Don't来る、いまじねーしょん。

2013,7月現在 証拠隠滅するものが無かった

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第九話 主たちの思惑と従者たちの疑念

 レミリアは静かに下がってよいとだけ言うと、椅子の肘掛けに頬杖をついて、おずおずと後ずさる颯に微笑んだ。颯の心臓は破裂しそうな程だった。ばくばく、と伸縮運動を繰り返す音が頭に響く。

「さて、私は寝るかな。咲夜?」

 レミリアは咲夜の方を向いて言った。

「ベッドメイキングは済んでおります」
「うむ」

 咲夜の仕事振りに関心した様子のレミリアは、再び颯の方を向いて口を開いた。

「妖精メイド」

 すると、広間の扉が開かれて、十五、六歳ほどの少女が一人、姿を現した。妖精の通りその背には羽根が生えており、虫のそれに似ていた。咲夜に似たメイド服を着ている。
 紅魔館では妖精を館の使用人として雇っているようだ。

「御用でしょうか、お嬢様」
「この客人を適当な客間に案内してやって」

 レミリアは颯を指さして言った。

「かしこまりました」

 妖精メイドは颯に、こちらです──と言うと颯を連れて部屋を後にした。
 颯が広間を後にするのを見て、美鈴が口を開いた。

「では、私は仕事に戻ります、おやすみなさいお嬢様」
「ええ。私の安眠を侵入者が邪魔しないこと、信じているわ」

 美鈴はレミリアに一礼すると、自らの仕事場へと足を向けた。

「じゃあ、私ももう少し頑張ってこようかしら」

 美鈴を尻目にパチュリーが言った。

「また実験? よく飽きないものね」
「魔法使いに限らず、そういうものよ。求道者が途中で満足してしまったら、死ぬのと同じよ」

 レミリアは、そういうものか──と呟くと眠そうに目を細めた。

「じゃあ、おやすみレミィ。あと咲夜、しばらくしたら紅茶をお願い」
「かしこまりました」

 綺麗な礼を見せた咲夜を見ると、パチュリーは図書館へと広間を後にした。

「アレは死ぬまで我が館の財を潰しながら、求道とやらをするつもりなのかしら」

 扉の隙間から見える、知識人の背を見て、レミリアはため息をひとつ。

「いいではありませんか。お嬢様も、パチュリー様のお陰でお楽しみになられているでしょう?」

 レミリアの斜め後ろからすうっと耳に通る声。咲夜である。

「あら従者。私に口答えとはね」
「失礼致しました。しかし、事実では?」

 丁寧に頭を下げながら、それでも咲夜の顔は微笑んでいた。

「まあ、ね。パチェとは竹馬の友であるし。それにしても……先の異変から貴女も変わったわね」
「そうでしょうか」
「今の貴女、私は好きよ」
「? 有り難きお言葉でございます」

 咲夜は首を傾げるも、恭しく一礼した。

「さて、ベッドルームに行くわ。おやすみ」
「おやすみなさいませ、お嬢様」

 レミリアの歩みを深々とした礼で咲夜は見送る。それは、レミリアの姿が扉により見えなくなるまで続いた。
 広々とした紅い広間には、銀色の従者だけが残された。

「……パチュリー様の"しばらくしたら"まで、まだ時間があるわね」

 銀の懐中時計をちらと見やると、ぽつりと呟いた。
 懐中時計の蓋を押さえて、力を入れる。ぱちっと乾いた音が広間に響いた。
 その音が壁に伝わる頃には、もう従者の姿は広間には無かった。

――――
 所変わって、紅魔館内の廊下である。
 見事な緋色に染まったここは廊下と言うにはあまりにも広すぎた。大の大人が二人並んで手を広げても、まだ余裕があるかといった具合である。
 颯は先行する妖精メイドを何とはなしに眺めながら、この広々とした廊下を進んでいた。
 ふと、妖精メイドが口を開く。

