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引越し完了しましまた

イメージ 1

Yahooブログサービス終了の為「自転車放浪記」データを引越しました

引越し先/「足柄縣ブログ」
https://bazu55555.fc2.net/

引越し先の方で細々ながら継続してきます


Yahooの方は9月1日より投稿等出来なくなります
データ自身は12月15日頃まで残りますが、その後消滅するらしい

コチラではコレが最後の書き込みになるかと思います
11年間、長きに渡りご愛顧ありがとうございます

今後の予定

現ブログデータを引越し先に転送するんすが、
ちょいと色々問題があって、現ブログの画像関係のリンクが一部オカシイようです
Yahoo側の問題ではなく、出来るモンだから色々やってしまったのがイケナイみたい
とりあえず画像のリンク等もチェックせねばならず、暫く時間がかかります
記事中の画像リンクが一時的に変になって表示されない恐れがえりますが、ご了承ください

という形で現ブログのデータは保存先に持って行きます
ただ、今までの「自転車放浪記」は一旦終了します

以前は1日かけてアチコチ出かけられたんすが、此処数年はそれも出来ず
時間に追われてるというのもありますが、やはり年齢的にチョイ難しくなってます
仕事も含めて今後の進め方を検討し、出来る事を出来る形で…とは思ってます

近況とか再開は引っ越し先の方で判るようにします


まずは移行を終わらせねば・・・

Yahooブログ終了の為、既存データを引っ越し移行を行います

通常記事に使ってる画像は非表示記事になっていて、通常は表示されないのですが、
データ移行の為表示せねばなりません

通常記事の合間に画像だけ記事が入りますが、御容赦ください

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_0_m?1565986080
古足柄湾を御存知だろうか?名称的には古酒匂湾、古小田原湾と呼称される事もある

画像を見てお分かりと思うが、足柄平野は古代において海だった。という話である
実は私もそう思ってた時期がある(昔なー

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_1_m?1565986080
まだガキんちょだった頃、近場の野山は探検の場所だった

ある日、穴部から登ると諏訪の台地に出た
海側には何かしら小山があったりして、覗き込むと古墳云々と札が付いてた

当時考古方面は明るく無く、後日学校の図書館等で調べると、
久野諏訪ノ原は古代人が住んでて、南側には古墳が並んでいるとな

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_2_m?1565986080
今回古墳の位置を確認するんで資料を見たら、、えっ、こんなにあるの?
連続地図【赤丸】【ピンク丸】の古墳は同一

【赤丸数字】が振ってあるのは名称が付けられてるナンバーズだ
当時、というか、コレ見るまでこんなに増えてるとは思わんかった
白半円は公図に載ってて、恐らく失われた分と思われ

右端に発掘場所になってるのは足柄駅傍の東電変電所の上だ。結構広い
ブルーシートがかかってたんで何かな〜と思ったが発掘だったのか

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_3_m?1565986080
場所の確認するんでリアル地図にトレース
げげっ、こんなにあるんか。これでも失われた分は入って無い

一部なんて重ならんギリじゃないか
ナンバーズは3〜5m位の円墳なんだが、その他は流石にそんな大きく無いと思う (あったら気付く)
2m以下、殆ど土饅頭かな

ぃゃぁ、そこいら辺、夜行きたくないなぁ。人通りなどまったく無いし
こんなに増えた、、最近、新しく出来た、とかじゃないよね?

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_4_m?1565986080
話を戻して、当時見つけた本はお子様向けなんで、古代人が高台から海を眺める図があった
「昔は今より高いトコまで海がありました。古代の人が住んでた高台は海の近くだったのです」
的な事が書いてあった

その本やらが見つかれば良かったんだが、残念ながら古い教育関係って結構処分されちゃうのね
画像はイメージだが、久野諏訪が海近く、、って結構難しい
下の谷が湾になると格好良いんだが、古墳がかなり水没してしまう

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_5_m?1565986080
地学関係に目覚めたんは、昔さんざ言われた「小田原地震は明日来る」

1633/寛永小田原地震、1703/元禄地震、1782/天明小田原地震、
1853/嘉永小田原地震、1923/関東大震災
と70〜79年周期で来てるから、次は1993〜2002年だそ。と言われてたが残念ながら来てない

