Don't来る、いまじねーしょん。

2013,7月現在 証拠隠滅するものが無かった

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――――――――

 レミリアは寝室につながる大廊下ではなく、図書館へとつながる階段を降りていた。
 何故か。それはレミリア自身にも理解し難いことであった。
 さあ。寝に行かんと寝室へ来たまではよかったのだが、いざベッドに横たわるとどうも目が冴えてしまうのである。しばらくは寝ようと格闘したのだが、それも無駄に終わってしまった。
 さてはて、どうしたものか。紅い天井を見上げながら考え付いたものが、図書館での暇潰しであった。
 階段を降り終えて、相も変わらず馬鹿に巨大な扉が姿を現す。
 あの貧弱な紫もやしに果たして押せるだろうかなどと考えながら、重い扉を指で押した。
ずずず、と重苦しい音がして、棚の並んだ館内が見えた。
 館内をしばらく行くと、長机に向かうパチュリーの姿があった。

「パチェ、研究はどうしたの」
「あら、レミィ」
「やあ」

 パチュリーは顔を上げてレミリアを見るとすぐに本の方へと目を向けた。

「行き詰まったから、気晴らしにね。貴女の方こそ寝るんじゃなかったの?」

 レミリアはパチュリーの向かいに腰かけると、恥ずかしそうに頬を掻いた。

「まあ、目が冴えてしまってね」
「そう」

 しばらくレミリアはパチュリーを退屈そうに見つめていたが、何か思い付いたように目をぱちくりさせて、のろりと立ち上がると図書館の闇に消えていった。
 パチュリーはてっきり、自分がつれないのでレミリアは寝に戻ったのだろうと思っていた。
 しかし、しばらくして何冊かの本を抱えてレミリアは戻ってきた。

「珍しいわね」
「私とて本の一冊二冊読むさ」

 そう言ってレミリアは本を開いた。
 本越しに背表紙を見てみる。
 『血液型占い』……まあレミィらしいというかなんというか。どこか違うわねと思いつつ、積まれてる本を見やる。
 もう何冊かは料理関連のものであったのだが、一つ例外があった。
 『地獄辞典』フランスの文筆家、コラン・ド・プランシが著した悪魔や神、当時の伝承などが記された一冊である。
 しかし、辞典と言ってもこれは娯楽小説のようなものであり、学術的な価値はあまりない。それが何故図書館に置いてあるかと言うと、偶然と言うしかない。パチュリーには本の内容に関わらず、片っ端から本を集めた時代があるのだ。
 そして、片っ端から集めた内の一冊をレミリアが読もうとしていた。
 何を今更。パチュリーはレミリアに視線を戻した。
 吸血鬼と言えど悪魔にカテゴライズされているレミリアだ。書に記されているような者なら覚えているだろうし、著名な悪魔と会う機会も無い。
 それなら何故、急に調べだしたのだろう。パチュリーは、もはや本を読んでいることも忘れて考えていた。

「いけないいけない……あら」

 頭を振り振り、無意味な思考を吹き飛ばすための一言が、ついパチュリーの口をつついて出てしまったようだ。
 レミリアが怪訝そうにこちらを見ている。

「どうしたのさ」
「いや、何でも無いの。そう言えば、今度の気紛れはいつまで続けるつもり?」
「ん? 外来人のことか」
「ええ。風宮とかいう」
「ふうん。紅魔館の知識人でいらっしゃるパチュリー様ならご存じなんじゃないの? おや、失礼。穀潰しの間違いだったわね」

 この吸血鬼もよく言う。パチュリーはくすくす笑った。

「またご自慢の運命操作でもして、暇潰しの道具を取り寄せたのかと思ったわ」
「あれは元から此処に来る運命だった」
「へえ。何か企んでるのね」
「いや。企んでいるのは向こうの方さ」

 読んでいた『豆腐料理大全』を机に置いて、レミリアが吐き捨てるように言った。豆腐に大全と言えるほどのレパートリーがあるのだろうか。

「向こう?」
「ああ、パチェはあのとき──いや、毎日図書館に籠りきりだものね」

 レミリアは諦めたように言った。

「失礼ね。まるで私が引きこもりみたいに。で、何の話よ」
「パチェは知らないだろうけれど、館に薬売りがやってきたのよ」
「薬売り? また珍しいわね」

 パチュリーは眉をひそめて言った。

「ええ。だけれど、アレはただの薬売りじゃあなかった。体中から年寄り特有の老獪さのようなものが滲み出ていたしね」
「もう。話を勿体ぶらないでよ」
「わかったわかった。奴は『暇を潰せるものがやって来る』と言ったんだよ」
「暇潰しってまさか、外来人のこと?」
「十中八九そうだろうな」
「運命を操る貴女が振り回されるなんて、滑稽ね」
「うるさいな。まあ、これだけなら別に構わない」
「他にも何か?」
「ああ、奴が最後に言った言葉が──」


