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『月面着陸から50年、1号〜17号までアポロミッションを振り返る』
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NASAのアポロ計画は、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、初めて人類を月に送り込んだ。
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以来50年近く、人類は月に行っていない。
しかしNASAは2022年までにロボットを月に送り、2024年には有人ミッションを行うことを目指している。
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1号〜17号まで、アポロミッションを振り返ってみよう。
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50年前の今月、人類は初めて月面に立った。
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1969年7月16日、NASAのアポロ11号は宇宙飛行士のニール・アームストロング、バズ・オルドリン、マイケル・コリンズを乗せて大胆な冒険に出発した。
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4日後の7月20日、アームストロングとオルドリンは月着陸船を月面に着陸させ、月面を歩き、アメリカ国旗といくつかの科学機器と彼らの足跡を月面に残した。
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アポロ11号はしばしば歴史の教科書を独り占めする。
だが、それ以前に行われた多くのミッションの成果で月面着陸は実現した。
そして、その後のミッションも数々の成果をあげている。
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NASAは月面に12人の宇宙飛行士を送り込んだ。
以来およそ50年、アメリカの宇宙船は月に行っていない。
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だが、まもなく変わるかもしれない。
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2019年3月、マイク・ペンス副大統領は、アメリカは2024年までに宇宙飛行士を再び月に送ると述べた。
初年度の予算は16億ドルと見込まれ、最終的には恒久的な月面基地を建設し、クレーターから氷を採掘し、火星探査のような、より野心的な宇宙探査のために水を分離して燃料を取り出すことが目的だ。
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2018年11月、NASAは2022年までに月にロボット探査機を着陸させることができる9つのアメリカ企業と最大26億ドルの契約を結ぶと発表した。
NASAは、月着陸船を購入したり、打ち上げや着陸などの責任を負わず、代わりに民間企業がこれらの課題に取り組み、NASAの実験機器を月に送り込むチャンスに賭けることを望んでいる。
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NASAはその後、この計画の一環として、今年末までに月に打ち上げられる可能性のある実証用ペイロードを選定した。
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新しい月ミッションが始まるまでに、人類を月に送り込むことに成功した1968年から1972年までのNASAアポロ計画を振り返っておこう。
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アポロ1号のミッションは、宇宙船を地球低軌道に打ち上げることだった。
しかしそれは悲劇に終わった。
打ち上げ前のテスト中に起きた宇宙船の火災で3人の宇宙飛行士が死亡した。
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NASAは予定されていた有人打ち上げを延期。
アポロ2号、3号と名付けられたミッションはなくなった。
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4、5、6号のミッションは無人で行われたが、有人ミッション再開のためには重要なものだった。
1967年11月から1968年4月にかけて行われた。
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1968年10月11日に打ち上げられたアポロ7号は、月を周回するために作られた宇宙船の最初の有人テストだった。
またアメリカ人による初めての宇宙から生中継も行われた。
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1968年のクリスマスイブ、アポロ8号のジム・ラベル、ウィリアム・アンダース、フランク・ボーマンが月を周回した最初の人類となった。
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アポロ9号のミッションは、地球低軌道を周回し、月面着陸に不可欠なすべての主要な要素をテストすること。
月着陸船の最初の有人テストが中心だった。
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1969年に行われた3つの有人ミッションの1つ目がアポロ10号。
初めての月面着陸のための「ドレスリハーサル」と言われた。
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※ドレスリハーサル:本番の衣装で行う最終リハーサル
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1969年7月20日、アポロ11号のニール・アームストロングが初めて月面に降り立った。
世界中でおよそ5億3000万人がテレビ中継を見ていた。
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アームストロングとオルドリンが月面を歩いた数カ月後、NASAはアポロ12号を月面に送った。
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アポロ13号は1970年4月11日、ケネディ宇宙センターから飛び立った。
だがおよそ56時間後、重大なトラブルが発生した。
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翌1971年、NASAは再び月着陸に成功。
1月31日、アポロ14号のアラン・シェパード、エドガー・ミッチェル、スチュアート・ルーザがケネディ宇宙センターから飛び立った。
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アポロ15号では、月の地質を調査するために月面車を初めて使用した。
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アポロ16号は初めて月の高地を探査。
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アポロ17号は人類を月に送り込む最後のミッションとなった。
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アポロ17号から約半世紀、NASAは宇宙飛行士を再び月面に送る作業を進めている。
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[原文:NASA's Apollo 11 astronauts landed on the moon 50 years ago. Here's every historic Apollo mission explained.]