そもそも上の地震リストが「近場だが発生源が別モノ」なんで、根本的にお話にならない

周期説も、プレート境界型ならまだしも、ここらのヒビ割れだらけプレート末端破断域は、
過去の地震は宛にならんと思うが、
一応上の周期の件はそれぞれの周期を持つ地震が起きてるんで、ちゃんと計算は出来る
(なのに今だそのままの論理で危ないという人の根拠が判らない)

てな訳で地元の地層とか断層とか、その手の書籍資料は、一通り目にしてるわけだが、
流石日本トップクラスの活断層やプレート境界があるたけに、その量は半端なく、
技術的にも逝っちゃってるんで、付いてくのが大変だ

時折、有効な資料とかあると、こんな風に手入れて理解の糸口にしてる
この図が、足柄平野の地質等一番詳しいと思う
過去のボーリングデータをも纏めて、全体の地質を3次元図にしたんは素晴らしい
時代ごとの層も判り易く、過去にあった出来事がどう地層の残ってくか、見てるだけでも楽しい

今回注目するんは堆積物の泥層なんで、そこだけマーク(ホントは砂層も生かしてるんだが目立たない)
その他無マークは砂礫とか火山砂礫、火山灰で、今は関係ない

泥層が堆積するんは川周辺で、圧倒的に下流側に多い
現酒匂川(あくまで現)の縦断面があるんで、それを見れば下流域に泥層が貯まってるのが判る
地層に描いた青線は縄文海進前後境で、線下側が「海面が高かったピーク」になる

線上の「海進後〜今」と比べると、泥層がちょい上流まであるんが、海水面が高かった跡
堆積物が海のモンか山のモンか、細かいデータは無いんで「ここまで海」は判らん
その向きには海岸線近くまでのデータが無いと難しい

ちなみに、#4謎説の堰き止めも、万年単位で流れ変わってたら地質に残るんで、
起きなかった証拠としても有効だな

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_6_m?1565986080
そうだよな、足柄平野が海だった。なんて何かの間違、、、、、、、、、、、、ぉぃ!

地学的には生き残って無いんすが、どっかでは健在のようで、時折見かけます
関本は確実に海の下だったそうで、資料によっては山北も危ない (標高的にはかなり違う)

特集酒匂川物語は流石です。縄文時代と時期を明確にし、学術的に云々はオモシロイ
年表は弥生時代の遺跡から書いてあるけど、此処に縄文遺跡が書いてあったら笑える

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_7_m?1565986080
あと開成町は過去海の下だったのは当たり前のようです
個人的は名字や地名の由来はあるとは思うが、数千年前から、、っうのは難しいと思う

地球博物館でヒットしたんは驚きましたが、直接関係なさそなので良かった

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_8_m?1565986080
古典資料にも「古酒匂湾」は載ってて古街道系の人が時折コレにハマります
古代道が足柄峠を通ってたんは、、と是ネタにされても時代違うんだけど。そもそも間違ってるし

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_9_m?1565986080
どうして間違ったんか?は、「縄文海進で海水面が100m上昇した」からです
「縄文時代海水面が100m高かった」も同様に正しいです

問題は何時から/何時と比べて、が抜けてる

図は「現在の海抜0m」から100mアップした「古足柄湾」の様子
山北は100mちょいあって届かないんすが、海進は100〜150m位説の幅があるんで、余裕です
その他市町村は確実に海の底です
全ての「湾」の話に適合するんで、コレですね

正しくは「氷期で海面が100m下がってた」が戻った
そん時ちょい高めに。その後ちょい下がって現在に至る

ホントに湾があって、縄文人が暮らしてたたら、その周辺に集落が出来る筈なんすが、
小田原市にある遺跡で海に沈まなかったはほんの一部だけ
(先の久野諏訪では100mアップさせると殆ど水没してしまうので、50mにしてる)

というか、赤の縄文遺跡がソコラにあるから、海進此処までと線引かれた感じがする
海進の時期は、約6万5千年〜約6万年前が一番有力ですが、
その他にも4〜5千年前、5700〜5000年前などの説もあります