「お客様は何と言うお名前なのでしょうか」
「風宮、風宮颯です」

 それに答えつつも、颯は前を行く妖精メイドの背を見ていた。

「風宮様でございますか」
「え、ああ。君は何て言うんだ?」

 様を付けられるのは何ともむず痒い気持ちだ。そんなことを思いながら、妖精メイドに問いかけた。

「私は……。私は、一介の妖精メイドに過ぎません。私には名前が無いのです」
「そうか……。何だか悪いこと訊いちゃったかな」
「いえ。私のことなど、気になさらずに。──お部屋はこちらでございます」

 妖精メイドが足を止め、壁に打ち付けられた扉を指した。どうやら、着いたようだ。

「ありがとう」

 礼を言って戸を開けようとすると、それよりも早く、妖精メイドが扉を開いた。
 改めて礼を言い、中に入った。部屋の中は存外広く、十五畳はあるかと見える。
 しかし、何よりも驚いたのは部屋が真っ赤に染まっていたということだ。床は深紅のカーペットがこれでもかと敷き詰められ、壁には緋色の壁紙が一面に貼り付けられている。実に目によろしくない。
 勿論、部屋の中央に置かれたソファも真紅であった。だが、ベッドだけは例外で、シーツは純白に染まっており陽光に照らされた一面の雪のように錯覚させた。
 無論、ベッドシーツは真っ赤な部屋の中で異彩を放っており、その紅白の色合いは颯に何処かの巫女を思い出させていた。

「真っ赤……ですね」

 振り向き様に言った。颯の顔は苦笑に満ちていた。

「ここは紅魔館ですので」

 妖精メイドはそれだけ答えると、用がございましたら何なりと申し付けくださいませ──と言って、部屋を後にした。
 真っ赤な部屋には颯だけが残された。とりあえず、颯は戸を閉めてベッドに腰かけた。実に目によろしくない。よろしくない。
 戸の閉められた部屋は思ったよりも暗く、真紅のソファも、いくらか落ち着きを取り戻して深紅に変わっていた。
 だが、夜目が利くわけでもない颯は部屋の電気をつけることにした。実に目によろしくないが、致し方ない。致し方ないことである。
 電気を入れるために辺りを見回したが、無い。電源を入れるスイッチが無いのだ。壁沿いに歩いてみても、スイッチは何処にも見つからなかった。
 さては、此処には電気が通っていないのではないか?
 廊下を歩いていたときはメイドの背ばかりに気をとられていたが、確かに灯りは燭台に在る蝋燭であった気がする。
 やはり、此処には電気が通っていない。そう思い直して、部屋を探してみるとすぐにマッチを見つけることが出来た。
 マッチを一本取り出して、天井を見上げる。どうやら、大層立派なシャンデリアがあるようだ。此処は客間の一室では無かったか。
 部屋の隅にある椅子を引いてきては、その上に昇る。背伸びすれば蝋燭まで届きそうだ。
 マッチを一擦り。二擦り。ぼおっ。マッチの先に小さくも力強い火が灯った。腕を伸ばして、蝋燭に灯す。
 灯りを取り戻したシャンデリアは、そのきらびやかな体で一身に光を浴びて、煌々と輝いていた。
 灯りの戻った部屋は、シャンデリアの灯りが優しいものであったために、目を痛めるほどの派手さではなかった。よかった。
 火を灯しただけであるのに、颯の心は満足感で満ち満ちていた。
 椅子を戻し、ゆっくりとベッドに倒れ込む。まだ午前中であるのに、体を包む柔らかさと非日常への疲れが、颯を眠りに誘った。
 目を閉じると共に、颯の意識は沈んでいった。