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(BUSINESS INSIDER)
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↑
「1969年7月20日、アポロ11号のニール・アームストロングが初めて月面に降り立った。
世界中でおよそ5億3000万人がテレビ中継を見ていた。」
50年前にテレビで観た。
あれから半世紀か。
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追伸:
雨の中、次男を学校に送っていった。
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追伸2:
次男と妻を総合病院に送って行った。 - 追伸3: 次男と妻を総合病院に迎えに行った。 - 追伸4: 庭を散策して、西と東のビオトープの水面の落ち葉などゴミをゴミ拾いトングで拾った。 - 犬小屋のイシガメ・クサガメ・ペニンシュラクーターに餌をあげた。 - バスタブの子亀たち(イシガメ・クサガメ・ウンキュウ)に餌をあげた。 - 追伸5: 今日、風呂に入りながら聴いたアルバム 「ヌーノ・ベッテンコート&モーニング・ウィドウズ ファーニッシュド・ソウルズ・フォー・レント」。 - |
戦闘機
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『日本勢大健闘、顧客が選んだ「世界の航空会社ランキング」トップ10』6/20
- 顧客が選んだ「世界の航空会社ランキング」トップ10 - 航空関連のコンサルティング企業、英スカイトラック社(Skytrax)がまとめた「世界の航空会社ベスト100」(World’s Top 100 Airlines)(https://www.worldairlineawards.com/worlds-top-100-airlines-2019/)。 実際の利用者の投票で順位が決まるこのランキングの2019年度版が発表された。 ここでは上位10位までにランクインした各社を順番に紹介する。 - なお、同ランキングに関連するウェブサイト「今年の最優秀航空会社」(2019 World Airline Awards)をみると、客室乗務員ランキング(World’s Best Cabin Staff 2019)では全日空が3位、日本航空が8位。 また清潔さのランキング(The World’s Cleanest Airlines)では日本航空が2位、全日空が3位。さらに、空港でのサービスに関するランキング(The World's Best Airport Services 2019)では全日空が1位、日本航空が3位にそれぞれランクイン。 競争が激しい世界の航空業界で日本勢大健闘、といったところか。 - 10位:タイ航空(タイ) 前年度順位:10位 - 9位:ルフトハンザ航空(ドイツ) 前年度順位:7位 - 8位:カンタス航空(オーストラリア) 前年度順位:11位 - 7位:海南航空(中国) 前年度順位:8位 - 6位:エバー航空(台湾) 前年度順位:5位 - 5位:エミレーツ航空(アラブ首長国連邦) 前年度順位:4位 - 4位:キャセイパシフィック航空(香港) 前年度順位:6位 - 3位:全日空(日本) 前年度順位:3位 - 2位:シンガポール航空(シンガポール) 前年度順位:1位 - 1位:カタール航空(カタール) 前年度順位:2位 - (Photos) - ↑ ユナイテッドやデルタやANAやエアーカナダは親近感がある。 - 追伸:
次男を学校に送って行った。 - 追伸2: カインズのスタッフが来て、犬用ゲージを組み立て点検してくれた。 - 追伸3: 庭を散策して、西と東のビオトープの水面の落ち葉などゴミをゴミ拾いトングで拾った。 - 犬小屋のイシガメ・クサガメ・ペニンシュラクーターに餌をあげた。 - バスタブのイシガメ・ウンキュウに餌をあげた。 - 追伸5: 今日、風呂に入りながら聴いたアルバム 「プライマル・スクリーム エクスターミネーター」。 - |
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『【圧巻】世界一巨大な航空機の初フライト ― 米ストラトローンチ社、成功』