それと遺跡の年代が正確に出たら、面白いんすが、一般的考古学はそこらへん拘ってないのか、
ちゃんと研究された資料に出会って無い

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_10_m?1565986080
割と進んでるのがこの辺かな

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_13_m?1565986080
自然環境も含めて海水面の変動を捉えてる。なかなか面白い

実は縄文海進が「下がる前よりちょい高く」なったんは、単に戻し過ぎたのでなく、
氷期終了後や海面上昇による地殻上下が関係してるらしい
地学分野でもこの辺は研究されてるんだが、
他地方の隆起沈降の基礎が判ってないんで、話について行けない

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/74/33909274/img_12_m?1565986080
酒匂川古代史は、これにて終了です

本ブログの最後を飾るんに、
他の奴は調査が終わっておらず、結果果的にこのネタになってしまいましたが、
なかなか遣り甲斐はあった思います

それでは11年間、お世話になりました

さようならYa!≪完≫
https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_0_m?1565986040
今回は河口からスタートです

地図は現代で海に書かれてるのは現在の海底等高線

それに対して【赤線】は最終氷期(氷河期)全盛の時の海岸線
海面は100m程(150m説アリ)程下がりました
現在の海底100mと比べると早川河口辺りは近いのに、酒匂川河口〜森戸川河口は随分違います
というか100mも下がってる筈なのに、現在の内陸にある
酒匂川の現河口辺りは元々海だったって事です

【ピンク線】は最終氷期が終わった時のもの。推測で-50m
氷期が終わったので海面が上昇してるんすが、まだ上昇しきって無い

【青線】は上昇しっきた時です。この後海面は13m程下がって、今の海面高さ0mになりました
この若干高い間を「縄文海進」といい、約6000年前から約6500年前の間、
海面は若干高いままでした

次のネタに行くつもりだったんすが、縄文、、と言えば海岸近くに縄文遺跡無かったかな〜
とざっと調べて近場の遺跡をマーク
旧石器時代からありますが、谷津山・八幡山はモロ高台
縄文は千代だったか、、あそこも高台だしなぁ・・
ぉぉぅ、天神山があるじゃないか!あそこは縄文前期だゾ、、、あ、海から近いけど高台だ

すると弥生時代か、、中里は弥生時代だけど海からはちょいと遠いな・・・
えっ、酒匂で遺跡発掘されたの?知らんかった


https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_1_m?1565986040
酒匂遺跡の場所はここいら。国道1号沿い、蓮歌橋から印刷局入口
あっ、あのデカいローソンは遺跡の上だったんか

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_2_m?1565986040
出物を見てみると、、殆ど古墳時代じゃないか。弥生は1箇所だけ
て事は弥生後期のホントに最後の頃だろな

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_3_m?1565986040
年表が付いてたんで確認すると弥生後期、西暦57年って事なんかな?


https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_4_m?1565986040
続いて中里遺跡。ダイナシティ、大同毛織工場だったトコだ
ここは当時発掘してたんを知ってた

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_5_m?1565986040
以降のもあるけど、弥生中期盛り沢山

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_6_m?1565986040
年表で時期は確認できんか、、略年代がズレてるのは時代の見直しの結果なんかな

表見てたら弥生前期の遺跡がある
府川諏訪は諏訪台地
【赤線】前川山王前って国府津と二宮の間。海岸線か?
と期待したんだが、海岸段丘の上だし、住所からするとJR線路に近い、、コレも高台だな


旧石器/縄文/弥生/古墳って生活様式や文化で時代分けしてるんだが、
混在してたり地域によって差が有ったり、非常にヤヤコシイ

極端な話、新しモノ好きな新しいスタイルの土器使ってる人、
古いのが好きな人は懐古的土器、
農耕より狩りが好きな人は土器なんて使わん
そんな御近所さんの居る集落は、どんな時代区分になるんだい?

