少年向けの映画だ

った。あとはおそらく同時上映で「帰ってきたウルトラマン」の劇場版だった。

少年としては定番のラインナップである。

しかし、ここで家庭の事情が映画鑑賞に影響してくる。

私の母親である。以前も書いたが、なぜか母はドラキュラ映画が好きで、しかも一人では見ないで僕を傍

らにしてみていた。ので、ハマー映画の古いクリストファー・リーの名作を幼少時に体験することとな

る。この映画の影響は、僕の恋愛観に暗い影を落としていると思う。実に不健全である(笑)。

その後見たのはアニメだった。当時はお祭りでも映画上映があった。その時に見たのが「サイボーグ

009」である。たしか0010が出てくる話だったが。やはり悲しい話で覚えている。サイボーグの活

躍よりは悲劇的な物語が頭に残っている。そしてその後しばらく記憶がなく、突然出てくるのが、名作

「宇宙戦艦ヤマト」である。今思うとメロドラマだなあ、と思う。作品として今の僕には到底評価できな

いが、ノスタルジーはある。しかし、また見たいとは思わない。若気の至りというか、気の迷いだろう。

同時期かやや前にクリントイーストウッドのマカロニウエスタンにはまる。「夕陽のガンマン」「荒野の

用心棒」だろうか。また両親に強く勧められてみた「荒野の決闘」「黄色いリボン」などはアメリカとい

う国を感じた。なんというか奇妙な感覚である。少年にはマカロニウエスタンの方が、倫理がなくてよか

った。世代の違いというものだろう。それにアメリカの古いぼんやりした恋愛が理解できなかったのだろ

う。無理からぬことである。ドラキュラを見ているのだから、あんなものはつまらないものである。

後は戦争映画である。「大脱走」「史上最大の作戦」は今でもすばらしいと思う。

このころから、また家庭の事情が影響する。僕が映画というモノを理解できる年齢になったと判断した両

親は、当時NHKを中心に放映していた映画をやや強制的に見せようと試みた。

中学時代に邦画洋画を問わず、見せられた。

「カサブランカ」「モロッコ」「地上より永遠に」「失われた週末」「大いなる幻影」「凱旋門」「ガス

灯」「第三の男」「ひまわり」「太陽がいっぱい」「椿三十郎」「用心棒」「生きる」「東京物語」な

ど、順不同だが観た。もっと観たかもしれないが、要するに名作漬けである。同時期にチャップリンの諸

作品を見た。

僕が好きなのは「黄金狂時代」と「殺人狂時代」である。トーキーの頃のものは全般に好きである。

また恐怖映画好きな母親のせいで「サイコ」を見せられ正直ぶるッたことも書いておこう。ホラーが好き

なのはこういう体験抜きにはありえない。あと個人的に好きだったのは「世にも怪奇な物語」というオム

ニバス物である。最後の悪魔の話は映像的にも衝撃的でフェイバリットな一本である。

あとは、最近少し知られてきたフランス映画の「さよならをもう一度」アランドロンがエロい神父役で出

るエロい映画。見た時期からして忘れられない一作である。

あとは定番のブルース・リー映画「怒りの鉄拳」「燃えよドラゴン」「ドラゴンへの道」等々。アクショ

ンモノは一種の通過儀礼なのかもしれない。でも、リーの映画には情念があっていい。

あとは007モノである。ショーンコネリー時代のものである。中でも一本といわれれば今でもシリーズ

を代表する作品と誉れ高い「ロシアより愛をこめて」である。これに登場するダニエラ・ビアンキという

女優はいまだに僕のマドンナである(今後増えるので一人とは書かない)。理由はきれいなこともあるが

体格がいいという所が何よりいい。怖そうな顔立ちだし。

高校時代にはやや自分の好みが反映され恋愛モノに手を出すようになる。色気づいたのだろう。

「ラストコンサート」「ラブストーリー」などは男泣きに泣いた。若いということは良いことである。今

ではとても泣けないだろう。この頃邦画は今のように若者の気の利いた恋愛モノはない。ほとんど洋画

一辺倒である。中高生の恋愛映画で邦画はほとんどアイドル映画なので見ない。あんなものは映画ではな

いと思っていたのだろう。正直今でも思っている。好き嫌いは別として。

ただ、中高生と言うのは実にやることが多く、時間的な制約が多い。受験もあり、金はないと来ている。

おまけに今のようにレンタルビデオなどない。専らテレビに合わせてみるしかないのである。

だから、結構観たような気もするが、比較的名作については受動的にあとは年齢時代相応のものを観てい

るので、あまりカルトな世界には突っ込んでいない。

ただ、映画というものの面白さは十分に育てられてしまったといっていい。

お子さんをお持ちの方には注意を喚起する。幼い頃から多感な思春期にあんまり映画を見せてはいけな

い。ろくなものにならないだろう(笑)と自分の出来のできの悪さを映画のせいにする。

本格的におかしくなるのは、浪人〜大学時代である。というわけで次回に。

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