- 2つの胴体に6基のエンジン、約117メートル(385フィート)の翼長を誇る米ストラトローンチ社の巨大な機体が、ついに離陸しました。 - 世界一巨大な航空機の初フライトの模様を全角度から ― 荘厳な瞬間 (https://www.esquire.com/jp/lifestyle/tech/g27460963/stratolaunch-first-flight-video-images-impressed/?utm_source=zasshi.news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral) - 空中発射ロケットによる宇宙輸送を業務とする米国の企業、「ストラトローンチ・システムズ(Stratolaunch Systems)」をご存知でしょうか。 2011年にマイクロソフト共同創業者のポール・アレンとスケールド・コンポジッツ創業者のバート・ルータンにより設立された会社になります。 両者は、民間初の有人宇宙飛行を成し遂げた「スペースシップワン」の開発においても共同関係にありました。 - 2019年4月13日、日曜日の朝のこと。 巨大なストラトローンチ社の荘厳極まる機体がついに空へと飛び立ち、初めてのテスト飛行が成功しました。 - それは翼長約117メートル(385フィート)であり、6基のエンジンを搭載した巨大な機体を誇る飛行機「ストラトローンチ」。 2つの胴体の間に宇宙ロケットを積載することで、空中からのロケット発射が可能となるよう設計されたものなります。 それが今回、無積載での初飛行を行ったわけです。 最高時速304キロ、最高到達高度5182メートルまで達し、2時間半のフライトということに…。 - これまで、幾度にも及ぶ走行テストが行われました。 ですが、離陸は見送られてきました。 しかし、ついにすべての準備が整い、長い取り組みを重ねてきたエンジニア陣にとっても満足のいく結果が得られたのです。 - * 「実に感動的なファーストフライトでした」と、ストラトローンチ・システムズ社のCEOジーン・フロイド氏は記者会見で述べています。 - 「地上発射システムの替わりになり得る、新しく自由度の高い発射システムを提供するという私たちのミッションが、今日大きく一歩前進したのです。 ストラトローンチ社のチーム、本日の飛行クルー、そしてパートナーであるノースロップ・グルマン・イノベーション・システムズ(旧オービタル・サイエンシズ社)のスケールド・コンポジッツおよびモハーヴェ空港&宇宙港、すべての皆さんに対して非常に誇らしく思っています」とコメント。 - 巨大構造物が空を飛ぶということだけで、充分に衝撃的です。ですが、ストラトローンチ社が何を積載するのかを知れば、その驚きはさらにに巨大なものとなるでしょう。 - ストラトローンチ社はいずれ、ノースロップ・グラマン社の宇宙ロケット「ペガサスXL」を運用するために設計・開発を行ってきました。 同ロケットは過去に、同様の目的で開発された従来型の「スターゲイザー」(オービタル・サイエンシズ社が運用するロッキード L-1011 トライスターの改造機)からの空中発射も行っています。 - しかしながら、一度に1機のロケットしか運用できない「スターゲイザー」と異なり、「ストラトローンチ」はほうは一度に最大3機のロケットを運用できるよう設計されているのが特長です。 - とは言え、それは将来的な計画。 まずは、確実に1機からの運用がなされることになるでしょう。 さらにその先においては、「ストラトローンチ」が独自にロケットや再利用可能宇宙船の開発に乗り出すという噂も流れています。 - 現時点で大きな成功をその手に収めたストラトローンチ社ですが、同社の創設者のひとりであるポール・アレン氏が亡くなる前に間に合わせることはできなかったことが誠に残念なことでもあります…。 しかしながら、この先のストラトローンチ社の動きからは、目が離すことはできません。 - (Exquire) - ↑ 「翼長約117メートル(385フィート)であり、6基のエンジンを搭載した巨大な機体を誇る飛行機「ストラトローンチ」。」 戦闘機や旅客機など飛行機も大好きだけど、これは相当でかいね。 - 「2つの胴体の間に宇宙ロケットを積載することで、空中からのロケット発射が可能となるよう設計されたものなります。」 地上から打ち上げるよりも、空中からの方が、コスト的にも楽だろうね。 - 追伸:
総合病院に書類を受け取りに行った。
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追伸2:
庭を散策して、西のビオトープの水面の落ち葉などゴミを手で掬った。 - 東のビオトープのウキクサ1個を網で掬って駆除した。 アマガエルやシュレーゲルアオガエルを捕ってきて入れたので、ウキクサも一緒についてきたのだろう。 - 追伸3: 今日、風呂に入りながら聴いたアルバムは、 「ヴードゥー・グロウ・スカルズ ステディ・アズ・ゴーズ」。 - 追伸4: 6月6日(木)録画した「科捜研の女19」#8をCMを飛ばしながら観た。 1965年生まれ大阪府出身の女優沢口靖子主演のサスペンスドラマだね。 |
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『歴史上もっとも重要な航空機10選【PART 3】』