――――
 咲夜は館を出て、門前まで来ていた。

「暇そうにしてるわね」

 美鈴は壁に寄りかかっていた背を起こして、答えた。

「あら、咲夜。寂しくなったのかしら」

 広間での毅然とした様子から一変、美鈴は実にフランクであった。

「……そんなんじゃないわ。それに今は仕事中でしょ?」

 そっとナイフに手をかけて、美鈴の赤みがかった頬をぺちぺちと叩いた。

「了解しました、メイド長」
「宜しい」

 びしっと背を伸ばした美鈴を見て、咲夜は腕を組み頷いた。
 そんな様子を思って、美鈴は呟いた。

「門番隊長もメイド長も地位的には変わらないのだけどなあ」
「貴女がしっかりしないからよ」

 ふうっとため息をひとつ。
 美鈴はにこりと笑ったあと、表情を固くして言った。

「──さて、此処に来たのは何か用があってのことでしょう」
「ええ。でも、用というわけでもないわ。──あの外来人、どう思う?」
「颯君ですか」
「ええ」

 美鈴は肘を抱えてしばらく考えたのち、「特になんとも」と曖昧な答えを返した。
 咲夜は美鈴の態度に納得出来ず、声を少し大きくして言った。

「でも、ただの外来人に過ぎない彼を、なぜお嬢様が匿ったのかしら」
「それはメイド長がまだ館のことを把握してないだけでは。お嬢様はとても気紛れな方です。今までにも何度かこういうことはありましたし」

 美鈴は咲夜よりも長くレミリアに仕えている。それも、何百年もの年月をだ。
 お嬢様をよく知る美鈴と比べては、まだ仕えてから十年も経たない自分の言えたことではないか。そう思いつつも、咲夜は唸っていた。

「うーん……。確かにその通りなのだけど……。あと私は、館のことはきちんと把握しているつもりよ」
「何か引っかかるんですね? まあ、それは言葉の綾ですよ」

 美鈴の言葉は穏やかでありながら、咲夜の核心を突いていた。

「私はこの時止めの能力をかわれて仕えることになったわ」

 それ以外にも理由はあったのだろうと思ったが、美鈴は言わないでおいた。

「ええ。大方言いたいことはわかります。つまり『お嬢様を動かす程の何か』が彼にはあるのでは、と」
「確かにお嬢様の気紛れによる行動なのかもしれないわ。だけれど、この前の薬売りと言い、何かが喉に引っ掛かっているというか」
「ふむ……」
「美鈴も感じない?」

 美鈴は首を傾げたあと、苦笑して答えた。

「私には気のことくらいしかわかりません」
「そう……」
「ただ、彼の気は少々不可解です」

 美鈴は俯いて続けた。

「彼の気は二つあるように思えるのです」
「二つ?」
「はい。本来生物というのは一つの体に一つの気を流しているものです。ですが、彼にはそれが二つ。本当かはよくわかりませんが」
「何故よくわからないの」
「流れている気の一つは、柔和に感じられ温かみがある。勿論、この気が彼の大部分を占めています。対照的にもう一つは冷ややかで、吹き荒ぶ北風のような棘を感じられました。しかし、この気は微弱なもので、彼のものなのかも定かではありません」
「……手がかりは気だけか。ただ、美鈴の考えが正しいと仮定して、今の話をよく聞くと、彼の中に何らかの存在が居るとも言えない?」
「それはそうですが、彼の体内に生き物でも飼ってない限りは、ありえない」
「思念体のようなものなら?」
「生きているからこそ、気は流れるもの。それ故、死体や幽霊、思念体などからは気は感じ取れません」
「なら……なぜ……」

 咲夜は顎を押さえて呟いた。

「さあ。これ以上考えても、答えはでなそうですよ。──それにしても、やけにつっかかってきますね。嫉妬ですか?」

 にやけながら言う美鈴。

「そ、そんな訳ないでしょう! とにかく、もう仕事に戻りましょう」

 対する、咲夜の顔は紅魔館の外壁にも負けぬほど紅潮していた。

「そうですね。では」

 美鈴がそう答えると、咲夜は時を止めたのか、その場から消えていた。
 図星だったのかしら。心の中で美鈴は微笑んだ。


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