――――
 俺は寝ていたのか。一体、どれくらい寝ていたのだろうか。眠気眼を擦りながら、颯は考えていた。
 部屋には時計は見当たらない。生憎、腕時計も身に付けていなかった。
 身体を起こすと、不意に戸が開かれた。
 掛け布団を手に持った、咲夜であった。

「どうしたんですか」
「貴方がぐっすり寝ていたから、掛ける物をと思ったのだけれど」

 咲夜は一旦、間を置いて、「──無駄足だったようね」と言った。

「ああ、すみません……。わざわざ持ってきてくれたのに」

 咲夜は微笑んだ。

「別にいいわ。疲れていたのね」
「何だか、眠くて」

 颯は欠伸をしながら言った。

「無理もないわ、昨日幻想郷に来て、いきなり悪魔の館だもの」
「とりわけ危険ではないように霊夢は言っていたけど」
「これでもつい最近まで、異変を起こしていたのよ」
「異変?」
「まあ規模の大きな事件みたいなものよ。人々は皆紅魔館をおそれていたわ」

 確かに、レミリアはとても強かで恐ろしかった。颯は切られた頬を擦って、身震いした。
 だが。

「正直言って、話す間もなく食われでもするかと……」

 颯の様子に咲夜は笑った。

「それなら何で来たのよ」「それは──魔理沙も来てくれるものと思って」
「随分と信頼しているのね」
「彼女は強いですから」
「確かに。でも、見ただけでわかるのかしら」
「弾幕ごっこを見たんです」

 成る程、と咲夜は手を打った。

「弾幕ごっこ、綺麗だったでしょう」
「はい、とても。メイド長さんもやるんですか」
「相手がスペルカードルールを叩きつけてきたら受けざるを得ないから、ね。それと、咲夜でいいわ」

 咲夜はふと、自分が微笑んでいることに気付いた。先程までこの外来人を受け入れることに対して、懐疑的な自分であったのに、そんなことも忘れて本心からの笑みを見せていたのだ。
 咲夜は恐怖した。獰猛な獣を前にしたような恐怖とは違い、主であるレミリアに感じる恐怖ともまた違う、己の心を探られているような嫌悪にも似た恐怖。
 それだのに、この外来人を心の隅では受け入れているように思えて、咲夜は混乱した。

「──さん、咲夜さん」

 鼓膜をつく颯の声に咲夜ははッとなる。

「え、ああ。ごめんなさい」
「大丈夫ですか?」
「ええ。少し、ぼうっとしていただけだから」
「そうですか……」
「この掛け布団、置いていくわね。また持ってくるのもアレだし」
「あ、ありがとうございます」

 咲夜は手に持つ掛け布団を小さく折り畳んで、ベッドの隅に置いた。

「じゃあ、私は仕事に戻るわ。しばらくしたら図書館に連れていくから、それまでは適当に館内を見て回るといい」
「はい」

 颯が答えると、咲夜は小さくお辞儀してその場から消えてしまった。
 最初見たときから完璧な女性だと感じていたが、そんな咲夜も何があったわけでもなしにぼうッとすることがあるのだなあ、と閉じられた戸を見つつ考えていた。
 やはり、人が居るのと居ないのとでは違うのか、肌にはりつくような冷気を感じて颯はぶるると身震いをした。
 掛け布団を持ってきてもらったのは僥倖であった、と颯は布団を肩にかける。
 そしてポケットから一冊の本を取り出した。命名決闘──スペルカードのルールブックである。
 博麗神社に居たとき霊夢に貰ったものだ。今日、神社へ魔理沙が来るまでの間に読んでいたのだが、読みきれずに中途半端になっていた。
 紅魔館は広い。館内は妖精メイドや門番の美鈴につれられて歩いただけだが、それでも外観以上にだだっ広いことは容易に想像できた。
 そんな紅魔館を一人で歩くとなれば、間違いなく迷子、いや遭難するだろう。それならば、咲夜が来るまでルールブックを読んで暇を潰そうと思った次第である。
 颯は栞の挟んであった所を開くと、じっくりと読み進め始めた。


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