- 航空時代を定義した航空機たちを厳選しています。 - ご好評いただきました『歴史上もっとも重要な航空機 10選―航空時代を定義した航空機たち【PART 1】』、『【PART 2】』の最終回となります。 - ここにリストアップされたものは、航空工学のみならず人類全体の歴史に影響を与えてきたのです。 それでは「ファイナル」として、10種類の航空機をご紹介いたします。 - * スケールド・コンポジッツ・ボイジャー - 耐久性が高く、他に類を見ないフォルムをもつこの航空機は、バート・ルータンがナプキンに描いたスケッチを元に誕生しました。バートの兄ディックとジーナ・イェーガーが操縦を担当し、無着陸・無給油で世界一周を達成した始めての航空機でもあります。 - 胴体の前後に分けて配置されたエンジン、そこに装着されたプロペラを動力とするこの飛行機は、カリフォルニア・エドワーズ空軍基地からの9日間に渡る無着陸飛行を敢行。平均高度11,000フィート(3.35キロ)、時速116マイル(時速約187キロ)を記録しました。 - * パイパーJ-3カブ - 1938年にデビューを果たした鮮やかな黄色の初代J-3は、(当時)桁外れの40馬力で飛行し、価格はほんの米1,000ドルだったのです。ヨーロッパに戦争の影が忍び寄ってくると、この小さなカブは民間操縦士訓練プログラムの主要訓練機になりました。第2次世界大戦終戦までに、米軍パイロットの80%がJ-3を使用して初期訓練を受けました。 - パイパーのシンプルな設計、低価格、制御のしやすさにより、最も人気の軽飛行機の1台として名を残したのです。そして、ブッシュパイロットの需要の高まりを受けて、クラシックなデザインに近代的な要素が取り入れられるようになりました。そして製造業者たちは、馬力の増加や電気系統といった文明の利器を基盤に追加していきます。 - * メッサーシュミット ME262 - エンジン問題によってドイツ空軍での使用に遅れはあったものの、1942年、「シュヴァルべ(ドイツ語でツバメの意)」いう愛称をもつこのメッサーシュミット ME262は、ドイツ軍に採用された世界初のジェット戦闘機となりました。 - 運用開始時は既に第2次世界大戦末期だったため、その効果はエンジンの信頼性に関する問題や、ドイツ軍の燃料給油への同盟軍による攻撃などに阻まれました。 - また、同機の製造期間も短いものでした。スピードと操縦性は時代に適合していなかったものの、そのデザインは研究対象となりました。そして、そのデザインの流れは、F-86セイバーのような後続のジェット戦闘機に応用されています。 - * RV-3 - リチャード・ヴァングランズベンは自宅のガレージ裏で、自らが設計した飛行機を作るために仕事を辞め、史上最も成功した航空機組み立てキットの会社をひっそりと設立しました。 - 飛行機設計における彼の最初の企みは、シングルシートのエアプレーン界で人気の機種「Stitts Playboy(スティッツ・プレイボーイ)」の改造版。そして親しみを込めて、その名を「RV-1」にしました。パフォーマンス面でスランプに陥った彼は、デザインを白紙に戻し、「RV-2」を製造。しかしながら、それは完成には至りませんでした。 - ヴァングランズベンは短距離の滑走路からも操作できる、早くて手頃な価格のアクロバット用プラットフォームを切望しながら、彼はスケッチブックに再び向き直り、「RV-3」を設計しました。それはわずか150馬力で時速200マイル(時速320キロ)に到達できる性能を持つ単座の尾部下降型飛行機であり、瞬く間に人気を集めました。 - それから40年間、ヴァングランズベンはこのRV-3のオリジナルモデルを基本に、成功した航空機組み立てキットのラインの製造を続け、ビジネスは徐々に2つの施設へと拡大していきました。 - 現在、ヴァングランズベンがデザインした航空機の数は、商用の民間航空会社すべての製造量を合計したものを年々上回っている状況です。8500人ものDIYビルダーたちが、自分のRVを完成させて飛行を楽しんでいます。今後もその数は増え続けるでしょう。 - * ゴッサマー・アルバトロス - アメリカの航空エンジニア、ポール・B・マクレディが設計を手掛け、アマチュア・サイクリストでありパイロットだったブライアン・アレンが操縦したこの人力飛行機は、1979年6月12日にドーバー海峡横断飛行に成功。そして1959年に始まった、人力飛行機に対するクレーマー賞を受賞しています。 - アレンは22.2マイル(約35.72キロ)を2時間49分で“完走”し、最高速度時速18マイル(時速約29キロ)、水面上の平均高度5フィート(1.52メートル)を記録しました。 - このアルバトロスはカーボン樹脂のフレーム、薄いプラスチックフィルムのマイラー樹脂を張った長いテーパー翼を使用して製造され、重量は71ポンド(約32キロ)でした。現在、同様のデザイン要素は、世界一周を目標とした太陽エネルギーを動力とする、超軽量電気飛行機ソーラー・インパルスに継承されています。 - * ジェネラル・ダイナミクスF-16ファイティング・ファルコン - 最高速度は音速の2倍、最高高度は50,000 フィート(15.24キロ)。これらの特徴が、F-16ロケット戦闘機に史上最も重要な航空機の1つという地位を与えたのです。 - フレームなしのバブルキャノピーにより、パイロットは前代未聞の全周視界が確保できるようになりました。また、シートのリクライニングが緩やかなため、パイロットへの過度な重力加速度の加重が軽減。そのため、より積極的な操縦が可能となっています。 - F-16は、空気力学的に不安定になるよう設計された初の戦闘機。これにより制御性は低下しましたが、操縦性が高まったのです。そしてサイドスティックは、パイロットからのデータを受信できるコンピューター増補式フライ・バイ・ワイヤーシステムに接続されています。 - 1976年以来、4,500機以上製造されてきたF-16は、現在25カ国を超える空軍機団の主要戦闘機として活躍しています。 - * ロッキードP−80 シューティングスター - トップ操縦士2名が死亡した上、テスト操縦士は背骨骨折といった非常に危険な事故を開発過程で経験しているにも関わらず、この米国初のターボジェット戦闘機P-80は、ジェット戦闘機時代の幕開けに対して大きく貢献することとなりました。 - 第2次世界大戦終戦時に飛行を開始したこの戦闘機は、朝鮮戦争の軍事作戦で広範囲に渡り使用されました。ですが、その直線の翼の設計は、のちに後退翼の超音速機MiG-15には対抗することができませんでした。 - そしてP-80は、後退翼のF-86セイバーにその座を受け渡すことに…。ですが、その時点までには、対地攻撃や上級訓練などにおいて大いに活躍していたのです。 - * ダッソー ファルコン 7X - このフランス生まれのビジネスジェットは、ダッソー・ミラージュ戦闘機から採用した、フライ・バイ・ワイヤ操縦システムを使用しています。また、ミラージュで使用された3Dの可視化ソフトウェアも、このラインの全機種に使用しています。 - 事実ダッソーは、仮装プラットフォームで設計した最初の航空機だとも言われています。仮装プラットフォームとは、いわゆるCATIA(キャティア:コンピュータ支援3Dインタラクティブ・アプリケーション)で、ジェット戦闘機を設計するためにダッソーが開発したソフトウェアです。ボーイング777と787の設計においても、同一のソフトウェアが使用されました。 - そして7Xのもう一つのトレードマークは(?)、三発機=トライジェットエンジン構造になるでしょう。これは現在製造中の、もう1台のジェット機ファルコン 900にしか搭載されていない代物ですので…。 - * ガルフストリームI - グラマン社は戦後の好景気を利用し、頑強な戦闘機をスケールダウンしながら、大型旅客機の利点を取り込んだ素晴らしいアイデアを具現化しました。それがビジネスジェットです。 - ガルフストリームIでは、ツインのターボ・プロップ・エンジンが低翼に配置されたことで、キャビンの天井が高くなり、乗客は機内で完全に起立できるようになりました。この旅客機は最高24名の乗客を輸送できるよう設計されましたが、重役向けの設定では、12名が快適に旅できるよう変更しています。 - もう1つの特性としては、補助の発電機によって、この旅客機に成功をもたらした要因とも言えます。空調とその他のシステムが、エンジンスタートに先駆けて作動させることが可能となり、これにより設備に制約がある小さな飛行場でも、飛行機を操縦できるようになったのです。 - また、大容量の燃料タンクは、ガルフストリームIの飛行領域を拡大することに貢献しました。これらすべての要素が、よりフレキシブルな個人旅行の手段を切望する新興の航空ビジネス業界を魅了したのです。 - * ベル・ボーイングV-22オスプレイ - 広く実用されているジェットエンジン「ターボプロップ」のように長距離飛行ができ、 高速飛行も可能。さらには、ヘリコプターのように垂直離着陸能力を備えた航空機は、1980年代の米軍にとって重要なニーズとなっていました。ボーイングとベルは、老朽化したCH-46シーナイトの後継者となる機種を開発するため、業務提携を結ぶことに。そのときに生まれた航空機が、今や世間を騒がすオスプレイだったのです。 - 予算超過やこの飛行機の運航自体が危険であり、作戦任務に適さないという疑惑に関する論争があるものの、オスプレイはなんとか今まで存続しています。そればかりか、米海軍および米空軍の両方の分野で幅広く活躍しているのです。 - 一方で、イラクやアフガニスタン、リビア、クウェートにおける輸送や救急任務にも配備されていた事実もあります。 - (esquire) - ↑ 航空機も子供のころから大好きである。 記事を読むだけで子供心が思い出されてワクワクする。 追伸:
「スパークス ライヴ・イン・ベルギー1974 」を観た。 <現在も世界各地でカルト的人気を誇るメイル兄弟率いるUSポップ・バンド、スパークス。 全英4位を獲得した彼らの代表作『Kimono My House』リリース時の1974年にベルギーで行ったライヴ。> - 追伸2: 「フェイス・ノー・モア ライヴ・アット・ヘルフェスト2015 」を観た。 <奇才マイク・パットン率いるオルタナティヴ・ロック・バンド、フェイス・ノー・モアが2015年にフランスのメタルフェス「ヘルフェスト」で行ったライヴ。> - 今日、風呂に入りながら聴いたアルバムは、 「エリック・マーティン アイム・ゴーイング・セイン」。 |