そんとせっかく覚えた縄文時代は○世紀〜○世紀が、後になって変わるとか
しかも時代の細分化だけはどんどんやるモンだから、整合性がますます合わん

だから考古学はキライなんだ


https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_7_m?1565986040
だが縄文海進で人々が慄いたか確認したいんで、時代調べて、、、

縄文後期は3000年前から4000年前/4500年前
弥生中期は紀元前50年/紀元前1世紀から起源50年
弥生後期は起源50年/1世紀半(同じ事なんだが)から3世紀中葉/3世紀半(同じ・・)

なんで時代表記がマチマチなの?始めと終わりの時代形式が違うの使う人ってバカなの?

それにこの頃はもう「年前」は辞めた方が良いと思うんだが
20年前の資料で「100年前」なんて出る度に換算しなきゃなんないのは辛い
「年前」の出来事は、毎年新しくなって行くのが判んないんだろか

てな訳で絶対年でAC、DC計算して出すようにした
Excelで計算してるから合ってるとは思うが、打ち込みやロジックが違ってる可能性は高い

枠外に怪しいのが見える気がする人はコチラ見てね。ジェノサイド級しか載せてないけど 全体

肝心の縄文海進は縄文前期になる
前(ずっと海面上昇)後(海面落ち着く)で人々の暮らしはガラっと変わったと思うんだが、
そういう変化は時代区分に現れないのか

弥生中期だと、海進終わって数千年だから、もう影響無いんだろな

海岸線と遺跡の関連性は、残念ながら見えない

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_9_m?1565986040
あと氷期以前の海面高が必要なんで、この辺を参照してる
最終氷期は7万年前から始まってるけど、意外と穏やか、、
と思わせといて3万年前から厳しくなったようだ
海面低下に関しては、地域差があるらしく、場所によって最大値が違うそうだ

夏場なんてちょい涼しい話を求めて氷期の情報も見てみたけど、意外に平気な風
【右下】永久凍土って事は夏も融けんって事だけど、こんなもんなのか
世界的に見ても東アジアは程度が軽いらしく、どうやら海流があるから、らしい

大陸と繋がったんは北海道側だけだったようだ
昔の資料では九州側も繋がってたし、
対馬海峡の水深って100m位の筈だが、温暖化の影響か?(何を言って

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_10_m?1565986040
さて、いよいよ本題。最終氷期3万年前からの海面低下で、2万年前には100m下がった

そこそこ勾配のある平野で、
さらに相模湾/酒匂川河口の海底は、海底地形の関係で「すんごく急峻」になってる
最下流域にイキナリ崖が現れたようなモンだ。隆起と状況が似てる

下流側に急峻な斜面が発生すれば、皆瀬川の時と同じように川底が抉られる
下刻作用といて川底ばかり浸食されるのだ
通常の谷はV字型になるのに、下刻が激しいとU字型の谷が出来るらしい

狩川谷の落ち口は推定標高38m、川音川谷は66m、
そしてこの時期山北谷を流れてる酒匂川谷は75mである
谷出口の推定標高17.8mまで、峡谷と言える程の谷を造った

んだが、この時期富士箱根の噴火活動は活発で、堆積と浸食が激しかったろぅなぁ

氷期が終了し、海面が戻っても噴火活動は続いてたんで、
足柄谷(仮)は全て堆積物の下になってしまった


トコロで谷出口はもっと海面に近いトコまで延びると思うんだが、火山等の噴出物の影響か?
それとも飯泉辺りに出っ張ってる高台が関係してるんだろか
この辺はまだ調べ足りない

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_11_m?1565986040
酒匂川/川音川合流地点

今の川音川は酒匂川同様、神山-金子-町屋-金手土手で流れを変えられたが、
昔はもそっと下流で合流してた。紫水大橋辺りか

その下には深い〜深い〜谷がある。なんてのは夢じゃなくホラーだな

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_12_m?1565986040
海岸線水位と相模湾海底高はこの辺
昔は酒匂川が海底に続いてるんだ、と読んだ事があるが、そういうレベルじゃない
大磯と皆鶴半島の間、水色先の青はキロ深だよ

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1150243/70/33908870/img_13_m?1565986040
コレが埋没谷の元資料。判り難いんで頑張ってカラーリングしてみた
この図でも谷底はまだ見れない


今回はこれまで。次回は黒歴史に触れてみようと思う≪続く≫

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