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『歴史上もっとも重要な航空機 10選【PART 2】』
- 前回ご好評いただきました『歴史上もっとも重要な航空機 10選 ― 航空時代を定義した航空機たち【PART 1】』の第2弾となります。 歴史上最も重要な航空機だと言えるものばかりを集めました。 - ここにリストアップされたものは、航空工学のみならず人類全体の歴史に影響を与えてきたのです。 それでは「PART 2」として、10種類の航空機をご紹介いたします。 - * ボーイング B-29 スーパーフォートレス - 第2次世界大戦で広島と長崎に原爆を投下し、日本軍に最後の一撃を加えた航空機B?29の存在は、戦後73年を超えた日本の皆さんもご存知のことでしょう。 この悪名とも言える…功罪相償う功績により、このスーパーフォートレスを最も重要な航空機のリストに含めるのに十分な理由となります。 - その一方、この爆撃機が当時の素晴らしい先進技術を装備していたことも忘れてはなりません。 巧妙な遠隔射撃システム、旋回銃塔、二重車輪の三輪の前輪着陸装置、与圧室がその一例となります。 数年後、新型エンジンが追加され、B?50に改良された後は、ノンストップで世界一周飛行をした史上初の飛行機になりました。 - また、チャック・イェーガーが世界で初めて音速突破飛行を成功させたグラマラス グレニス(正式名:ベル X-1)をはじめ、多くのX-1機研究用航空機の母機でもありました。 - * ガルフストリーム G500 - 2014年秋に姉妹機G600とともに発表された、プライベート・ビジネスジェットであるG500。 以前は軍用機でのみ使用可能だった技術で、フライトクルーに視覚および触覚フィードバックを提供する、フライ・バイ・ワイヤのアクティブ・サイドスティックが特徴となっています。 この飛行操縦かんを通してのフィードバックのおかげで、操縦士と副操縦士の両方が、互いの操縦状況および自動操縦時の状況をフォローし体感できるようになったのです。 飛行計器はハネウェル社製の対称的なデザインのフライトデッキで美しく配置されており、タッチスクリーン式の10のコントローラーは操縦士に膨大な量の飛行情報を提供することができます。 - また、搭乗員は統合タッチスクリーンを通して、システム管理や飛行管理、通信、チェックリスト、気象観測、飛行情報にアクセスすることができます。 ガルフストリームが社内で初めてデザインした新しい翼は、パフォーマンスと乗客の快適さを向上することに成功しました。 G500は2015年に初飛行を敢行し、燃料効率の良さや高速性だけでなく、安全性の向上においても類を見ない技術レベルを披露しました。 - * ボーイング747 - 37年もの間、乗客定員数の最高記録を保持し続けたこの元祖ジャンボジェットは、通常ファーストクラスの乗客のために確保される上部デッキに作られた“コブ”の存在で、一躍有名になりました。 747は、今日存在する航空機の2倍以上のサイズを誇ります。 - コンピューターを使う以前のデザインに立ち返り、エンジニアたちは手作業のスケッチで7万5000点もの製図を描き、ここのパーツが確実に適合するようフルスケールのベニヤ製モデルを製作した上での本製造を開始したそうです。 またこれと同じころ、ボーイングは巨大なものを作りたいというだけで、世界最大のビルも建設しました。 - この飛行機は、工業デザインにおけるマスターピースでもありました。 事実、あまりに素晴らしかったので、航空旅客業界の進歩を行き詰まらせてしまったほど。 - 747の旅客機業務は、コンコルドやロシアのツボレフTu-144と競合する予定であった超音速旅客機のデザインと開発がすすめば、それで終了と予想されていました。 しかしながら、結果どころか、747は予定されていた400機という上限を破ることになったのです。 今日まで1500機以上が販売されており、さらに多くの機数が発注済みの状況になっているのです。 - これまで747は、現在までのべ35万人の乗客を運びました。 その任務には米大統領の輸送から、背中に乗せる方法でのスペースシャトル運搬まで、様々なものが含まれています。 - * ベル X-1 - この超音速研究航空機は、1947年にスーパーソニックを描いた…つまり、音速を突破した史上初の有人飛行機として名を轟かせました。 - また、一連のロケットエンジン付き飛行機の先駆けとなった、初代X-機でもあります。 いわば実験的な飛行機で、高度なシステムや空気力学のテストに使用され、そこで得たデータによって合衆国はそれを応用。 宇宙技術への発展に役立てていったのでした。 - さらにX-1の試験で収集された超音速の飛行データは、未来の米軍戦闘機の設計においても、非常に有益であることが確認されています。 - * スピリット・オブ・セントルイス号 - こちらは、Ryan Airlines(ライアン・エアラインズ)社製の単発機ライアンNYP-1になります…というよりも、“スピリット・オブ・セントルイス号”と呼んだほうが、より多くの人が納得するでしょう。 - つまり、こちらが1927年5月21日にチャールズ・リンドバーグによって、NYからパリまでの大西洋横断(33時間30分ノンストップで)という偉業を達成した飛行機なのです。 - 当時、航空業界では無名に等しかったリンドバーグは、適切な既存の航空機デザインを手に入れるのに、十分な資金を調達することができませんでした。 ですが、最終的にリンドバーグとライアン・エアラインズ社の共同で、布張りで単座の単葉機を設計することができたわけです。 小規模なテスト飛行とサンディエゴ−セントルイス間を飛行した後、リンドバーグはNYのルーズベルト・フィールドに到着。 なんとこれは、パリへ飛び立つほんの10日前の話になります。 - この歴史的なフライトが与えたインパクトは計り知れず、それは単にリンドバーグの新たな名声というだけの話に留まりません。 1927年5月の運命的なフライトの後、その年はアメリカのパイロット免許の申請者が3倍に膨らみ、認可済みの航空機の数は4倍を記録。 アメリカにおける航空旅客者数も増えたのです。 - 1926年から1929年の間で見ると、飛行機の予約座席数に関しては5782から、なんと17万3405まで増加し、それ以降の航空業界に大きな影響を与えた革新的出来事となりました。 - * ルータン バリ・イージー - 有名な航空エンジニアのバート・ルータンが設計したこのユニークな複合材航空機は、エキゾチックな外観、そしてシンプルなデザインで、アマチュアの航空機設計者たちの間で非常に人気を集めました。 矢のようなカタチをした既存の水平垂直の尾翼形態から、バリ・イージーは一線を画し、小さな前翼や先尾翼、さらに大きな主要後部ウィングの先に付いた大きなウィングレットなど…いまではルータンのトレードマークになっている象徴的なデザインを施しました。 そして何千機も販売、当時、最も組み立てられた航空機キットとなりました。 - この飛行機の成功は、ルータンのキャリアをスタートさせるキッカケとなりました。 結果、彼は何台もの飛行機の設計に携わることに…。 そのうち5機は、スミソニアン国立航空宇宙博物館に展示されています。 - これらの1機には、スペース・シップ・ワンが含まれています。 この機種は、スケールド・コンポジッツ社によって開発された有人宇宙船です。 2004年6月に高度約100 kmの宇宙空間に向けた弾道飛行を成功させ、世界で初めての民間企業による有人宇宙飛行を実現。 その年には、民間宇宙船開発に対する賞金制度「アンサリ・エックスプライズ」を授賞。 開発に携わったスケールド・コンポジッツ社は、賞金1000万ドル獲得しました。 - * ロッキード・マーティン・F-35 ライトニング II - 現在も軍事任務で活躍している近代戦闘機は、その多くが1970年代に製造が開始されたものばかりです。 そして、これらの戦闘機の多くは、現在、その任務を終えつつあります。 が、このF?35は、ペンタゴンの老朽化した軍用機を低コストで代替していくための鍵となっています。 - F-35は、およそ2000年代から運用が始められたジェット戦闘機の一群である、第5世代戦闘機群を代表する戦闘機になります。 米軍の老朽化した第5世代戦闘機群であるF-16、F/A-18、A-10、AV-8Bシーハリアー・ジャンプジェットなどの代替えとなるよう、3種類のバリエーション(F-35A、B、C)が開発されています。 もちろん、単発単座の多用途戦闘機の設計開発には、さまざまな論争がつきまといました。 当初の予想の2倍となる2457機に約4000億ドルが投入され、開発プログラムにも3年を超える遅延が生じたのでした。 - そしてF-35は、ついに飛行しました。 しかしながら私たちは、依然として、その成り行きを見守っている状態です。 はたして国防省は、自らが推し進めたピカピカ光る新品の多用途性ステルス戦闘機開発で、その約束を実際にはたすことができるのでしょうか。 - * エアバス A320 - エアバスは最大の競争相手であるボーイングに追いつくべく、1980年代にフライ・バイ・ワイヤ制御システムと操縦士のために改良した人間工学に基づくサイドスティックを採用。 技術面で大躍進を遂げました。 そしてその結果、操縦士の腕の疲労が軽減され、より正確な操縦が可能となったのです。 - 1988年に納品された初代A320は、史上最も売れた航空機の1つとなりました。 また、フライ・バイ・ワイヤ技術は、2階建てワイドボディーのA380や、新世代旅客機A350 XWBを含むエアバスの全機種に導入されるようになりました。 - * ロッキード コンステレーション - 1943年から1958年の間に製造されたコンステレーションは、「コニー」という愛称でも知られる、広く普及した与圧構造の航空機です。 また、手頃な価格で快適な空の旅が可能となった、時代の先駆け的な存在となりました。 - その発端は、TWA(トランス・ワールド航空)の主要株主であったハワード・ヒューズが、40名の乗客が搭乗できる3500マイル級の航空機製造を熱望したことに始まります。 そしてロッキード社は、ヒューズの要求のはるか上を行っただけでなく、油圧式操縦系統などの先進技術も採用したのでした。 - ヒューズはこのコンステレーションがあれば、マーケットシェアの過半数を競合航空会社から勝ち取ることができると考えました。 その結果、彼はTWAのために、この航空機を購入する独占権と開発期間中の完全な守秘義務を要求したのです。 - ヒューズとTWAの関係は、製造ラインから最初の40機の獲得に成功。 そしてコンステレーションの成功によって、TWAは就航エリアをヨーロッパ、アジア、中東にまで拡大することができ、同社はパンナムに次いで第2位の航空会社へと成長を遂げたのでした。 - この航空機の最も魅力的な点の1つであるアイコニックなフォルムは、最終的には同機を退役へと導く原因にもなりました。 流線型の胴体であることはつまり、2枚のバルクヘッド(エンジン室と客室の隔壁)が同一ではないことを意味します。 それは美しいフォルムをつくり上げていた一方で、その分、製造コストを高価にしていたのです。 チューブ型の最も近代的な航空機のほうが、製造工数は少なくなるわけですから…。 - * ジェネラル・アトミックスMQ-1 プレデター - プレデターは、史上初の軍用“ドローン”です(正確には“無人航空機”と呼ばれています)。 アフガニスタンにおけるタリバンとの戦闘時の任務により、世界的に広く知られるようになりました。 - プレデターは遠隔操作が可能で、400海里以上の針路が飛行可能。標的の周りを14時間旋回してから、基地に戻ることもできます。 機密情報の収集のみならず、ヘルファイア・レーザー誘導ミサイルによる攻撃もできるプレデターの広範囲に渡る使用は、米軍おけるドローン時代の幕開けを告げています。 - ちなみに偵察用だった時代はRQ-1で、改良により武装搭載が可能になった2005年に、「Reconnaissance(偵察)」を意味するRから、多用途を意味するMに名称を変更。 そしてMQ-1になりました。 - (エクスファイア) - ↑ 子供のころから戦闘機も旅客機も大好きである。 追伸:
2010年米映画「バレンタインデー」をまた観た。 <2月14日。 ロサンゼルスで花屋を営む男が、一緒に暮らす恋人に朝一番でプロポーズをする。 笑顔で婚約指輪を受け取る彼女。 だが、男が出かけると女は部屋の荷物をまとめ始めるのだった……。 飛行機にたまたま隣合わせた男女。 洗練された物腰が魅力的な30代の男と、11ヶ月ぶりに一晩だけロサンゼルスでの滞在許可が下りた軍人の女。 会話を交わすうちに惹かれあっていく二人だったが、目的地には共に意外な人が待っていた……。 理想の男性にめぐり合い、幸せいっぱいの小学校教師。 そんな彼女は、医師の仕事でサンフランシスコへ出張に行く彼をこっそり追いかけるつもりだった。 しかし、男は飛行場ではなく、全く別の場所へと向かっていた……。> 1967年生まれジョージア州出身の女優ジュリア・ロバーツ主演のヒューマンドラマ映画だね。 1934年生まれバージニア州出身の女優シャーリー・マクレーンも出ている。 1948年生まれテネシー州出身の女優キャシー・ベイツも出ている。 1970年生まれニュージャージー州出身の女優クィーン・ラティファも出ている。 1981年生まれカリフォルニア州出身の女優ジェシカ・アルバも出ている。 1982年生まれニューヨーク州出身の女優アン・ハサウェイも出ている。 1989年生まれペンシルベニア州出身のミュージシャンテイラースウィフトも出ている。 1967年生まれテキサス州出身の俳優ジェイミー・フォックスも出ている。 監督は「プリティ・ウーマン」のゲイリー・マーシャル。 - 追伸2: 1996年米映画「アンソニーのハッピー・モーテル」を観た。 <精神病院から退院したばかりの青年アンソニー(ルーク・ウィルソン)は、変わり者の親友ディグナン(オーウェン・ウィルソン)が企てた強盗計画を手伝うハメに。 まずは本屋を襲撃してモーテルに潜伏するが、アンソニーは従業員のイネス(ルミ・カバソス)にひと目惚れしてしまう。 やがて彼らは、大泥棒ヘンリーと組んで大規模な強盗計画に挑むが……。> 1971年生まれテキサス州出身の俳優ルーク・ウィルソンと 1968年生まれテキサス州出身の俳優オーウェン・ウィルソン主演のコメディ映画だね。 監督は「天才マックスの世界」「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の鬼才ウェス・アンダーソン。 - 追伸3: 今日、風呂に入りながら聴いたアルバムは、 「アデル 21」。 |







